24話 司書さんと無垢なる精霊
とりあえず、付き合いの長さからマナが知りたい魔力関連を読むとしましょうか。
『す、凄いわ! 長きに渡る疑問が解かれて、新たな可能性が広がるわ!』
テンションお高いです。
さっきから僕はページをめくる人形になっています。
僕は知りました。
読めるということは、理解するとは別のお話何だと。
全く分かりません。小難しい話や言い回しが独特で頭が追いつかない。
『後で、分かりやすく要点だけ纏めて教えるわ! だから、ページを捲って!』
はい。
見たことのないマナのテンションに押されて、従順に従う。妻の尻に敷かれる夫という存在を何となく理解出来た気がする。
きっと、何か言う前に、あれこれ言われて喋る暇すら与えられないのだろう。ご冥福をお祈りします。
*
『うーん……』
今度はヒナの番だ。
回復魔法の魔導書を開いて魔法を取得していくのに渋い顔だ。見えないけど。
「どうしたの? あんまり良くなかった?」
『ううん。今までの上位互換の魔法や、状態異常の個別回復魔法は確かに便利なんだけどね……』
「出来ること増えるじゃん! どこが不満なの?」
何故ヒナは喜んでくれないのだろう?
僕は読んでいてかなりワクワクしていた。
特に状態異常を治す魔法は、より多くの人が治療出来るからね。もっと助けられるようになる!
『だって……今でも十分なんだもん。『回復』系の魔法は『過大深化』でどんな傷も治せるし、お兄ちゃんは気付いてないと思うけど、『運命改変』を併用すれば、どんな状態異常も治せるんだよ? 』
「そうだったんだ……確かにそう思うと、今回の収穫は魔力の消費が大幅に減るぐらいだもんね」
『うん。それはもちろんいい事だよ? もっといっぱいの人が救えるんだもん。でも、あの規模の回復魔法は多分数えるぐらいしか使わないと思うし、もっと魔力量が増えた今のお兄ちゃんなら、余裕持って治せるもん』
ヒナの言う通りだ。
あんな千人規模の回復魔法を使う機会が頻繁にあったらむしろおかしいからね。
回復魔法は使わない機会に越したことはない。
そう考えると、今回の回復魔法の習得は、ヒナにとっては収穫になり得ないという事だね。
魔力でごり押せる範疇に留まるから。
「なんかごめんね……ヒナ」
『ううん。薄々分かってたもん。他のみんなみたいに回復魔法にそこまで広がりは無いって……あ! でも、お兄ちゃんの負担が減るという収穫はあったからヒナは大満足だよー!』
空元気のヒナをどう慰めていいか僕には分からなかった。
ヒナにとっては、自分だけ伸び代が無くなったと思っているだろうから。
*
『じ、自分の番なんですねっ! よ、よろしくお願いしますっ! ご主人様! ……ドキドキ』
「あ、うん。よろしくね」
自分が役に立ちたい使命に燃えている。
気持ちは分かるけど、そんなに焦んなくても。
光の魔導書を開く。
「わあ……。こんな魔法も使えるんだ!」
そこにはゲームに出てくるような魔法の名前が並んでいた。
「『光球』、『光の矢』、『光の槍』、『閃光』、『照らす光』、『閃光』、すごいね。全部光る魔法だ。派手派手だ」
分かっていた事だけど、例外なく全部光る為、目立つだろう。
種類も『照らす光』以外は戦闘に使うもので、便利系な魔法は無い。
光魔法は希少故に、開発が基本的な4属性より遅れているイメージだ。
火の魔法とか、かなり便利な魔法とか多いからね。
火魔法を使えば、明かり替わりになるし、暖を取れるしで、冒険に出かけるなら1人はいた方が便利とすら書かれている。
『…………』
「ライア?」
案の定、無口になってしまった。
『うぅ……。もっとご主人様のお役に立てる魔法があると思ったんですけど、ごめんなさい。自分は要らない子なんですね……しくしく』
めちゃくちゃ、へこんでらっしゃる!
気落ちしてたヒナですら励ます側に回っている。
『そんな事ないよっ! ライアちゃんの入れる紅茶美味しいよ? あ! この前のクッキーまた作ってね! 思い出すとヨダレが出ちゃうよー』
ヒナさんや、それフォローになってない。
でも手作りクッキーかあ。今度作って欲しいなぁ。
「僕も食べたいなぁー。ライアの手作りクッキー」
『びくっ! ご、ご主人様は自分に失望しないのですか?……おろおろ』
「しないしない! そもそも僕は、みんなが傍に居てくれるだけで幸せなんだ。それ以外はわがままというものだよ。だからね、ライアが落ち込むと僕も悲しい」
『そうだよっ! ライアちゃん! ヒナもライアちゃんが元気じゃないと楽しくないもん!』
『ご主人様、ヒナちゃん……うぅ……。こんなダメメイドを必要としていただき誠にありがとうございますっ! 不肖、このメイドこの先も皆さんのお役に立てるように全身全霊を持ってメイドとして尽くしますっ! ……メラメラ』
「わぁ……ぱちぱち」
『いえーい!』
『根本的な解決になってないじゃない』
「…………」
『…………』
『…………』
マナの正論に一同沈黙。
『うふふ。安心しなさい。私にいい考えがあるわ』
「さすが! 知ってたよマナさん!」
『マナちゃんかっこいいー!』
『マナ様! 素敵ですぅ!』
『調子いいんだから』
そうは言っても、マナも笑っているし。
みんなも可能性があると知って、元気になっている。
『ごほん。では、解説します。簡単に言うと、複数の魔法を組み合わせることで新しい魔法を使えるようになります。1番最近の例なら結界魔法ね。あれは基本の4属性魔法の複合よ。封印魔法と呼ばれる賢者しか使えない魔法は基本4属性と光属性と闇属性の適正があって使えるようになる最高難易度の魔法ね。つまり結界魔法は封印魔法の下位互換になるわ。一説によると封印魔法はありとあらゆる魔法も物理攻撃も封じたとされているわ。まあ、私達には使えないわね。ご主人様は基本の4属性を持ってないもの』
「面目ないです……」
複数の魔法を組み合わせるか。ゲームの定番じゃないか。何故気が付かなかったんだ。
『で、ヒナ、ライア。貴女達にピッタリの魔法があるの』
『なになに?』
『何でもしますっ!』
ん? 今何でもって? まあ、通じないけどね!
『うふふ。ヒナの回復魔法とライアの光魔法で生まれる超力な魔法があるの』
『ごくり……』
『ごっくん……』
「で、その魔法とは?」
固唾を飲んでマナの言う魔法に期待を寄せる。
『それは……"神聖魔法"よ!』
『『「神聖魔法!」』』
めっちゃ強そうやんけ!
『そうよ。神聖魔法は、回復と攻撃を組み合わせた非常に万能の魔法よ。魔導書によると、ありとあらゆる不死族を消し去り、どんな呪いも解呪出来る、みんなも知っている『浄化』が使えたり、基本となる魔法は神聖が付いて更にパワーアップ! 一例を出すと『神聖回復』は、回復だけではなく継続的に癒せるようになるわ! リジェネと呼ばれる継続回復ね』
『わあ! やった! やった!』
ヒナが大喜びだ。
『『神聖の矢』などの攻撃系魔法は、何と『浄化』の効果を僅かに含ませる為、アンデットには無双出来るわ!』
『すごいですぅ!! 』
「確かに凄いね! 一つの魔法で2つの効果を持つなんで!」
可能性が広がる!
『今のは一例よ。もっと色々な事が出来るようにするには2人の協力は必要不可欠だから覚悟することね』
『あいさー!』
『了解ですっ!……ビシっ!』
敬礼している姿が浮かぶ。
『出来ればパリエーションを増やしたいから、もっと色んな適正を見つけて欲しいのだけれど』
チラッと見られているような視線を感じる。
「分かったよ……何とか新しい適正を見つけてみる」
この膨大な魔導書の中から、果たして幾つ見つかるか。
*
ダメです! 大方探したけど、適正のものは見つからない。
実はここの魔導書の大半は、表紙に魔石が埋め込まれている。
僕に適正があると光るようになるので、お手軽に適正を見つけられるのだ。
「さ、流石にここまで適正がないと、へこむ」
テーブルに突っ伏して、本棚を見つめる。
不意に奥の扉が気になった。
「あそこには禁書がいっぱいなんだよね……」
「入ってみますか?」
「……いいんですか?」
心臓止まるかと思った。相変わらず気配がない。
「ええ。枢機卿様が仰っていたのは、1人で入るなということかと。ここに詳しい司書の私が同行するならよろしいかと」
「なら、お願いします。あ、呪いとかない魔導書でお願いします!」
ここ大事。呪われてバッドエンド直行したくはない。
「あはは、分かってますよ。さあ、案内致します」
司書さんも笑うんだと思いながら、後ろを付いていく。
案内されて、いくつもの魔法的ロックが施された扉の前に立つ。
「さあ、神子様。お開けてください。神子様なら開くはずです」
「わ、分かりました」
手を扉に触れさせると、触れた部分に魔法陣が現れる。
『認証……神子レインの魔力波長だと判定……ロック解除します』
機械的な声が聴こえて、扉のロックが解除される。
「今のは精霊です。神殿に問わず、貴重な資料などが保管されている所には、精霊と契約して守ってもらうんですよ。彼らに与える報酬は、魔力ですね」
「へぇー。そうなんですね。便利です」
「その代わり、契約出来るのは精霊が見える稀有な人なので、見つかり次第、国が囲ったりします。ちなみに私にも見えますよ」
「そうなんですか? 僕にも見えますよ」
「流石は神子様です」
「精霊は魔力を介しないと見えないですよね?」
「そうなりますね。精霊は魔力の塊から生まれると言われているので、それが原因だと思います。それと、見える個人差はあるようです。精霊に好かれれば好かれるほどに、多くの精霊が見えるようです。私は中位精霊以上ではないと見えません。凡その精霊が見える方は私と同じレベルですね。下位精霊が見える方は更に稀有な存在になります」
「球体の精霊は下位精霊になるのですね」
「え?」
「ん?」
ここで初めて司書さんの顔が変わった。驚きに満ちている。
「球体の精霊は、無垢なる精霊は全ての精霊の原点と呼ばれています。……全ては無垢なる精霊から始まり、やがて多くの経験を得て意思を手に入れた精霊を下位精霊、人間と対話が出来て契約を施してくれるのが中位精霊、精霊魔法と呼ばれる人間が扱う魔法より遥かに上回る魔法を扱う上位精霊、古くから存在し、多くの種族が信仰の対象にする最上位精霊、そして最初に生まれ、全ての精霊の始まりでもある精霊王。……これが凡その精霊の進化過程になります」
いきなりのマシンガントーク。
「球体の精霊とは、意思疎通が出来る中位精霊以上の精霊が、語った無垢なる精霊の形です。下位精霊からは発光した小人や動物の姿をしています。中位精霊からは、発光が抑えられて属性により色合いが変わって見えます。上位からは発光が自由自在になり基本的に見た目が人間と動物と遜色ない姿になります。分かりますか? 無垢なる精霊だけは、精霊との意思疎通を生まれた時から授かるエルフ族の人達ですら見えた者が居ないのです! 歴史上でも無垢なる精霊を見えたとされる報告は皆無です! あっても金欲しさの嘘ばかりなのです。それを、神子様は無垢なる精霊が"見えた"と仰いますか!」
くわっ! と、肩を掴まれ顔がドアップに近づく。
不味いな。予想だにしてない展開だぞ。
あーごめん。見えなかったわと言うべきか?
いや、言ってしまった以上は、嘘を言えない。
「ど、どうしたら信じてくれますか?」
「証拠をお見せ下さい。無垢なる精霊が見えるという証拠を」
気が動転してない? さっき、見える人は今まで居なかったと言ってたのに。
その証拠を示せと? どうやって?
……いや、そう言えばおじいちゃんに魔力をぶつけられて、初めて魔力を純粋に解放した時に、『綺麗だ……神子様にはこんな世界が見えていたのか』という言葉が思い出される。
無垢なる精霊に対する事なのでは?
もしそうなのとしたら、僕の魔力を解放したら、司書さんにも無垢なる精霊が見えるようになるのでは?
やってみる価値はあるかも。
「司書さん。少し離れてくれますか? もしかしたらお見せできるかもしれないので」
「……畏まりました」
司書さんが数歩離れる。
「すぅーはぁー。『魔力解放』」
抑えていた魔力を解放させる。
身体が軽くなり、心が落ち着く。
「こ、これは! 純粋な魔力の放出でこの量ですか! 一体どれ程の魔力を身体に秘めているのですか! 」
「司書さん、驚くのも良いのですけど、ほら見えません?」
僕は可視化した無垢なる精霊を指さす。
「……なっ!」
どうやら見えたようだ。
司書さんが絶句している。
「こ、これが……無垢なる精霊の姿! ああ! 神よ! 感謝致します! このような場面に出会わせて頂いたことに!!」
跪き、天を仰ぐ司書さん。
ギャップが凄すぎます。
しばらくの間、司書さんは無垢なる精霊を眺めて幸せそうにしていた。
*
「申し訳ございません。取り乱しました」
「いえ。喜んでもらえてよかったです」
「精霊に関して知識を持つ者なら、誰しも追い求める光景でした。誠に貴重な機会を与えていただき感謝致します」
「いいですよ。僕も知らなかったことですし。お陰で見えることが普通では無いことが分かって良かったぐらいですから」
「心遣い感謝致します。では、この扉の先に入りましょうか」
「はい。楽しみです」
予想外のことで時間が取られた。
もう夕暮れ時だ。
今日は軽く見るだけにした方が良さそう。
「では、開けてください」
時間が経ったからか、再度ロックが掛かっている。
もう一度、手を扉に触れると再び魔法陣が現れる。
『認証……神子レインの魔力の波長だと判定……ロック解除します』
今度こそ。
開いた扉を開き、中に入っていく。
予想以上に狭かった。
半径10メートルぐらいの円形の空間。
四方を本で埋め尽くされており、中にはチェーンや御札みたいなのが貼られている物もある。
明らかに触れたらアウトのやつだ。
「ここには、枢機卿以上の権限がある方にしか入られないのですよ。私は司書をしておりますが、ここに入るのは数えるぐらいですね。安心してください。注意すべき本は前もって言いますから」
何だかフレンドリーになったね。
会話も長文になったし。
「ありがとうございます。今日はもう遅いので、少し見たら終わりにしますね」
「畏まりました」
そう言って、扉の横に待機する。
不味いやつは前もって教えてくれるみたいだし、危なそうじゃないやつを探そう。
ざらっと見たけど、この魔道具でも読めない禁書が大半だ。
中には落書きにしか見えない文字もある。
「うむむ。全部読むのは無理かぁ」
読めそうなやつは、あるけどかなりヤバめなタイトルばかりだ。
『呪い呪われ呪術の究極の呪法』、『憎い憎い憎い憎い憎い憎い』、『闇魔法……拘束拷問精神崩壊』、『魅了による完成される世界』、『人口魔造人間、実験記録』、『魔眼移植による効果検証』、『人食による魔力量上昇値について』、『特殊配合の遺伝子による産み子の変異…………もっと魔力の高い母体の入手の必要あり』
ハッキリ言って、読みたくありません。
気持ち悪い。
もう長くここに居たくない。
禁書が禁書とされる所以のようなものを感じた。
これは触れてはならないものばかりだ。
外法、呪い、残虐、極悪。
本当の意味で、人類の黒歴史に感じた。
「もう、出ましょう」
「よろしいので?」
「はい。気分が悪いので……禁書の意味がよく分かりました」
「そうですか。最後に魔導書の方をご覧になりませんか?」
そういや、それが目的だった。
司書さんは、僕が眺めていた棚とは別の所に手を向ける。
「こちらは、禁書ではないですね。希少で強力過ぎるが故に、ここに置かれている魔導書になります」
「そうなんですか。なら少し見てみます」
軽く読めそうなやつに触れていくけど、案の定光らない。
やっぱり、そう簡単にはいかないか。
諦めかけたその時だった。
青い表紙の本に触れた時、魔石が光った。
「な、何の魔法!?」
はやる気持ちから、魔導書を本棚から抜き取りタイトルを確認する。
「『氷魔法の基礎になる魔法一覧』! 」
体が震えた。
「や、やったぁ!!! 氷魔法の適正きたぁぁー!!」
「おめでとうございます。まさか使い手がほとんど居ないとされる氷魔法を扱える才に恵まれるとは」
「あ、ありがとうございます! 」
読みたい! でも、もう帰る時間だ。
そわそわしてたら司書さんから提案をされた。
「ならば、その魔導書をお借りになりますか? そちらは禁書ではないので、お借りになっても問題ないですよ。ちゃんとお返しして頂ければ」
「ぜ、是非お願いします!」
司書さんとの別れもそこそこに。
僕は魔導書を抱えて自室に早歩きで戻った。




