20話 聖女の名は
聖女候補の少女達が食事を取りに部屋を退出する。
残るのはソファに座る僕とその横に腰を下ろした聖女様だけ。
反対側のソファは聖女候補の彼女達が使うからだろう。
それにしても距離が近いなぁ。
手を伸ばせば触れられる距離に聖女様は座っている。
彼女目を瞑り、静かにしている。
背筋が真っ直ぐ伸びた、お手本のような姿勢だ。
絵になる。窓から差し込まれる光が聖女様を照らす光景は、綺麗の一言。
だからこそ僕は気まずい。
何か喋らなければと思うけど、どんな会話をすればいいのかわからない。
会話と糸口を探す僕に聖女様が話しかけてくる。
「何か私にお聞きしたいことがあるのでしょう?」
見透かされた!? いや、隣でソワソワしてたら何となく分かるよね。
聞きたいことか……あ、そう言えば聞こうと思っていたことが1つあったんだ。
「聖女様の……」
「はい」
「『才能』を教えて欲しいのですが……」
「むぅー」
何故か頬を膨れさせて不満そうに顔をしていらっしゃる。
な、なんで!? おかしな質問じゃないよね?
もしかして女性に『才能』を聞くのはこの世界ではセクハラなの!?
「まあ、いいです。私の『才能』についてお答えしますねっ!」
やっぱり怒っている! 何故だ!?
顔を横に向けてツンとしている。拗ねてるようにしか見えない。
「私の『才能』は、『不老』もしくは『永遠の若さ』と呼ばれています。能力は寿命がないのとこれ以上老いないことですね。不死ではないので他の方のように致命傷を負えば死にます。以上です」
軽く言ったけど、半端ないチートじゃねぇか!
逆に言えば、死ぬような目に合わなければ永遠に生きられるということでしょう?
もはや『神能』と呼んでもおかしくないんじゃないのか?
「『神能』では無いのですよね?」
「はい。これに関しては貴方と同じような考え方をする方々は多くいました。他の『才能』とは異質ですからね。ですが、私は知っています。これは『神能』と呼ばれるようなものではないのだと」
まるで呪いだと言わんばかりに目を伏せる。
「歴代の『神能』は世界に大きな影響を与えるものですが、私のは私にしか効果のないちっぽけなものなので、決して『神能』ではないのです。神子レイン」
悲しげな笑みを浮かべる聖女様は酷く孤独のように感じた。
気が付けば僕は聖女様の手を握っていた。
「……慰めてくれるのですか?」
「分かりません」
「なら何故?」
「ただ、こうしたかったからです」
握りしめた聖女様の手は冷たかった。
まるで死体のような冷たさだ。
昨日、手を引かれた時は緊張して気が付かなかったけど、今なら分かる。
これが聖女様の不老である対価。
彼女には温もりがない。
「聖女様。お聞きしたいことが増えました」
「……なんでしょう」
「貴女の名前を教えてください」
「今更ですね?」
「女性に名前をお聞きするのは初めてなので」
「なら、私が初めての相手になる訳ですねっ!」
お茶目にからかう。
もしかしたら彼女は名前を聞いて欲しかったかもしれない。いやきっとそうだ。
長く生きる彼女にとって自分を示すものは名前と変わらない容姿ぐらいなのだから。
「よーく覚えておいてくださいね」
僕の耳元に顔を近づける。
「私の名前はメサイア・リンフォースです。気軽にメアと呼んでくださいね。レイン」
告げた後の聖女様……メア様はどこか嬉しそうだった。
「メア様」
「メアと親しみを込めて呼んでください」
まだおじいちゃんみたいな無茶振りを!
「め、メア……」
「はい、レイン。何ですか?」
呼べと言ったの貴女だろうがっ! って、同じような事が昨日もあった気がする。
「それにしても、レインは年齢の割にはしっかりしてますね」
「へ?」
「まるで大人の方とお話してるように感じました」
あわわ!!
「き、気のせいです! それにしてもお昼ご飯楽しみですねっ! 僕、昨日はクリームシチューを頂きました。蕩けるような美味しさでしたっ!」
必死に話を逸らす。
「そうですね。今日はどのようなお料理なのか楽しみです」
ふぅ……何とかなったか。
「もしかしたらレインは私と同じように見た目と違う長生きさんなのかもしれませんね。なーんてっ!」
ドキッ! 訂正したいけど、何か嬉しそうにしているメアを見たら訂正出来なくなってしまった。
「あはは……」
乾いた笑いしか出ないや。
*
聖女候補達が向かいで食事をして、更に距離が縮まったメアは軽く腕を動かくだけで当たる程に近い。
それには聖女候補の子達も首を傾げてるけど、特にそれ以上思う事はないのか、食事に集中している。
子供で良かった。これでおませな年齢な女の子なら勘違いに勘違いを重ねてただろう。
そもそも僕は見た目、十歳児だ。
何の間違いもないだろう。
ソワソワしている僕を裏目に、メアは楽しそうに食事を頂いている。
「長生きすると、食事ぐらいしか楽しみが無くなるんですよね」
「そ、そうなんですね」
貴女は何歳だよ!
聖女候補の子達は、特に反応はしない。やっばりメアの『才能』は知っていたようだ。
「……でも、楽しみが増えました」
聖女候補の子達に聞こえないような声で、ボソッと零した。
「うふふ」
「今日は上機嫌ですね、聖女様」
マミリアさんが嬉しそうに尋ねる。
この子はメアが大好きなのだろう。
雰囲気も似て作っている気がする。
「分かりますか? マミ」
「はい。聖女様の事はいつも見ていましたので」
ことによってはストーカー発言だけど、幼い女の子が言うと、百合っぽくなるから不思議だ。
「嬉しいことがありました。……とても嬉しいことです」
「そうなんですねっ。それはすごく良かったですっ!」
マミリアさんが自分事のように喜ぶ。
他人の幸せを祝福出来るいい子だ。
他人の不幸はメシウマとかのたまう近代の若者に見せてやりたい。
その後は、メアとマミリアさんの他愛のない会話が続き、それに相打ちを打つ僕と、シリカさんとシュシュさん。
シリカさんは会話に参加しないというより、出来ないという感じで。シュシュさんはあんまり興味がない感じだ。
緩やかな昼時が過ぎていった。
*
「さて、お食事も済みましたし、神子レインの力を拝見しに行きましょうか」
「え?」
食事の片付けすら手伝わせてくれずに、食事後のお紅茶を飲んでいたら、一切聞いてない予定をあたかも知ってる前提で話す。
そして聖女候補の子達は特に驚いたりしていないことから事前に知ってたのだろう。
「聖女様。僕聞いてないのですけど」
「教えておりませんでしたので」
わざとかい。
「何処に向かうのですか?」
僕の力を見せるという事は、回復魔法が必要だという事だよね。
「各国から、手に負えない重症を負った方々が収容されている大型の治療施設です。その施設に所属する条件が回復魔法の適正を持つ聖職者のみ。故に世界最大規模の治療教会とも言われていますね。エディシラ神聖国が他国から戦争をけしかけられない最大の理由でもあります」
そう言って、そのまま立ち上がり僕に手を差し出す。
照れくさいけど、手を握り返すとやっぱり冷たい。
引っ張り上げられ、離される予定の手は未だに握られたまま。
「では行きましょう」
このまま行くの!?
聖女候補の子達を見ると、既に部屋の扉を開けて外に待機してた。
と、思ったら扉を出るタイミングで解放。
ギリギリ見られていないタイミングだ。
この聖女様。楽しんでらっしゃる。
男の純情を弄んでやがる!
メアの後ろに僕が並んで、左右にマミリアさんとシュシュさんで、後ろにシリカさんが囲んで移動を始める。
移動最中にも神官の人やシスター、聖騎士の人達が、わざわざ立ち止まり、頭を下げていく光景はなんだか自分が偉くなった気分になる。
実際偉いんだろうけど、威張ろうとは思わないんだよね。
僕は人助けがしたいのであって、偉くなりに来た訳じゃないから。
神殿の中をしばらく歩いていく。
そして辿り着いたのは大きな扉と、扉に刻まれた魔法陣。
「この魔法陣は、中の空気をこちらに入り込ませない為のものですね。中には空気感染する病気の方も居たりしますから」
「その場合は、私の『浄化の乙女』か聖水の出番ですわねっ!」
むむっ! と意気込むシュシュさんはもう元気そうだ。
「ここは司祭以上の権限でしか開かない扉で、治療施設に続く長い廊下になっています」
そう言って、手を翳すと、扉が光り、自動的に開かれる。
メアが言ったように、細長い廊下で、左右は窓一つない壁でトンネルを連想させる。
廊下に入ると後ろの扉が自動的閉まる。
そのまま進むと、また魔法陣が描かれた扉が見えてくる。
「神子レイン。貴方はまだ何も実績がありません。あくまで神子として認められただけなので、ここの患者を治して、その存在を信徒や他国に知らしめてやる必要があります。覚悟はいいですね?」
「はいっ!」
「良い返事です。……では参りましょう」
扉が開かれる。
扉の先には神官やシスター達が世話なく動き回っていた。中には服に血を付着させている人も居る。
「ここは戦場です。少しの遅れが死者を出すのですから」
立ち入ることで分かる死の匂い。
ここで多くの人が救われたが、救われずに死んだ人達も大勢居たのだろう。
「聖女様」
僕は彼女の隣まで移動する。
「1つ、いいですか?」
「なんですか?」
「はい。1つ教えて欲しい魔法があるのですが」
「なんでしょう?」
メアとしっかり目を合わせて、力強く言う。
「『範囲回復』を教えてください」
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ! 神子様は『範囲回復』すら使えないのですの!? それでどうやって今まで治してきたのですの…… 」
「あはは。僕が今まで使ってきた回復魔法は『小回復』と『回復』だけですよ。覚えている魔法もね」
「……っ!」
さすがに絶句のようだ。
2つだけの魔法を使って、神子に認められたようなものだから。
「な、ならば『範囲回復』など直ぐに覚えるのは無理ですわっ! 簡単な部類に入りますけど、それでも早くて3日はかかりますわ!」
なるほど3日か。間に合わないね。
「大丈夫ですよ。魔法だけなら僕、覚えるの得意ですから」
「む、無茶ですわ……」
「シュシュ。神子様とて無策な訳じゃないと思いますよ? 信じてみましょう」
「わ、私も信じます!」
「マミ、シリカ……分かりましたわ。私も信じてみますわ」
意外と仲が良くてよかった。
「ありがとう。聖女様、言い間違えました。『範囲回復』を見せてください」
「分かりました。…………『範囲回復』」
「さすが聖女様ですね。無詠唱です」
「す、すごいですぅ!」
「あんなにも簡単そうに……私もいつか」
やっぱり無詠唱は凄い技術なんだね。
という事はやはり『技術』に分類されているのだろう。
メアの足元に光る魔法陣が展開される。
僕は余すことなく記憶していく。
(雛ちゃん。行けそう?)
『うんっ! 行けるよ!』
そう。なら始めようか。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「もういいのですか?」
「はい。もう覚えましたので」
「なるほど。ならお任せします」
メアは僕が何をやるか察したようだ。
「この施設の中心に案内お願いします」
「かしこまりました。こちらです」
メアに案内され、施設の真ん中と思われる広間に辿り着く。
そこには多くのソファが置かれて、軽傷な人達が治療を待っていた。
メアの出現により場がざわめきだし、僕の姿を目撃すると、叫び出す人も現れた。
「聖女様と神子様!? 何故、国のトップの2人が……」
「ああ……聖女様、神子様」
「ママ。あのひとみこしゃま?」
「そ、そうよ。神子様と聖女様よ。ほら、早く跪きなさい!」
皆、その場に跪き出す。
「皆様。そのままで結構です」
メアの一言で跪こうとした人達が姿勢を戻す。
「今回、こちらに出向いたのは、神子レインの意思なのです」
ちゃっかり僕が望んで来たようにでっち上げだよ。
まあ、知っていたら、案内をお願いしたのは間違いない。
「これより、神子レインがその身に宿る奇跡を使いますので、皆様、その場から動かないようにお願いします」
「み、神子様の奇跡? なんだ?」
「お、俺に聞かれても知らねぇよ」
「歴代の神子様は、戦うことに特化した奇跡だと聞いてるぜ」
「なら、何故こんな場所に?」
「そんなことは知らねぇよ!」
場が騒がしくなる。
メアが静かにするように言おうとするけど、僕が遮る。
「ここからは僕に任せてください」
「分かりました。無理しないでくださいね、レイン」
それは確約出来ないなぁ。
無理して助けられる人が居るなら、僕は無理をするよ。
この場以外に、死の淵に立つ人達が大勢いる。
それを肌に感じる。
今じゃないと救えない人達が居る。
メア達が救わないのではない。
救えきれないのだ。
ユリアさんから聞いたけど、『神の秘跡』は、膨大な魔力と体力を消耗する為、1度使えば丸一日は休憩が必要だ。
メアは今日、お昼頃に僕を起こしに来た。
僕を気遣ってと思ったけど、どうやら朝にここに来て、『神の秘跡』を使っていたようだ。
その証拠に、彼女を魔力の瞳で見ると、魔力が非常に少ない。
出来ることをした後なのだ。
彼女が1人で僕を起こしに来たのも、本来の予定とは違うのだろう。
メアはきっと僕に救ってほしんだ。
今日、亡くなってしまうかもしれない人達を。
だから、救う。
メアの為でもあるけど、それ以上に救えるのなら僕は救いたい。
「……雛。行くよ」
『うんっ!』
さすがに覚えただけで、魔法が使えるのは簡単なものだけだ。
だから回復魔法を連想させて生まれた雛に補助してもらう。
魔力の圧縮は一瞬で終わった。
明らかに効率が違う。
効果も跳ね上がっているのだろう。
(行っくよォー!)
メアが使った『範囲回復』とは遥かに桁の違う極大の魔法陣が大理石の地面を多尽くす。
「まだ、足りないな」
さらに込める魔力を増やす。
どんどん魔法陣がデカくなっていく。
その光景を唖然として見つめる人々。
聖女候補の3人も例外じゃない。
唯一メアだけが祈るように手を組んでいる。
ようやく施設を覆い尽くすほどの大きさになった。
「さてと。持つかな?」
治す人達が多すぎて、僕の膨れ上がった魔力ですら足りるかとうか。
(お兄ちゃんっ! この中に『運命改変』を使う必要のある人は居ないよっ!)
吉報だ。ならギリギリ持つだろう。
「『範囲回復』……『過大深化』!」
極大の魔法陣は眩い光りを放つ。
全ての者を覆い尽くし、傷を治していく。
脳が焼き切れそうな情報量が押し寄せてくる。
本来なら一人一人をしっかり見て、治ったイメージをしてからするという工程を全てすっ飛ばして、見えない距離に居る相手を治そうというんだから。しかも複数。
「ぐっ……うぅ」
倒れ込みそうな所を踏ん張る。
今倒れたら、救えない。
助けなきゃいけない。
救わなきゃいけない。
倒れるわけにはいかない!!
歯を噛み締めて、頭痛に耐える。
……そしてようやく終わりが見えた。
魔法陣は光りを失い、消えていく。
「よ、良かった。足りた……っ!」
本当にギリギリだった。
でも救えた。治せた。
安堵の息をつく。
「ふぅー……あ、あれ?」
クラっと目眩が起きて、体の平衡感覚が無くなる。
(あ……倒れ込む)
地面に顔面からダイブだ。
きっと痛いだろうなぁ。
大理石の地面が迫って……こない?
次の瞬間には、抱きしめられていた。
鼻腔をくすぐるいい匂い。
「あ、メア。僕、やったよ」
「はい……はいっ! 貴方のお陰で大勢の方が救われました。……今はゆっくりと休んでください、レイン」
「そっか……なら、お言葉に甘えて」
僕は何度目かの意識を手放した。




