131話 新大陸15
ヘンリーさんが用意した馬車にシャルルと僕、ヘンリーさんを乗せて、行者には片想い男性。
四人で王都の貴族街にある物件に向かう。
「ソロモンさん。よろしいのですね? 一度取引を交わしたなら、もうあとに引けませんよ?」
「大丈夫大丈夫。問題ないよ」
「返事が軽いので余計に不安なんですよ……」
憂鬱そうなヘンリーさんと違って僕は上機嫌だった。
五里霧中のなかで、ようやく第一歩を踏み出せる光を見つけたような気分だ。
馬車に揺られながら馬車の窓から王都の景色を見る。
ふと視界に入ったシャルルは窓の景色を見つめながら首元を撫でていた。
もしかしたら、奴隷としてこの王都に来た時のことを思い出しているのかもしれない。
辛いことを思い出しているのだろう。
僕はいつものように、でもいつもよりうんと愛情を込めてシャルルの頭を撫でる。
ビックリしたようにシャルルは僕に向き直る。
でも僕が何も言わずに撫で続けるからか、目を瞑りなすがままにされる。
気のせいでなければ、口元が少し綻んでいる。
君には、これからは良いことしか起きないよ。僕が保証する。
ヘンリーさんは僕たちの様子を眺めつつ、優しげな瞳を向けてくる。
とこか優しげな風が吹いた。
「到着したようです」
場所は貴族街。
お城が身近に感じられるほど近場にある所に例の物件はあった。
「遠近法狂ってない?」
馬車から降りて視界に入ってくるのは、王都という限られた面積しか存在しない中、こんなに贅沢に場所を取ってもいいの? と思わずにはいられないほどの豪邸とその豪邸まで辿り着くための中庭の広さであった。
「王城をぐるりと覆うように作られているのが貴族街です。そのなかでもトップクラスの面積を有しているでしょう。だから言ったでしょう? この物件を取引に出すなどと」
ヘンリーさんが興奮するのも分かる。
これを消耗品の魔石の取引でくれると言うのだから。
「一応聞くけど、賃貸とかじゃないよね?」
「はい。土地の権利書とまとめてお渡しすると仰っておりました」
マジかよ。
王族の所有物の王都の一角を正体不明の人物にあげちゃうのか。
「それだけ、あの魔石には価値があると判断なされたという訳です」
「会うのが楽しみだね!」
「そうですよね……お会いするのは億劫……逆なんですか!?」
「見てよ。シャルルなんか放心してるよ。もはやお家芸になりそうな頻度だよ」
もちろん本当は緊張する。
でも、そうも言ってる場合じゃない。
むしろこの程度で躓けば、元の大陸に戻るのに何年かかるか分かったもんじゃない。
ここが正念場だろ。気張れ僕!
正門には煌びやかな鎧を身にまとった騎士と思われる人達が整列して待機しており、こちらの様子を伺っていた。
その中に一人が僕たちに向かって近付いてくる。
「そちらはヘンリック商会の代表。ヘンリック殿ですね」
「ええ。そうです」
「そしてそちらの方がソロモン殿になりましょうか」
「はい。ソロモンというのは私で間違いありません」
「そちらのお嬢さんはソロモン殿のお付き人ということで宜しいですか」
「はい」
シャルルにしてはしゃんとした態度で返事した。まるでどこかのお嬢様みたいだ。
「人相にも相違はないと確認しましたので、どうぞ。ここからはこちらの馬車で邸宅までお運び致します」
僕たち三人を馬車に乗せて中庭を突き進んでいく。
「庭を抜けるにも馬車が必要な広さかぁ」
馬車の中には僕たち3人しか居ないため気が楽だ。
「この物件がご主人様の物になるのですね」
「まだ決まったわけじゃないよ」
これから第二王子という強敵を相手取らなければいけないからね。その難関を乗り越えなければ手に入らない。
欲しいものの入手方法が困難であればあるほど、ゲーマーは燃え上がるものだ。
まあ、僕は攻略情報で最短入手を目指すタイプですけど。
五分ほどで馬車は豪邸の正面に到着した。
騎士に促され、馬車から降りる。
「エバン殿下がお待ちしております」
前後を騎士にサンドイッチされ、豪邸の中に入る。
飾りっけがない室内は、ずっと空き家だったことを表していた。
「ここからはソロモン殿一人で」
どうやら僕一人だけに会いたいらしい。
「ソロモンさん……くれぐれも失礼のないようにお願いしますよ」
「分かってるって」
本当かなぁみたいな顔しないでよ。
「シャルルも待っててね」
「ご武運を」
「あ、うん」
ある意味闘いに行くみたいなもんだよね。
騎士と僕で階段を上がっていく。
やたら人の気配が多い。
警備は万全というわけか。
『シャルルから引き離したのは人質みたいなもので、ヘンリーさんは助言などさせない為ね』
(用意周到だね)
「こちらの部屋にてエバン様がお待ちになっております」
「分かりました」
気を引き締めていく。
コンコン。
「失礼致します、エバン様。ソロモン殿をお連れになりました」
「入れ」
少し低めな声だ。
ガチャり。
軋む音一つしない扉が開かれ、僕は部屋の中に立ち入る。
「それでは失礼します」
騎士が直ぐに退出する。
「初めましてエバン殿下」
一礼して顔をあげた僕の視界には、ローストチキンを片手に、脚を組んでこちらを鋭い目付きで睨みつけるぽっちゃり体型の男性。
「…………」
僕は窓の外を遠い目で見つめる。
(予想外なんですけどぉーー!?)
え? なに? 影武者さん? 本人? 本人なの!? 嘘だって言ってよマーナー。
『なに動揺してるのよ。ネギがカモを背負って来てることに違いは無いじゃない』
『いや、マナちゃんが一番動揺してるじゃん』
『あのローストチキン美味しそうですね。何のお肉でしょうか?』
『ライアちゃんマイペースだね。うーん。脂肪は多いけど、割と健康体みたいだよ?』
……“こなたたちも食べてみたい“
『やめなさい。お腹壊すわよ』
『いや、何食わせる気だよっ!? マナちゃんしっかり!』
マナは混乱してる。
しょうがない。イメージしていた難敵のシルエットと乖離すぎだ。
僕ももっとこう、神経質そうなイケメンさんだと思ってたから。
合ってるの目付きだけだよ。
「なんだ、なにか文句でもあるのか?」
「え? いえいえ」
「はっきり言えよ。あまりにも高貴すぎて見蕩れてましたと」
…………。
『『『ぷふっ!』』』
『んっ……確かに服装などは気品溢れるものですね』
ライアだけズレている。
でもお陰で僕の腹筋が耐えきれたのでおっけーです。
どうしよう。マナたちがしばらく戦闘不能になったんだけど……。
はっ! まさかそれを狙って……恐ろしい!
「……イヴ。本当にこんなことが俺にとっての好機になるのか? 赤っ恥をかいただけのように思うのだが」
「ええ。御安心を兄様。全て順調に進んでおります」
エバン殿下のインパクトが強すぎたから気付かなかった。もう一人居た。
そして、やっぱり仕込みだったか。
シャルルより少し年上。つまり僕と同い年ぐらいの女の子は片手に杖を持ちながら扉の影に隠れていた。
エバン殿下の服装にも負けない。いや、それ以上に質の良いドレスを着こなし、裾をつまみあげながら、華麗に一礼。
「初めまして。イヴ・ベイトールと申します」
そう挨拶した二人目の王族の姫様の瞳は焦点が合っていなかった。
「目が」
「生まれつきでございます」
僕が言い終わるより早く返答をし瞼を閉じる。
そして、イヴ殿下はエバン殿下の傍まで杖をつきながら向かい、寄り添う。
背後の扉は閉められており、この部屋には僕達三人しか居ない。
驚くことに護衛の気配すらない。
「して、貴殿の名を聞こうか?」
マナたちが笑い転げて頼れないこの状況を僕一人で切り抜けるのか。
「ああ。それとも、貴殿の肩にずっと乗っているその竜の子供の名から聞いた方がいいか」
「……っ!」
マナさん。ビンゴだよ。言葉だけじゃない。
エバン殿下の天武『真実』はありとあらゆる嘘だけでなく偽りを看破する能力だ。
『幻影』で姿を隠していたスピカを看破したんだから。
『御主人様』
(おーけー、ライア。幻影を解いて)
『かしこまりました』
スピカに掛けていた魔法は解かれる。
「兄様兄様。その子は一体どのような姿なのでしょうか」
イヴ殿下はエバン殿下の肩を揺さぶり、尋ねる
「そうだな……白くてこじんまりとしていて、威厳とは程遠い愛いな容姿だ」
「まあ……抱かせてもらえないものでしょうかっ」
「……いいですよ。スピカと言います。スピカ、イヴ殿下の元に行っておいて」
「きゅ」
スピカは小さく羽を羽ばたかせてイヴ殿下の元へ。
正直、二人の腹の中が読めない。
この部屋に入ってから主導権を握られっぱなしだ。
「きゅ」
「きゃ! くすぐったいです」
スピカが早速、イヴ殿下に可愛がられている。それを鋭くもどこか優しい眼差しでエバン殿下が見つめる。
「ふむ。改めて聞こう。貴殿の名を申せ」
やられっぱなしというのも癪だよね。
いっちょ噛ましますか。
僕はエディシラ神聖国 神子流の挨拶を用いる。
顔の前で両手の指を組んで、頭を下げずに膝を軽く曲げて会釈。
最上位の地位に就く神子は人に頭を下げてはならないとユリアさんにキツく言われているんだ。
……すんごい下げてる気がするけど気にしない!
「ほう……所作が美しいな。高貴な生まれのものか」
感心したようにエバン殿はため息をつく。
「不思議だ。ひと通りの国の所作は覚えているが見覚えがない」
そりゃあそうですよ。この大陸にはないでしょうから。
教えてあげましょうか。
僕が何処の誰なのかを。
正念場だ。
「改めて御挨拶させていただきます。私はエディシラ神聖国 三大聖者が一人にて七代目の神子として『救済』の二つ名を授かりました……名を レイン・ステラノーツと申します。エバン殿」
「な、んだと!?」
ニヤリ。ようやく貴方の驚く姿を拝見出来ましたね。
「嘘は……ついてないのか」
「私は真実しか告げておりませんよ」
「……そうか」
僕はにべも無く言う。
背中は汗でびっしょりだけどね!!
うわっ! 久しぶりすぎて、恥ずかしい!
仮面着けてて良かったよ。
今、顔が真っ赤になってるもん。
『御主人様の勇姿っ! 永久保存確定ですね!』
『よっ! 神子様〜!』
『お兄ちゃんカッコよかったよっ』
……“創造主すてき“
『うふふ。久しぶりの神子モードね。出来れば変装なしかつ、正装して欲しかったわね』
(死ねと申すか! あと、みんな笑い転げるフリして、静観してたな〜)
バックでずっと笑ってたから、ツボに入ったのかと思ったよ。
『そんなわけないじゃない。確かに面白かったけれど、貴方の一大事にそんな呑気なことしている場合ではないでしょう?』
「エバン殿。先程の面白いセリフをもう一度」
「ぬ? もう一度か? んんっ……はっきり言えよ。あまりにも高貴すぎて、見蕩れてましたと」
(Byローストチキンも添えて)
…………。
『『『『んふっ!?』』』』
『ちょ……ちょっと! ま、まちな、さい……んっ……んふっ…………んふふ……あははっ! やっぱりだめぇ……あはははっ』
マナさん。やっぱりツボってるじゃないですかー。
『うふ、うふふっ……わた、わたし。一度目耐えたのにぃ……うふふ、あんまりですぅ……うふふふ』
ライアさん。連帯責任です。
『合いの手! 合いの手ははん、そく……だから。あはっ……あはははっ』
澪さんや、我ながら渾身の合いの手でした。
『あはははっ。おっかしーぃの! あはははっ』
雛さんが純粋に笑ってる。イイネ!
みんなもはち切れんばかりに笑い転げている声が脳内で響き渡る。
……“ちょっとおもしろかったかも“
それは良かったね。時雨、空音。
「なあ。何故二度も言わせた?」
「いえ。ちょっとしたお茶目です」
「そ、そうか」
エバン殿が若干引いているけど、まあいいか。