158話 新大陸42
困った。完璧な回答にフルカウンターを食らってしまった。
切実な叫びがこもった言葉だった。
「別に娼婦だったから、それがお礼になるとかじゃないわ。純粋にあなたが好きだから抱いて欲しいの」
「……」
その想いの強さに圧倒された。
きっと、分かった。抱くよ。なとど言えるなら、簡単に解決出来る悩みだ。
でも、それが出来たら苦労しない。
僕にとってそれは先約済みのものなんだ。
一番最初に僕を好きになってくれたスーニャに捧げるべきなのだ。
そしてドロシーが望むなら、次は彼女の番なのだ。
それが僕の通すべき筋だと思う。
何度も年齢を盾にはぐらかした僕が通すべき筋なんだ。
「ジェシカ……分かったよ。手を出してくれる?」
「えっ……こ、ここでおっぱじめるの!? ちょ、ちょっと恥ずかしい、かも」
何やら勘違いしている様子だけど、僕は構わず手を取る。
(みんな……お願いね!)
『なんだかんだ言ってヘタレただけじゃないの!』
『あんな最もらしい言い訳よく思いつくよねー』
『あはは……お兄ちゃんらしいね』
『メイドめは少しヒヤヒヤしましたっ』
…………“こなたたちにはよく分からないけど、創造主に優先順位があるのは分かった“
本気なんだもん。本気で僕とやりたがってるんだもん!
童貞のヘタレっぷりを舐めるなよ!?
ビ、ビビり散らかしているからね!?
言い訳にスーニャやドロシーの名前を使ってごめんなさい! でも、割とそう思ったのは本当。
(彼女たちが居ないところで勝手なことは出来ない)
僕とてそういう経験をしてみたい。
でも、何かが変わりそうなんだ。
僕の奥に眠るピュアな心とか。
「約束する……いつか必ず抱くから」
「えっ? どういう」
それが今の僕の精一杯だ。
ジェシカさんの言葉を遮るように、魔力を彼女に流す。
「『魔力譲渡』……『過大深化』」
彼女の身体全体を魔力で満たす。
「『運命改変』!」
何も、身体を幼くするのに時間を巻き戻す必要はない。
マナたちが半年近く掛けてようやく解析し終えた『変身魔法』の中に、興味深いデータがあった。
それは回復魔法が作用する条件だ。
細胞は一つ一つ持ち主のデータを保有しており、回復魔法はその細胞のデータから正常な姿を算出し、それを元に再生を開始するというものだ。
『運命改変』は僕の魂と相手の魂を繋げることも出来る。
魂に宿る過去のデータを検索し、彼女の幼かった頃のデータをコピーする。
そして、それを今の彼女の細胞データに上書きする。
そうすると不思議なことになる。
「驚くだろうけど……信じてね」
「もうわけ分からないわよ!?」
困惑するのも仕方ない。
僕は少し深呼吸してから、一気に仕上げに取り掛かる。
「略式……汝の下僕が懇願する、原初の姿に戻し給え……『神の秘跡』!」
膨大な経験と知識を得て、ようやく略式で行使出来るようになりました。さすがに身バレすぎる口上にもほどがあるからね。
参考までに詠唱を載せておくね。
『偉大なる我が神よ、汝の下僕たる神子レインが懇願する。欠けたる肉体を原初の姿に戻さんとせし神の奇跡を起こし給え…………『神の秘跡』』
神子レインとか言うとりまんがな。
そんなこんなで、ありとあらゆる肉体の傷を癒してくれる神の奇跡がジェシカさんに降り注ぐ。
回復魔法は上書きされた細胞データから再生を開始する。それはつまりジェシカさんが幼かった姿に。
(略式だと黄金色の魔力にならないんだな)
神々しい魔力が無く、僕の純粋な月白色の魔力がジェシカさんを覆う。
略式に至るプロセスの過程で、何かを省いたのだろうね。その省いたものが女神様のお力添えなのかも。
聖女メサイアが使っても通常通りの発動で、僕が使った場合に限り黄金色の魔力が現れる。
(間違いなく、僕には女神様から神能が送られているんだろうなぁ)
未だに使うことすら出来ないけどね。
精神世界とはいえ、女神様にファーストキスを奪われたわけで。思い出してドキドキしてしまう。
光が収束するように、ジェシカさんも縮んていく。
光が収まった時には、六歳児ぐらいの幼女が姿を現した。
「よしっ!」
僕はガッツポーズを取る。
幼女になったジェシカさんは自分の姿を見てわなわな震える。
「おとめのこくはくになにするのー!」
舌っ足らずなまま叫ぶ幼女。
パカパカと叩いてくるけど、非力すぎて和む。
丁度いいところに頭があるから、手を乗せて撫でる。
「十年後にも言ってくれたらその時は抱いてあげるからね!」
「ばかぁーー!!」
幼女の叫びが屋敷に轟いた。
その後はみんな大騒ぎ。
痴女メイドが幼女メイドに生まれ変わったのだ。
みんなにもみくちゃにされているジェシカさんを横目に、人気のない場所に向かう。
人が居ないことを確認して座り込む。
「はぁ……はぁ……はぁ……成功だね……はぁ」
仮面を外して、顔を上に向けて酸素を確保する。
『そうね。まさかいきなり試し出すから驚いたわよ』
『でも万事上手くいって良かった〜。冷や冷やしたよ、氷の精霊なのに!』
『ジェシカちゃん嬉しそうだったよ!』
『なんだかんだ言っても、やはり人生をやり直したかったのかもしれませんねっ』
…………“創造主とのまぐわりが見れなかったのは残念“
『ぶぅー!? な、なんちゅーこと言うの!』
『わぁ〜時雨ちゃんも空音ちゃんも興味あったんだ〜』
「勘弁してよぉ〜」
この実験には幾つか意味がある。
一つ目は記憶を保有したまま若返られるか。万全を期したから大丈夫だと確信していたけど、ヒヤヒヤはした。念の為に僕の魂と繋げ続けて記憶のロストを防いでいた。
これを試したのには意味がある。
いつか聖女メサイア……メアが一人ぼっちで取り残された時に、一緒の時を過ごせるようにする為。彼女は僕に人間の人生を歩んで欲しいみたいだけど、僕とて長生きぐらいはしたいからね!
それに、これは逆のことも言えるんだ。
これをもっと追求すれば、メアから『不老』を取り除き、彼女を普通の女の子に戻せるかもしれない。その可能性だ。
二つ目は、『運命改変』の負担を魔力だけで済ませられないか? というものだ。
マナたちいわく、使う度に魂が傷ついているみたい。その痛みは痛覚を遮断しようが何をしようが、貫通して僕に痛みを届ける。その副産物として肉体も破損するのだ。確かにあれは痛い。
傷ついた魂の回復には長い年月が掛かるみたいで、摩耗し続けたら僕は消滅するかもだって。
それを回避するために、マナたちが対価を魔力だけに出来ないか制御した。
結果は成功。僕には軽い呼吸困難だけで済み、魂の摩耗は無かったそうだ。まあ、あの痛みが来なかった時点で分かったことだけどね。嬉しいものだよ。
その分、ほとんどの魔力を持っていかれたらしいけど。
(魔力お化けなのに、いつもギリギリなのは何故でしょうか?)
答えはありえないことを可能にしているからです。
それには莫大なエネルギーを対価にしないといけない。
つまりそういうこと。
(なんかヒント掴めたかも……いつか使えるようにしてみせますよ“神能“『雷霆』っ!)
名前だけでおおよその力が想像出来る件について。
このなんでもありの世界において、“雷“に関する魔法も力も一切存在しない。つまり……そういう事だよね?