22話 空からの贈り物
夜中、ふと目が覚めた。
広すぎる寝室にも慣れてきたし、ベッドの柔らかさにも順応してきた。
トイレは寝る前に済ませた。
こんな時間に起きる要因はない。
何かに引き寄せられるように、窓まで起き上がって近寄る。
月明かりが差し込む光だけが部屋を照らす。
窓を開けると涼しい風が入ってきて頬を撫でる。
「やっぱり、いっぱい居るね」
魔力を瞳に込めれば、風に運ばれて部屋に円球の精霊が多数入ってくる。
ふよふよと浮いては、気ままに僕にまとわりついてくる。
「中々愛いやつめ」
夜間テンションなのか、気分がいい。
ついつい踊り出してしまう。
と言っても、適当にクルクル回ってるだけだ。
僕の動きに合わせて精霊達もクルクル回る。
「あははっ。なんか久しぶりに楽しい気分だ」
視界が回る中で、窓の外、夜空から一筋の光が現れた。
「うおぉ! 流れ星!? 初めて見る」
窓にへばり付き、流れ星を脳裏に焼き付ける。
「って、なんか近くに降ってきてない?」
一瞬と間に消えたいく筈の流れ星は、夜空からこの星に降ってくる。
「まさか、隕石!? や、やばいよ! クレーターが出来るんだよね!? つまりは、衝撃がここまで来るんじゃあ! み、みんな伏せて!!」
僕は慌てて、その場に伏せる。
精霊の子達も僕に合わせて、低く浮かぶ。
1分、2分と待っても衝撃どころか、墜落音すら聴こえない。
「どうなったんだ?」
窓の外を見つめると、遠くから凄まじいオーロラが地面から天に向かって立ち上っていた。
「なんだろう、あれ。……綺麗」
不意に呼ばれてる気がした。
悲しそうに。
「行かなきゃ。あそこに行かなきゃ……っ!」
何かの衝動駆られるように、外に出る支度をする。
「でも、部屋の前には聖騎士の人達が立っているし、神殿を巡回しているし……これを抜けるには、かなりのステレス能力が必要だね。なんかゲームみたいだ」
ゲームなら三人称視点やマップとかで、人の位置を確認出来るけど、僕にはそんな機能は搭載されていない。
でも代用は出来る。
「すぅーふぅー。薄く、うすーく伸ばすように……」
魔力を放出した時、視界が広がった。魔力の範囲の中ならどんな事も鮮明に見えるし感覚すら感じた。
「まるで自分の領域が出来た感覚だった。もしも、名前を付けるのなら、そうだね『魔力領域』とても呼ぼうかなっ!」
名前が決まると締まるよね。
『私の名前を使ってくれるなんて嬉しいわね。私の領分でもあるからサポートするわ』
マナの言葉を境に、膨大な情報量が大幅に処理され、魔力も僕がやるより薄く広大に広がっていく。
『とりあえず、神殿一帯を覆うぐらいには広がったわ』
「ありがとう。んじゃ、ステルスゲーやりますかっ」
窓から外に出て、姿勢を低くして、神殿の中を、バレずに進んでいく。
久々に1人で行動を起こしているからか、際限なく気分が高まる。
普段より動きが俊敏だ。
宵闇に紛れ、神殿の外に通じる窓まで辿り着く。
「うわ……たっかいなぁ〜」
地面まで10メートルぐらいはありそうだ。
流石に『身体強化』の不具合で、ステータスが上がっていない僕では、即死だろう。
だからといって、『魔力圧縮』したら、バレるだろうし、どうしよう。
『『魔気』なら大丈夫よ』
「え? でもあれだって『魔力圧縮』の応用だし」
『あれは魔力を周囲に発散させずに、身体を覆うものだから、直視でもされなければバレないわ。もちろん一定以上の魔力を使えば気付かれるでしょうけど、この程度の高さからダメージを受けずに着地するぐらいなら、感知されないレベルで大丈夫よ』
「わ、分かった」
『魔気』を使うと、勝手にマナが強度を調節してくれる。
でも予想以上に薄い魔力の膜に、効果あるのか不安になる。
「でも、信じるよ! マナ!」
だが相棒が言っているんだ! なら行けるはず!
窓から勢い良く飛び降りる。
「う、うわぁぁーっ!……って、あれ?」
気が付けば、もう地面に足を付けていた。
「なんも感じ無かった……はぁ〜良かったー」
安堵して、その場に座り込んでしまう。
『初めての事だから、それでも多めに魔力を纏わさせているのだから問題ないわよ』
「これでも!? 予想以上に『魔気』はコスパが凄いんだね」
『1種の結界魔法のようなものだからかも知れないわね』
確かに、守ると囲うという意味では、一緒かも。
『それに、今は外からの衝撃を防ぐぐらいだけど、いずれは色々出来そうな将来性があるのよね……ふふふ』
流石、魔力の精霊なのか、楽しそうに『魔気』の可能性を模索している。
「よしっ。とりあえず、神殿は抜けれた。後はあの分厚い外壁を乗り越える方法を見つけなちゃ」
門は既に閉じられている。
例え開いていても、使えはしないだろう。
僕は外壁に向かって、駆け出した。
もちろん、『魔力領域』を使って人を避けながら。
*
「着いた。ここが外壁かぁ。思った以上に高いなぁ」
30メートルはありそうだ。
それに外壁には、結界魔法が施されている上に、神聖国の神官騎士が巡回している為、そうやすやすと突破は出来ないだろう。
『1つ試したい事があるわ』
「お? やっぱり頼りになるぜ、相棒」
『もう、調子いいんだから』
いいな、こういうやり取り。
『さっき『魔気』を初めて本格的に使ったじゃない? そのお陰で大体の性能は把握出来たわ。やっぱり実践に勝るデータはないわね』
「こんな短期間に? やっぱり凄いや! 流石は魔力の精霊!」
『もぉ〜! そんなに褒めても新しい『魔気』の使い方しか教えられないわよ』
十分だよ!
「どんなの? 出来れば怖くないやつが良いんだけど……」
『安心して欲しいわ。失敗しても死なないから』
安全だと言って欲しかったんだけど!?
『簡単に言えば、魔力の放出ね』
「でも、それだとバレるんじゃ」
『放出と言っても、直ぐに引っ込めるものよ。わかりやすく言えば、貴方の身体の延長線みたいなものよ。魔力で出来た手や足みたいなものね』
「手足が伸びたりデカくなったりするやつか!」
『昔、作ってたでしょう? 遠隔で操れる魔力の手を』
そういえば、『魔道騎士』なるものも作ってたっけ? 結局使う機会が無かったけど。
『それを応用するのよ。遠隔だと魔力の塊として周囲に魔力を放出しながら操るでしょう? だから身体から離さずに『魔気』の応用で瞬間的に出現させて、引っ込めることで魔力の放出を無くす事が出来るわ』
それならステルスが出来るという訳か!
魔力というのは目に見えないもの。魔力を見るには魔力を瞳に込める必要がある。
そしてそれには逆点があって、逆に言えば視界に入らなければ見えないという事で。
魔力を肌に感じるには直接放出された魔力を身体に浴びるしかない。
枢機卿のおじいちゃんが僕に魔力をぶつけた方法がその例だ。
そして、僕が使う『魔力圧縮』や『魔道騎士』は、その場に出現させるだけで魔力を放出するし、僕が操る為に魔力の糸のようなものも付ける必要があるから余計に広範囲に魔力を放出してしまう。
だから、魔力を身体から離さずに使えば、魔力の放出を抑えられるし、僕の『魔気』なら、完全に放出させずに出来る。もちろんマナのサポートありきの『魔力操作』技術なのだけれど。
逆に浴びずに感じるには、僕が今展開している『魔力領域』を使って、むしろ自分の魔力を相手に触れされて、相手の魔力を感じ取る方法があるけど、これは恐らく相当な魔力量がなければ出来ないと思う。
つまりこの国では僕にしか出来ない芸当。
そして、『魔力領域』の範囲内には、こちらを見ている人は居ない。
魔力を瞳に込めて見える範囲は人の視力に直結するからね。一応1キロ範囲まで拡大させてるから、これで安心だろう。
「んじゃ、お願い」
『ええ。任せて』
魔力の流れが足裏に集中する。
「な、何となく分かったよ……」
『行くわよ!』
その言葉をきっかけに、両足裏の魔力により、地面から押し出されるように、急上昇する。
「さながらジェット噴射だぁ!」
気分はロケット。
『魔気』を纏っているお陰か、Gはかかっていない。
一瞬で外壁の上まで辿り着く。
スタッと何とか着地。
「あぁ〜。怖かった」
『まあまあの性能ね。これを更に改良出来れば、ご主人様の弱点の身体能力を擬似的に高められるわね』
是非改良してください。これじゃいくら命があっても足りない。
「さてと、これで解決なら良かったけど、最難関のお出ましだ」
この首都を覆い尽くす結界魔法。
これは外からの侵入と中からの脱出を感知するものだ。
いざとなったら、魔力の消費が凄まじい事になるけど、魔力障壁になり、魔法と物理的な干渉を弾く神聖国最強の守りだ。
その為、常に膨大な魔石を蓄えている。
これに触れたら、直ぐに巡回している神官騎士に気付かれる。
でも外に出るためには、絶対に避けられない道だ。
「マナ、どうしようか? ごめんね。今日は頼りっぱなしだね」
『いいえ、むしろ嬉しいぐらいよ。ようやく私の存在意義を果たせるのだもの』
「本当に嬉しいことを言ってくれるよ……」
「うふふ。それで、方法だけれど……この結界は触れた者の魔力を感知しているわ。つまり、この結界魔法に感知されない波長に合わせれば、感知されずに突破出来るわ」
「感知されない波長? そんな都合のいいものあるの?」
『あるわよ。この結界魔法を展開されている魔力よ』
「なるほど! って、そんなのどうやって……一人一人の魔力の性質は違うんだよ? ましてやこの結界魔法は複数の人の魔力が交わって展開されているから、複雑さは半端ないよ」
『うふふ。私は何の精霊かしら?』
「魔力の精霊……だね」
『そうよ! 魔力に関することで私が出来ない事は無いわ! 任せてちょうだい!』
自信満々に言い放つマナの姿が浮かぶ。
そうだね。マナが断言したんだ。なら僕は信じて任せるしかない!
「おーけい。任せたぞ! マナ!」
『ええ。行くわよ『魔力分析』!』
僕の魔力が結界魔法に触れるギリギリまで迫る。
マナが結界魔法の解析を始める。
『中々複雑じゃないっ! でも、解けない程じゃないわね!』
マナが熱くなっている。
普段落ち着いた雰囲気を持つ彼女にしては、意外な一面だ。でもそういう熱くなっている姿も好きだ。
『……っ! 不意打ちに変な事言ってんじゃないわよっ!』
一気に分析速度が跳ね上がる。
『これでチェックメイトよ!』
僕の魔力の雰囲気が変わる。
色合いが透明から、色んな色が混じった虹色っぽいのに変わる。
『さあ。今よ!』
「うん!」
僕は躊躇わずに結界魔法に触れ、そして通り抜ける。
「…………」
『…………』
「成功……だね?」
『ええ。同然よ』
「やったっ!」
『ふぅー。中々骨が折れるわね』
「ありがとう」
『どういたしまして。さあ、先に進みましょう?』
「今度はこの高さから飛び降りるのかぁ。行くっきゃない!」
『うふふ。男らしくなったじゃない』
僕は、外壁の外に飛び降りた。
*
流れ星が降ったのは、眼前に広がる森だ。
山が幾つも重なる広大な森林。
でも何となくだけど、場所が分かるんだ。
僕は人が居ないのをいい事に、『魔力領域』を全開にして、森の中を突っ切っていく。
「はぁ、はぁ。早くしないと朝になっちゃう!」
戻る時間も考えると悠長に歩いている暇はない。
逸る気持ちを力に変えて、走り続ける。
だが、モヤシ体型の子供の体力では、森の複雑な地形により直ぐに尽きてしまう。
「マナばかりに頼っては、僕自身が怠けてしまう! マナ抜きでもこの程度乗り切れなちゃ!」
マナは、かなり疲れている。やはり結界魔法の分析に大きく消耗してしまったようだ。
帰りの事を考えると、これ以上は頼れない。
「僕もここで1つ強くならなちゃ!」
駆ける足に魔力を込める。
『魔気』が足に集中することで、地面による干渉は無くなり、走りやすくなったけど、それでは足りない。
「思い出せ! あの時の魔力の流れを!」
外壁の上まで届いた魔力の放出を思い出せ。
「魔力を瞬間的に放出する!」
マナがしようとした事とは違い、僕は魔力が放出しても問題ない森の中。
その為、放出する方向で進める。
しゅん! と一瞬だけ、瞬発力が上がったけど、まだ足りない。
マナは足裏から押し出すように魔力を使ったけど。
僕のは正真正銘、ジェットエンジンのような使い方だ。
「くっ、難しいね! でも、楽しいぃ!!」
久々に魔力を思い思い使える開放感から、どんどんやる気が増していく。
月明かりを頼りに、木々を避けながら、徐々に使い方をマスターする。
「はっ! ほっ! そいやぁー!」
細かく放出を繰り返し、加速していく。
子供故の成長速度なのか、身体が思うように動く。
みるみる吸収して物にしていく。
「あははっ! 『身体強化』を使う人はこんな気分なのかなっ! 最高に気持ちいい!!」
ステルスを捨てた派手さマックスだけど、楽しい。
「マナの技と僕の技が完成したら、最強になれるかもしれないね!!」
マナの技で僕を魔力の身体で覆って、僕の技で瞬間的に加速させる。
そんな理想系が見える。
「紙装甲の魔法使いじゃないぞ! みんな大好き、魔法剣士だぁ!!」
閉ざされたと思われた職業の道が見えてきた。
剣を振るって、魔法も使いこなす、そんな万能職に僕は就く!
最高の気分で目的地を目指す。
*
「つい……たぁ! はぁ、はぁ」
流石に疲れた。
魔力の放出を連続でこなすのは、神経を使う。
帰りの事を考えると憂鬱になりそうだ。
「これは……クレーター?」
予想以上に小さいクレーターに驚く。
どんなに小さな隕石でも、落下したらかなりの範囲がクレーターになると聞いた事あるけど、このクレーターは半径10メートルぐらいしかない。
「何が落下したんだ?」
クレーターの中心に目を向ける。
「光って……る?」
砂埃に覆われても分かるほど発光する物が中心にあった。
ドクン! 鼓動が高鳴る。
「君なの? 僕を呼んだのは」
無意識に発光物体に近づく。
それに応えるように、点滅を始める。
近くに寄れば、その物体の姿が顕になる。
「これは……卵? 空からの卵?」
それは白く光るバスケットボール並の大きさの卵だった。
恐る恐る触れる。
「暖かい。まるで生きてるようだ」
ふよふよと、円球の精霊達も近寄ってくる。
まるで祝福してくれているみたいだ。
卵を持ち上げてみる。
「んっ……しょ。意外と軽いね」
見た目は、クリスタルのような光沢のある宝石のようだ。
表面はスペスペしていて、触り心地がいい。
「君も嬉しいの?」
光の点滅が早くなる。喜んでいるみたいだ。
「でも、少し目立つね。光を抑えたり、消したりできるかな?」
出来ると言わんばかりに光だけが消える。
「凄い。言葉が通じるんだね。ありがとう」
卵を撫でると一瞬だけ光る。
喜んでいるみたいだ。
「それじゃあ、帰ろっか」
正体不明の卵だけど、不思議と手放す選択肢は僕には無かった。
帰り道は、気力を振り絞り、マナの助けを受けて、何とか朝のユリアさんが起こしに来るでは帰れた。
問題の卵も、上手く隠せている。
あと、分かった事だけど、この卵は僕の魔力を吸うようだ。吸うと嬉しそうに点滅する。
これからも魔力を定期的に与えてみよう。
何が卵から孵るのか楽しみだ。




