146話 新大陸30
星三冒険者になり、一ヶ月ほどが経った。
星三の依頼にも慣れてきて、一人でも何とかこなせている。
週一で屋敷に行っては新たにやってきた奴隷の人達と契約を結び、報告を聞く。
アーサーとしても、ソロモンとしても充実した毎日だ。
今日も今日とて、冒険者組合に赴き依頼を探すべく足を運ぶ。
(なんか騒がしいな?)
組合に入る前からなにか騒いでいるような声が沢山聞こえてくる。
扉を開き中に入ると人集りが出来ていた。
「くそっ! くそっ! 死ぬなっ! 頼む! 死ぬなっ! ……モイ!」
「っ!?」
聞き覚えのある声。
聞き覚えのある名前に僕は背筋が凍る。
慌てて人集りに潜り込む。
抜けた先には布が敷かれた床に横になって倒れ込んでいるモイさん。
そしてズタボロのアレスさんとペンさん、アップルさん。
三人は自分の傷などお構い無しに、周りの人からポーションを受け取ってはモイさんにかける。
「どんなポーションでもいい! 買い取るからくれ!!」
血だらけになりながらも周りの人達に頭を下げて駆け回るペンさん。その表情は今にでも泣きそうになっていた。
「やだ……やだよ……死ぬなよぉ〜モイ」
アップルさんはありっだけのポーションをずっとモイさんの患部にかけては次のポーションを開ける。ぐちゃぐちゃに泣き腫らした表情をして。
「負けるな! モイ! お前はこれからも俺たちと一緒に冒険者やるんだろぉ!?」
アレスさんは意識が昏倒しているモイさんの手をギュッと握り声を掛け続ける。今にも消えそうなほど切ない表情だ。
(雛!)
『全身の骨が折れてるよ。特に胸からお腹にかけてが酷い……このままじゃ死んじゃう』
『何とかポーションで生き繋いでいる状態ね。旦那様。分かっているでしょうけどここは冷静に動くのよ。感情的に動くのは得策ではないわ』
(……分かった)
今すぐにでも助けたいけど、僕には背負っているものがある。助けるにも方法を選ぶ必要がある。
(助ける上で僕が目立たない方法……)
奇跡的にポーションで治ったように見せかけるか?
いや、さすがにそんなことすれば違和感に気付く人は現れるだろうし、今後同じことが起きた時に同じことをするかも。
変装して回復魔法を使うか?
案としてはこれがいいかも知れない。でも、そんなことすればどっちみち動きに制限がかかるし、下手すれば気付かれる。
(なら、今新しい選択を選ぶか)
漠然と思い付いたものがある。
(これに失敗したら変装して治そう)
僕はそう決断して、亜空間から手のひらサイズの小石を取り出し、周りに気づかれないように手に握りしめ魔力を込める。
『なるほどね。考えたわね……手伝うわ』
『雛も!』
マナと雛にもフォローしてもらって、魔石とかした小石に更に魔法陣を刻み込む。
許容出来る限界ギリギリまで魔法陣を刻む。
『ギリギリ入ったわね』
『うんっ! これなら治せるよ!』
(ありがとう。よしっ!)
魔石を握りしめ、アレスさんの前まで足を進める。
「アーサー?」
苦しそうに切なそうにするアレスさんは僕に顔を向ける。
「貰い物なのですが、これをモイさんに向けて砕いてください。治るかもしれません」
「ほんとかっ!? ありがとう!」
僕から魔石を受け取り、躊躇いなく魔石をモイさんの上で砕く。
(躊躇いなく使ってくれるとは……信頼されているのか、そんなことも考える余裕がないか)
前者なら嬉しいけど、ついこの前まで駆け出し冒険者の信頼度などたかが知れているだろうから、後者かなぁ。
砕かれた魔石から僕の魔力が漏れだし、空中に薄緑色の魔法陣が展開され、床に寝ているモイさんに魔法の効果が発動する。
(ハイヒール。欠損は治せないけど骨折程度なら治せるし、雛が改良を重ね更に雛の支援により唯一無二の効果を発揮する)
ゲームで例えるなら、回復 (高) 改良版Lv5 アビリティ 回復の精霊 (回復効果上昇:極)みたいなインフレ付与が付いているのだ。
(治らないわけが無いんだよな!)
モイさんの傷はみるみる治り、その余波でそばにいたアレスさんたちの傷も治っていく。
(込めた魔力は雛の回復の性質に特化させた魔力だ。結果、その魔力に触れるだけで治癒効果が発揮するとか、割となんでもありだよね)
これはエディシラ神聖国の聖女候補の一人、マミリアさんの才能みたいな効果に近いだろう。彼女は触れるだけで相手を癒せるから。
「ぅ……っ?」
モイさんが目を開く。
「モイ!!」
アレスさんは力強くモイさんを抱き締める。
「良かったぁ……良かったぁよぉ」
嬉しさに泣き崩れそうなアップルさんをペンさんは優しく支えて、本人もいい笑顔を浮かべる。
『うんうんっ。良かったね!』
『それにしても考えたわね。魔石に魔法を仕込むなんて』
(えへへ。いやぁ〜某錬金術ゲームだと宝石を錬金したら爆発する物になるからさぁー。魔石にもそういう性質を持たせたら面白そうだなぁって。それにスクロールとか魔導書とか魔法を発動する触媒にするのは基本みたいなところあるし、設置型の魔法陣って大抵は大理石やら床に描かれて効果を発動するじゃん? それを縮小させて魔石の規模に落とし込んで、最近僕たちが研究しているアレ(・・)も少し流用したらワンチャン行けるかなぁってさ!)
『そうね。アレは私たちの可能性を果てしなく広げるものね。それに融合魔法の方も研究が進んでいるし、近々効果を試すために使いたいわ』
(難点は使う機会が見つからないことだよね……融合魔法はどれも能力がぶっ飛んでるし)
気楽に使っていいものでは無い。
戦争を止めた『永久氷結の長城』を元に、みんなの魔法研究熱が爆発。僕が冒険者としてのほほんとしているこの機会に、時雨と空音も巻き込んで研究三昧だったのだ。
僕も寝る前は参加しているから、使いたくてうずうずしている気持ちは一緒だ。
(不謹慎だけど、めちゃくちゃ強い魔物か、はぐれ賢者とか居ないかなぁ)
本当に出てきたらマナたちのサンドバッグと化すだろうな。
最近は屋敷の改良も一段落して、魔法を使う機会も減ったし。
「アーサー! 本当にありがとうっ! このお礼は必ずする!」
アレスさんがモイさんを抱き締めたまま、僕に深々と頭を下げる。
「そ、そんな! 先程も言った通り、貰い物ですから! 僕の力じゃありません!」
僕は慌てて弁解する。
僕のお陰などと広がったら、勘違いする人達がその魔石を売れ! ってせっつかれちゃうよ。
「それでも、お前がここに来なければモイは助からなかったかもしれない……いや、助からなかった。だからそれも含めてのお礼がしたい。だが、周りの人達から買い取ったポーション代を払わないといけないから、その後で良いなら俺たちの持てる限りの物をお前に」
アレスさんはそこで言葉を区切り、仲間たちを見渡す。
みんな頷く。アレスさんも頷く。
「結構です」
続きを言おうとしたアレスさんの言葉を遮る。
「僕はアレスさん達に助けてもらいました。なのでこれは恩返しです。イーブンです。お互いこれで貸し借りなしですよ」
「だ、だけど!」
「なら! その代わりですけど、この品をくれた人は王都で商店を開くと言ってました。その人のお店で商品を買ってあげて下さい」
僕の言葉にアレスさんたちは顔を見合わせる。
「それはなんと言う店なの?」
モイさんが少し顔を赤らめて尋ねる。
アレスさんを意識しまくっているのが伝わって、こっちがニヤニヤしそうだよ。
「メシア商店と言うらしいですよ」