14話 いざ神聖国へ!
体を子気味よく揺らす振動に意識が覚醒する。
瞼を開けばランプが吊された揺れる丸みを帯びた天井。
僅かに耳に届く規則正しい音は、聞き慣れた馬の歩行音。そしてギシギシと木が軋む音を鳴らすのはきっと、僕が乗っているのだろう馬車の音。
馬車の中にある座り台で横になっている筈なのに全く背中が痛くない。
意識を背中に向ければ、どうやらクッションのようなものが敷かれているようだ。
低反発だけど軽い子供の体には効果は抜群だ。
馬の足音と木の軋む音、そして馬車の振動とクッション。
これ程眠るのに恵まれた環境は中々ないだろう。
目覚めたばかりの瞼が重力に従い、ゆっくりと閉じ
「目が覚めましたか? 神子様」
横から、その声に遠のく意識が覚醒し、体が硬直する。
ゆっくりと顔を横に向けると、眼鏡シスターのお姉さんが無表情でこちらを見つめていた。
慌てて体を起こす。
「……」
「……」
「お……おはようございます」
「はい。おはようございます」
続く言葉が見つからない。
寝るのに最適だった空間は一瞬にて地獄へ。
脳裏に色んな事が湯水のごとく湧いてくる。
何故、眼鏡シスターと一緒なのだろう?
何故、イケメン騎士様は居ないのだろう?
何故、馬車に乗っているのだろう?
……嫌な予感。
「あ、あの〜」
「はい。なんでしょう神子様」
キリッ! とした表情で僕に尋ねる。
「この馬車は何処へ?」
そんな事かと言わんばかりに眼鏡を人差し指でグイッと位置を直す。
「もちろん、エディシラ神聖国に向かっております」
もちろんなんだ。
という事は……まさか。
僕は神子に選ばれた!?
さっきから眼鏡シスターさんは僕を神子候補ではなく"神子様"と呼んでいる。
間違いないのだろう。
まじかぁー。
神子。ここ100年間1度も現れなかった神の寵愛を一身に受けた選ばれし者。
超常の力を使い、人々を救い、悪を滅ぼす。
正しく歴史に名を残す英雄。
そんな凄い神子に僕は選ばれてしまった。
別に神様からチート貰ったり、反則級の異能を覚醒させたりしてない、魔法大好き少年である普通の人間である僕が。
妄想の中なら幾千も世界を救ったりしたけれど、実際に異世界に来た今なら分かる。
世界を救うなどスケールがデカすぎてマジ無理ゲー。
国ひとつですら規模がデカい。
街ひとつですら手に負えない。
村ひとつですら身に余る。
1人で適当に冒険者やって、大した活躍無く死ぬのが本来の僕の人生だ。
しょうがない! 潔く現実を受け止めよう。
僕は神子になる!
そうだね。やるなら歴代最高の神子になってやろうじゃないか。
チートも異能もないけど、僕には"彼女達"がいる。
ただの妄想の存在なのに、色々僕の知らない事を始めた彼女達はもはや何者か分からない。
光属性の女の子も追加予定なんだけど控えようかな。
体を循環している魔力に意識を向けると、やはり今までにない程に効率良くスムーズに流れている。
今なら『過大深化』を使わなくても、本来の数倍の効果を発揮する『回復』が使えそうだ。
それにしても『運命改変』かぁ……。
なんか凄そうなスキルだよね。
死が確定した者ですら治してしまうのだから。
もしかして十分チート?
いやいや。 チートとはもっとこう、スケールがでかいものだよ。
こんな程度がチートなわけない。
でも可能性は広がる気がする。
現在回復魔法しか使えないけど、光魔法にある攻撃系の魔法を習得したら大変なことになりそう。
……ごくり。
早く覚えたい。魔法を。世界の神秘を。
気が付けば手を握り締めていた。
「どうなされましたか?」
眼鏡シスターもといユリアさんが僕の様子に首を傾げる。
「い、いえ。その〜僕に神子が務まるのでしょうか。ほ、ほら! 僕はただの村人でしたし。 伝説に出てくるような神子様達のような力はありませんし」
だがやっぱり口から出るのは弱音。
性根はそう簡単に変えられない。
「神子様の御業はまさに奇跡そのものです」
目を瞑り、静かに語りかけてくるように。
「神子様が治した彼女は、教皇猊下と聖女様が使われる最高位の回復魔法である『神の秘跡』ですら治せるかどうかでした」
目を開き、強い意志を込めた瞳が僕を射抜く。
「神子様の力があれば、より多くの者が救えます。何も、力というのは戦う力だけのものではないのですよ?」
無表情のユリアは僅かに口元を緩ませる。
美人の笑みって反則だよね。
「ですから、どうか神子様のお力を私たちにお貸しください」
ユリアさんは最後に頭を下げる。
正直、未だに夢なんかじゃないかと思う時がある。
目を覚ましたら自分は病院のペットの上にいる。
全ては夢。
でも例え夢だとしても、求められているのならば応えたい。
何も無かった僕でも出来る事があるのなら成し遂げたい。
だから、決心する。
流されるだけではなく自分で選択する。
後悔をしないように、言い訳にならないように。
「……分かりました。こんな僕の力で良ければ、よろしくお願いします」
僕も頭を下げる。
ほぼ無意識の動き、苦笑する。
染み付いたお辞儀はまるで、夢なんかじゃないと伝えてるように感じた。
*
高級馬車に揺られ3日。
ユリアさんとは他愛ない会話が出来るように……まあ、ならないよね。
ユリアさんは無口だ。
僕は人見知りだ。
会話しようにも、村人の子供として過ごした僕と、神聖国でも上の立場である上位司祭であるユリアさんと話せることなどない。
でも気まずくないんだよね。
なんだろうね。こう、のんびり出来てるみたいな? 喋らなくても安心出来るような。不思議な空間が出来上がっていた。
僕も最初はユリアさんに意識を向けてたけど、今は窓から見える外の景色を眺めている。
窓の外には馬に跨った全身鎧の騎士様方。
ユリアさん曰く、教皇様の直属の配下である『聖騎士』。
ユリアさんも教皇様の配下。
あの鎧は特殊な魔法が付与されていて、炎天下でも、極寒の地でも快適に動けるし、重さもほとんど感じない最高級品の鎧。
『聖騎士』のみが身につけることを許される『聖鎧』。
聖女様の直属の配下である『戦乙女』も専用の装備があって、『聖装束』と呼ばれている。
どちらも教皇様と聖女様が『祝福』を施している一点物。
高位の聖職者が何日も掛けて祈りを捧げた物には神聖が宿り、それを世間では『祝福』された神聖な物。別名『神聖具』と呼ぶ。
一人一人が超人級の強さを持っており、神聖国の守護者的存在だ。
もちろん『神聖具』を身につけてるから強いのではなく、強いから『神聖具』を身につけることを許されているのだ。
「聖騎士様方はどれぐらい強いのですか?」
窓の外を眺めながらぼけぇっとユリアさんに尋ねる。
「一般的にはA級冒険者並と言われております」
「一般的にですか?」
「はい。一般的にです」
意味ありげな言い方だ。
まるで本当は違うと言ってるようだ。
格がちげぇーんだよ。格がよォ。
みたいな?
「と、言っても、冒険者方を見下しているわけではありません。むしろ私個人は彼らを好ましく思っております」
僕は驚く。ユリアさんみたいな国に仕える人は冒険者みたいな放浪者を好まないと思っていたからだ。
それにナチュラルに心読まれてない?
「彼らが居ることで救われる人々は数しれません。我が神聖国がいくら力と数を持ち合わせていても、他国にて勝手な行為は出来ませんので。神聖国に所属している者は彼らに感謝を抱いている者は少なくありません。……もちろん、弱者を救い、紳士に接する礼儀正しい冒険者に限りますが」
その瞳には、憎悪のようなもの感じた。
きっと過去にそういう輩がいたのだろう。
むしろ僕が描いていた野蛮な冒険者そのものが、ユリアさんは嫌いなのだろう。
そこで思い起こされるのは、僕が治した彼女のこと。
雰囲気的に僕はちゃんと治したから、こうやって神子認定を受けてるわけだし。
でも気になるなぁ。彼女がどうなったのか。
わざわざユリアさんが命をつなぎ止めてたわけだから、ユリアさん的には好ましい冒険者だったのだろうし。
それに、初めて見たエルフだし。美人だったなぁ。可愛いとも言える。
きっと笑ったら、恋に落ちない奴はいないだろう。
気になってきた。尋ねてもいいだろう。
……これで助かりませんでしたとか言われたらどうしよう。
「ユリアさん質問です!」
ビシッと手を上げて尋ねる。
もうユリアさんには慣れたものだ。
この人は見た目の冷たさと違って優しいのは分かっている。この程度で怒らないだろう。
「承りました」
ほらね!
「僕が治したエルフさんはどうなったのでしょうか! 気になります!」
はい。ご無事ですよ。
と、言ってくれるのかと思ったら渋い顔。
え?……ま、まさか。……し、死んだ?
「た、助からなかったのですか……」
気分が沈む。胸が苦しくなる。
「そうではありません! 確かに彼女は命を取り留めました! それは私が保証します」
気が付けば僕の両手を握る距離まで迫ったユリアさんは断言する。
「で、でもユリアさん。渋い顔をしてたじゃないですか!」
「それは違う事が原因なんです」
「違うこと?」
コクと頷き、説明し出す。
「彼女、スーニャは神子様に救われて、生きる事を決意しました」
なんだ。よかった。生きる決意をしたんだ。
「ですが彼女が生きる理由が問題なんです」
「生きる理由が問題?どういうこと?」
意味不明すぎて敬語すら忘れてしまう。
「いいですか神子様。スーニャは貴方様に生涯仕える事を決意したのです」
「ふぁ?」
「今、彼女は神子様に仕える為に神聖国に一足先に向かい、洗礼を受け、聖職者になろうとしています」
「ほえ?」
「我が神聖国でも人間以外の種族が聖職者になるのは異例の事なのです」
「わ、悪いのとなのですか!?」
まさかの神聖国、他種族差別!?
「いえ。神聖国は来るものを拒みません。ですが神聖国が信仰する神は人間だけが信仰する神故に、他種族が神聖国の聖職者になる事は無かったことなのです。孤児院にならそういう子達ならいます。ですがそれは他国の孤児院になるのです。神聖国には孤児院はありません。神聖国には他種族の方々が永住することは無いんです」
「な、なぜ?」
「簡単です。それぞれの種族には、信仰する神、または精霊が居るからです。彼らは生まれ育った土地、先祖、伝承などから信仰する対象が千差満別居るのです。同じ種族でも信仰対象が違うことは珍しいことではないのです。1度決めたら死ぬまで信仰対象を変えないのが絶対なのです。それは私たち神聖国に住まう者達も同様です」
なるほど。つまりそのエルフさんは自分の信仰する存在を人間の神に変えたわけだ。
確かにそれは異例だ。
「だからと言って私たちが彼女を拒む理由にはなりません。彼女が求めるのなら私たち聖職者は手を差し伸べ、共に神に仕えるだけなのです」
「異例なのは分かりました。でもユリアさんも納得してるのならなぜそんなに渋い顔を?」
今の話的に、ユリアさんはエルフさんが神聖国に来るのを嫌がってる訳じゃない。
「神子様。言ったでしょう? 彼女は貴方様に生涯仕えると」
「ん?…………ん!?」
「気付きましたか」
待っておかしい。
今の流れ的にエルフさんが信仰するのは、人間の神ではなく
「彼女は、人間の神ではなく、神子様を信仰しているのです」
やっぱり! 僕を神様みたいに思っているということでしょう!?
前世でも神格化された存在は多かったけど、まさか自分が神格化されるなんで、予想外にも程がある。
「や、やっぱりまずいのでしょうか!?」
混乱する頭を必死に整理しようとするけど、話がぶっ飛びすぎて逆にごちゃごちゃしてくる。
「まずくはないでしょう」
「そうなの!?」
「はい。まず、神子様は本来、神の寵愛を受けた者、または神の子、もしくは神の化身と呼ばれております。すなわち彼女が信仰する神子様と人間の神は実質同じという解釈も出来るのです」
「無理やり過ぎない!? 僕、神様じゃないよ!!」
「いえ。誰でも生きることを諦めた時に救ってくださる者はまるで神のように感じるものなのです」
確かにそうかもしれないけど。
「神子様は気を失っていたので覚えていないでしょうけど、あの場に居た者は全員神子様の御業を神の奇跡のように感じました……そう、まるで神が乗り移ったように」
そう語るユリアさんの顔は高揚するように真っ赤に染まっていた。
「私や聖騎士の者達も例外ではありません! 何度……何度何度何度も偽物や私利私欲の為に嘘をでっちあげる者達に絶望したか! ……100年です」
「え?」
「100年もの間、我々は数え切れない神子の発見情報の度に期待をし、そして絶望してきたのです。私とて、生きている内に神子様にお会い出来るなど微塵も思っていませんでした」
拳を震わせ、熱弁する。
まるで長い間、探し求めていた想い人に出会えたように。
「神子様捜索の任について早5年。その間の目撃情報36件。ほぼ毎月現れる神子様の情報の真意を確かめるべく、山を越え、海を渡り、会いたくもない威張り散らす貴族どもに頭を下げ、情報を求める。そして、全てはでっち上げられたものだった」
その目から光が失われる。本当に過酷だったようだ。
不意に窓の外を見ると
「うわっ!」
聖騎士の人達も目頭に涙を浮かべていた。
「諦めて、諦めて、絶望して、絶望して、そしてついに!」
「貴方様に出会えたのです!!」
「「「うおぉぉ!!!」」」
ユリアさんの言葉に、聖騎士の人達が歓声を上げる。
「はっきり言いましょう! 正直私も、神子様を信仰しています!!」
「ええっ!?」
「だってそうでしょう!? 諦めず探し、もうダメかもしれないと思っていた矢先に、貴方様は現れました!」
「「「うおぉぉ!! 神子様! 神子様! 神子様!」」」
聖騎士達のノリがおかしい!
あの物静かなユリアさんすらキャラ変わっている。
よっぽど彼女達にとって、神子という存在は大きかったんだ。
「私にはスーニャの気持ちが良く分かります!! そして彼女が抱く信仰は私よりも遥かに上でしょう! 神子様!」
「は、はい!」
「きっとスーニャは聖職者の試験をクリアし、神子様の元へ参られるでしょう。その時は彼女の気持ちを受け止めてください」
「どうやって受け止めれば……」
大義であったとか言えばいいのかな!?
「簡単です」
そう言ったユリアさんは慈愛に充ちた笑みを浮かべる。
「神子様の結成する専属部隊に加えるのです」
専属部隊! 教皇の聖騎士、聖女の戦乙女。それに並ぶ神子の部隊。
まさかこんなに早く作ることになるとは。
「安心してください。神子様の部隊なら資金はほぼ無制限なので、御遠慮なく聖騎士や戦乙女に並ぶ部隊をお作り下さい。そうして神子様の安全を確保してくれなければ、私たちが安心して眠れません!」
「り、了解です!」
その後も聖騎士の人達もいかに苦労したか、僕に会えてどれほど救われたかなど熱弁し、さっきまでクールな人達はどこに行ってしまったと思うほどだ。
その後、我に返ったユリアさんが気まずそうに悶えてたのが印象的だった。