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153話 新大陸37

困惑気味なククリカさんは、それでも僕を自分の住処に案内してくれた。


道中本当に魔物とエンカウントしない。


そりゃあ、百年も狩ってたら生態系変わるよね。


「ゴブリンの血はどうなんですか?」


好奇心に負けて聞いてみた。


「死ぬほど不味い。だから、お姉ちゃんにはあげてないよ〜……私が飲んでるの」


ハイライトを失った瞳で見つめられると、ドキドキします。悪い意味で!


「じゃ、じゃあ、逆に美味しいのは?」

「ドラゴン! エルフ! 妖精! あと、魔力の多い人間かな〜」


お、おう。即答してくるし、よだれが垂れてきてますよ〜。


チラッと僕を見たククリカさんは口元を拭いた。


『狙われてるね〜』

(う、嬉しくない)

『でもどうせ、お姉ちゃんの方にあげるなら味見させてって言われそうじゃん? なら、今あげちゃいなよ〜』


いやいや。その理論は可笑しい。


誰が好き好んで自分の血を人に提供するか。


『うぅん? でも、お兄ちゃんの世界じゃ、オタクの人達が献血しまくってるよね?』

(あ、あれは……昔はお金が貰えてたみたいだから)

『人の役に立っているけど……なんか微妙な評価になるわね』

『じゃあ、最近は献血に行かないんだ?』

(それが、可愛い二次元の女の子のポスターを貼ったらみんな献血しに行ったらしいよ)

『男の人って女の子が関わってればなんでも良いんだね〜紙でも』


耳が痛いことでございます。


実際、ありふれた米の袋に美少女をプリントしたら、バカ売れしてたりするからね。


(それいいかも。メシア商会の商品にこの大陸の英雄や伝説の魔物とかプリントしたら……ヒット間違いなし?)


おいおい。早く帰って、アンジェラさんとトワさんに打診してみないと!


器用な人達が絵を描く練習をしているらしいから、商品を包む麻袋を練習代わりにすれば、将来上達したときに、プレミアムみたいな付いたり、マニアが収集品として集めたりしていいのでは? アイデアが膨らむぜ!


それにはククリカさんのお姉さんを助けて、気持ちよく帰れないとね!


そして歩くこと半日ほど。いや、本当に遠出だった。


鬱蒼とした森林の最奥に一軒家の木造の家が現れる。


「お姉ちゃんと一緒に建てたんだ〜」

「ご立派ですね〜」

「ありがと〜」


築百年は少し怖いけど、魔法でいくらでも耐久値は上げられるからなぁ。


「お姉ちゃん。ただいまぁ〜」


シンとした空気が家の中を漂う。


(彼女は返事のないこの家に百年間も帰ってきていたの?)


それはどれほどの孤独だろうか。


想像するだけで、身が震える。


ククリカさんは特に気にしたようなことはなく奥に向かう。


僕もあとを追従する。


「お姉ちゃん……今日はね、えへへ。久しぶりのお客さんだよ〜? アーサーくんって言うんだって〜」


偽名でごめんなさい。一応今はアーサーとして活動しているので。信じてないからとかじゃないから。


そうして彼女に招き入れられたのは、大きな一室。


棺の中にはこんもりと灰だけが詰まっていた。


「……」

「えへへ。びっくりするよね〜? でも、これでも生きてるんだよ〜? 本当に死ぬと、何にも無くなっちゃうんだ〜お墓すら作れないね〜?」


ニコニコ言うけど、それはきっと呪いのように感じた。灰になっても死なない。でも、話しかけても返事は返してくれないし、反応もしない。だって灰の塊だもの。


そしてククリカさんは毎日、血を与えに来ては灰が無くなっていないことに安堵するのだろう。


永遠に続く毎日であり、ある日突然終わるかもしれない恐怖と戦いながら。


(無理をしたのも、万が一が怖かったからだろうね……)


少し供給を怠れば最愛の姉が消えてしまうという。だから、必要以上に与え続けてたのかも。生態系を変えてしまうほど。百年間もの間。


もう一度、大好きなお姉ちゃんに逢いたくて。


僕はその想いに触れて、泣きそうになった。


「なんで泣いてるの〜? 私はちっとも悲しくないよ〜?」


ククリカさんは袖を使って僕の目元をゴシゴシ優しく拭いてくれた。


「でもありがとね〜泣いてくれて。ちょっと救われたかも〜」


嬉しそうに笑うあなたに、本当の笑顔を送りたくなった。


「任せてください。僕がお姉さんを助けます」


僕は柩の前まで歩いていく。


「えっと……お願い、ね〜?」


半信半疑なまま、それでも藁にもすがる思いで僕に託してくれる。その思いに必ず応える。


(だって僕は“救済“の神子だから!)


解体用の短剣を使って手のひらを切り裂く。


ドバドバと僕の血が灰を赤く染める。


「あ……あぁ……」


背後から掠れた声が僕に届く。


灰が全部真っ赤に染まり、光に包まれる。


「あぁぁ……っ!」


一歩づつふらつきながら足音が近づいてくる。


光が形を作る。


その輪郭は人の形。


光が収まる頃には幼い少女が姿を現した。


素っ裸で。


いや、粗末なことでしたよね。


「お姉ちゃん!」


ククリカさんは泣き腫らした顔でお姉さんに縋る。


その肌の温もりを感じようと、お姉さんの頬やお腹、太ももなどに触れる。


「生きてる……生きてるよぉ……お姉ちゃんがぁ……生き返ったぁ〜」


お姉さんのお腹に蹲るように泣きくじゃる。


僕は『収納』から白いシーツを取り出し、お姉さんに被せる。


ついでにククリカさんも被ったけど、本人は気づいてないようだ。


(良かった。助けられたみたい)


僕は雛により既に傷口が消え失せた手のひらを見てぎゅと握りしめる。


「お姉さん。起きる時間ですよ。寝坊過ぎて妹さんが泣いちゃいましたよ〜」


僕の声に反応したのか、それとも自分のお腹の上で泣いている妹を心配してか、幼い少女のまぶたが開かれた。


そして直ぐに閉じた。


……ん?


「むにゃむにゃ……もうはゃくね〜ん」

「寝るなぁーー!!!」


追加で百年はシャレにならんぞ!


初対面だけど突っ込まざるおえないぞ。


「お姉ちゃん……しょうがないな〜」

「いやいや! 受け入れたらもう一周ですけど!?」

「大丈夫だよ〜百年ぐらい〜」

「器が広すぎるぅー!」


なんだ、眩しいぞ? 後光が差してるぞ!


「いつ居なくなるか分からないよりずっとマシだよ〜だっていつかは起きてくれるんだもん」

「そ、それは……そうかも」


確かにそれならニコニコしながら待てるかもね。


「アーサーくん!」

「あ、はい」


ニコニコとお姉さんの寝顔を見ていたククリカさんは僕に向き直る。


「本当にありがと〜!」

「わっ」


ぎゅっと正面から抱きしめられた。


「どどどういたしましてぇ!」


凄く動揺しながらも何とかお返しを言う。


「うんっうんっ。本当にありがと〜私の出来ることならなんでも言うからお礼させてぇ〜」

「あ、いや……その、気にしなくていいですから! こんなに頑張ったんですから、それが対価です! 僕に何かしなくてもバチは当たりませんよ」

「そんなこと、ないよぉ! すごくすごく寂しかったんだも〜ん!」


うわ〜んとまた泣き出し、僕のお腹に顔を埋める。ゴシゴシの擦り付けるように。


『直ぐに女の子泣かせるんだからー』

『えへへ……雛ももらい泣きだよぉ』

『今回は上手くいって良かったわ……』

…………“万事解決“

『本当でずねぇ〜わ“だじも〜う“れじぃでずぅ〜』

『あ、おかえり』

『ぐす……早かったねぇ〜おかえりっ』

『一番感受性豊かな子が帰ってきたわね』

…………“雛も、らいあも、よしよし“


僕ももらい泣きしそうだよ。


「あーよしよし」


時雨と空音を真似るように、ククリカさんの頭を撫でる。


スピカやシャルルで鍛えられてますから。最高峰の撫でマエストロの実力を見せてやりましょう。


「むふふ〜目覚めによい光景じゃなぁ〜」


ん?


声のする方に視線を向けると、僕が被せたシーツに身を包まれたまま頬杖をついて横たわる少女がニヤニヤしていた。

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