151話 新大陸35
僕はいつも通りにアーサーとしての冒険者活動をすべく、冒険者組合に向かった。
全てが順調で、この大陸に来てもう四ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。
少しだけこの生活に慣れてしまったことに危機感すら感じた。
(このまま帰ることが出来なかったら……)
などと思ってしまう。
第二の人生をここで始めるのも悪くないのでは? と僕の中の僕が囁きかける。
でも、それに屈することはない。
(ナメるなよ。地続きなのは分かってるんだ……どんな方法を使っても戻るさ)
そんで、この大陸と交易を始めるんだ。
ほら、全て解決。
神子としての生活も、ここでの生活も手に入れてみせる。
欲張りになったものだと苦笑する。
(でも欲張りにもなるよ。だって……大切なものがたくさんできたんだ)
この世界に転生して本当に多くのものを手に入れたと思う。
だから何も手放したくない。
その為に、僕はいくらでも強く強欲になろう。
なとど、思いながら冒険者組合の引き戸をくぐった。
(なにやら騒がしい?)
いつも僕が来る時間帯は人気が少ないお昼時だ。でもそんな時間帯に人が大勢冒険者組合に押し寄せていた。
(またしても誰か怪我人でも現れたの?)
少し不安になりつつ冒険者の人たちの話し声に耳を傾ける。
「やべぇよ! ついに近場も全滅だ!」「国は何をしてるんだ! このままじゃ、稼げないぞ!」「正体不明の怪物がいるんだろ!? 星幾つに設定されるんだろうな! そいつを退治すれば一旗あげられるぞ!」「それにしても血が一滴も残らないミイラ状態で放置するなんて物騒なやつだよなぁ」「血吸いの森の怪物がこの近隣にまで現れるとはな……聞いたか? 血吸いの森にはもうまともな魔物は居ないらしいぞ?」「だからって誰が怪物の住処に近づくかよ! 死に行くようなもんだぜ」
ふむふむ。どうやら以前聞いたことのある血吸いの森の怪物さんがここの近場にログインしてエンジョイしているらしい。
ココ最近はソロモンとして王都に詰めてたから知らなんだ。
ひっそりと壁際で腕を組んでもたれかかって強者ムーブを楽しむ。
「みなさーん! 落ち着いてくださーい! 間もなく! 間もなく等級の高い冒険者の方が王都から来てくれますから!」
ソフィーさんが声を張り上げてみんなを落ち着かせようとする。
それでも騒ぎは収まらない。みんな、明日にもどうなるか分からない不安定な冒険者稼業だ。
この近場で稼げないなら、離れるしかないし。引退も視野に入るかも。
(確かアレスさん達はポーション代を支払うために一時的に遠出しているんだよね)
このエスティの街における最高戦力である星六冒険者、アレスさんパーティの不在もこの騒ぎに繋がっているのかもしれない。
バンバン!
「落ち着きなさい! 大の大人がはしたない!」
いつも物静かなミサさんにしては目立つことをしてみんなを叱る。
すると意外なことにみんな静かになる。
「不安になるのも分かります。でも、そのような姿を街の人たちに見せられますか? あなた達は“冒険者“なのですよ? 勇敢果敢でどんな難敵も屠ってきた“実力者“なのです。ですので、みっともない姿を見せるのは許しません! 分かりましたね!」
「「「「「いえっさー!!」」」」」
「よろしい! ならば持ち場に戻りなさい。いざってときはこの街を守ってもらいますからね!」
「「「「「うおおおお!!!」」」」」
すげぇ。一瞬で場を掌握した。
ほら、隣りに居るソフィーさんなんかメロメロになってミサさんを見ているよ。
(でも、一時的なものだよね)
それを知っているのか、ミサさんは少し焦ったように受付の奥に消えていく。
この街にはお世話になっている。
(今回は一肌脱ぎますか)
何より怪物の正体が気になるからね!
☆☆☆
「す、すっご」
ドン引きするぐらいミイラでした。
目の前に横たわるクマぐらいの大きさの四足歩行のイノシシは干からびていた。
それに近場の森は普段、冒険者や狩人の人たちがチラホラ見かけたりするけど、今は動物の声すら聞こえてこない。
まるで生命そのものが消え失せたような静寂だ。
「うーん? 別に噛みつかれて血を吸われたわけじゃない? そういえば若干頭部が凹んでるなぁ……」
そこそこ長い冒険者生活で、こういうグロ耐性なのはついたようで、すぐにイノシシの死体の状態を調べることが出来た。
(ちょっと僕じゃ死因は判別できないなぁ〜)
『呼ばれて飛びてて雛参上!』
(おっと! なんという幸運だろうか! あの高名な死体検視官の雛さんに出くわすなど!)
『えっへん! まっかせてくださいよ〜雛が一発で判別しちゃうから!』
という茶番をやりつつ、魔力でイノシシ覆い、雛の検死作業が開始した。
『ふむふむ。……なるほどぉ頭にすごい一撃食らって即死したみたいだねぇ。その後に? 血を抜かれたみたいだよ。お腹の下に少し切り傷があるよ!』
「なるほど……つまり犯人は!」
鈍器でイノシシ型魔物を一撃で倒したあとに、下腹部を切り裂いて血抜きをミイラになるまでやってから、他の獲物を探しに行くと……。
「つまり犯人は……えーっと? 分からないか、なぁ」
『そこまで溜めて分からないんだ……』
澪にあきられてしまった。
「いや、吸血鬼の可能性はあるよ? でも、この世界に来てから一回も文献に出てこないし」
この新大陸に居る可能性はあるけど、可能性は如何ほどか。
ズゥ……ズゥ……。
(ん? なんか引き摺っている音が背後からするぞ?)
何かしらと振り返れば、そこには女性が居た。
普通の庶民の衣服を着ているポンキュッポンなお姉さん。
二十歳に行くかどうかの年齢だろうか。
そこまでなら不思議なことは無い。
ここが血吸いの森の怪物が出没して、ミイラの魔物が周辺に散乱している一応冒険者しか立ち入らない森の中ということを抜きにすれば。
『現実逃避はやめなさい。どう見てもまともじゃないでしょう?』
『うひゃ〜おっきなハンマーだね!』
『真っ赤っかのを抜きにすればその感想になるかもね……』
『ヤベェやつだ! オラわくわくすっぞ! ですねっ』
…………“どうする? やっちゃう?“
(いやいや! ワンチャン赤いハンマーを持っている冒険者の人かもしれないよっ!)
どでかい槌を引き摺って息を荒らげたお姉さんが近づいてくる。
「はぁ……はぁ……血ぃ……」
「こ、こんにちわお姉さん。どうしたんですか? 体調悪そうですね!?」
こ、怖いぃ!
僕は思わず後ずさる。
いきなりホラーゲームの住人が現れたぐらい怖いぞ!
「血ぃ……寄越せぇ!」
「いぎゃあああ!!」
血を求めるお姉さんとエンカウントしました。
重たいハンマーなど関係なくぐらいの速さで迫ってくる女性に僕はかろうじて情けない悲鳴をあげつつ横に回避した。
くるくるシュタッ! と立ち上がりざまにバックステップ。
「うそんっ!?」
バゴンッ!! 僕が直前までいた地点にクレーターが出来上がっていた。
(し、死ぬ……マジで死ぬ。ほ、本気で死ぬ)
本来ならこの程度の攻撃、これまでに何度か見たことはあるし問題なくいなせてきた。
でも、ビジュアルのせいで恐怖が呼び覚まされる。
(今までにないもん! こんな普通そうな女の子がハンマー持って襲ってくること!)
ブォン! ブォン! と重たそうなハンマーを軽々しく振り回す女性に翻弄され続ける。
(身体強化してるのか!? なら、こっちもアーサーモードからレインモードに切り替えるべきかもしれない)
説明しよう。アーサーモードとは冒険者としてかなり縛りを設けた状態を意味する。基本的にマナたち精霊の力を借りずに剣をメインに戦うモードだ。
そしてレインモードは無制限。何をやってもおっけー。マナたちの力を借りることも、魔法をぶっぱなすことも、剣を使うことも可能というバランスブレイカーモードと言えよう。
ソロモンモードもあるけど、レインモードに変装を加えただけの別スキンみたいなもんだから気にしないで! 若干厨二病が入るのが玉に瑕。
『え〜っ。まだ早いよ〜。もう少しアーサーとして頑張ってよ』
『そうね。せっかくお手頃な相手みたいだから、あなたの望む経験を積むのにいいんじゃない?』
『ふぁいとー! お兄ちゃんのカッコイイどこ見てみたーい』
『メイドめも陰ながら応援させていただきますっ!』
…………“こなたたちも見守ってる“
なんということでしょう。
あの頼もしかった精霊たちが観戦モードに移って助けてくれる気配がございません!
(いざってなったら助けてね!)
とか言いつつ、確かに程よい相手なのかもしれない。
(今のところ飛び道具とか仕掛けてくる気配ないし。近接戦だけなら今の僕でもギリ渡り合えそうかな?)
伊達に剣を四ヶ月間もブンブンしていない。
そこそこ基礎は出来上がっていると思う。
応用もかなりいけるかな。
あとは強敵相手に経験を積むことかな。
僕は剣を鞘から抜きかけて、そのまま鞘ごと構えることにした。
(さ、流石に人は殺せないよぉ〜)
我ながら情けないけど、相手が殺人鬼でも確定しない限り、傷つけない選択を取る。
記憶の限り漁っても、血吸いの森の怪物の犠牲者という存在は聞いていない。
「そこに、あなたの善性を賭ける!」
人を襲わない吸血鬼 (仮)でたまたま暴走しちゃったてへっ! みたい女の子だと信じます。
「ふっ!」
ガッキーン!
ハンマーと正面から打ち合う。
本来なら鋼とは言え細い剣が受け止めたらへし折れるけど、そこは身体を守るパワードスーツみたいな能力を持つ纏う魔力こと魔気を剣にも覆わせて、防ぐ。
(そこに付与の種類を上乗せして魔法剣の出来上がりだ)
付与にも何種類かあり、永続付与は永続的に効果を付与出来るけど、その代わり効力は低くなりがちだ。その場合は魔力を込めることで効力を上昇させるように魔法陣を組むのが吉!
「せっかくだから少し派手なヤツでいこうかな! ……『氷付与』っ!」
鞘を付けたままの刀身に冷気が漂う。
『キタコレ! 私が最強! レイン君はそこ分かってるぅ〜♪』
澪さんのテンションが天元突破している。
(この子って、自分の属性の魔法を使われるとすんごいテンション上げるよね)
普段はふ〜ん私は別にイイけど? みたいな素っ気ない感じなのにさ。
そういうところが可愛いよね!
僕がこの属性を使ったのは、凍結させて動きを止められないかなという考えです。
(まあ、凍傷する恐れもあるけど)
その場合は雛さんにご助力してもらおう。
「さあ! かかっこいやぁー!」
勇む僕なんて目に入らないようにハンマーを振りかぶる吸血鬼さん。
その時ボソリと声が聞こえた。
「……『血の制裁』」
「はっ!?」
ゾワリと背筋が凍ったように感じて、僕は受け止めるのではなく、闘気を全開にして躱す。
ドッカアアアアン!!
クレータープラス血のドゲドゲが生えてきてまんがな。
(く、串刺し公みたいなことしやがって!)
危うく串刺しになりかねたぞ!?
魔法も使えるのか。
正気を失ったんかと思ってたけど、意外と意識があるのか?
僕は魔法の可能性も視野に入れて、魔力が可視化する魔視を使う。
これで不意打ちの魔法にも安心。
(へへっ。僕も成長したよね。そこまでアタフタしなくなった!)
自分の成長を噛み締める。
その間に地面にめり込んだ真っ赤なハンマーを抜き取り、構え直す吸血鬼さん。
「……血ぃ……血ぃ……ちょーだぁーい?」
「いぎゃあああ!!?」
ガンギマリ頂きましたぁ!?
僕は速攻で背中を向けて走り出す。
「まぁぁ……っええぇぇぇ!!」
「こ、来ないでぇぇぇ!!」
めっちゃ追っかけてくるぅ!?
(なんかないかな! なんかないかなっ! なんかないかな!?)
頭をフル回転して、ホラー吸血鬼から逃れる術を探す。
「血ぃーー……ちょーだぁーい!!」
(そっか! 血を捧げればいいのか!)
幸い時空魔法の一つ。別空間にものを保存する魔法。『収納』の中に狩ったまま放置している魔物の死体が何体かあります。
ゴブリンみたいに倒した死体に使い道がない場合は、その場で消滅させるけど、他の魔物は肉は食べられるし、皮は服や羊皮紙に使えるし、骨は丈夫ならスケルトンアーマーみたいに加工できると使い道がより取りみどり。
その為、倒したはいいものの、僕の等級的に冒険者組合に提出したら疑われそうな魔物は解体せずに『収納』に温存しているという訳です!
(良かった! こまめな収納癖が役に立った!)
なんでも拾っちゃうおじさんばりに収納して良かったぜ。
「これでもくらえぇー!」
『収納』から魔物の死体を吸血鬼さん目掛けて放る。
吸血鬼さんは直ぐにハンマーで打ち落とし、スンスンと鼻を鳴らしたのちに、指を死体に向けてクイっと人差し指を曲げる。
「おおっ……すごい!」
死体の傷口から血だけが浮かび上がり、そのまま吸血鬼さんの口の中に吸い込まれていった。