161話 新大陸45
それから一週間ほど準備に費やした。
アーサーはパーティーとして、少し遠出になると受付嬢のミサさんとソフィーさんに報告。
ソロモンもしばらく来れなくなるからと、これからの予定を話し合った。
準備万端に出発した。
モリタイナン百獣国の近くまで転移出来るけど、リリィさんの強い希望で徒歩での移動になった。
マナがごねるかとヒヤヒヤしたけど、ニコニコして許してくれた。余程、堪えたようだ。今では焦りすぎたことを反省している様子。
と言っても、順路は西側のイングリティア魔帝国と大陸中央に存在する、竜の顎と呼ばれる渓谷の間をすり抜けるように移動するだけ。
途中、僕たちが作った氷の長城『氷結凍土の長城』がレギオス連合とモリタイナン百獣国の間にそれぞれ有るぐらいだろう。
それも短距離転移を使って回避する予定である。
レギオス連合の『氷結凍土の長城』を越えた時のこと。
「なんかあの馬鹿げた氷の城の魔力に見覚えがあるのじゃが?」
「き、気のせいだよ……」
危うく僕がやったことがバレそうになったりした。
そんなこんなでのんびりとした移動中のこと。
道の途中でテーブルとイスが置かれており、そこに優雅に座りティータイムを楽しむ中学入りたてぐらいの美少年と、傍らで佇む美人なメイドの組み合わせが現れた。
(なに、あの人たち)
変すぎてもはや驚けないんだけど。
「ぐむぅ……」
そこでリリィさんは渋面をする。
「……」
ククリさんは顔をこわばらせる。
どうやら二人の知り合いのようだ?
そうして見守っていると、美少年の方が気づいたようにわざとらしい仕草で驚く。
「おおっ! ひさしぶりじゃないか、リリルカ!」
そうリリィさんの名前を呼んだのだ。
「……久しいのう。アルルハイト」
「そうだね。百年と少しぶりかな? 君があの“腐れ紳士“に倒されてから長かったよ」
そう言いながらアルルハイトさん? は手で椅子に座るように進めてきた。
リリィさんは正面に座り、背後にククリさんが控える。それを疑問に思いつつ、僕も座るより後ろにいるべきだと何となく思ったので、リリィさんの背後にククリさんと一緒に立つ。
「すまぬのぉ」
振り向かえずにリリィさんは言う。
ククリさんは首を横に振る。
お互い分かりあっているようなやり取りだ。
お付のメイドさんはリリィさんにだけ紅茶……と思ったら真っ赤な液体をコップに注いだ。
(座らなくてよかったぽい)
明らかに血じゃん。
『魔力量が多い血ね。多分高位の魔物の血だわ』
流石、吸血鬼と言ったところか。
目の前の美少年はなんとも言えない圧力を放っていた。
『推定魔力量は……百万オーバー?』
おいおい。リリィさんの五倍かよ。
本当にヤバい吸血鬼なのかもしれない。
出されたコップに目も向けずに、リリィさんは話しかける。
「して、吸血王子であり吸血王にもっとも近いとされるアルルハイトが落ちぶれた妾に何用じゃ?」
なんか世界観が変わりそうなことを言いましたリリィさん。
(そういうダークファンタジー感溢れるワードは止せ! 僕の管轄外だぞ!)
厨二心がくすぐられるだろ。
「当事者を抜きに話を進められないからね。許可を貰いに来たんだ……腐れ紳士に血闘を申し込む許可をね」
「むぅ……何故、妾の許可なんぞ要る? 好きにすれば良いじゃろう」
「そうもいかないさ。だって、これは敵討ちみたいなものなんだから。ボクの友人である君を滅ぼしかけた奴に対するね」
その時、美少年の威圧感がさらに増す。
おや? 実は良い人では?
リリィさんは苦笑するように言う。
「相変わらず甘い奴よのう……アルル」
「友人なんだから当たり前だよ」
それに対応して、美少年の彼も柔らかい笑みを浮かべ威圧感を引っ込める。
リリィさんは柔らかい笑みを浮かべて首を横に振る。
「妾が始末を付けるべきことじゃ、お主の手を煩わせることではない」
「言っとくけど、腐れ紳士は正式に吸血王子の一人になったよ。あれからかなり力をつけたからね、今の君が百万回挑んだとしても勝てやしないよ」
「ふむ……それほどまでに」
「だから、君が望むなら代わりに始末をつけてあげる。昔のよしみとして」
どうやらその“腐れ紳士“とやらが、リリィさんを倒した人物のあだ名みたいだ。
そして、ソイツは馬鹿みたいに強いから、強い美少年が代わりに倒してあげよう。と、提案しているわけだ。
有難いことだ。でも、それは受け入れられないよね。
「すまぬのう。もう一度言うがお主が手を下す必要は無いのじゃ」
「勝てる算段でもあるの?」
「ないのう……見ての通り、妾はか弱い吸血鬼になってしまったわけじゃ」
「じゃあ、諦めるの?」
「それも一つの手じゃな。妾は今とても楽しいんじゃ。ようやく解放されて、最愛の妹と弟みたいな者まで一緒に居てくれる……最高とまで言わずも最良ではなかろうか」
そう言って、リリィさんは振り返り愛おしそうにククリさんと僕を見つめる。
ちょ、照れるからやめてよ!
顔が赤くなるのを感じて、顔を背ける。
そこで初めてアルルハイトさんが僕に視線を向ける。
「彼を紹介してくれないか? ボクの殺気を受けても何ともない人間なんてひさしぶりだからさ」
舌なめずりしそうなほど笑みを深くするアルルハイトさんに思わず後ずさる。
(捕食者みたいな顔してんじゃん)
僕は出来るだけ愛想笑いを浮かべて、どうにかして! と、リリィさんにアイコンタクト。
苦笑しつつリリィさんはフォローを入れてくれる。
「お主とて手を出せば……許さぬぞ?」
あれ、フォローなの? なんかウチのもんに手を出すなら容赦しねぇぞ、オラァ! みたいな威圧をリリィさんが発している。
それにおどけたように両手を挙げて降参のポーズを取るアルルハイトさん。
「こわいこわい。流石に衰えたとは言え、吸血女王にもっとも近いとされた君と戦うのはやめとくよ……思ってたより元気そうで安心したから、帰るね」
そう言って、アルルハイトさんが立ち上がると、リリィさんも釣られて立つ。そうするとテーブルも椅子も蝙蝠の群れとなり飛び立ってしまう。
『何よあれ!? ちょっと旦那様! 一匹捕まえてっ!』
(空気読め! そんなことできるわけないだろ!)
最近大人しくなったと思ったら、すぐこうだ。
「……また会えて嬉しかったぞ」
「ボクもさ……それに」
そう言い、ククリさんを一瞥する。
「ごめんよ、助けられなくて」
すぐに逸らし、そのまま背中を向けて歩き去っていく。メイドさんもお辞儀の後、着いていく。
ククリさんはそんな事ないと首を横に振った。
「難儀なやつめ……すまぬのう、ククリ。付き合わせた」
「ううん。そんなことないよ〜相変わらず優しい人だよね〜」
「そうじゃな……あやつが吸血王になったら少しはお主も過ごしやすかろうか」
「私はお姉ちゃんが居れば満足だよ〜」
「そうか……実は妾もじゃ」
二人して分かりあったように言うけどさ、僕には寂しそうに見えるんだよね。
でも、これからも一緒に居る人を一人忘れてませんか?
僕はそっと二人を抱きしめる。
我ながら大胆すぎて火を噴きそうだぜ。
「アーサー?」
「アーサーくん?」
二人は驚いたように僕を見る。
僕は精一杯の笑顔を彼女たちに向ける。
「一生一緒に居てくれるんでしょ? なら、僕にも背負わせてよ……二人がさ、背負っている重荷を……いつか僕にも」
これ以上幸せになれないみたいな顔をしないでよ。
これ以上の幸せを願ってよ。
百年越しの再会すら果たせたんだ。
ならそれ以上の奇跡が起きてもバチは当たらないよ。
僕は二人の頭をくしゃりと乱暴に撫で付ける。
そしてそのまま駆け出す。
「せっかく楽しい冒険に出掛けてんだ! 楽しんでこうぜ! リリィ! ククリ!」
顔が真っ赤に染まるのを感じて、走り続けた。
「がははっ……不器用かお主は! 待つんじゃ! 先頭は妾が走るぞ!」
「ふふっ……そうだねぇ……もう二人ぼっちじゃないもんね〜……待ってぇ〜置いてかないでよ〜」
背後から明るい声が二つ追いかけてくる。
(本当にわがままになったもんだ)
苦笑しつつ、今は変わってゆく僕が少しだけ誇らしかった。
次の舞台は獣人たちの楽園。
モリタイナン百獣国だ。