143話 新大陸27
オークとの激闘から二週間。
僕はひたすら依頼を受け続けた。
オークとの戦いの後、逃げたコボルト達を殲滅するために残ろうと思ったけど、一応は冒険者の先輩であるボロ雑巾が大丈夫だと言った。
何でもコボルト達は戻っては来ないだろうとの事。
「自分たちの親分をぶち殺したヤツがいる所に戻りだがるヤツは居ないっすよ。既に新天地目指して移動してるっす」
舎弟みたいな喋り方をした中年親父のアドバイスを聞いて一安心。
村長さんがオークの代金を支払うのを待って欲しいとお願いされた。
けど、僕はあれもコボルトと同じ料金で構いませんと伝えた。
いたく感謝された。
星が一つ増えるだけで報酬はかなり跳ね上がるらしいからね。
僕からしたら自分のエゴで倒したから、そこまで報酬とかにこだわりはない。
その代わり、村の人達がオークを解体して、お肉を分けてくれた。
ボロボロにしたから、お肉の部位は少ない。
料理してもらって食べたけど、豚肉でした。
美味しかったです。
一つ殻を破ったからか、これまで以上に冷静に魔物と戦うことが出来るようになった。
それが楽しくて、討伐依頼を受けまくった結果。
「おめでとうございます。アーサー様は冒険者等級が星三等級になりました。これにより星三依頼を受注することが出来ます。……良かったね! アーサー君!」
受付嬢モードのソフィーさんに星三等級を表す身分証明書をもらって、祝われた。
手にした身分証明書は今まで通り羊皮紙だけど、重みが違って感じた。
「星三からは大抵の依頼を受けられるから、お金に困ることが減るよ。もちろん失敗しないことが前提だからね。身の丈にあった依頼だけにするんだよ?」
「分かりました。ソフィーお姉ちゃん」
「ううん。全然良いからね! これからもお姉ちゃんにじゃんじゃん頼ってね!」
「はい」
チョロいですソフィーお姉ちゃん。
さてと。
僕は星三依頼を早速受けることにする。
いつも都合してもらうのも忍びないので、掲示板に貼られたものを吟味する。
(流石に昼過ぎだと旨みが少ないなぁ。でも、それでも報酬は星二依頼より断然いいや)
最低でも銀貨一枚からだから、一日一依頼を受ければ普通に高級取りだ。
(星二の派生みたいのは、数をこなす感じか)
ゴブリン系の依頼はあるけど、パーティで挑んだゴブリンの巣討伐みたいなもので、星二依頼を纏めてこなすレベル。
コボルト二十体討伐とか、ゴブリン三十体討伐とかそんな感じ。
「あ、護衛依頼」
星二には無かったジャンルに目を奪われる。
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・護衛依頼 ☆☆☆
荷馬車による商品輸送を生業にしております行商人です。
隣町までの護衛をお願いします。
達成条件 エスティの街からエムティの街までの護衛。
報酬 銀貨五枚
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日付は明日の早朝になっている依頼だ。
今、僕が受けないと行商人さんが一人で隣町まで行くことになりそうだ。
依頼を受けますか?
▷ はい
いいえ
こんな感じで僕の脳裏に選択肢が浮かんだ。
僕は依頼を取り敢えず引き離して、受付カウンターに持っていく。
「ソフィーさん」
「…………」
無視された。
「ソフィーお姉ちゃん」
「はい。なんでしょうか?」
「…………真面目に働いてください」
「うっ……先輩みたいなことを……ごめんなさーい」
子供か! でも、少し可愛かったです。
「この依頼なんですが」
「ああ。護衛依頼だね……こほん。護衛依頼ですね」
今更感あるけど、いいか。
「報酬は悪くないのに何故誰も受けないのでしょうか?」
「星三冒険者は大抵パーティを組んでいて、報酬を人数分割で依頼を受けるからです。一見魅力的に見えますが、四人組なら報酬は銀貨一枚と大銅貨二枚、銅貨五枚ですね。一日がかりでそれは低く感じるでしょう。ましてや命懸けですからね」
「なるほど……」
「でも、だからと言って一人で受けるのはオススメしません」
これは一人向けの依頼かと思ったらソフィーさんから苦言をもらった。
「でも報酬的に一人向けってことですよね?」
「そうなりますね。ですが基本的に護衛依頼は複数人……つまりパーティ単位で受けてくれる前提の依頼主が多いんです。アーサー様が受けて、一人で行っても文句を言われたり、報酬を減らされるかも知れません」
つまり、複数人前提の報酬を一人で貰うんだから、その分評価は厳しめになるというわけか。
「それが強面な冒険者なら文句を言う方も少ないでしょうけど、アーサー様はちっさくて可愛くて私の弟さんなので、絶対に舐められます。受けるのはお姉ちゃん的に嫌です」
「後半ほぼ私情じゃねーか!!」
「やーだ〜! アーサー君が傷付いて欲しくないの〜! ね、ね。素直にお姉ちゃんが選んだ依頼にしてこ? そっちの方が安心安全だよ?」
「ソフィーお姉ちゃん……」
彼女は素直に僕の心配をしているんだ。
少し過保護にも感じるけど。素直に嬉しい。
「でも、僕はこの依頼を受けます」
「アーサー君がグレた!?」
「なんでやねん! 素直に困難に立ち向かおうとしてるだけですよ!! こほん。どんな依頼にも初めてというのはあります。確かにソフィーお姉ちゃんに選んでもらった依頼は安全でしょうけど、僕は多くのことを学んで成長したいんです。ご好意に反するようなことですが……受けさせてください」
「……嫌な目に会うかもよ?」
「承知の上です」
「傷付いちゃうかもよ?」
「めげなければいつか治る傷です」
「……冒険者を辞めるきっかけになるかもよ」
「……」
ソフィーさんはそれを恐れているんだ。
少し伏せるように俯くソフィーさん。
多くの冒険者を見てきた彼女にとって、亡くなった人も辞めた人も居なくなった人も大勢見てきたんだ。カウンター越しでしか出会えない大勢の人に、お別れも言えないことも多かったのだろう。
僕は微笑んだ。
カウンターに身を乗り出し、ソフィーさんの頭を撫でる。
「僕は死なないし、冒険者も辞めません。少し長い冒険に出掛けることはあっても、ソフィーお姉ちゃんに何も言わずに居なくなることだけはありません」
「アーサー君……」
少し潤んだ瞳を真っ直ぐに向けてくるソフィーさんに僕も前髪越しに真っ直ぐ見つめ返す。
「例え世界の裏側まで冒険に行ったとしても、帰ってこれます。僕にはそんな可能性があるんです。約束します。僕は居なくなったりしません」
元の大陸に戻っても、転移を使える僕なら好きな時に遊びに来れるからね!
そうだ。神子の仕事の合間に冒険者したり商人したりすればいい。
何も変わらない。例え神子に戻れても何も変わらないんだ。
僕がそれを願う限り、僕を……僕達を阻むものなどない。
新たな決意を胸に秘める。
この先も僕は神子レインで冒険者アーサーで商人ソロモン、そして獣人クロエだ。
偽名だらけだけど、それぞれに大切な出会いがあったから、今の僕が居るのだ。全部僕なんだ。そこに偽りはない。
ソフィーさんと見つめ合っていたら、不意にソフィーさんが顔を真っ赤にして怒った。
「い、いきなり女の子の頭を撫でるなんて、アーサー君の不潔! そんな子に育てた覚えはないよ! お姉ちゃんは」
「ご、ごめんなさい!」
まずった! ついソロモンの乗りでやってしまった!
この野郎! なに気安く女性に触れてやがる! 前世を思い出せ! お前ごときが女性の皆様に相手されるとか思ってんじゃねーぞ!!
僕は最近調子に乗り過ぎた!
反省しよう。
思いっきりカウンターに頭をうちつける勢いで頭を下げる。
ゴツン!
額が痛いけど、そんなことよりも詫びなければならない!
「本当にごめんなさい! ずに乗りました! 本当に申し訳ございません!」
「いやいや! やり過ぎだよ! みんな見てるよ!? ……そ、それに嫌じゃ、なかったかな」
「うわっ! 本当に注目受けてる……あわわ」
人の少ない時間帯だけど、人がいないわけじゃない。
何事だと注目を受け、僕は慌てる。
いまだに不意の注目には慣れない。
「ソフィーさん! この依頼お願いしますっ!!」
「か、かしこまりましたーっ!!」
二人してあわあわして、誤魔化すように依頼を受注。
そして慌てるように冒険者組合を後にした。
少しやらかして、気分が沈んでいるけど準備をしなければならない。
依頼は明日の早朝だ。
僕は依頼を受けまくって、貯まったお金を握りしめ、念願の装備一式を買いに鍛冶屋に向かった。
「こ、こんにちわ」
「ん? あの時の小僧か。どうした?」
「防具一式を買い揃えに来ました」
「ほう……予算は?」
「銀貨三十枚ほどです」
「しけてやがるなぁ?」
「ほ、星二だとこれが精一杯なんです」
今までの稼ぎとこの二週間の稼ぎ合わせて、暫くの生活費を差し引いたらこのぐらいが精一杯だ。
「まあ、いいか。皮鎧一式ぐらいなら都合出来るな」
そう言い、親方さんは商品棚の中から皮鎧一式を持ってきた。
「この一式で銀貨二十五枚ってところだ」
「は、はい。買います。御会計お願いします」
「待て、剣は買わないのか?」
「買いたいんですけど……予算が」
店舗に並んでいる、僕が次に狙っている鋼の剣は銀貨二十枚もする。
「あの鋼の剣が欲しいのか?」
「え、ええ。次にお金が貯まり次第、買わせてもらえたらと思っています」
「……あの剣とセットで銀貨三十枚にまけてやる」
「えっ!?」
親方さんのいきなりの申し出にビックリ。
「そ、そんなことしたら赤字じゃないですか!! 具体的に銀貨十五枚分の損ですよ!!」
「うるせぇ! 男が細けぇこと気にしてんじゃねぇー! それにタダでやるとは言ってねぇーだろ! 出世払いだ! ビッグになれ! いつか……この店の最高の武具を買えるような男になれっ!!」
「親方さん……分かりました! ビッグになります!」
「へん! その言葉忘れんじゃねぇーぞ?」
「はい!」
こうして、僕は初めてまともな装備をゲットすることに成功した。