145話 新大陸29
馬車が街を出てから三時間ほどが経過した。
疲れた身体もある程度回復はしたものの、やはりおしりは痛い。
(そろそろ馬車から降りて並走してみようかな)
前世なら時速二十キロで走っている馬車と並走なんて無理だけど、今の僕は人並外れた身体能力がある。闘気による強化だけどね。
この程度の速度ならそこまで疲れないだろうし、むしろ何かあった時に対応しやすい。
(よしっ! ディース様に進言してみよう。依頼主のディース様が許可を出せばいいだけだ)
「あのディース様」
「む。アーサーよ。空から鳥共が来るぞ」
「えっ? ……って、あれは魔物!?」
頭上高く飛んでいた鳥の魔物達がこの馬車目掛けて急降下してくる。
(目的はこの馬車? それとも人間?)
それによっては護る順位が変わる。
一瞬の判断力が求められる。
(これは……人間が目的か!!)
僕達目掛けて鋭いクチバシがまるでミサイルのように降り注ぐ。
「伏せてください!」
「分かった」
僕は立ち上がり、剣を構える。
先程のアルマジロみたいな魔物みたく、弾き返せばいい。
接近。
剣を振る。
(はやい!?)
だけど剣が当たる直前にホバリングをして急上昇。
「剣が当たらない位置に陣取るつもりか!」
歯痒いことに、この鳥の魔物達は知能が高いようだ。
僕が剣を振るう間合いに入ってこないつもりだ。
「しかも! 一匹づつ急降下を繰り返してこちらを消耗させる気か!」
剣を振らなければそのまま僕達をそのクチバシで突き殺すだろうし、振れば間合いに入る前に空に逃げる。
万事休す。
近距離戦闘しか出来ない剣士の弱点を付かれた。
(こういうことも想定してのパーティ向けの依頼なんだろうなぁ)
役割を分担すれば、不測の事態に対応しやすい。
一人では対処出来ることなどたかが知れているということだ。
自分の無力さに歯ぎしりをする。
『旦那様。一つ提案があるわ』
(魔法を使えってこと? そうだよね。このままディース様の依頼を失敗させて、大損させたり大怪我させるよりはマシだよね)
悔しいけど、剣士アーサーとしての矜恃より、ディース様の安全確保の方が遥かに大事だ。
『違うわよ。あなたは最終的に剣士ではなく、魔法剣士が目標なのでしょう? 剣術を高めるために一時的に魔法を封じているだけよね?』
忘れたの? と暗に言われてあたふたしてしまう。
(う、うん。覚えてるよ。でもやっぱり魔法を使うことに違いは無いでしょ?)
若干忘れてたけど、誤魔化しておこう。
『……忘れてたわね。まあ、いいわ。それより剣士って魔力を使わないわけじゃないでしょう? 現にライオットやスーニャだって、魔法以外で魔力を使って戦ってたじゃない』
(魔力を使って……あ! かまいたちみたいに斬撃を飛ばすヤツか!)
それに、オーク戦の時に縛りに触れるからって、魔力による武器のコーティングも使わなかった。
『星二ならまだしも、星三なら闘気による身体強化以外にも魔力の応用をしてもいいんじゃない? 剣術だけで冒険者をしている人の方が少ないと思うわよ。みんな自分なりの工夫をしているでしょうから』
マナに言われて目が覚めた。
普通は強くなると言ったら、レベルアップを意味する。
ステータスが上がるだけじゃなくて、スキルみたいに技が増えたりするのだ。
今の僕を一言で表すなら、呪文を使わない初代ドラ〇エの主人公だ。ひたすらこうげきボタンを連打している脳筋。
剣士とて、剣を振るうだけが脳じゃない。
そして星三という一つのレベルアップをした僕には、魔力の応用をするぐらいのスキルは手にしてもいいはずだ。
『マナちゃん。普通に暇だから出番増やせってことだよね〜』
『暇じゃないわよ。変身魔法の解析もあと少しとはいえ残っているし、王都の屋敷の防衛システムも改良の余地があるわ。……でも、確かにもう少しぐらい頼られたいわね』
『やっぱ、構って欲しかったんじゃん♪』
『それは澪ちゃんも一緒だよね?』
『ばっ!? そんなわけないじゃん!! 私だってこの大陸の言語解析で忙しんですぅ〜。そんなこと言う雛ちゃんのほうがお兄ちゃんに構ってもらえなくて寂しかったんじゃないの〜?』
『うんっ! 雛、寂しかったから構って欲しいっ!』
『ぐはっ! 素直すぎるっ!! 澪さんの敗北です……』
久しぶりの賑やかさに頬が緩む。
僕は剣を今一度握りしめ直して、低く構える。
天高く飛び、こちらを見下す鳥の魔物に向かって剣を振るった。
気合いの意味合いも込めて、言葉を発する。
「魔刃!」
振るう前に剣の表面に薄く魔力の膜を張り、振るうと同時にその膜を独立させる。
振られた剣の勢いにそのまま魔力の膜は指向性を持って、バットにぶつかり飛んでいくボールのように、鋭い斬撃となって空中の魔物を切り裂く。
「ほぉ……」
ディース様が関心したように落ちる魔物を見る。
空中で余裕こいていた鳥の魔物たちは混乱を起こしたのかデタラメに飛び回り、こちらに突撃を仕掛けてくる。
「ふっ!」
だけど、判断力が欠如したのか、剣の間合いに入っても回避せず、僕に切り飛ばされていく。
それで冷静になった数体はどこかに飛んで行ってしまった。
「そんなことも出来たのか……君は多芸なんだな」
ディース様に褒められ、本当は手を抜いていることに罪悪感を感じつつ、エスティの街の輪郭が視界に入る。
「もう半時ほどで辿り着くだろう。ここまで来れば魔物も出まい。君が護衛で良かった」
「いえいえ。……それより、報酬分の働きは出来たのでしょうか?」
やはり一端の冒険者としては、そこら辺の評価が知りたい。
「十分すぎるさ。今後も機会があれば頼みたいぐらいだよ」
「あ、ありがとうございますっ」
こういうシンプルなお礼が一番沁みる。
「そういえば荷物は食品ですか?」
ひと仕事終えたような気分でつい聞いてしまう。
ディース様は特に気にすることなく、快く答えてくれた。
「戦争税が発生しないこのタイミングが売り時なのさ」
「戦争税?」
聞き馴染みのない言葉にオウム返しをしてしまう。
「普通の人は知らないだろうけど、戦時中、商人はその売上の一部を国に納めなければならないんだ。普段の税とは違ってね。この税はお金じゃなくてもいいんだ。商品でも納めることが可能で、戦時中最も必要とされたのが魔石。次に食料、水、武器防具の順番に価値が高い。だからそれら関連を扱っている商会はかなり不景気になりがちなんだ」
売ったぶん払わないといけないからね、とディース様は教えてくれた。
「まことしやかに今、戦争が止まっていると噂を聞いてね。戦争税は戦争中にしか発生しない。たとえ停戦中でも戦争していないのなら、税は掛からない。法の抜け道みたいなものさ」
へぇ〜。タメになる。
ソロモンとして商人名乗ってるけど、実際は全部任せているから何も知らないんだよね。
僕は商人に向いていないだろうし、居るだけ邪魔になりそうというのもある。名前と資金だけ用意してあとは投げっばなしだ。
実際戦争はしばらく出来ないようにしたから、戦争税が無い今がチャンスというわけだ。
「噂なんですよね? 大丈夫なんですか?」
事実をしているけど、ディース様は噂と言った。
商人が事実確認もしないで商いをするのは危険が大きすぎる気がする。
「普通はね。だが、私は駆け出しもいいところだ。失うものなど無い今だからこそ出来る選択肢だと思っている。商人として這い上がりたいならいざって時に乗り遅れずに走り出さないと、時代に置いていかれるからね」
大成する人というのはこういう人なんだろうなぁって、漠然的に思った。
器用で頭が良くて、勝負師。
カッコイイ人だ。
(恐れずに挑戦かぁ……)
近付く街をぼんやり眺めながら、色んな事を考えた。