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122話 新大陸6

その後、冒険者組合に向かった。


ぶっちゃけ、今日も薬草を摘みにいこうと思ったけど、その前に早朝の冒険者組合の様子ってどうなんだろう? と好奇心から立ち寄ってみることに。


それに薬草を摘むのに、一日もかからないからね。少しぐらいのんびりしてもバチは当たらないだろう。


開閉扉をくぐる前から、賑やかなのが分かるぐらい、騒がしかった。


中には、人混みでぎゅうぎゅう詰めで、みんな掲示板の前であーでもないこーでもないと、意見のやり取りをしていて、冒険者ギルドってこういうイメージだよね? というオタクの妄想を詰め込んでいるような空間とかしていた。


みんな装備は多種多様で、少ないけど他種族の冒険者も見かけた。


でも不思議なことに、誰も掲示板に手を伸ばさない。


というより、人の数に比べて依頼が少ない?


と、思っていたら、紙の束を持った受付嬢の人達が、カウンターから出てきて、掲示板に次々依頼を貼り付け始めた。


冒険者の中には、その依頼に群がる者たちもいたけど、大半はその依頼に目もくれない。


「兄貴! 依頼が貼られたっすよ! 早く取らないと!」


近くでまだあどけなさが残る少年が筋肉隆々の男に焦ったように詰め寄る。


腕を組んでいた筋肉の男は、少年の疑問に答える。


「馬鹿野郎。冒険者が群がるのが分かっているからこそ、受付嬢たちは、旨みがある依頼は最後の最後に貼るのさ。最初に貼られるのは旨みが少ない依頼ばかりだ。そういう依頼こそ早く捌いて欲しくていの一番に貼っていくのさ」

「マジすか! な、なら、待ってれば旨みがある依頼を狙えるんすね!」

「あたぼーよ。気を抜くなよ? 受付嬢が持っている枚数が数えるぐらいになったら……」

「ごくん……なったら?」


ニヤリと筋肉は笑う。


「冒険者の大喧嘩が始まるんだよ」

「大喧嘩!」

「俺たちは並み居るこいつらを薙ぎ払って、依頼を勝ち取らなちゃならねぇーからよ」

「こ、こわい……兄貴」

「心配すんな! 俺がついてる」


バシッ! と、筋肉は少年の背中を叩く。


「楽しもうぜ。それが冒険者だからよぉ」

「うっす!」


ノリがもう体育会系なんよ。


……ふっ。でも嫌いじゃないぜ?


『そう思うなら何故掲示板から距離を置くの?』

(いや。普通に人混み、嫌い。怖い)

『相変わらずのチキンだね』


この性分だけは変わらない気がする。


掲示板から真反対の壁に背中をつけて、上がり続ける熱気を肌に感じる。


残り十枚。


冒険者たちが横に立っていた同業者に殴りかかった。


残り九枚。


馬乗りになって殴り始めた。


残り八枚。


同盟が組まれた。


残り七枚。


同盟による蹂躙。


残り六枚。


同盟同士のぶつかり合い。


残り五枚。


同盟の隙間を縫うように個人勢が掲示板に突撃。


残り四枚。


同盟から裏切りが。


残り三枚。


同盟解散。


残り二枚。


筋肉兄貴が少年を持ち上げた。


残り一枚。


少年は弾丸になった。


残り零枚。


少年が最後の一枚に顔面から突っ込み、依頼をもぎ取った。


彼は顔を真っ赤にして泣いていた。


兄貴がこれが冒険者だと訳の分からないことを宣う。


一部始終を見て思った。


(冒険者も大変だなぁ〜)


どうやら、平和のようです。




人混みを嫌うように、カウンターに殺到した依頼受注者たちを横目に僕は組合から出て、街の外に向かった。


門番さんに気をつけるように言われ、ぺこりと頭を下げる。


昨日と同じ草むら付近に到着。


ここから、少し移動して薬草採取に勤しむ。


雛の指し示すカーソル通りに無心で薬草を摘む。


暇すぎて、アニソンを口ずさむ。


『魔物の反応よ』


来たか。


僕は剣を背中から引き抜く。


「剣だけで倒させて」


剣術も極めると決めた以上経験はできる限り積まないと。


『ゴブリン一匹よ』

「了解」


その為には、克服する必要がある。


ゴブリンが姿を表した。


棍棒を持った緑色の肌を持つ醜い魔物。


僕の手が震えた。


僕はこれからゴブリンの命を奪う。


あの魔法が効かない怪物みたいに、無我夢中で倒すのではない。


自分の意思で、自分のわがままで命を奪う。


「がぎゃっ!」


グチャっと、唾液塗れの声を上げて、僕に棍棒を振り上げるゴブリン。


スローに感じる振り下ろし。


僕は息を吐く。


「命、貰います」


震えを抑え、剣による横払い。


振り下ろされる棍棒は僕に届くことなく、上半身と下半身が別れたゴブリンはその場に崩れ落ちる。


即死だった。


「はっ……はっ……」


剣を地面に突き刺し、パクパクする心臓を手で押さえる。


「気持ち悪い」


命を奪うというのは、気持ちの悪い行為だと改めて思う。


「でも、必要なことなんだよね……この世界で生きるには」


あっちの世界だって、食べる為に家畜を育て、そして命を奪い、血肉を食らう。


必要なことだ。


人間がわがままを通すのに必要なことだ。


だから、僕もわがままで命を奪う。


そして奪った以上に救おう。


「僕は……救済の、神子だから」


剣を杖代わりに、立ち上がる。


「うじうじ悩むのは後回しだ。今は強くなって元の場所に戻れるように前を向き続けよう」


神子の務めを果たすためなら、僕は……


僕は………………


「賢者の命すら、奪おう」


あなたが障害になるのならば。


「ダグラスの命も、奪おう」


剣を地面から引き抜き、血糊を振り払う。


「僕は決して聖人ではないから」


僕は自分に誓う。


神子として悪を討つ。


(でもでも、会心したり、抵抗しなかったりするなら、もちろん命を奪うようなことはしないから! したくないし! 僕、グロいのダメだし! みんな生きてハッピーエンドが一番!)

『一瞬で意志が揺らぐこの体たらく……ふふ。あなたらしいわね』

『いきなり闇堕ちしたんかと思ったよ〜』

『後で黒歴史? ってやつになるところだったね! そうしたらお兄様って呼んだほうが良かった? さすがお兄様! って』

(それはやめて! 少し、命を奪ったことで、なんかこう動揺しまくってただけだから!!)


そうだ。


このゴブリンを浄化しよう。


供養になるか分からないけど、それで来世は人間に生まれ変われるといいなぁ。


僕は光魔法を使い、ゴブリンを浄化という名の分解をする。


ゴブリンが塵一つ残らず消え去った。


そして一応手を合わせる。


「うん。これ僕の自己満足なだけだね」


冷静になったつもりでも、やっぱりまだ異常だ。


少しぼーっとしよう。


今のままじゃ、変なこと考えそうだ。


『御主人様は……お強いですね』


ライアが何かをボソリと呟いたけど、よく聴き取れなかった。


「なにか言った? ライア」

『いえ! 御主人様がご立派でメイドとして嬉しい限りだと思いましてっ!』

「そうかな? そうだといいなぁ」


立派なご主人様かぁ。


「僕はね。多分大丈夫だよ」

『……えっ』


空を見上げる。


どこまでも青く澄んでいる。


「だって、僕が間違った道に行こうものなら、マナたちがボロくそ言いながら引き戻してくれるもん」

『ボロくそは言い過ぎよ。おちょくるだけよ』

『闇堕ちしたら、君の鳥肌ゼリフを全部録音して後で聴かせるぐらいだよ〜』

『雛も……泣くだけだよ?』

「十分ぐらい悪どいんですけど!? あと、雛? 泣かないで。そんなことにならないからね? ねっ?」


以外と辛辣な対応をなさるおつもりだったんですね!






『引き戻してくれる……そう、なんですね……そうしてあげてたら』


今度こそ、ライアのつぶやきはレインにもマナたちにも聞こえはしなかった。






僕はその後、川の傍でぼーっとして、その間にマナはそこら辺に転がっている石たちに魔力を込めて魔石を増産しては収納に種類ごとに分類していく。


収納を開けば、大量の魔石がズラリと並ぶ。


それを僕はボケっと眺める。


時折魔物が傍に来るけど、まだおかわりが出来るほど回復していないので、殺気? みたいな念を送って追い返す。


殺気を放てるようになるとか、いよいよ僕もファンタジーの住人だぁ。


そうして過ごせばあっという間に、夕暮れ時。


僕は薬草が詰まった麻袋を詰め込んだリュックを背負い、剣も背負う。


気持ちを落ち着かせられたかな?


少なくても、もうゴブリンの死体のフラッシュバックは無くなった。


これからも奪う度に、刻まれるんだろうなぁ。


奪った命の最期を。






冒険者組合に戻り、薬草を納品。


今日も若い方の受付嬢さんだ。


「そう言えば、アーサー君に名前教えてなかったよね?」

「え……ああ。そうですね」

「なんか元気ないね? どうしたの?」


心配そうに覗き込む受付嬢さん。


親身になってくれているのに、名前も聞いていないのは確かに失礼だ。


「あ、あはは。少し疲れているだけですよ。受付嬢さんのお名前を教えてくれますか?」

「そう? まあ、冒険者になって二日目だもんね〜慣れないことだらけで大変だろうけど頑張って! 私も先輩も君には期待しているんだから!」

「ありがとうございます」

「で、名前だよね? 先輩はミサだよ」

「ミサさんですね……覚えました!」

「でねでね……私の名前は〜なんでしょーか?」

「えー? 当てろと?」


受付嬢さんはニコニコしながら頷く。


「実は私の名前を聞き出せた冒険者も、当てた冒険者も居ないんだよ? 先輩たちにもあえて冒険者の前で言わないようにしてもらってるの」

「どうしてですか?」


そんなめんどくさいことを。


僕の疑問に受付嬢さんは、柔らかい微笑みを浮かべる。


ドキッとしてしまう。


「だって、そうしたら意地でも生きてここに帰ってくるでしょ?」


ハッと受付嬢さんの顔を見る。


「仲良くなったのに、勝手に居なくなったり……死んじゃったりしたら、やだよ……」


彼女は多くの冒険者を見てきた。見送ってきた。


それってつまり、死んだ冒険者も居なくなった冒険者も見続けてきたんだ。


「先輩がね言ってたの。私たち受付嬢は冒険者を好きになるなって……どうせ死ぬからって。先輩も好きな人が冒険者だったのかな? そしてその人は……」


ミサさんはそのことから、結婚して冒険者から距離を置かれても気にしなかったのか?


どうせ死ぬからと。


それって。


「それって、悲しいことですね……触れ合えるのに、言葉をかわせるのに……心は届かないなんて」


今の僕には痛いほどその気持ちが分かった。


会いたい。


スーたちに会いたい。


学園のみんなに会いたい。


神聖国のみんなにも会いたい。


でも、今の僕には会いに行ける力がない。


きっと僕以上に、みんなも僕に会いたがっているはずなのに。


「アーサー君……」


気がつけば僕は泣いていた。


「あ、ごめんなさん……少し、感傷的になりすぎですよねっ……ごめんなさい。なに、自分ごとみたいに言ってんだろう……ははっ。赤の他人なのに……生意気なこと言ってすみません」


溢れる涙を拭う。


『旦那様……』

『『『……』』』


ほら、マナたちを心配させちゃう!


前向きになろうって決めただろうレイン!


ほら、笑えよ! 楽しいでしょう?


せっかく憧れの冒険者になれたんだからさ!


「アーサー君!」

「わっ!」


気がつけばカウンターから乗り出した受付嬢さんに頭突きを食らっていた。


あれ? 星が見える? てか痛い?


魔気解かれているね?


「辛いなら辛い! 泣きたいなら泣けばいいと思うよ! あたしはここから見守ることしか出来ないけど……」


僕の手を両手で包み込む。


受付嬢さんの額も赤い。


「でもこうやって、触れ合えるし、言葉もかわせるし、なんならお強い冒険者にすら反撃できるし」


受付嬢さんは目の端に涙を溜め込んで、微笑んだ。


「君の味方になれるから!」

「あ……」


味方。


その言葉が僕の心に染みた。


「血の繋がりがないからって、出会って数日だからって、まだお友達じゃないからって……赤の他人じゃないよ。君を知っているから、これから知れるから、私は君の味方になります」


ギュッと更に手を強く握られる。


「味方の私の前なら少しぐらい弱音を吐いてもいいんじゃない?」


そっか。


そうだよね。


僕はいつの間にか。


勝手に孤独になってた。


孤独に感じてきた。


ここは僕のことを誰も知らないから、全ての繋がりが途切れたように感じたから。


不安で仕方なくて、どんなに優しさを与えられても、どこか他人事みたいに感じていた。


この人な信じられる。そう思ったから少し打ち明けようと思えた。


「それじゃあ……教えてください」

「うん……」

「ゴブリンを殺めました。心が落ち着きません。どうすればいいですか?」

「うん! 分かんない!」


……おい!?


「相談に乗ってくれるのでは?」

「話は聞くとは言ったけど、答え持ってるなんて言ってないもーん」

「もーんって……まあ、確かにそうですね」


変な質問した自覚はある。


冒険者って魔物討伐の専門家みたいなものだ。


専門家が、こんなことでうじうじ悩まないか。


「でもね、アーサー君と同じ悩みを打ち明けてきた子達は居たよ?」

「……え?」

「思ったより生々しかった。気持ち悪かった。怖かった。もうしたくないって、言う子達は居たよ」


同じ悩みを持っている人たちが居たんだと、失礼ながら嬉しかった。


「今、彼らは?」


僕の質問に目を伏せて言う。


「もう無理だと辞めた子も、割り切るって続ける子も、気が付いたら克服している子も居る」

「答えは一つじゃないということですか……」


そうだよね。人の数だけ物語がある。


似通った悩みを持ってたからって、同じ答えに行き着くわけじゃない。


「そういう経験から言うと、アーサー君はもう答えを決めてる。もしくは知っているんじゃないかな?」

「…………」


そう言われ、僕は妙に納得がいった。


「た、しかに……そうですね」


多分、僕は命を奪えないんじゃない。


奪ったことを受け入れる時間がかかるんだ。


いわゆる、時間が解決してくれると言うやつだ。


「答え、出た?」

「はい。なんとか……ありがとうございます。気持ちが軽くなりました」

「そっかそっか。ならよし!」


結局、僕は誰かに助けてもらわないと、満足に答えも出せないんだなぁって、呆れてしまう。


でも、悪い気分じゃない。


こうやって、支え合って人の輪が広がっていくのかな?


温かい気持ちが心を温める。


人は一人では生きていけない。


「あ、そうだ! 名前が当たるまで、適当に名前を付けてよ」

「えー! そこまでするなら、もう答え言った方が早いですよ……」

「それじゃつまんないじゃん! ほらほら、可愛い名前付けて?」

「はぁ〜分かりましたよ……」


なんてこんなめんどくさいことを……って、偽名を使いまくっている僕の言っていい事じゃないね。


ん〜。


じっと受付嬢さんを見つめる。


僕ならどんな名前を付ける?


受付嬢さんはじっと見つめられるのが照れくさいのか、手を両頬にあてて、くねくねする。


……もうくねくねさんでいいのでは?


そんな邪な感情が湧くけど抑える。


「なら……」

「うんうん」

「ソフィーで」

「えっ」

「ソフィーさんで」

「えー!?」

「ダメですか?」


クソ! やはり僕のネーミングセンスじゃ、ダメか!


「ううん! ダメじゃないよ!? むしろ……せいかい?」

「何か言いました?」

「言ってない! うん! いい名前だねー私気に入っちゃったよー」

「何故にちょっと棒読み?」

「ほ、ほらほらもう日が暮れるよ! お帰り!」

「えっ。あ、はい。お疲れ様でした」

「うん。お疲れ様!」


なんか最後おかしかったなぁ〜。


まあ、いっか。


僕は軽くなった体で、宿に向かった。


『前世で発揮してたら、もう少しマシな人生を送れたのでしょうね……はぁ〜』

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