135話 新大陸19
二人との長い長ーい会談を終えて、僕はお見送りをする。
「後日、というより明日には彼らを送る。本当に世話になった」
「レインさん。いつか貴方の素顔を見させてくださいね♪ 楽しみに待っています」
「ばいばーい」
「きゅう!」
沢山の騎士たちや姿を表さない、護衛の人達が一緒に消えていく。
「随分と親しくなれたようで良かったです」
「お疲れ様でした。ご主人様」
っと、スピカは幻影で姿を消してと。あと、普通におねむの時間だからね。
「うん。とても良くしてもらったよ」
「それではこの御屋敷は」
「うん。貰った」
「貰った!? 対価などは?」
「無いよ? 魔石は貰っても使い道に困るだけだからいいって」
「そ、それは……商人としては裏があるように考えてしまいます」
「さあ、どうだろう。僕にはよくわからないなぁ」
「もっとちゃんと考えてくださいよ!?」
「あはは。ごめんごめん。大丈夫。僕が保証するよ」
「良くは無いのでしょうけど、分かりましたよ」
肩を落としてため息をするヘンリーさんには申し訳ないけど、言えないこともあるからね。
「これからはここがお家ですか……私掃除したことがないのですが」
「まあ、何とかなるよ」
シャルルの頭を撫でて癒されながら、思い出す。
「あ、そうだ。明日、エバン殿下から何人か犯罪奴隷が僕の元に送られるからその時に纏めて奴隷契約でいい? 今日はもう疲れたよ〜」
「ちょっと!? どうすればそうなるのですか!? 詳しく聞かせてくださいよ!!」
「お休み〜ヘンリー。シャルル。御屋敷に入ろ?」
「はい。……あ、お荷物は宿泊施設に置いてきております」
「ふぁ〜明日でいいんじゃない?」
「あ、あの……し、下着などもあるのですが?」
「ごめんなさい! 直ぐに行こう! ほら、ヘンリー馬車出して! 説明して欲しいんだよね? 馬車の中で話すから!」
疲れてたとはいえ、デリカシーゼロだったね!
「都合がいいですね!? まあ、構いませんけどね!」
おはようございます! 取り敢えず怪しまれないように、転移でアーサーとして活動する街に行き一回安宿のチェックインをしてから、王都に戻ってきました。
「おはようございます。ご主人様」
「おはようシャルル」
なでなで。
シャルルはなすがままに頭を撫でられる。
シャルルは数枚の紙を持っていた。
「ここ一週間でかき集めた情報の中で、必要そうなものをピックアップして来ました」
「ありがとう! シャルルは仕事の出来る子だねっ」
うりゃうりゃと両手で髪をわしゃわしゃする。
「や、やめてください! 髪がボサボサになってしまいます」
「ごめんごめん」
紙を手渡され軽く読む。
澪が頑張って解読して、教えてくれてたから日常的に使われる単語などは覚えられた。
おおよそ、貴族の動きや、怪しい人物の動向であった。
やっぱりそう簡単には賢者たちの情報は手に入らないか。
賢者たちも僕と同じように、見つからないようにコソコソ動いてたり情報収集をしているのだろうか?
こっちは魔力がまた大幅に減ったから、しばらく大人しくしないと。
減れば減る分だけ、最大値が増えるからその分強くなれるから良いけどね。
緊急事態とかなら、周囲の魔力を変換して取り入れることもやむ無しだ。
「やはり一週間程度だと、大した情報は集まりませんでした」
「構わないよ。これからは少しづつ規模を拡げるから」
「かしこまりました」
「どう? シャルルはこのまま僕の傍に居ても良いって思ってもらえた? もし、シャルルが望むならできる限りのことはするよ? シャルルを護るその子たちはずっと一緒だから。大抵のところは安全だよ?」
シャルルは奴隷じゃないから、望むなら自由にしてもいいと思っている。
シャルルはまだ若いからね。幾らでもやり直しがきくよ。
「ご主人様。私は一人で生きる術すら知りません。それに帰る場所も……もう、ありません。御迷惑にならないように一生懸命働きますからお傍においてください。お願いします」
シャルルは頭を深々と下げてお願いするけど、それはこっちの台詞だよ。
シャルルの頭を撫でながら答える。
「僕の方こそよろしく頼むよ。これからもお願いね! シャルル」
「はい!」
良かった。
約束の時間はお昼過ぎだから時間があるね。
「なら、一緒にご飯食べに行こ? 奢るよ〜」
「はいっ。あ、そう言えばこのお店が美味しいと評判です」
懐から紙の束を取り出したけど、もしかして全部ご飯関連だったりします? 食いしん坊キャラなの?
シャルルの美味しいご飯情報を聞きながら、僕たちは出掛けた。
やっぱり帰る場所があると安心感が凄いね。
お昼頃、大きなリビングは落ち着かないから、かつては書斎として使われていただろう場所で、シャルルと一緒に買ってきた本を読みつつ紅茶を啜る。
何事も否定するのではなく、取り敢えず読んでから判断しようとシャルルだけでなく、マナたちにまで力説されたので、遺憾ながら腐な書物を流し読み。
定番と言われるやつで、流石に読みやすい。
ストーリーは騎士学校で落ちこぼれとして周りから蔑まれている主人公に、エリートの貴族の同級生が優しくしてきて、自分との差に劣等感を感じて一方的に嫌うけど、エリート君も身分や立場のせいで苦しんでいることを知る。
うん。ここまでなら王道だ。なんなら普通の友情活劇として終わっても良かったよ? むしろその方が良かった!
なんで唐突に、むしゃくしゃした主人公が夜の街に繰り出して、そこで男娼として客引きをしているエリート君を見つけて、黒い感情をぶつける為に指名して……ってなるの!?
理解を超えた超展開にページをめくる指が止まる。
マナたちからはよ! と続きを読めと催促されるけど、丁度そのタイミングで屋敷の正門に馬車が止まる。
魔力領域を屋敷周辺まで展開していたので直ぐに分かった。
これ幸いと、僕は魔力の手を使って遠隔操作で正門を開く。
馬車の行者さんは驚いてたけど、隣に座っていた騎士さんに何か言われて、そのまま正門から屋敷に向かって馬車を進める。
昨日、ヘンリーさんと話し合った結果、奴隷の引き渡しはエバン君たちの犯罪奴隷からする事になった。
ヘンリーさんが用意した奴隷の人達は二時間ほど遅らせてから連れてくるそうだ。
王族が相手だから譲ったのだろう。
僕はパタンと本を閉じて立ち上がる。
目をギラギラさせて読書をしていたシャルルが顔を向けてくる。ひっ……お、おう。
「お客さんが来たよ」
あまりものガチッぷりに声が震えそうになりながら、抑えた僕を褒めて欲しい。
「……かしこまりました」
凄い続きが読みたいけど、仕方ないと凄く不服そうに本を閉じる。
将来、臓物腸先生みたいに書く側に回らないことを祈るばかりだよ。
シャルルを連れて下の階に向かう。
丁度屋敷の正面玄関あたりに到着したから、扉も開けてあげる。
騎士に連れられて商人らしき人と五人の外套を被り鎖に繋がれた人達が背後に並ぶ。
「ソロモン様。エバン様からの贈り物です。まずはこちらを……」
そう言って、手に持っていた小さな宝箱を渡してくる。
「ありがとう」
手渡されて予想外の重さにビックリ。
「開けても?」
「どうぞ。ご確認ください」
パカ。 キラーン。閉じ。
「……これは?」
「はっ。白金貨百枚になります」
「一枚で金貨何枚分になるのかな?」
「千枚ほどになります」
「…………」
金貨十万枚!? えっ、お幾ら!?
「エバン様からご伝言が……その程度はオマケだから受け取ってくれ。厚意にしている商人なら捌けるだろうから、そこで換金でもしてくれ……どのことです」
わーい。この額がオマケだってよ奥さん!
アーサー君の稼ぎの何万倍なんだろうね?
「まあ、受け取っておくよ」
素っ気なく言っておいた。これから背後の人達の主人になる訳だから、この程度で動揺していると思われたら舐められる。
無造作にシャルルに手渡す。
「預かりわわっ!?」
シャルルもこれから後輩になる人達の前だからと、おすまし顔で受け取ろうとしたけど、予想外の重さにズッコケそうになる。
締まらないね! それがシャルルクオリティ。
「それでは次は犯罪奴隷の引き渡し契約をします」
「ここからは国家認定の奴隷商人でありまする私にお任せを」
「任せたぞ」
騎士さんが身なりが貴族にも負けないだろう男性にあとを譲り後ろに下がる。
「ではですね。こちらの奴隷契約書に血判をお願い致します。針でちょっとチクッとしますけど大丈夫でしょうか? ポーションも御用意させてもらっていますので、傷にはなりませんので御安心を」
ニコニコと擦り寄って、そのままなすがままに針を親指にグサッと刺して、血を出す。
「あ、そこです。この四角い空白に親指を押して下さい。あと四枚残ってますので、どんどんいきましょう!」
こうしていると前世の契約関連を思い出すなぁ。事務的にやるところとか、少しせっかちなところとか。
「あ〜問題ないようですね。では次は彼らの首輪に主人同録するので、またねチクッといきますね」
「あ、うん」
まだ終わってないのかよ!?
こういう契約って次から次へと、後出ししてくるよね!? 一気に教えてくれないかなぁ!?
すぐに済みますので〜とか言って、三十分は余裕で掛かるじゃんか!
五分で簡単登録とか言って、余裕で数倍の時間掛かるし!
僕は若干、前世を思い出してイライラしました。
「では〜ですね! これにて契約の方はつつがなく終わりましたので、こちらはお客様お控えの書類になりますのでしっかり保管してくださいね! そして、こちらは〜彼らの生年月日や性別、年齢、前職。そして犯罪奴隷になった経緯などが記載されている書類ですね」
僕はその紙束を受け取った。
「ではでは、これにて契約は完了になりますので〜」
「後はお任せ致します。私達はこれにて」
騎士さんと奴隷商人さんはササッと居なくなってしまう。
残されたのは僕とシャルル。そして外套を纏った五人の犯罪奴隷だけであった。