117話 新大陸1
僕は死んだの?
目を開いても暗闇で何も見えない。
唯一の温もりは抱き締めたスピカだけだ。
「すぴぃ……すぴぃ……」
当の本人はお眠だけど。
横たわったまま、ぼーっとする。
凄い疲労感だ。
魔力が少ない。
頭も重くて寝たくなる。
眠ったら本当に死んちゃったらどうしようという考えが、眠りを拒む。
『大丈夫?』
そんな時、温かな声が脳に響く。
「マナ……へへ。入学日も同じような流れだったよね……走馬灯かな?」
『はぁ……しっかりなさい。あなたは生きてるわ』
『お兄ちゃんのバイタルオーケーだよ!』
『システムオールグリーン』
『発進シークエンスに移行します』
『了解。レインゲリオン……発進!』
「テンション高いなぁ!?」
マナもノリノリだ。
でも気持ちは分かる。
「そっか……僕は生きてるんだ」
込み上げるものがあった。
それは溢れて頬を伝う。
腕で目元を擦る。
死を覚悟した。
別れを惜しんだ。
でも生き残れた。
スピカのお陰だ。
「ありがとう。本当にありがとう」
今は疲れ果て、眠りにつくスピカを優しく、でもギュッと抱き締める。
「すぴぃ〜」
スピカは満足そうに鳴いた。
「話は戻るけど……ここ何処?」
上半身だけ起こし、周囲を見渡す。
何処までも続く暗闇であった。
『魔力領域を展開するわ』
「了解」
球状に広がる認識領域。
でも何も無い。
分かるのは、平面の地面? の下には何もなくて、僕は一枚の板の上に座っているようなものだ。
百メートルほど広げたところで、何かを観測した。
「岩? それとも……っ!?」
それは大きな、それはとても大きな生き物だった。
『じ、冗談キツい』
『お、大っきいね』
『魔力量も桁違いね』
『……ドラゴン』
ライアが言った通り、それはとてつもなく大きいドラゴンであった。
横たわりくるまるように眠るドラゴン。
直感的に、生物としての格の違いを見せつけられた感覚だ。
恐らく全快の僕でも、逃げるのがやっとじゃないか? 戦いになると思えない。一方的な蹂躙が待っているだろう。
(マナ。ここから抜けれる場所は見つかった?)
『……無いわ。何も無いわ。まるで宇宙が誕生する前みたいに何も無いの』
(存在するのは、山のようなドラゴンだけか)
『全長一キロ、身長は三百メートルだよ……』
マナの報告で気分が沈み、雛の報告で目眩がする。
『表面も鱗に覆われてカチカチだね。全力の『殲滅光』でも、傷付けられるかとうか』
『戦いは避けるべきだと思います。ご主人様の回復には多くの時間が掛かりますので』
(いや。回復しても戦いたくないからね?)
澪とライアは何故、戦う準備みたいに進言するの?
そもそも、僕は確かにビビったけど、それ以上に感動してるんだ。
だってドラゴンだよ? ドラゴンなんだぜ?
スピカもドラゴンだけど、ほら小さいからドラゴンというよりぬいぐるみみたいな可愛さがあってね?
つまり実質、僕は初めてドラゴンと遭遇してしまったわけだ。
『あー。報告遅れたけど……生まれたみたい』
「えっ!? 産まれたの!?」
『しかも双子』
「双子!?」
僕の興奮を澪が吹き飛ばす。
「えっいやでも、まって! そんな……いや、責任? は取るけど……まってよ。僕何もしてないよ!? ……ってこの言葉はあまりにも無責任か! 分かった! 責任は取るよ」
まさかこんな日が唐突に来るなんて……。
スピカに兄弟が出来たわけだ。
『え? な、何勘違いしてるの!? ばーかっ!』
「違うの!?」
『ち、違うよ! 全然違うよ! 生まれたの! 新しい精霊が!』
『今はグーグー寝てるよ〜』
「あ、そっか」
危うくあらぬ誤解……は既にしてるか。
「どんな子達なの?」
僕に新たな属性が見つかったことも喜ばしい。
『えーっとね……変な格好? 大正浪漫っていうんだっけ?』
『和洋折衷ね。和服と洋服を合体させたようなものよ』
(ああ。あの格好ね。可愛いよね)
『……ロリコン』
「えっ!? 幼いの!?」
『うんっ! 雛と同じぐらいだよっ! 左右対称のサイドポニーで紫色の髪なのっ! お人形さんみたいに可愛いの!』
雛はずっと末っ子みたいな扱いだから同年代みたいな子達で生まれて嬉しんだ。
(う〜ん。いったいどんな属性か分からないなぁ。基本四属性でもないだろうし、闇属性でもないかな?)
それらは既に魔石により、適正なしと分かっている。
『基本的にあなたに属性が発覚したときに、精霊が生まれるわけだから、彼女たちも例外ではないわ。それに直前に触れたでしょう? あの魔法に』
(……時魔法?)
賢者により、危うく命すら奪われかねなかった魔法。
『ええ。この少女たちが時魔法の精霊だとすれば納得いくでしょう?』
(うん。そうだね。それにしても双子かぁ。お互い能力を半分に分けてるのかな?)
『それは起きてから聞いてみればいいわ』
それもそうだ。
本人が寝てる横であーだこーだいっても、埒が明かない。
それにしても、時魔法かぁ。
すんげぇーワクワクする!
時に止めたり、加速させたり出来るわけでしょ!?
もう無敵じゃん!
ああ! はやく起きてくれないかな〜!
そうやって興奮してゴロゴロしてると、不意に視線を感じた。
そちらに目を向けると、視界いっぱいに目? が向けられていた。
僕は汗が滝のように流れた。
(あなたは起きなくていいんですよぉー!?)
ついに眠れる竜が目を開いた。
『おお……エデン。久しいなぁ』
頭に響く言葉。
念話みたいなものか。
ドラゴンさんが話しかけてきた。
僕も何か返事をしないと。
『それに……あの娘と再会出来たようで、良かったなぁ』
「あ、あの……!」
『ん? どうしたのだぁ?』
首を少し傾げる。
それだけでも迫力満点だ。
「人違いです! 僕の名前はレインです。レイン・ステラノーツです!」
『………………』
ドラゴンさんは、顔を近付けその瞳でじっと見つめてくる。
す、凄いプレッシャー。
汗を滝のように流しながら、固まっている。
そうして一分? が過ぎ、ドラゴンさんが顔を離す。
『うむ。見間違いかぁ。 すまんなぁ。久しく人間など見てなかったから見間違いたのだぁ』
「理解して貰えて良かってです……」
『瓜二つだと思うが、人間は皆同じに見えるしなぁ』
「あ、あはは」
僕たちがドワーフを見ても、区別が出来ないのと同じ感覚なのだろう。
ましてやドラゴンさんだ。
ほかの種族など、塵芥なのだろう。
『まあ、いい。して、ここに来たのは偶然かぁ? 必然かぁ?』
「ぐ、偶然です……実は」
僕は事のあらましを出来るだけ、短く説明した。
長くして、ドラゴンさんの機嫌が悪くなったらオワタになる。
『うむぅ……災難だなぁ。だが安心するといい。それなら、じき戻れるだろう』
「本当ですか! 良かったです」
『だが、恐らく転移された先はランダムだろう』
「え? ランダムなんですか!? 同じ場所の過去に行くだけとかじゃ……」
過去に戻って、更に場所が不明というのはハードルが高いぞ?
あたふたする僕にドラゴンさんは低く唸る。
『違うぞ。お前は時魔法を誤解している』
「誤解?」
『時魔法に過去に跳ぶ力は無い。それは神の御業だぁ』
「あ……僕は個人が過去に飛ぶという解釈をしてましたけど、そうじゃなくて、世界そのものの時間を巻き戻す行為とも捉えられるんですね」
『その通りだぁ。それは神ですら困難な行為だろう。それをちっぽけな魔法陣で行えるわけがないのだぁ』
「それじゃ、不発……その結果がランダムの転移というわけですか?」
でも、おかしくないか? 時魔法の不発がランダム転移だなんて。
「でも、それは空間魔法の領分では……」
時魔法と同じく、失われし古魔法だ。
『うぅん? 空間魔法も時魔法も同じ魔法であろう?』
「えっ!? 同じ!?」
衝撃の真実に驚く。
『元は一つの魔法だぁ。だが元より扱える者が少なくて、次第にどちらかの力しか使えなくなってしまったのだぁ』
「ゴクリ……そ、その元の魔法というのは?」
僕の新たな家族が、双子なのはきっとそれが理由だろう。
『時空魔法……我と、お前が持っている属性だぁ』
「やっぱり!」
時と空間を操る時空魔法!
これはファンタジーキタコレ!
歓喜する僕にドラゴンさんは温かい眼差しで見つめてくる。
それに気付いて、下を俯いてしまう。
『そんなに嬉しいなら、出会えた餞別に時空魔法の知識を与えよう』
「いいんですか!?」
知識は金なり。という言葉がある。
ましてや長生きしているだろうドラゴンさんの知識とか、凄すぎる代物だろう。
『構わんよ……元より与えられたもの。それを返すだけだぁ』
「はぁ……」
『ではじっとしてるといい』
言われた通り、じっとする。
ドラゴンさんの額から光の球体が浮かび上がり、僕に向かって飛んでくる。
その球体は僕の額に吸い込まれていった。
「っ!」
凄まじい知識量が僕に記憶されてゆく。
『一つの魔法に関する知識でこれ程の量……凄いわね』
マナですら感嘆の声をあげる。
それほどまでに凄い。
この魔法を使いこなすには、知識だけじゃダメだということも即座に理解した。
『お前の時空収納の中に、我の血が入った小瓶を入れておいた』
「えっ。何のために?」
『念の為だぁ。使わないことに越したことはないから、頭のおくすみにでも置いとてくれぇ』
「分かりました」
そこでドラゴンさんは僕が抱くスピカに目を向けた。
『して、そやつはせいりゅうか?』
「は、はい! 聖竜です!」
『うむ……知った上で、傍に置いてるのだな? ……お前も難儀な運命を背負ってるなぁ』
そして、このタイミングで僕の体が光出した。
『時間のようだなぁ』
「あ、あの! 本当にありがとうございましたっ!」
『うむ。我も楽しかったぞぉ』
「はい! 僕も楽しかったです!」
凄く優しいドラゴンさんだった。
「最後にお名前を聞いてもいいですか?」
視界が光で徐々に包まれていく。
『我の名? 世間で我は古竜とそう呼ばれておる』
「古竜さん! ありがとうございました!」
『次来れる時は、酒でも持ってきてくれ。我は……たちと……交わ…………好……………だぁ』
後半は聞き取れなかったけど、お酒が好きだということは分かった。
ここ……時空の狭間に来れるのは、時空魔法を完璧にマスターしたときだからかなり後になるだろうけど、必ずお酒を持って会いに来よう。
僕はそう決心した。