114話 魔導学園15
夜。
もう寝ようとしているタイミングで、ドアがノックされた。
眠たい目を擦りながら、ドアを開く。
「どちら様ですかぁ?」
低下した思考で二人組の男性を視界に収める。
「夜分に悪いな」
「貴方達は……ノットさんいつも一緒の」
「そういう覚え方なんだな」
二人は苦笑する。
「実は頼みがあるんだ」
「聞きます。どうぞ」
いつも裏方のようにノットさんの傍から離れない二人がこんな夜中にやってきたんだ。
僕は部屋に招き入れる。
「なんか……うちの姉さんの部屋よりいいに匂いがするんだが?」
「同性なのに、なんか緊張してきたな」
「部屋をチョロチョロ見渡さないでください!」
ソワソワする二人をソファに座らせて、紅茶を淹れる。
この紅茶は、この街で発見したものだ。
お手頃な価格で、淹れる者の技量によって、より美味くなる。
二人はその間、じっとしていた。
淹れ終えた紅茶を二人に差し出す。
「砂糖は必要ですか?」
「いや。ありがとう」
「俺は二個貰おうかな」
ガラス容器の角砂糖を差し出す。
小さなコングで二個ポチャリと紅茶に沈める。
僕も自分の分を用意する。
ミルクティにしたいところだけど、夜だし紅茶で我慢する。
角砂糖はなしだ。
三人で紅茶を口に含み、ほぉっと息をつく。
「それで用件はなんでしょうか?」
二人は顔を合わせて頷く。
「明日、ノット様と一緒に出かけてくれないか?」
「ノットさんと?」
ノットさん関連だとは思ったけど、まさかそう返すとは。
「クロエは知ってるだろ? ノットさんの平民嫌い」
「それは、まあ、苦労しましたから」
当初はことある事に、ネチネチ言われたものだ。
今は丸くなって、接しやすくなった。
「それには原因があるんだが……本人に関することだから、言えない」
「やはり、なにか事情があったんですね?」
「ああ。本来、ノット様は誰にも優しいお人だった。寄子だった俺たちにも対等に接するような方だ」
「自領でだって、民に優しい貴族の坊ちゃんとしてみんなから愛されていた」
今のノットさんからは確かにその片鱗は見え隠れするけど、やっぱり優しいノットさんというのは想像しがたい。
「それが僕とノットさんが一緒にお出かけすることに、なにか関連が?」
「ノット様は、お前のことを高く評価している。俺たちはノット様には、昔のように優しい気質に戻って欲しいんだ」
「今のノット様は、半ば無理をなさっている。本人にその自覚がないのが痛ましい」
平民の僕と、一緒に出かければ、少しは平民に対する考え方が変わるってことかな?
「そういうことなら、お手伝いします」
「本当か!?」
「はい。ノットさんとも友人になりたいと思っていました。むしろ、丁度いい機会です」
「そう言ってくれると助かる」
「僕は構わないのですが、ノットさんは了承しますか?」
そこが一番の難関だと思う。
「お前の了承を得られたんだ。これからノット様に掛け合う。それで口裏を合わせて欲しいんだ」
「分かりました」
その後、話を詰めた。
ノットさんは僕と仲直りしたいと思っているらしい。
そこで二人はその機会を作る為に、僕にはノットさんが道案内をして欲しいということにして、二人で街を散策させる。
僕はそこで平民の良さというか、日常を見せることで、少しはノットさんの意識を改革させるのが目的だ。
二人曰く、ノットさんは鋭いから、嘘や演技は簡単に見抜ける。
だから、明日は普通に街案内するぐらいで構わないという。
きっかけさえあれば、後は二人が地道に頑張ると。
ノットさん。貴方に尽くす人が二人もあるんですよ? お二人を手放すようなことがないようにお願いします。
翌日。
僕は朝早くから、ノットさんからOKを貰えたと二人に教えてもらい支度して、学園の正門前に向かう。
校門前では制服ではなく、貴族が着そうな洋服を着こなしたノットさんが腕組みをして待っていた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
「いや、今来たところだ。それにかしこまりすぎだ。もっと普通に接してくれ」
「そうですか? それじゃノット君」
「いきなり詰めてきたな……まあ、悪くはないな」
掴みは大成功といっていいだろう。
「聞きました。ノット君は一度も街を見て回ってないとか」
「ああ。だから今回は、よく街に出かけるお前に案内を頼んだ。手間をかけるな」
「いえいえ。誘ってもらえて嬉しいですよ」
ノット君は本当に、僕と仲良くしたいのか、今日は優しい。
僕も誠意をもって接せねば!
「それでは行きましょうか」
「ああ」
街に向かって二人で歩き出した。
背後の木の影から、エールをおくる人達に見送られて。
「さて、どこから行きましょうか……ノット君は要望がありますか?」
「いや……得なないな。目的がないというより、何があるか分からないから、思いつかないな」
「なるほど……つまりは街の初心者ということですね」
「なんだ。その妙な言い方は」
「分かりました! それでは少し市場に行きましょうか。露店とか沢山並んでいて見て飽きないんですよ!」
「魔導具もあるのか」
やはり魔法使いとしてはそこが気になるか。
「あります。でも個人制作なので、品質には目を瞑ってくださいね」
「ああ。善処しよう」
「本当に本当ですよ! 個人の方はみんな妙なプライドがあって、変にイチャモンつけるとめんどくさいですからねっ!」
「ああ。分かった分かった」
「ノット君はすぐに手が出るので、しっかり我慢するんですよ!」
「お前の俺に対する評価は十分伝わったよ……」
少しへこませてしまった。言い過ぎた。反省。
「やっぱり起きるべく起きるんですね……」
「……悪かったな」
「僕、言ったのに。僕、言ったのに」
「だから悪かったって! そもそもあんな初歩的な魔導具に銀貨五枚は暴利にも程があるだろ」
「それでも、あんなにボロクソに言ったらダメですよ」
「売り言葉に買い言葉だったのは……確かに、こちらにも非がある」
やっぱり、ちゃんと反省できる人だ。
僕ももっと上手くフォロー出来れば良かった。
「ノット君。ああいう所で売られているものは大半が個人で作り上げたものです」
「それは聞いたな」
「そして彼ら貧乏です」
「ん? なにか問題でもあるのか?」
これだからお金に困ったことがないお金持ちは。
「いいですか? 彼らの技術は独学なんです。お金が無いから専門的な書物も学校にも通えません。知り合いの魔導具職人に頼っても、その人にとっても食い扶持ですから、ちゃんと教えてくれるわけでもないんです。だから、自分なりに頑張った成果なんです。変にプライドが高いのは、独学で魔導具を作り出せた経験。値段が高いのは、同じモノが作れるか分からないし、お金に困窮しているから。しっかりとした魔導具が作れないのは知識がないからなんです」
「……。つまり、俺は俺の価値観を勝手に押し付けていたわけか」
「はい。ノット君はあの人に無知だと言いましたけど、好きで無知であろうとする人が、何かを作ろうとすることのほうが稀ですよ」
「そう、だよな。ああ。一つ学んだよ。俺の早とちりだった。人の上に立つ貴族がこれじゃダメだな」
頭をかいて、ため息をつくノット君。
しっかり反省している彼には好感が持てる。
「でも、ノット君は気付き改善するつもりでしょう? なら、僕はノット君がダメな人だとは思いませんよ」
自分を変えるのは難しい。
その難しさを前世の記憶がある僕には、十二分に分かっている。
「……お前はそうやって、人をダメにしていくんだな」
「は!? 褒めたのになんて言い草ですか!?」
「いや。お前が好かれているのが分かる気がするよ」
「……いきなり褒められた」
ノット君はやっぱりいけ好かないかも。
「次は何処に行くんだ? 次は失敗しないぞ」
「本当ですか? ……次はおばあちゃんに会いに行きましょう」
「お前の祖母が近くに住んでいるのか?」
「いいえ。血の繋がりはありませんよ。成り行きでそう呼んでいるだけです」
「お前の知り合いにあいにいって、俺に何の得があるんだ?」
「行けば分かりますよ」
納得いかない様子のノット君に、笑いながら先導する。
「お、おい。この屋敷……貴族じゃないだろうな? 俺は正装じゃないし、手土産もないぞ」
「大丈夫ですよ〜。貴族の御屋敷ではありません。一般の方の御屋敷です」
「本当だな? 嘘じゃないな?」
「疑り深いですね。あ、おはようございます」
「いらっしゃいクロエ君。今日はお友達も一緒なんだね」
「はい。ノット君っていいます」
「よろしくね。君に関しては自由に出入りが許されているから」
「ありがとうございます」
門番さんに感謝を述べて、御屋敷に立ち入る。
「お前はここ住人と随分仲がいいようだな」
「はい。最近は結構な頻度で通ってますよ」
屋敷の扉につくと、メイドさんが現れて、気さくに案内してくれる。
「なあ、ここ本当に貴族の屋敷じゃないのか?」
「何度目ですか……このやり取り」
「だ、だが、素人の俺にも分かるぐらい貴重な美術品が多く飾られているぞ」
「御屋敷の人のお仕事に関することですからね」
部屋に案内され、ドアをノックしてどうぞという声で、扉が開く。
「いらっしゃいクーちゃん」
「お邪魔しますおばあちゃん。今日は友人も連れてきたんです」
「ノット・ポットと申します。いきなりのご来訪、申し訳ございません」
「ありゃ、貴族様かい? あたしはしがないお婆さんさ。もっと気楽に接しておくれよ」
「有難い申し出。ところで貴婦人は貴族ではないのか?」
気楽に接しろと言われたのに、やっぱりお堅い。
ノット君はやっぱり、納得いかないと自分を曲げないタイプだよね。
「貴族? 違うさ。あたしの息子が骨董品店を経営してる商人で、あたしは老後を楽しむ何処にでもいるお婆さんだよ」
「骨董品店……貴婦人のお名前と商店の名前を教えてもらえないか?」
「こりゃあ失礼。人に名前を名乗るなんて久しぶりさね。あたしはワタネット・パークレイだよ。息子はルイス・パークレイで、店の名前はパークレイ商店だよ」
「パークレイ商店! ……魔導国一の骨董品店じゃないか! 魔導国の貴族は、新しい屋敷や城を築くときに、飾る調達品の大半をパークレイ商店で購入するというのは、一種のステータスになっているとか」
「そんなに凄い商人だったんですか!?」
僕も初耳だ。
おばあちゃんは自慢げに言う。
「昔はここまでじゃなかったよ。息子のルイスが継いでから、ここまで大きくなったのさ。あの子からしたら未だに、父親に追いついてないと思っているみたいだけど、立派に越えているよ……」
「おばあちゃん……良かったですね!」
「クーちゃん。ああ。そうさね。しっかりとあの人に報告出来るよ」
「それはまだ遠い未来のお話ですよ」
「やれやれ。クーちゃんも坊と一緒のことを言うね」
長生きしてほしいからね。
「クロエ! どうやったらこんな大物と親しくなれるんだ」
ノット君が耳打ちしてくる。
「どうって、おばあちゃんを少し手助けしたら仲良くなっただけですよ」
「ほほっ。ノッちゃん。クーちゃんはそういう子だよ。擦り寄ろうとして擦り寄るような子じゃない。それはノッちゃん自身も分かる事じゃないのかい?」
「ノッちゃん……それは、そうですね」
「ノッちゃん」
「お前は許さん」
「耳引っ張らないでー」
可愛い呼び方だと思うんだけど。
「ほほっ。今日はいつも見れないクーちゃんの一面が見れてあたしゃ、嬉しいよ」
「おばあちゃん……面白いものが見れたって顔してますよ?」
「だって面白いじゃないか」
「僕は恥ずかしい思いをしています」
なんか、今までのイメージが崩れたように感じた。
「クーちゃんは年齢の割に、大人びいた子だからね。もう少しわがままでもあたしはいいと思うんだけどね」
「それは俺も思うな。お前は真面目すぎる」
「えぇ……。僕って真面目ですか? もっと気楽に生きていたつもりなんですが……」
自覚がないんだけど。
『中身はお気楽な部分もあるけど、誰に対しても真剣な部分があるからじゃないかしら』
『他人事を自分事みたいに考えるもんね』
(だって、それは相手が真面目な話をしてくれたら、真面目に返さないと)
『基本的に、してくれたという考え方の時点でね』
『普通だったら、面倒事は嫌がるところを、あなたは頼られた! やったー! って、感じだものね』
『お兄ちゃんお人好しー』
『ご主人様の美点ですねっ』
だって、頼られることって少ないから。
それにこの世界で何十万人何百万人と選択肢がある中で、僕を選んで相談してくれてるんだよ?
こんな光栄なことはないよ。
「ノッちゃんの話も聞かせてくれるかい? なに、お気楽なお茶会だとでも思っておくれよ」
「ああ。分かった。面白い話を提供出来るから自信がないが」
三人で席につく。
ドアからメイドさんがカートを押して入ってくる。
次々と、テーブルの上にはお菓子が置かれて、それぞれの前に淹れたばかりの紅茶が置かれていく。
ミルク付きだ!
早速ミルクを紅茶に少しづつ、熱が冷めないようにゆっくり混ぜる。
ご機嫌にスプーンで掻き混ぜる僕をおばあちゃんとノット君が微笑ましそうに見つめる。
照れくさくなって、ノット君に話をふる。
「ほ、ほら! ノット君の面白い話を聞かせてくださいよ」
「無理やりにふってきたな。……そうだな」
そうやって僕とノット君、おばあちゃんと三人でゆったりとした時間を過ごした。
ノット君の話は残念ながらあまり面白くなかった。
おばあちゃんからは、ルイスさんが今度お見合いすることを知らされた。
素敵な人に逢えたらいいなぁ。
お昼もおばあちゃんと一緒に頂いてから、屋敷を後にした。
午後は、孤児院だ。
正直紹介するような場所ではないんだけど、出来ればノット君にはこういう場所にも触れておいて欲しいんだ。
いずれノット君は領主になるわけだし、その時に孤児院の大切さとかを知っておけば、建設したり支援を厚くしてくれるかもしれない。
「あーっ! お姉ちゃんがきたー!」
「わぁーっ! お姉ちゃんだぁ!」
「だから僕はお姉ちゃんじゃなぐふっ!?」
幼い子供たちがサーチアンドデストロイしてきた。
腹部にタックルを受け、仰け反った隙に、他の子が太ももに抱きつく。
そのまま地面に倒れ込む。
何人もの子供が上に乗っかって。
「大丈夫かクロエ?」
「いつもの事ですので」
これは早く体幹系を鍛えて、正面から受け止められるようにしなければ!
「あれぇ? お兄ちゃんはだあれ?」
ノット君が言葉を発した為、その存在が子供達に認識される。
ピコン! と、ビックリマークが頭上に幻視した。
「おまえしらないのか? こういうのはこいびとっていうんだぞ!」
おませな子供が胸を張って間違った情報を流す。
「こいびと? お姉ちゃんの?」
「けっこんするのぉ?」
「お兄ちゃん! お姉ちゃんとけっこんするの?」
「えっ……いや、俺は」
「忘れてません!? 僕はお兄ちゃんですよ!? お兄ちゃん同士は結婚できませんよ!!」
「……いや、法律で貴族は側室で同性の結婚が認められているんだ」
「んな情報は今いらねぇーんですよ!?」
なに、補足みたいに言ってるの!?
いらないよ? すっごくいらない情報よ?
「いや、だが嘘はよくないだろ」
「真面目か! 僕に真面目過ぎるとか抜かしてたのに、どうして子供相手に真面目になってるんですか!!」
「だが、子供だからと嘘をついてはダメだと俺は思うぞ」
「適宜応答! 臨機応変! 柔軟に! オブラートに包んで言うだけですよ! いずれ必要なら勝手に得られる知識なんですから!」
「……む。確かにそうだな。こんな幼少期にそんなものはいらんか」
チョトンとしていた子供の頭をぎこちなく撫でるノット君。
撫でられたことでこの人はいい人! という子供特有のロジックにより、僕に乗り切れなかった子供達が、ノット君にタックルを開始する。
「お兄ちゃーん!」
「抱っこしてぇー!」
「わぁーい!」
「な!? ク、クロエ! 俺はどうしたら!?」
「僕と同じ末路になります」
「そんな……馬鹿なぁーー!?」
…………
「はぁ……はぁ……こんなに体を動かしたのは何時ぶりだ?」
「ふぅ……ふぅ……子供の体力は無尽蔵ですからねぇ……ふぅ〜」
二人揃ってと倒れ込んで、動けない。
時刻は夕暮れになろうという頃合。
「お前はいつもこんなことしてたのか」
「ええまあ。暇な時は」
だって、来ると嬉しそうに駆け寄ってくるんだもん。来ないとダメじゃんか。
「今日通して、分かったことがある」
「なんです?」
「お前。人に自分の時間使い過ぎだろ」
「ぐふっ……やっぱり?」
最近は指摘されまくっています。
「俺はずっと自分の為に生きてきた。……昔は少し違ったが」
「ノット君……」
「今日、お前の周りはいつも笑顔で溢れていた。きっとそれはお前にとっての日常なんだろう……眩しかった。俺もお前のように生きていたら……そんな妄想を抱くぐらい」
自傷気味に笑う。
痛ましい。
僕は覚悟を決めて聞くことにする。
「ノット君の……過去に何があったんですか?」
ここが分岐点だ。
ここで拒絶されたらきっと、もうチャンスはない。
ノット君は少し考え込むように目を閉じる。
そして意を決してように僕の瞳を見つめる。
「俺の姉はな……平民の男と駆け落ちしたんだ」
なんてことない。
夢見がちな姉が、庭師の男に誑かされ、姿を消した。
だったそれだけの事だ。と、ノット君は笑う。
だがその瞳の奥に憎悪や憎しみを感じとった。
「そして、ほど近い川沿いに持ち出した金目のものと服を全部奪われ、死体として発見された」
庭師は盗賊の一味だった。
「もちろん我が家の総力をもって奴らを見つけ出し、この世の地獄を見せて始末はした……だが、姉さんは帰ってこない」
強く握りしめられた拳が彼の怒りと悲しみを物語っていた。
「俺はあの時、平民は僅かな金銭の為に人の命すら奪ってしまえる下賎な者ともだと思うようになった。……思わずに居られなかった。そうでもしないと気が狂いそうになる。失った悲しみと復讐した達成感は両立しない。常に失ったものの方が遥かに重く、精算出来ない感情だけが残り続ける」
「ノット君……」
僕のなんとも言えない声に、ノット君は笑う。
「なんでお前が悲しそうなんだよ」
クシャと僕の頭を乱暴に撫でる。
「……やっぱりお前は変わってるな。だがそんなお前を見てきたから俺も少しは前向きになれたのかもな」
さてととノット君は立ち上がる。
未だに座り込む僕に手を差し出して。
「お前のおかげで平民も貴族も何ら変わらない人間だと思えるようになったよ。ありがとうな」
強いなあ。
僕はそう素直に思った。
もし……もしも、僕がマナたちを理不尽により失ったら?
……きっと僕は……。
いやいや。
失わないように強くならないと。
僕はノット君の手を掴み、立ち上がる。
「ノット君。君は強いですよ……そしてとってもいい人です」
僕はできる限りの笑みを浮かべる。
「お前にそう思われたらそうなるしかないな……いい人に」
どんな傷や痛みを負っても、生き続けるなら乗り越えるしかない。
「それにアイツらにも感謝しないとな」
「なんか言いました?」
「いや。俺は友人に恵まれていると思ってな」
「それ、僕も入ってますか?」
「ああ。筆頭だ」
「それは嬉しいですね! ノッちゃん!」
「それはやめろと言ったぞ?」
「いたたっ! アイアンクローはやめてぇー!」