159話 新大陸43
「もう我慢出来ないわ! モリタイナン百獣国に行きましょう!」
「いきなりどうしたのさ?」
久方ぶりに『精霊の箱庭』に僕は来ていた。
僕の中にある精神世界みたいな場所だ。
ここには僕の魂の欠片と、僕の保有している属性が結びついて、誕生した精霊たちが住まう。
僕が魔力という存在を認識したときに生まれた精霊。
魔力の精霊『マナ』。
僕が回復魔法の適正があると知った時に生まれた精霊。
回復の精霊、『雛』。
僕が魔石に触れて見つけた適正から生まれた精霊。
光の精霊、『ライア』。
僕が神聖図書館にて見つけた書物の魔石に触れ生まれた精霊。
氷の精霊、『澪』。
そして、賢者の時空魔法に巻き込まれる形で古竜さんから教えられて生まれた精霊。
時空の精霊、双子の『時雨』と『空音』。
みんな僕の大切で大好きな家族だ。
そんな場所に呼ばれて早々にマナが珍しく駄々をこねた。
大きなお城の庭園。
その真ん中にあるテラスにテーブルを囲むように座るのが僕たちのスタイルだ。
マナは突っ伏すように頭を掻き毟る。
うちらの中で一番クールな彼女らしからぬ乱心だ。
でも、過去になかったわけではない。
彼女は魔法に関する欲求が高すぎて時折暴走したりする。
今回もそれに付随しているのだろう。
「……旦那様。私は言ったわよね? あなただけの『変身魔法』を作ってみせると」
「そうだね」
確か新大陸に来たばかりの頃に言ってくれたってけ。
僕もそれを楽しみにしていた。
今回の乱心はその『変身魔法』に関連することなのだろう。
「解析を終えて、いざ作りましょうってなって……気付いたのよ。サンプルが全く足りないじゃない!!」
「ちょちょ!? 女の子が髪を掻きむしったらダメでしょ!」
またしても荒ぶるマナに、すかさず澪が止めに入る。
「マナちゃん久しぶりにハイテンションだよね〜」
一番付き合いが長いから、雛はライアに淹れてもらったメロンジュースを飲みながら静観する。
「そうですねっ。私も生まれたばかりのころは四六時中付きまとわれました……」
マナとライアにそんなバックストーリーが……。光の精霊の目からハイライトが消え失せるぐらい解析しまくったんだろうなぁ。
…………“こなたたちには普通だった“
「一応雛たちが止めてたからね〜目を覚ましていきなり質問攻めされたらかなわないもん」
雛この中でも幼い容姿だが、一番大人びいているように感じた。みんな成長するんだなぁと少し当時を懐かしむ。
「澪ちゃんは初対面の時、大変でしたよねっ」
「あ、あはは……あれは澪にとっても思い出したくないだろうね〜」
「マナちゃんが本気で怒ってたもんね」
…………“想像つかない“
時雨と空音の一言にみんなして苦笑する。
そりゃあ、今では大の仲良しだけど、澪は生まれたばかりの頃はかなり僕の負の感情というか、不安定な部分を多く引き継いだようだったからね。
氷魔法が不遇扱いされていたのもその要因かもしれない。
まあ、僕のチョロい部分を引き継いたりしたから、直ぐに仲良くなれたけどね。
「みんな! 何してるの!! マナを止めるのを手伝ってよ!!」
流石に任せっきりはダメらしい。
僕たちは慌てて澪のフォローに入った。
☆☆☆
「ごめんなさいね。少し変になってたわ」
…………“少し?“
「そこは気にしないの!」
恥じ入るように頬を染めるマナ。
長い付き合いだから今更どんな姿を見ても気にしない。そもそも彼女は僕の為に頑張っているのだから。
「いつもありがとうね、マナ……それにみんなも」
少し照れくさいけど、こういう機会にでも言わないと、中々伝えられないからね。
僕がどれほど君たちに感謝をしているのか。
「当然のことをしたまでよ……感謝しなくて、いいわ」
僕のシンプルな感謝の言葉に、マナが顔を横に逸らす。顔が真っ赤になっていたことは秘密だ。
他のみんなも嬉しそうにしてくれてる。
(うん。必ず……必ず完成してみせる)
魔導学園の時から、みんなに内緒で一つの魔法を作るためにコツコツ作っていた。
未だに完成とは程遠いが、必ず完成させてみせると、彼女たちを見て決心した。
「こ、こほんっ……それでね、モリタイナンに行きたいのは獣人のサンプルが欲しいのよ」
そうしてマナは語る。
賢者の『変身魔法』は不完全なのだと。
敢えて最適化出来るところを回りくどい回路を組み込んだりと、おおよそ僕が魔法を使えなくして弱体化させることに特化した作りになっていたそうだ。
そしてそれを改良して、変身に時間が掛かるけど、痛みをほとんど感じずに変身出来るし、魔法が阻害されて使えづらいと言ったデメリットも無くすことに成功した。
凄い。素直にそう思ったけど、彼女はそこで満足しなかった。
「ふざけないで。こんなのは出来上がったものを少しいじっただけよ。こんな他人の魔法に旦那様を任せたくないわ! 私は神子レインの精霊なのよ!? 賢者なんか目じゃないぐらい凄いものを作ってみせるわ! 旦那様だけの専用『変身魔法』をっ!!」
彼女にも誇りがある。
この世界において根源たる魔力そのものの精霊である誇りが。
一介の人間に負けてはいられない。
「アルシアちゃんとかハーフエルフとかじゃダメなの?」
雛が質問をする。
「ダメよ。今更ハーフエルフやエルフに変身出来ても、元々無尽蔵な魔力を持つ旦那様に何のメリットも無いもの」
エルフ族は魔力量の高さと、長命種がウリだ。
確かに僕がなってもメリットはそんなにないかも。
「喜ぶとしたらスーニャだけよ」
「あ〜あの子に見せたら、レイン君を襲っちゃうよね〜」
僕も想像してブルった。
「はい! 吸血鬼は?」
雛が元気よく手を挙げて質問する。
「いい質問ね。今一番ホットなサンプル……ゴホン! 身体の構造をしているのは確かね。でも、普通の人間と違いすぎて変身というより、旦那様の身体を完全に書き換えないといけないわ。二度と戻れないリスクもあったけど、ジェシカに用いた方法を使えば何とかなりそうね。でも、今の旦那様でも魔力量が足りない可能性が高いから推奨出来ないわ」
「そっかぁ〜」
僕も吸血鬼になれるのかもワクワクしたけど、流石に人間辞めたくないです。
えっ? もう辞めているだろうって?
その話はして無いだろ! いい加減にしろ!
「その結果、獣人さんが最適だと思い付いたわけですか?」
ライアが結論を出すように尋ねる。
それに苦虫を噛み潰したような顔で頷くマナ。
「奇しくも賢者と同じ結論にたどり着いたこたは屈辱だけどね」
本当に毛嫌いしているなぁ。
まあ、死にかけたし恨みのひとつぐらい抱くよね。
…………“もりたいなんに行ってどれぐらい調べる?“
期日を知りたがるのは時空の精霊故なのか、時雨と空音が聞く。
僕自身もソロモンやらアーサーの立場があるから、長くかかりすぎるのは困る。
「そうねぇ……妥協はしたくないから、八傑王獣と獣王のサンプルがあればいいわ」
「あんた、ナチュラルに国家転覆企んでない?」
ホイホイ会える相手じゃないだろ。
澪だけでなく僕たちもジト目でマナを見る。
「別に縛り上げる必要はないわよ。近くで見て観察出来ればサンプルは取れるわ」
フォローするようにいいますけどね? 一応モリタイナン百獣国のトップたちですよ? 近づくだけですら一苦労だも思うんだけども。
「ソロモンの方は、しばらく見守れるでしょう? アーサーの方は……そうね。長生きのリリィたちを道案内にモリタイナンに一緒に行きましょうか」
「リリィちゃんたち、冒険好きだもんね〜」
「ククリさんはお姉さんのリリィさんと一緒に居たいだけかと思います」
…………“仲良しの姉妹はいつでも一緒“
双子が言うと説得力が違う。
おおよその結論が出たので、やるべきことをするために、『精霊の箱庭』を後にする。
僕はリリィさんたちにぼやかしつつ、話さないといけないからね。