116話 魔導学園17
夏休み最終日。
僕は制服に袖を通し、スピカを抱えて学園の敷地内を歩いていた。
向かうは学園長室。
あの事件後。
僕は賢者様のアドバイスですぐに、変身の魔法を再度発動。すると痛みが引いていった。
本来、魔法は発動させたら、そこで効果が固定化され、解除したら魔法の効果が消滅する。
だから同じ魔法を使っても上書きになり、前の魔法の効果を引き継ぐということはあまりない。
こんな複雑な魔法を当たり前のように、引き継ぎ出来る賢者様の凄さを再度実感した。
マナは研究してた魔法などは後回しにして、今は変身魔法の研究に注力している。
なんても、僕が変身しようが解こうが、痛みを最低限。理想は無痛に出来るようにするためだ。
その代わり、変化は緩やかになるという。
緊急時には間に合わないとのこと。
その時は、やむなし。
痛みを伴う方を僕は選ぶだろう。
僕が我慢するだけで助けられる人が一人でも増えるならなんてことない。
という旨をマナたちに伝えたら、無理はしないと約束しただろう? と、詰め寄られた。
ということで、マナが変身魔法を把握して改良するまで、僕は獣人のままだ。
これはマナの優しさだろう。
獣人となった僕に人を救う力はほとんど無い。
その期間ぐらいは、このまま学園生として過ごしてもいいんじゃないか? と。
でも、ごめんね?
もう知っちゃったから。
フィリアみたいな子が、今も大勢苦しんでいることを知っているから。
僕は神様じゃない。
全てを救えるなど言うつもりは無い。
でもできる限り、人助けはしていきたいんだ。
二度目の人生という幸運を得た僕には、他の人にその幸せを分ける義務があると思う。
そのために、僕は生まれ変わったんだと思うんだ。
学園長室にたどり着き、コンコンとドアをノックする。
「クロエです。学園長は居られますか?」
こうやって、この名前を名乗るのも今日が最後かと考え深くなる。
そこまで深く考えた名前ではないけど、今は愛着が湧いていた。
「ドアは開いておるぞ。入ってきたまえ」
「失礼します」
賢者様の断りを得て、部屋に入室。
書類を纏めていた賢者様は、席を立つ。
手をソファに向け、座れと示唆する。
僕は頷きソファに座る。
賢者様は正面のソファに腰を下ろす。
「して要件は? おおよそ見当はつくが」
察しがいい。
「僕は本日を最後に、この学園を辞めさせてもらいます」
賢者様の目をしかと見つめてハッキリと言う。
もう戻れない。
あの穏やかながらも刺激があった日常に。
脳裏にみんなの姿が浮かんだ。
賢者様はやはりか……と、小さな溜息をつく。
そして席を立ち、魔法を流れるように使い湯を沸かす。
「考え直さないか? お主は神子とはいえ、まだ幼い。もう少しぐらい周りに甘えても良いと思うんじゃが」
賢者様の優しさが身に染みる。
でも見た目ほど僕は幼くない。
「お気遣い感謝します。ですがそれはただの言い訳です。僕は神子です。人々の期待に応える義務があります。それにあのような非道な行いが今も何処かで行われていると知った今、僕はきっと今までみたいに一生徒として学園に通えません」
「……うむ。そう、か」
賢者様は小さく頷く。
何かを覚悟したような様子だ。
沸かしたお湯をポットに注ぎ、ティーセットと一緒にトレイに乗せて、持ってくる。
「これがお主と楽しむ最後の一杯になるのう」
惜しむように賢者様は言う。
お互い立場がある。
こうして気楽に尋ねられないだろう。
僕も惜しむように頷く。
賢者様は慣れた手つきで、紅茶を注ぐ。
「お主はミルクティーが好きだと、知れたことは他の者たちに自慢出来よう」
「あはは。そうですね。世間では紅茶好きまでしか知られてませんから」
賢者様に淹れてもらったミルクティーを飲む。
まろやかな口どけで、お腹がポカポカする。
でもいつも淹れてくれた味と少し違うような?
「お主のことは忘れんよ神子よ」
「賢者様? 茶葉を変え……あれっ?」
視界が揺れた。
体に力が入らない。
『お兄ちゃん! 睡眠薬が入ってたよ! しかも強力なやつ!』
『まさかこんなことをしてくるなんて!』
「キュ!?」
ソファに倒れ込むように崩れ落ちる。
閉じていく瞼に抗えない。
そこで僕の意識はプツリと途切れた。
身体がダルい。
寝過ぎたあととかに感じるような頭痛で、意識が徐々に回復してゆく。
重たい瞼を上げる。
薄暗い光で照らされた奥行が見えない空間。
僕は椅子に両手両足を拘束されるように縛り付けられていた。
「……こ、こ……は?」
掠れた声が出た。
「目が覚めたか。神子よ」
正面。離れた場所に置かれていた机。
その机の上には大量の紙の束が幾つも山を形成していた。
こちらと向かい合うように、その机を挟む形で賢者様が椅子に座り、羽根ペンで紙に何かを書き込んでいる。
「な、ぜ?」
未だに回らない呂律で問いかける。
賢者様は書くことをやめずに、答える。
「お主の足元を見てみるとよい」
言われるがまま、視線を足元に向ける。
「ま、ほうじん?」
地面にみっちり描かれた……いや、刻み込まれた幾何学模様の魔法陣。
(なに、この密度と精度……綺麗だ)
緊急事態なのに、見蕩れてしまいそうな芸術的な魔法陣。
その広さは視界に収まらないほどの大きさ。
「それが答えだ」
「……ぼくは、しょく、ばい?」
「その通り」
これ程の魔法陣だ。
起動させるにも膨大な魔力を要するだろう。
つまり僕は、魔石代わりの魔力タンクみたいなものか。
『旦那様……不味いわ』
(マナ? どうしたの?)
『マナちゃんは今、手が離せないから私が代わりに説明するね』
確かにマナからは今まで聞いたことないほど切羽詰まったような声音だった。
『レイン君が眠っている間、もちろん私たちはどうにかしようとしたの。でも、それを賢者に悟られたのか、変身のブローチに細工されたの。そのプロテクトみたいなものが凄く複雑怪奇でマナちゃんの力を……私たち全員の処理能力を持っても、解除するのに時間が掛かるの』
(その様子だと、プロテクトを解除しないと、変身の魔法をどうにか出来ない?)
『うん。それに解いたら解いたらで、またあの激痛がレイン君を襲う……』
(それは些細なことだよ。生きてればどうにでもなる)
『うん……』
(澪たちは解析に専念して。僕は賢者様に事情を聞いてできる限り時間を稼ぐから)
『うん! 任せて! 絶対に……絶対に死なせたりしないからっ!』
(任せたよ!)
今回も必ず切り抜ける!
そう決意して正面に向き直る。
「……っ!」
いつの間にか賢者様が僕の正面に来ていた。
その視線は僕の胸元。ブローチに向けられてきた。
「凄まじい速さで儂の封印魔法を解いておるのう」
バレた!?
時間を稼ぐことすら出来ないのか!
冷や汗をかく僕に、賢者様は手を伸ばす。
「どれ、手伝ってやろう」
「えっ?」
伸びた手はブローチに触れる。
『や、やめ』
マナの制止の声より早く、賢者様がブローチに掛けられたプロテクトと変身の魔法を解除した。
……
…………
………………!?
……………………!?!?
「ががががががががががががががーーーーっ!?!?」
痛み?
これは痛み?
分からない。
痛い。
苦しい。
全身。
痛い。
なにこれ。
今までの痛みの比じゃない。
声から絶え間なく悲鳴があがる。
「常人ならとっくに気絶しておるというのに。神子よ、お主は我慢強いのう」
『なんてことをするの!? 貴方許さないわ! 絶対に許さないっ!!』
『お兄ちゃん! お兄ちゃん! しっかりしてぇ! 死んじゃやだよぉー!』
『あ……あ……レイン君が……死ぬ? え……?』
『ご主人様っ! 私が代わりに! お願いですっ! 私に代わってくださいっ!』
マナたちの悲痛な叫びが脳内に響く。
僕は叫び続ける開いた口を無理やり閉じるように、口を閉じる。
上がりそうな悲鳴を、歯を噛み砕くほど歯を食いしばり、痛みの感覚をねじ伏せる。
「……これを堪えるか。おそらくこの世でお主ほど強い精神力を持つ者はおるまい」
噛み締めた口の節々が血に染る。
『旦那様!? ご、ごめん……なさい。ごめんなさい。ごめんなさい』
マナが泣いている。
誰が泣かせた?
『お兄ちゃん! 今治すからね! 雛が絶対に治すからね! ……ヒック』
雛が泣いている。
誰が泣かせた?
『あ、や、やだよ……しなないで……れいんくんがいないと……やだよ……やだよぉ』
澪が泣いている。
誰が泣かせた?
『ご主人様……お願いです。その痛みを……私に……私に受けさせてください……これ以上、ご主人様が苦しむのを見ていられませんっ』
ライアが泣いている。
誰が泣かせた?
「お前だよ」
僕はどす黒い感情を全て目の前の賢者にぶつける。
「っ! ……恐ろしいのう。これ程の恐怖を味わったことはないのう」
「お前は僕の大切なものを傷付けた」
マナたちを泣かせた。
それは決してあってはならない。
彼女たちには心配をかけっぱなしだ。
これ以上、彼女たちが悲しんだり、傷付いて欲しくはない。
「すぅ〜ふぅ〜。……貴方はここで退場です賢者」
少しだけ冷静になる。
魔法は繊細なものだ。
怒り狂って扱えきれるものでは無い。
僕は拘束を魔力で引きちぎる。
自由になった僕は席をたち、賢者に魔法を行使しようとする。
「すまんのう。けっして失敗してはならんのだ」
「観念してください。僕は負けません」
賢者が相手でも、負けるつもりはない。
僕は魔力を集中させる。
「使うことは無い……そう思っておったんじゃがのう」
魔法が展開され、薄暗い室内を明るく照らす。
「罰を受けてもらいます」
僕は手を賢者に向ける。
魔法が発動する。
「保険をかけておいて良かったわい」
トン。
「えっ?」
背後から肩に手を乗せられた。
それだけで僕の魔法が崩れ去った。
『うそ……制御できない!?』
本来なら僕の制御下で、マナが完全に掌握している僕の魔力が制御不能になった。
身体中の魔力がめちゃくちゃにかき乱れている。
僕はその元凶は背後の人物だと判断し、背後を振り返る。
そこには精悍な顔立ちの三十代から四十代ぐらいの男性が、冷めきった目で僕を見ていた。
どこかで似た顔をみたような。
「な、ぜ?」
僕はあまりもの動揺に、それしか言葉に表せなかった。
男は一言。
「とりあえず座れ」
肩に乗せた手に力を込め、僕はその力に抗えず再び椅子に座り込む。
「その男をお主は知ってると思うぞ」
賢者は杖を持ち、魔法陣にあった空白に魔法文字を刻み込んでいく。
「……誰なんですか?」
動揺した心を抑え込むように、尋ねる。
自分の全てと言ってもいい、魔力と魔法。
それらが使えない。
それがどうしようないほど、不安になる。
視界の端がチカチカし、耳鳴りが大きくなる。
「本人に尋ねるといい」
そう言い、魔法陣の完成に取り掛かる。
僕は顔を再び男に向ける。
「貴方は」
男は冷めた、だが憎しみを抱いているような能面で僕に言う。
「どうだ? 神に愛された神子よ。神に見放された俺によって、その寵愛を失った気分は?」
その言葉には、途方もない怒りと絶望が含まれていた。
なぜ?
なぜそれほどまで?
理解できない。分からない。
それに迫るタイムリミットに汗がとめどなく流れる。
「そうだ……親父は元気か?」
「…………え?」
そう言われ、脳裏で一人の姿が思い出された。
まさか。
まさかまさか!
「ダ、ダグラス?」
僕が信じられないように名前を呼ぶ。
その時、初めて能面の男はニヤリと、おぞましい笑みを浮かべた。
「正解だ。俺はアーケルのジジイの子だ」
月影会第一席……通称『魔の天敵』。
どんな高名な魔法使いでも、この男の前では意味をなさない。
その才能は……。
「才能『魔法無効化』っ!」
「才能じゃねぇ。与えられなかっただ」
男、ダグラスは吐き捨てるように言う。
その言葉には幾つもの感情が混じっていて、どう捉えればいいか分からなかった。
ありとあらゆる魔法も魔法に起因する現象も届かない。
触れることすらできない。
この世界において、強者と呼ばれる者はすべからく、魔法もしくは魔力による補助による強さだ。
一切の魔力を用いらずに強者になれる者など居ない。
それ即ち、この男は僕に限らず全ての強者の天敵だ。
「さてと、お主の魔力パターンを刻み込んだ。これでこの魔法陣は完成じゃ」
賢者の言葉に、地面の魔法陣に目を向ける。
「い、一体なんの魔法陣なんですか?」
僕の問いかけに賢者は応える。
「過去をやり直す為の魔法じゃ」
「過去……っ!? まさかっ!?」
僕は、魔法陣を細かく、取りこぼさないようにその配列、魔法文字、法則を読み解いていく。
そして絶句する。
「古魔法……時魔法!」
「聡いのう。そうじゃ。失われし太古の魔法じゃよ。伝承や言い伝いでのみ確認されておるもの。情報をかき集め半世紀以上もの時間をかけて作り上げた儂の、最高傑作になるじゃろう」
最高傑作と言いつつも、その表情にはなんの歓喜も見られない。
淡々と、語る姿には狂気すら感じさせた。
僕はこの魔法陣の規模や、配列からある答えが見えてきて、震えた。
「いつから? いつからこの魔法陣を?」
賢者は僕をじっと見つめる。
「お主を一目見たときから……正確にはお主が会場の結界を補強した時じゃ。あの時、諦めかけていた渇望が可能になったんじゃ」
そんな前から。
「僕がこの学園に通うことも?」
「そうじゃ。初めからこうなる運命だった」
目の前が真っ暗になりそうになる。
それってつまり最初から僕をこの魔法陣に組み込むことを前提に、今まで接してきたのか。
「どうしてそこまでして……!」
やるせない気持ちがどくろを巻く。
「贖罪じゃ」
「へ?」
予想外の言葉に混乱する。
贖罪? なんの? 誰の? なんのための?
賢者は杖を魔法陣の起動位置に突き刺す。
「儂を好きなだけ恨め。憎め。全ては儂の願いのための礎。お主は儂の願いにより死ぬのじゃ」
杖に魔力が込められて、魔法陣が起動する。
「ま……っ! 〜〜〜〜っ!?」
全身の魔力が、僕の魔力が吸われていく。
貧血を起こしたように目眩がして、身体に力が入らない。
「俺は離れておいた方がいいか?」
「そうじゃな。陣の外に出ておいてくれ」
ダグラスが僕から手を離す。
僕はすかさず、魔力を制御しようとする。
『だめっ……吸われるわ』
マナたちも必死に制御を取り戻そうとするが、魔力を吸い取られる速度が異常だった。
無尽蔵のはずの魔力はみるみる減ってゆく。
これ程の魔力の消費は初めてで、呼吸すらままならない。
「ゅー!!!」
遠くから、微かな音が。
「きゅー!!!」
今度はもっと近くから。
ドカン!
「きゅうーーー!!!!」
「スピカ!?」
「む!? 止めろ」
「ああ」
天井をぶち破いてスピカが姿を表す。
全身ボロボロで、抵抗したのだろう。
それでなお僕の元に向かおうとするスピカに涙が込み上げてくる。
「逃げてスピカァーー!! 僕はいいから……お願いだから逃げてぇー!!」
「きゅうーーーーーー!!!!」
ダグラスは懐から、短剣を投擲する。
そのナイフはスピカの背を掠める。
それだけで、スピカは飛行が出来なくなり倒れ込む。
背中に血が。
「スピカ!」
僕は立ち上がろうとして、地面に吸い寄せられるように倒れ込む。
『あれは投擲され短剣に付着していた血です』
『傷は浅いよ!』
ライアと雛の言葉でほっとする。
『あの短剣の血……あの男は自分の血にも才能を宿しているの?』
『あれが拳銃とかだと思うとゾッとするよ』
ありとあらゆる魔法効果を貫通する音速の弾丸。
考えただけでも背筋が凍る。
僕から簡単に離れたのも、僕が魔法を行使しようとしたら、短剣を投げて止めることが出来たからか。
用意周到過ぎて隙がない。
「きゅ……」
「スピカッ、来ちゃダメっ! 逃げてっ!」
僕は半ば観念していた。
悔いのない人生か? と、言われれば、もっとやれることはあったと思う。
でも、みんなに出会えた。
溢れる思いが僕の頬を伝う。
「もう……いいから、ね? 僕は、もう十分生きたから……スピカ。君には僕の分も生きて欲しいんだ。愛してるよ、スピカ」
大好きだったよ、みんな。
僕は頑張って笑う。
(ごめんね、みんな。付き合わせちゃって)
『悔しいわ……でも、最後はあなたと一緒だもの。これが唯一の救いね。ぐす』
『生まれ変わっても、雛はお兄ちゃんの妹でみんなの家族だからねっ! ひぐっ』
『もっと一緒に居たい! みんなと一緒にっ! ……何処に居ても、絶対! ぜっっつたいに! 見つけ出すんだからぁ!』
『私には勿体なきご主人様で、姉妹の方々でした……っ。来世でもお仕え致します、必ずですっ!』
僕こそ……僕こそだよ。
みんなが居たから頑張ってこれたんだから。
「ありがとう……またね」
スーたちはきっと泣くだろうなぁ。
申し訳ないけど、泣いてくれるのは嬉しい。
マリちゃん達もきっと、幸の多い未来が待ってるよ。
神聖国のみんなも、ごめんね? 途中でリタイアして。
この旅で、訪れた国々の人達も悲しむかな? シャロンには悪いなぁ。ディオ様は怒るだろうなぁ。ユーリは、ライバルが居なくなったと落ち込むかな?
ひとりひとりにこの思いを、感謝の気持ちを伝えたい。
…………お母さん。お父さん。そして今頃産まれただろう僕の妹? 弟?
親不孝な息子でごめんなさい。
スピカはいい子です。
僕の自慢の子てす。
是非可愛がってあげてね。
魔力がそろそろ底を尽きそうだ。
眠い。
眠いよ。
死にたくないよ。
怖いよ。
みんなに会えなくなるのは……
怖いよ。
助けて。
誰か……
助けて。
……
…………
………………
「きゅうーーーー!!!!!!!!!」
スピカ?
落ちた瞼が再び開く。
いつの間にかスピカが眼前まで迫っていた。
「ちっ!」
ダグラスは舌打ちをして魔法陣に足を踏み入れる。
その手には短剣が。
「す……ぴか。だめ……にげて」
頭が回らない。
「きゅう!」
嫌だ! そう言ってるように感じた。
「きゅきゅきゅ!」
今度はボクがパパを助けるんだ!
そう言うように、小さな翼を広げる。
「きゅうーーーー!!!!!!!!!」
スピカが魔力を。ありったけの魔力を放出する。
「なんと……!」
賢者が驚く。
魔法陣の輝きが一層増した。
『そういうことね……!』
『教えてよマナちゃん』
『スピカは生まれる前……卵の時から旦那様の魔力しか受け付けなかったの。それってつまりスピカの魔力の性質は旦那様と同じものに変質したと考えられるわ』
(僕の魔力とスピカの魔力は同じものということ?)
『そう、そうよ! スピカが今、旦那様の代わりに魔法陣に魔力を供給しているの。賢者が旦那様の魔力の性質に調整した魔法陣に!』
『つまり、スピカが頑張れば?』
『お兄ちゃんは死なない!?』
『そうよ! スピカの保有魔力量は旦那様に引けを劣らないわ!』
『なら! 頑張れぇ! スピカ! 頑張れぇ!』
『頑張って! スピカ頑張って!』
『お願いですスピカちゃん! ご主人様をお救いくださいっ!』
『スピカ。あなただけよ。この世界で……彼を救えるのはあなただけよ! 気張りなさいスピカ!』
「きゅぅぅぅぅ!!」
スピカ。
スピカ!
「スピカ! 頑張れぇーーー!!!!」
「きゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーっ!!!!!!!」
「なっ!? 不味い! ダグラス離れろ!」
「くそっ!」
スピカの頑張りによって、早まった魔法の発動。
魔法陣の上から離れようとするダグラスだが、間に合わない。
光が僕たちを包み込んだ。
力を使い切り、満足そうに眠るスピカを抱きしめて、優しく撫でる。
「スピカ。よく頑張ったね……これからも一緒だよ?」
一体、何時の何処に飛ばされるかは、分からない。
でも、必ず戻ってくる。
この世界のこの時代の、この場所に!
光で何も見えなくなり、僕は意識を手放した。
……
…………
………………
……………………
僕は暗闇で目を覚ましました。
スピカはグーグー眠っております。
そして眼前には……
山のような大きさの眠れる竜。
果たして僕は生きて帰られるのでしょうか?