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113話 魔導学園14

僕は鉄の剣を購入してホクホク顔で、帰路に就いていた。


「えへへ。これで僕も立派な剣士だね」


マイウェポンというのはこんなにも興奮するのものなのか。


スーやライオットといった星騎士団(アスタリスク)の武器に、加護(ブレッシング)を施した時にも触ったし、なんならあっちは希少金属のミスリルとか使われていた世界有数の武器の数々だったけど、こうして自分で選んで購入した鉄の剣はなんか凄いものに感じてしまう。


『お兄ちゃんって、初期武器とか大事に残しておくタイプだもんね』

(うん。大抵の初期武器って耐久値無限だったりするからね)


あと、シンプルで無骨なデザインが、サブウェポンとして最適なのだ。


(ああいう初期武器は、強化を施して、最終的に最強武器に変わったりしたら胸熱なんだけどねぇ)

『要求素材がエグそうだねぇ〜』

(だねぇー)


ラスダンの最奥で手に入る鉱石を使わないといけないとか。ラスボスを倒さないと強化出来ないとか。


(正直、最強の敵を倒して、ようやく作れる最強の武器ってロマンはあるけど、使い道が無いんだよね……)

『鑑賞用になっちゃうよね』

(作って少し眺めたら、ゲームを終わらせて、それ以降起動しなくなるんだよね)

『強くてニューゲームがあれば最初から最強装備で遊べるけどね』

(どんなに面白くても、二週目にはいるのはキツいものがあるよ……話が変わるならまだしも)


そのため、僕はどんな名作も二週目はやらないタイプだ。


小さい頃は勿体ないからと、やり込んだものだけど、社会人になって、時間が有限になってからは、ゲームは苦痛を感じないところで終わらせるという、量より質を優先するようになった。やり込みとか、レベルカンストとか、最強装備作成とか、そういうことに拘らなくなったものだ。


そんな消化試合をしている場合があるなら、新しいゲームがやりたくなっちゃうからね。


そのせいで給料の大半がゲームに溶けていったけど。


手に持つ剣の重みというのは、リアルだとこんなにもずっしりしているものなのか。


握り部分の布は手巻き感満載で、人が作り上げたものなんだなあと、ちょっとした歴史を感じる。


幾つか鉄の剣があって、素振りしてみたけど、どれも重心が少し違くて、驚いた。


鍛冶師さん曰く、あえてずらしいてるらしい。


初心者ならまだしも、ベテランなどは少しの違いにすら敏感だから、ほぼ必ず微調整する必要がある。その時の指標にと、作ったものらしい。


僕はその中からピンと来るものを選んだ。


手入れ用の油とかヤスリとかも勧められて、なすがままに買ってしまった。


そうだ。夏休み中にも図書館は解放されているから、そこで剣の手入れ法を調べよう。


ぐぅ〜とお腹が小さく鳴る。


そういえばなにも食べずに出てきちゃってた。


近いからいつもの酒場で食べようと、考えてそちらに歩みを向ける。


ジミー君もいるかな?


夏休みに入ってから見かけてない。


一応、店の手伝いはすると聞いているけど。


会えるかもと、少しワクワクしながら店に向かう。


店に入ると昼前ということもあってか人がそこそこ入っていた。


「いらっしゃい! って、クロエじゃないか」

「久しぶりですね、ジミー君」

「久しぶりって、まだ数日だろ」

「……濃い数日でした」

「そ、そっか」


少し心配そうなジミー君に案内され、カウンター席に座る。


いつもの定位置だ。


忙しいのか、オヤジさんも調理場にこもってるみたいで、手持ち無沙汰で剣を少し抜き差ししてはニヤニヤする。


「クロエ。お前、危ねぇ奴みたいになってるぞ」

「え? あ、ごめんなさい」


確かに不気味だよね。ニヤニヤと剣眺めてたら。


「どうしたんだ? その剣」

「僕、剣士を目指すことにしたんです」

「えっ!? お前、魔法使い諦めんのか!?」


ジミー君がガバッと両肩を掴んで、顔をグッと近付けてきた。


「ち、違いますよ! 魔法使いを目指しながら剣士も目指すんです!」

「そ、そっかぁ〜てっきり学園を辞めるもんかと……」

「そんなわけないじゃないですか。せっかく出来た友人たちを置き去りにして辞めませんよ」


僕の言葉に安堵して、隣の席に座りこむジミー君。


ポカリ。


「いてっ」

「サボるとはいい度胸だね?」

「メ、メルモさん! す、すぐに戻りますっ!」

「あ〜冗談なのに……相変わらず真面目だねぇ〜ジミーちゃんは」

「メルモさん。お久しぶりです」

「おひさ〜ってそんなに経ってないと思うけど?」

「あはは。ジミー君にも同じこと言われました」

「いやん! 私とジミーちゃんは相思相愛だね!」

「あはは。メルモさんはサボっていいんですか?」

「こりゃあ、手厳しい! んじゃあ、お父さんが出てきたら注文してね!」

「了解です」


もう常連だからか、こうやって気兼ねないやり取りも出来る。


想像以上に行きつけって心地よいものだ。


前世も喫茶店ぐらい通えば良かったのかなって、思ってしまう。


でも、やっぱり緊張してまともに楽しめなさそうだ。


今の僕にはマナたちかいつも見守ってくれてる。


だから、勇気をだして未知に挑める。


オヤジさんが出てきて、いつもの肉料理を注文して、ジミー君の働きっぷりを眺めつつ、お昼ということもあって、混んできた店から出る。


「あ、待ってくれクロエ」

「ん? どうかしましたかジミー君」


店から出ようとしたら呼び止められた。


「この後、暇か? 少し相談したいことがあるんだ」

「大丈夫ですよ。いつ頃になります?」

「夕方……には上がれるから、頼む」

「分かりました。それでは夕方に来ます」

「本っ当に助かる! ありがとう!」


別れを告げて、さてと考える。


夕方まで何時間もある。


せっかくなら最近会っていないおばあちゃんにでも会いに行くか。


骨董品のおばあちゃんである。


あの一件以降、ちょくちょく話し相手として、御屋敷にお邪魔している。


僕は剣を部屋に戻してから、また街に繰り出した。


御屋敷に辿り着き、使用人の方に案内され、部屋の一室に入室する。


「いらっしゃいクーちゃん」

「おじゃまします。おばあちゃん」


おばあちゃんにお辞儀して部屋に入ると、見慣れない中年の男性がテーブルの反対側に座っていた。


穏やかでハンサムな人だ。スーツのようなきっちりと着こなした正装をしており、首からは顕微鏡のような厚めの眼鏡をチェーンでぶら下げている。


「ああ。君が噂のクーちゃんか」

「は、初めまして魔導学園一年のクロエと申します」


僕は慌てて頭を深々と下げる。


「そんなに畏まらなくていいよ。母さんが君に出会ってから元気になってくれて、むしろ感謝したいぐらいだよ」

「なんだい。あたしゃ最初から元気だよ」

「この前まで、寝込んでいたじゃないか。あんまり無理しないでくれよ」


気兼ねないやり取りと呼び方からして、息子さんなのだろう。


いつも一人で外を眺めているおばあちゃんが、凄く生き生きしている。


それだけでこちらも嬉しくなってしまう。


ずっと、坊はまだ帰ってこないって言ってたもんね。


「クーちゃんもそんなところに居ないでこちらに来なさい」

「あ、はい。おじゃまします」


勧められて、息子さんが引いた椅子に座る。


「挨拶が遅れたね。私は骨董品を商いにしている商人ルイス・パークレイだよ」

「ルイスさんよろしくお願いします」


温和な人で良かった。


「坊が結婚してりゃあ、今頃はクーちゃんぐらいの孫が出来てたのになぁ」


おばあちゃんがしみじみ言う。


「母さん……分かってはいるけど、どうしても、ね」

「悪いね。急かしたくはないけど、どうして一目、坊の嫁さんと孫に会いたくてなぁ。そうしないとじいさんを安心させてやれんよ」

「そんなこと言わないでよ。母さんは長生きするんだから」


何か結婚出来ない事情があるのだろ。ルイスさんのおばあちゃんに対する態度は、本当に申し訳なさそうだ。


おばあちゃんも、もう自分の死期を感じているのかもしれない。


「良い人が見つからないんですか?」


聞かない方がいいかもしれない。


けれど、なにか出来ることがあるのなら手伝いたい。


そんな理由から、少し遠回しに尋ねる。


ルイスさんは困ったようにため息をつく。


「そう、じゃないんだ」

「坊。話しておやり。クーちゃんは他人に言いふらすような子じゃないよ」

「母さんが言うなら……分かったよ。クロエ君、他言無用でお願いするよ」

「分かりました。墓場まで持っていきます」

「そこまではしなくていいさ」


どうやら僕の覚悟は重すぎたようだ。


ルイスさんが苦笑いを浮かべている。


「これは私にとって、人生で一番の過ちさ」


ルイスさんは語る。


父が亡くなり、骨董店を引き継ぐことになった時期。


先代に比べると知識も審美眼も劣るルイスさんは、大層苦労したという。


本物か偽物かを見比べるには、膨大な知識と経験がいる。


なになに時代のなになにの製法でなになにの用途で作られ、製作者は有名か無名かを一つ一つ、骨董品一品で調べあげなければならない。


お客さんに偽物でも渡した日には、父が積み上げてきた信頼も信用も地に落ちてしまう。


そんなプレッシャーに毎日苛まれて、不眠症になってしまう。


当初、母であるおばあちゃんも父の死に、寝込んでいて頼れる人はいなかった。


従業員もある程度見れるが、最終確認はオーナーの自分が見る必要がある為、頼りきれない。


そんな日々から、眠れぬ夜は街に繰り出し、場末の酒場で、安いエールをあおる日々。


そんなとき、ルイスさんの元に、一人の女性が現れた。


彼女はルイスさんのことを何も聞かず、傍にいてくれたそうだ。


次第にルイスさんは彼女に心を開き、愚痴を言い始めた。


彼女は黙ってルイスさんの話を聞いて、ルイスさんを励ましてくれた。


そんな彼女との日々がルイスさんにとって、唯一の癒しとなった。


彼女に惹かれ始め、自分の仕事や苦労を零すようになり、結婚の申し込みをしようとした。


だが、現実は無慈悲。


いつものように彼女も飲みかわして、気付けば宿の一室で目を覚ます。


手にはインクの跡。


ズキズキする頭を引きずるように、宿を後にして屋敷に帰宅すると、そこには複数の馬車が父が貯蔵していた数々の骨董品を持ち出していた。


伏せっていた母は、その場に泣き崩れ、メイドに抱き止められていた。


当然、ルイスさんは商人達に言いよった。


商人達はルイスさんを見下すように、契約書を取り出した。


そこには父の骨董品の数々を安値で買い叩く旨を全うな書類のように書いた内容。


普通ならサインなど、ひよっこ商人ですらしない酷い内容だ。


だがサイン欄には、自分の……ルイスさん自身のサインが書き殴られていた。


身に覚えはない。


そう言い突っぱねようとしたが、ふいに指についたインクが目につく。


商人達はゲラゲラ笑い、昨日の夜に宿でサインをもらったと言う。


自分が嵌められたと分かったのはその時だった。


色仕掛けなんて常套手段じゃないか!


そんなことにすら気付けず、父が大切に集めていた骨董品が荷台に詰め込まれていくのを眺め続けるしか無かった。


去りゆく商人に去り際に言う。


「あんたも災難だな。あんな悪女に騙されて。でも、悪いな。これも商売なんだ」


その一言で、商人が送り込んだのではなく、彼女本人が計画したことなのだと悟った。



「これで昔話はおしまいだよ。あれ以来、私は償いの為に仕事に没頭した。そしてそれすらも言い訳になるほど、彼女の事が頭から離れないんだ」

「悪女……気のせい?」

「ん? 何か気になるのかい?」

「あ、いえ。ルイスさん。その言い方だと未だに?」


浮かんだ考えを振り払い、ルイスさんに尋ねる。


「ああ。自分でも嫌になるよ。未だに彼女のことを愛しているんだ。あれほど運命を感じたことはないよ。それほどまでに彼女は私には魅力過ぎた」

「あたしは気にしてないんだ。坊が誰を愛しようが、大きな失敗をしようが。最後に立ち上がって前を進めれば」

「母さん……」


おばあちゃんはニカッと歯の抜けた笑顔をルイスさんに向ける。


「あたしには、今でも坊は前に進めてないように感じる。それが心残りなのさ」

「だから結婚や孫のことを」

「そうさ。今はあたしが居る。でもあたしが死んじまったら? 坊はひとりぽっちさ。人間には一人で生きる力なんかないのさ。だからあたしが死んじまっても大丈夫のように、家族を作って欲しんだ」

「母さん……そうだったんだね。それなのに、私はそれに気付かず母さんを喜ばせるには、失った父さんの骨董品を集める必要があるって……それで仕事に没頭して……本当に不出来な息子だよ」


ルイスさんは俯き、溢れる涙を指で拭う。


「坊があたしを喜ばせようとしていたのは分かっていたさ。でもね、坊。親っていうのは、親孝行よりも子がうんと幸せになってくれることの方が、何百倍も嬉しいさね」

「かっ……さん!」


優しくルイスさんを抱き締めるおばあちゃん。


僕ももらい泣きして、絶賛号泣中だ。


『ぐす……いい話ね』

『ゔん……』

『ごんなの不意打ちにもほどががあるよぉ』

『うぅ……家族愛というのは、なんと尊いものでしょうか』

(そう、だね。お互いがお互いを思いあって初めて成立するものだと僕は思う)


一方的な愛はきっと二人とも幸せにならない。


ルイスさんはおばあちゃんを愛して、おばあちゃんもルイスさんを愛して、親子としてこの上ないほどにお互いを想いあっている。


ルイスさんにはちゃんと自分のことを見てくれている人がいたんだ。


その後、ルイスさんは前々からきていたお見合い話を受けてみることにするという。


その一言で、おばあちゃんが嬉しそうに泣く。


「クーちゃんありがとう。クーちゃんが居たから長年言えなかったことが言えたよ」

「そんな……僕は大したことはしてません。お二人が互いに想いあっていたからこその結果です」

「そんなことはないさ。クーちゃんが自分事のように……坊の為、あたしの為に何かをしようとしてくれたから、背中を押されたのさ」

「そうですか……お役に立てて良かってです」


くしゃと頭を撫でられて、照れくさい。


「当事者本人たちだと、どうしても踏み込めない話題というのがあるんだ。だから今回は勇気を持って聞いてくれたからこそ、私は長年、母と話せなかったことが話せたんだ。本当にありがとう」

「どういたしまして」


ああ。心がポカポカする。


人の為に何が出来るって、凄く嬉しいことなんだ。


「ついてというと、あれだが、一緒に見合いの相手を選んでくれないか?」

「僕で宜しければ!」

「なんさね。……見れたじゃないの」

「母さん何か言ったかい?」

「おばあちゃん。どうかしました?」

「んにゃ。なんも」


その後、夕暮れまでお見合いの絵を見続けた。


写真というものは存在しないから、ぶっちゃけ、本人が美人かとうかは、絵師の実力による。


後は、直接お見合いしてみるしかない。


聞けば、どれも有力な商人の娘さんばかり。


ルイスさんが失った信頼と信用を、必死に取り戻そうと頑張った結果が、この沢山のお見合い話なのだろう。



夕暮れ時、僕は酒場の前で待機した。


夏の間は、冒険者や知り合いの人も雇うらしく、ジミー君と入れ替わりで人がホールに入った。


「よっ! 待たせて悪いな」

「いえ。むしろ待たせてもらって良かったぐらいです」

「ん? そうか? ならいいけど。飯食えるところを探すか」

「ここで食べないので?」


そう聞くと、ジミー君は顔を少し赤らめて慌てて言った。


「いや! 本人の前で……そんな相談できっかよ」

「そう、ですか?」

『おやおやおや? これは楽しくなってまいりました?』

『恋、の予感ですねっ』

(えっ!? ジミー君が恋!?)


衝撃のあまり、思考がフリーズする。


「この酒場以外の行きつけとかないのか? ……クロエ? おーい、クロエ?」

「はっ! す、すみません。すこしボーッとしてました」

「そうか。無理するなよ? それで行きつけとかないか?」

「うーん。そうですね……この道の先に美味しい喫茶店が、あるには……あるのですが」

「お、ならそこにしよう」


この前、マー君に連れていかれた喫茶店なんだけど……大丈夫だよね?



入店。即座に切り返し、店から出ようとする。


がしっ!


「いらっしゃいませ〜」


連行。


「御注文は甘いものでしょうか?」

「……主食でお願いします」

「かしこまりました〜♪」


ちっ! なんてこの前のウェイトレスさんが居るんだ!!


そりゃあ、職場ならいる方が自然だろうけどさ!


「クロエお前ここの常連だったのか」

「いいえ。二回目です」

「そ、その割には相手がフレンドリーだったな」

「アットホームな喫茶店なんですよ……知らんけど」


まさかなと周りを見渡せば、手を振ってくる作家さん。


ぞ、臓物腸先生!


名前のインパクトが凄すぎて、きっと忘れる日は永遠に来ないランキング一位。


よく見れば、周囲の女性の人達もこの前居た人が多い。


暇人か! 家に帰れよ!


まさか、あの後、ここの常連にてもなってしまったのだろうか。


ジミー君があのウェイトレスさんに注文を言う。


今は少し懐具合が改善されたからか、ちゃんと食事をとるようになって、お父さん嬉しい。


息子を見守るような父親気分に浸る。


料理が届くまで、針のむしろのような気分にすぐ切り替わったけどね!


料理が届き、食す。


『この世の全てに感謝を込めて……いた』

『雛。それ以上はダメよ』

『ネタというのは匂わせるぐらいで留めるものだよ雛ちゃん』


脳内で愉快なやり取りをしているマナ達を無視しつつ、肉のソテー? みたいな料理を召しあがる。


「今日は俺の奢りだ」

「分かりました。有難く頂きます」

「そんな遠慮、え? 遠慮しないんだな? お前の性格なら遠慮すると思ったが」

「奢ってくれるんです。遠慮はやめました」


色々あるんだ。察してくれ。


肉にかぶりつき、溢れる肉汁を顔を上に傾けて、口の中に流れるように調整。


口の中が肉汁でいっぱいになったら、肉を噛みちぎる。


口の中で肉と肉汁が混ざり合い、ダイレクトに旨みが溢れる。


「ごくっ……う、美味そうに食いすぎだろお前!」

「ウェイトレスさん! あたしもあの料理」

「うちも!」

「私!」

「先生がご所望よ! 早く持ってきて」

「内臓をですか!」

「今は……普通の肉気分よ」


周囲が騒がしいけど、僕にはもう肉のことしか頭にない。


もきゅもきゅと肉を噛み、喉に流しこむ。


美味い。美味すぎる!


マナたちにも僕の食べた肉料理が届き、みんなその美味さに酔いしれる。


しっかり堪能して完食。


口元をナプキンで拭う。


「ご馳走様ですジミー君」

「はぁ……」


いつの間に同じ料理を注文したジミー君は、肉のあまりの旨さにドリップしていた。


ジミー君が戻ってくるまでミルクティーを注文してゆったりと寛ぐ。


「はっ! お、俺は……そうか、あまりの美味しさに」

「おかえりなさいジミー君。それで相談はなんですか?」

「早速だな。まあ、聞いて欲しいから呼んだのに、言わない訳にはいかないからな」


どうやら踏ん切りがつかないご様子。


静かに見守る。


「俺さ。……きになったみたいだ」

「えっ? なんて?」


顔を赤くしてボソボソいうジミー君。


よく聞こえなかった。


悪いね。僕の獣耳は飾りなんだ。感覚はあるけど。


「メルモ、さんのこと……好きなんだ」


僕はマナたちから予想は聞いてたから、良かったけど、初見なら動転していただろう。


周りでまるで優雅な食事をしてますよ〜みたいなポーズをして聞き耳を立てる女性達がザワザワとザワつく。


ジミー君は余程緊張しているのか、周囲のことに気付かない。


「メルモちゃんは男?」

「いいえ。女の子よ」

「あのウィグルの酒場の娘さんよ」

「ああ。あの元気で可愛らしい子ね」

「荒くれ者に無理やりあ痛っ!」


いきなりわいせつな妄想をしようとしたお客さんの女性の額にフォークを飛ばしておいた。


それにしても、名前一つで特定早すぎだろ。女性コミニティ恐るべし。


あとジミー君の好きな人を初っ端から男と思った作家の先生は後でしめる。


「そう、ですか。ジミー君は恋を知ったのですね」

「な、なんかこっばずかしいな! 村にいた頃は、みんな家族みたいなものでそんな気持ちを抱くこともなかったのに」

「あ〜そういうタイプね。そういう疎い子ほど、人気があったのよ」

「そういう鈍い奴には、分からせるのが早いわね〜」

「さりげなく会話に混ざらないでくれます??」

「最初はさ、いろいろ気遣ってくれて助かるって思っていただけなんだ」

「ジミー君!? まさか、気付いてない!?」

「明るくて人当たりが良くて、お客の下ネタにもノリよく返して」

「お客さんの下ネタは負担になるらしいですよー皆さん?」


さっとお客さんの女性達が視線を逸らす。


「私は気にしてないよ」

「私この店好きだわ〜」

「同じく〜」

「最高の店だね!」

「毎日通っちゃう!」


ウェイトレスさんが気にしてないと言い、女性達がヨイショする。


……これが負のスパイラルというものか。


いや、腐か。


「もちろん仕事だから、いつもニコニコしてるって思ってた。でも違ったんだ。メルモさんは本当に楽しそうに幸せそうに働くんだ。どんなに辛くても疲れても、好きだからって。お父さんとお母さんが育ててあげたお店だからって」

「ジミー君、本当に聞こえないんですね……」

「私も一緒に育ったから、このお店は

私にとって家族なんだって、兄弟姉妹なんだって。だから幸せだって言うんだ」

「ぐす……いい話すぎる!」

「あそこ男の人ばかりのお店だから敬遠してたけど今度行ってみようかな」

「ふふ。水臭いわよ。私も連れていきなよ」

「人は一人でも多い方がいいでしょう?」

「みんな……ありがとう!」

「勝手に青春第二シーズン始めないでくだしいます??」


もはや好き勝手言いやがって、しかも聞き耳ところか椅子ごとこちらに向かせて聞く気満々だし!


「ああ。いいなぁって、最初は思った。それが次第に可愛いなって、好きだなぁって、どんどん気持ちが強くなって……今じゃ、顔すらまともに見れない」

「ああっ! 青春ね!」

「若いっていいわ〜」

「想いは告げないので?」


もはや盛り上がる人達はスルー。


ジミー君は悩ましい表情を浮かべる。


「悩んでいるんだ。俺は家族の、村の期待を背負って魔導学園に入学した。俺にとっての未来というのは、国に仕える宮廷魔法使いか貴族の専属魔法使いになって安定した収入を手に入れて、家族や村に仕送りすることだった」


ジミー君の村は貧しい村だという。


生活をする分には食い物に困らないけど、少しでも贅沢しようものならすぐに生活が回らなくなってしまう。


そんな中、ジミー君には魔法使いとしての才能があった。


魔導学園の学費は安い。


国が運営しているという点と、難易度の高い試験を突破しなければならないという点で、その分学費は低く設定されている。


ジミー君が通える魔法学校の中で最難関だけど学費が安い魔導学園しか選択肢はなかった。


ジミー君は死ぬほど勉強して、ようやく受かって、更には家族と村から学費を払ってもらっている立場。


生真面目な性格も相まって、身動きが取れないのだろう。


「まだ働き始めた頃に聞いたことあるんだ。メルモさんにクロエのことが好きかって」

「……ふぁ!? な、な、ななに聞いてるん!?」


いきなりの不意打ちに混乱する。


「なんで僕の話が出てくるんですか!」

「ほら、オヤジさんがクロエをメルモさんの婿にしようとしてただろう」

「あれはネタですよ!!」

「そ、そうなのか? てっきり本気かと思った」

「ジミー君の真面目なところは美点ですが、過ぎれば融通の聞かない人になりますからね!」

「わ、分かった。悪かった……それで話は戻るけど、メルモさんは笑いながら言ったんだ。クロちゃんにこの酒場は狭すぎるって。私にはこの酒場から離れることは考えられないって。それを聞いてさ、この人はこの場所で生き続けるんだって分かったんだ」

「メルモさん……どういう意味でしょうか?」

「えっ! うそ! 分からない!? このピュアだわぁ」

「天然ね。でも嫌いじゃないわ」

「どういうことですか!? 皆さん分かるんですか!?」


何故僕だけ分からない? おかしくない?


『過小評価しまくっているあなたには分からないわよね』

『『『うんうん』』』

(マナたちまで!?)


どういうことだってばよ。


僕には酒場が狭すぎる?


むしろ広々していて、お客さんがみんな楽しそうに騒いていて、賑やかで好きなんだけど?


「クロエは自分のことになると察しが悪くなるよな。……メルモさんからしたら、クロエは酒場一つでその一生を終えるような人間じゃないってことだよ。もっと大きなことをしそうな凄いやつってことだ。それに関しては俺も同意だけどな。お前は凄い奴だ」

「い、いきなり褒め倒しても、何も出ませんよ!? 今度の学食の最高級ランチでいいですか?」

『満更じゃないねー』

『デレッデレだねー』

『ご主人様の尻尾が扇風機みたいになってます』


嬉し恥ずかしいやらなんやらで、汗だくだ。


ジミー君は微笑ましそうに笑い、そして真面目な表情に戻る。


「俺にとって、メルモさんと一緒になるということは、酒場を継ぐということだ。そうしたら村や家族に恩返しが出来なくなる」

「だから、その想いを告げてないんですね」

「ああ。俺には目指すものがある。メルモさんの目指すものとは相容れないんだ」

「…………」


また恋の悩み。


今度は身分の違いではなく、お互いの目指す将来の違い。


一緒になるということは、片方の将来を諦めなくてはならない。


義理堅いジミー君には酷な選択だ。


解決策が見つからずに、僕達は沈黙していた。


これに関して、僕にアドバイスできることがない。


それが悔しい。


圧倒的な人生経験不足。


そんな時、別の机に座っていた冒険者と分かる格好した二人組みの女性の片割れが立ち上がり、ジミー君に接近した。


頭を抱えたように項垂れているジミー君は気付かない。


僕もいきなりのことで、反応出来なかった。


女性らジミー君の胸倉を掴みあげて、驚くジミー君の顔を至近距離で睨みつける。


僕は立ち上がろうとしたら、両肩に手を置かれて立ち上がれなかった。


「ちょっと任せてもらえない?」


もう一人の冒険者の女性だった。


「あんたさ。さっきから聞いてれば、そのメルモちゃんのことちっとも考えてねぇじゃねぇーか」

「な!? そんなわけないだろ! むしろメルモさんのことを」

「告ってもねぇー女の未来を勝手に決めることがか?」

「っ!」


ハッとしたようにジミー君が目を見開く。


僕も確かにと納得した。


「順序がなってねぇーんだよ。勝手に一人で盛り上がって勝手に諦めてんじゃねぇーよ。惚れたんだろ? なら、言い訳や最もらしい理由並べてんじゃねぇーよ。惚れたならどんなことがあっても手に入れてみせろよ!」

「でも……メルモさんは」

「だから! そういうことは二人で決めろ! 一人で勝手に妄想膨らませてんじゃねえ!」


パシっ! と、拳で頬を撃ち抜かれたジミー君が床に倒れ込む。


「二人の未来は二人で考えなきゃならねぇーんだ! 少なくてもアタシは、勝手に察して居なくなる男より、馬鹿でも無鉄砲でも一緒に居ようとしてくれる男のほうが好きだね。女はめんどくさいぞ。だが、愛があるからめんどくさいんだ。そのめんどくさいも受け入れて、自分の道も曲げるな。妥協した男に女は幻滅するものさ」

「……姉御」


はて? 姉御?


「分かった坊主!」

「おう! 姉御! 俺、目が覚めたよ。そうだよな! メルモさんの気持ちも考えて、その上で考えないとな!」

「分かったならよし! 今から告ってこい!」

「分かった! 俺、行ってくる!」

「ちょ! ジミー君!? 考え直して!?」


タタタッと、店を飛び出した。


「ふっ……若いってのはいいねぇ」

「こらーっ! 喝を入れるのはいいけど、やりすぎです! これで失恋でもしたら気まず過ぎます!!」

「あー。まあ、なんとかなるだろ」

「無責任な……」


女性冒険者はニカッと男前な笑みを浮かべた。


「あいつが惚れるほどいい女なんだろ? なら、どうなっても悪いことにはならねぇーさ」

「ぐっ……それを言われたら」

「ふふ、素敵よ」

「もちろんさ。アタシはお前の彼女なんだぜ?」


僕を押さえてたもう一人の女性冒険者が相方に近付き、頬を赤らめる。


なるほど。


確かにジミー君達の恋に比べれば、彼女たちの恋のハードルのほうが高いか。


そのあと規制をくらいそうな熱い接吻した二人の女性冒険者は、店から出ていった。


しっかりと手を絡めて。


後日、ジミー君は殴られた頬と逆の頬を紅葉の形に染めて、照れくさそうに報告をしてくれた。


まだ苦難は多いだろうけど、取り敢えず友人として一言。


おめでとう。

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