150話 新大陸34
珍しくトムさんに相談があると呼ばれた。
場所は屋敷の一室。応接室みたいな場所。
トムさんは僕の正面に座り込む。
「悪ぃ。ボスも忙しいだろうにわざわざ時間を作ってくれて感謝する」
神妙な面持ちで頭を深く下げる彼の様子からして、かなり真剣な案件だと察せられた。
僕はこういう相談を受けられるぐらいは頼ってくれるようになったのだと、少し浮かれる。
「いやいや。いいよ。いくらでも頼ってくれても。それに……暇だし!」
これは嘘じゃない。僕は暇なのだ。忙しいのはマナたちやトムさんたちであり、僕個人は冒険者として活動する余裕があるぐらい暇なのである。
だから、いくらでも頼っておくれよ。
少しだけ胸を張ってトムさんに話を促す。
「そう言ってくれるなら……助かるぜ。実はな、俺が以前所属していた組織がやらかしたらしい」
「トムさんを犯罪奴隷にした闇ギルドだよね?」
闇ギルド。あるいは裏ギルドなど呼ばれ方は様々だがやることは、表沙汰に出来ないような依頼をこなすギルドだ。必要悪と見なされ、国で密かに管理されることもあれば黙認されることもある。
「そうだ。どうやら他の闇ギルドに手を出して返り討ちになったらしい。抗争ってやつだ。結果は惨敗。結果、昔の知り合いが大勢捕まってるみたいなんだ」
「ふむ……」
ナワバリ争いに負けたということかな? カタカナで表現するとなんか、ほのぼのする。
僕は大してやり込んでなかったから、ボッコボコにやられて、塗りだくられたっけ。スナイパー強いよね。ローラーも強し。僕はプラモデラー使い。
って、違う違う。考え込むことはこれでは無い。話的にトムさんは昔の友人たちを助けたいのかも。裏社会で生きてきたのに甘い考えかもしれないけど、僕は支持をするよ。
「分かった。助けに行こう」
「っ! いいのか!? 言ってはなんだが助けたところで見返りを求められるような連中じゃないぞ?」
「むふふ〜トムさんの友達だもん。見返りがなくても助けるさ!」
だって僕は“救済“の二つ名持ちだし! 救える人はジャンジャン助けねば。
僕は立ち上がり胸を張って言う。
その様子にトムさんは一瞬だけ惚けて、直ぐに頭をかいてそのまま下げる。
「恩に着るぜボス」
「どんどん着せたまえよ、君ぃ〜」
☆☆☆
そういうことなので、僕はトムさんと一緒に敵の闇ギルドなる場所に行くことにした。
王都からほど近い街を根城にしている連中とのこと。
馬での移動なんざ洒落臭いと、トムさんを空間ごと固定して一緒に空の旅。大の大人が慌てふためく様は中々見ものだった。
「ぜぇ……ぜぇ……もう、ボスと一緒に移動なんか……しねぇ……ぜぇ……」
息も絶え絶えのトムさんは早くもギブアップの予感!
「でも慣れると案外悪くないよ?」
「慣れてたまるか!」
ふむ。いつの間にか僕は速度狂のマナたちに毒されてしまったようだ。
「ああ……懐かしいよ。僕にも君のように考えていた頃があった」
仮面越しに青空を見やる。そこには僕の悩みなんかちっぽけに感じるほどの広大な空が広がっていた。
「言うてアンタはまだ成人してないだろ!? なにを十年越しの思いに黄昏てんだよ!」
「ああっ! その黄昏の使い方間違えてるよ!」
「細けえよ! ニュアンスさえあってればいいだろ!」
それもそうか。この程度のことは形容しないと、ギャル語とか全部アウトだし。ひらがな、カタカナ、漢字、漢数字、英数字と様々な言語を屈指するのは日本人ぐらいだろう。だからそこに多少の使い間違いがあったり、造語が沢山造られても寛容でいられるこそが日本の美徳だ。
ありがとう日本。僕は日本に生まれてよかったよ。
まあ、今の僕は日本人じゃないんだけどね!
「それじゃあ、さっさと助けに行こうか!」
「本当にボスには敵わねぇなぁ。ついてきてくれ」
「あいさー!」
僕はトムさんの後ろをひょこひょことついていくことにした。
街に入るのかと思えば、少し離れた森の奥の館みたいな場所に案内された。
「街の中じゃないんだ」
「街の中にも闇ギルドが経営している酒場とかあるぜ。でも、本拠地になると色々敷地が必要になるから。それに必要なら丸ごと燃やしたり吹っ飛ばしたりするから、周りに何も無いほうが都合良かったりするんだ」
「流石だね。用意周到だことで」
用心深いし、必要ならどんなものでもアッサリ切り捨ててしまえるからこそ、裏社会で生き残れるんだろう。
(そして、トムさんは切り捨てることが出来なくなったから奴隷落ちしたんだろうか)
彼は出会ってから一度も冷徹な一面を見ていない。意図的に隠しているのか、それとももうそういう感情を抱くことが出来ないのか分からないけど、僕はそういうトムさんを気に入っている。
だから、助けよう。せっかくトムさんが人を助けたいと願ったんだから。
僕は魔力を広げて、館を覆うようにする。
そして徐々に密度を高めていく。
『制圧完了よ』
『せっかくの対人戦が出会う前に終わっちゃった……』
マナが端的に報告してくれて、澪が少しガッカリしたように言う。
(まあまあ、この程度で動けなくなるなら、正直期待できないし、ね?)
僕は澪を慰めるように言う。
『ちぇ……まあ、いいや。ゲームやりに戻ろ〜』
澪の気配が薄くなる。どうやら『精霊の箱庭』の奥に引っ込んだようだ。
『あの子って意外と好戦的よね』
(だね〜まあ、開発した魔法を使って戦いたいのは分かるけどさ)
僕だって使いたいよ。でも、基本的に人間相手は不殺だから結局、そこまで爽快にぶっぱなせないだろうけど。
僕がそうこうしているうちに、準備運動を終えたトムさんが覚悟を決めたような顔で言った。
「連中のやり方は俺が詳しい。ボスは俺の後ろについてきてくれ。連中は俺が……やる」
そう言って凛々しい顔で館に向かっていく。
僕は少し言いづらそうにしつつ、言う。
「あ、もう制圧したよ」
ずこっ〜!!
盛大にずっこけた。
「先に! 先に言ってくれるかな!? 俺のもろもろの覚悟どかは!?」
直ぐに立ち上がり詰め寄るトムさんをまあまあと、手で抑えるようにジェスチャーをして宥める。
「そもそもね。そんな覚悟はよっぽどの事じゃなければしなくていいよ。僕はトムさんに人を傷つけて欲しくて諜報員に抜擢したわけじゃないんだ。……人の役に立つような諜報員になって欲しくて任せたんだよ」
必要ならするべきことはあるだろう。でも、そういう覚悟をする一歩前に頼って欲しい。
「僕は君の“ボス“だぜ? 嫌なことはしなくてよし! 僕が許すよ。だから、ぬるく生きようぜぇ〜」
掟やルールはみんなを守るためにある。破ったら酷い目に合わせるのは僕の望むことではないのさ。
トントンとノックするようにトムさんの胸を叩く。
「それじゃあ、行こうか。君の友人を“救い“に」
「……はぁ。アンタと一緒にいると、調子が狂うぜ……でもあったけぇなぁ」
「観念しろ? 僕は身内にはダダ甘だからさ」
「分かったよ……ボス」
身長差がある二人だけど、今は気持ちが一緒だと良いな。
僕とトムさんは旧知の友人を助けることに成功した。
彼らはトムさんとは違って冷めきった表情をしていたし、死を望んだけどトムさんの懸命な説得ののちに、ウチのメシア商会の一員になることを選んでくれた。
誠意を見せると言って全員、僕の奴隷になることを望んだし、僕もそれを形容した。
きっとその首輪は彼らが普通に生きる為に必要なプロセスなのだろう。
だからもしも……トムさんと彼らがその首輪を外すことを望んだ時が来たら、盛大に祝おうじゃないか。
そしてこう言ってあげるんだ。
「ようこそ! 陽だまりの世界へ」
ってね!