112話 魔導学園13
マー君と親友になって翌日。僕は朝、扉をノックする音で目が覚めた。
フラフラと眠たい目をこすりながら、扉を開く。
「どちら様ですか〜?」
扉の先には、きっちりと燕尾服を着こなした初老の男性。モノクルを片目に付けて、絵に書いたような執事だ。
「お初にお目にかかります。クロエ様」
様!? 正体バレた!?
と、じんばりと背中に汗をかき、目が一瞬で目覚める。
「な、何用でしょうか……」
努めて平坦な声を出す。
「お嬢様からクロエ様をお呼びせよともうせ使っております」
「お嬢様……? もしかして!」
「はい。申し遅れました。私、キャサリンお嬢様の執事を務めておりますスワンと申します」
良かったぁ〜正体バレてない。
それにしても本当に執事さんだ。
神子の時は貴族個人とのお付き合いが無かったから、執事は遠目で見たことあったけど、間近で見ると、テンションが上がる。
『むっ! ご主人様にはこのメイドがおります! 執事など不要ですっ!』
(いや、このスワンさんはキャシーさんの執事さんだからね? 僕の執事じゃないし)
謎の対抗意識を燃やすライアにツッコミを入れつつ、本題に戻る。
「お呼びって、遊びのお誘いですか?」
キャシーさん本人が、来ないのはここが男性寮だからだろうことは分かる。
その代わりに執事のスワンさんが迎えに来るのも理にかなってる。
「いえ……パーティのお誘いです」
「へっ?」
申し訳なさそうにスワンさんは頭を下げた。
馬車に揺られながら正面に座るキャシーさんに尋ねる。
「キャシーさん……僕は庶民です」
「知ってますわ」
「僕は獣人です」
「知ってますわ」
「僕はパーティ経験などありません」
「ええ。察しはついてますわ」
「じゃあ、なぜ、僕は貴族のパーティに参加しなければならないのでしょうか?」
「私が寂しいからですわ」
「それなら仕方ないですね」
本当に仕方ないことだった。
って、違う違う。
つい、嬉しいことを言われて浮かれたわ。
「寂しいって、キャシーさんはこれまでもパーティのご経験はありますよね?」
今更、寂しいとかないんじゃ。
「ふふ……私の夏季休暇のご予定をご存知?」
「え? いいえ。知りませんけど」
目からハイライトが無くなったぞ!?
「パーティパーティパーティパーティパーティパーティですわ」
「ええっ!? それほぼ毎日ってことですか!?」
「ええ。最初の数日はこの都市で貴族の学生たち主催だったり、魔導国の貴族主催のパーティに参加しますわ。そしてその後は本国に一時帰国して、そちらでもパーティ三昧ですわね……」
「じ、地獄のようなスケジュール……」
「昨日は学生主催でしたから気楽でしたけど、今日のは魔導国の中でも有数な貴族主催のパーティ。ようはアウェイなのです。小娘一人で挑むにはあまりにも……辛い」
本当に疲れ果てたように窓の外を見る。
よく見ると目元にクマがあることから、かなり今日のパーティが憂鬱だったのだろう。
「私の一族は、武勲を上げて貴族になった身ですわ。それゆえこういうパーティ類が苦手……死ぬほど嫌いですわ」
「言い直した! より深刻に言い直した!」
「故郷なら、パーティは飲み会かどんちゃん騒ぎの宴会で、優雅さのある催しなど稀でした」
騎士国は確かに国民の皆さんからして、細かいことを気にしなそうな人達だったなぁ。
「もちろん私は貴族の令嬢として恥じないように、努力を積み重ねてきた自負があります。でも、やはり心細い……異国の催しに私は務めを果たすことが出来るのか……不安なんですわ」
「キャシーさん……」
こんなに弱っているキャシーさんは初めてみた。
いつも自信満々で、グループの中でも即断即決のリーダータイプだった。
「強引に連れてきて申し訳ないですわ。朝になって急にあなたに会いたくなったんです。いつも怯えていて、それでも必要な時は頑張ってしまうあなたに……勇気を貰いたかったのかも知れません。スワン、止めなさい」
「はい。お嬢様」
頭を下げてキャシーさんが謝る。
馬車が止まり、スワンさんが扉を開く。
「もう、元気は貰いました。さあ、お帰りなさい。巻き込んで悪かったですわ」
どうしてそんなに気丈に振る舞うの?
相当無理をしてるのは、そこそこ長い付き合いだから分かるよ?
僕はスワンさんに首を振る。
「スワンさん。このまま出してください」
「ふふ……かしこまりました」
馬車は再び動き出す。僕を乗せて。
「……クロエ?」
驚いたようにキャシーさんが僕を見る。
僕はクスッと笑ってしまう。
何だかいつも年上のお姉さんだったキャシーさんが、僕より年下に見えるもんだから。
「僕、決めたんです」
「なにを?」
「友達が困ってるなら、図々しく助けると」
「……っ」
これまでみんなの為に生きてきた……雛はそう言ってくれた。
僕からしたら、自分のために生きてきた感じだった。
矛盾してるように感じる。
でも矛盾してないんだ。
僕が自分のためにしたいことは、みんなにしてあげたいことだったんだ。
「リンちゃんが困ってるんです。なら、助けない道理はありません」
「えっ、あぅ……」
昨日、マー君と考えた愛称だ。
キャシーも愛称だけど、それは彼女からそう呼んで欲しいと言われたからだ。
でも、本当の意味で仲良くしたいなら、ちゃんとこちらから呼びたい愛称で呼んであげなちゃ。
リンちゃんはパニクったように、口をパクパクしている。
「えへへ……マー君と考えた愛称なんですけど……どうでしょう? あ、マー君というのはマイク君のことですね」
照れるように獣耳をかく。
リンちゃんは俯いてしまって、顔を窺えない。
気に入らなかったのだろうか?
不安になりあたふたしてしまう。
「や、やっぱり今までの呼び方で」
「いえ! その呼び方がいいですわ!」
「は、はい!」
食い気味に言われた。
「な、なにやら、変化があったようですわね。貴方とマイクの間に」
顔はあげてくれたけど、今は窓の外に顔を向けているため、横顔しか窺えない。
「は、はい。昨日、偶然マー君とお会いして、それで彼の相談みたいなのになったんです。……もし、このままの関係なら、僕はこれ以上、個人の事情に踏み入れるのは、躊躇われてしまいます。ですが、偶然とはいえ、マー君の悩みを聞いて、何かしてあげたい。そう思ったんです。当たり障りのない友人ではなく、困っていたら助けてあげられる親友に」
「ふぅ〜。相変わらず繊細なのですわね」
ため息つかれちゃった。
でもリンちゃんの表情はどこか嬉しそう。
「普通、平民にとって貴族の事情なんか、面倒事でしかないのですわ。だから普通は何かをしてあげたい。などと思う方が可笑しんです。それなのに貴方は私の事情に頭を突っ込もうとする……どうしようもないおバカで……どうしよもなく嬉しいものですわ」
目を細めて、僕を正面に柔らかい笑みを浮かべる。
「貴方は私にとって、既にとても大切な人なんですわ」
「えっ」
ドキッ。
胸の鼓動が高鳴った。
それほど真っ直ぐで温かい感情。
それが僕に向けられている。
しばらくお互い喋ることが出来なかった。
静寂が馬車内を支配する。
馬車の僅かな揺れや軋む音、外の喧騒だけが耳に届く。
「ち、違くてよ! べ、べべ別に変な意味ではなくてよ!? それは、そう! 貴方と言っていた親友! そう! 親友という意味で言ったのですわ!!」
「そ、そそそうなんです! ええ! 分かってました! 僕ももちろんその方向で解釈してましたよ!?」
「あら、分かってるじゃない! そう、私と貴方は親友になりましたの!」
「はい! これからもよろしくお願いしますね? リンちゃん!」
「うっ……よ、よろしくお願いしますわ……クーちゃん……」
「え? 今、なんて呼んだんですか?」
「な、なんでもありませんわ! さあ、覚悟なさいクロエ。貴方が頼れと言ったんですわ! だから今日はとことん付き合ってもらいますわよ!」
「で、できる限りがんばります!」
なんかてんやわんやしたけど、良かった。
リンちゃんともちゃんと向き合えて。
『神子じゃなくてもフツーにモテモテだねぇ〜』
『本人にその自覚はないけれどね』
パーティ。
それは主催側の経済力とコネを見せびらかし、参加者側は主催者をヨイショしながら、次は自分の番と闘志を燃やしたり燃やさなかったりと、非常に色んな企みが跋扈している催しである。
馬車が止まり、スワンさんにより扉が開かれる。
「か、会場じゃないんですね?」
「当たり前じゃない。貴方も私もドレスコードしてないでしょう?」
「リンちゃんのそのワンピース姿も凄く可愛いですけどね」
「〜っ! さ、さあ、行きますわよ! 余裕はありますけど、新参者は早く会場入りするのがマナーですわよ!」
「わあ、腕引っ張らないでくださいよ」
ぐいっと腕を引っ張られ、お店……高級な洋服屋さんに連れ込まれる。
どうやら前からオーダーメイドしてたらしく、リンちゃんは店の奥に案内されたけど、僕のはこれから仕立てるらしい。
パーティに着ていく服は持ってるけど、アレは神子だと一発でバレるやつだからね。
「お測りになりますので、腕を上げてください」
「は、はい」
人に触られるのは、やっぱり慣れないなぁ。
店の人にメジャーで測られていく。
ふと、店員さんの顔を見たら。
ガシッ。
僕は闘気を込めた手で店員の頭を鷲掴みにする。
「いたっ……痛いです。痛いですよ! お客様!?」
僕はニコッと笑顔を貼り付けて尋ねる。
「どーしているのかなぁ〜スー?」
「こ、怖いです。主様。その笑顔がとてつもなく怖いです」
「なに、さりげなく店員になり済ませてるの?」
「……てへっ」
可愛くてへぺろされても、絆されないぞ!
「可愛いから許すけど」
すみません。自分を偽れませんでした。
手を離してあげると、スーは脇目も振らずに、僕を抱き締めてくる。
「クンクン。はぁ……久しぶりの主様のお匂い……ムラムラしてきます。ちょっと、あの行為室に入りませんか?」
「更衣室が変な言い方に聞こえたけど? 気のせいだよね? あと、発情するな! バレたらどうするの!」
「大丈夫ですよ。ちゃあんと鍵を掛けて、風魔法の防音を施しましたから!」
「そういう気遣いはできるのになんて、こんなことするんだよ……」
「ぐすん……寂しかったんだもん」
「スー……」
そっか。そうだよね。
僕はマー君たちという新しい友人関係を築いて楽しく学園生活を謳歌してたけど、スーたちは毎日、僕を遠巻きに護衛してるだけだもんね。
それに、本当は僕もこうして普通に会話できる今が、懐かしくて嬉しかったりする。
「うん、僕も」
「もう限界なんです! 主様のお洋服で楽しむの! だんだん匂いが薄れてきて、なかなか興奮出来なくなって」
「くたばれ! この痴女がぁ!」
「ひぃ! 主様が暴力を……最愛の私に暴力を……でも、それも……愛」
「ちげぇーよ! 僕をDV夫みたいな扱いはやめろ!!」
「ああっ! 主様! もっと! もっとこのメスブタを罵ってくださいませ! さあ!」
「もう、いやああああ!!」
「あら、クロエ。随分疲れてますけど、どうされました?」
「い、いえ。少し着慣れないもので」
「ふふ。似合ってますわよ。男装の麗人という感じで」
「僕は男です」
バカの相手は疲れた。
でも、久しぶりにスーとあんなに喋ったなぁ。
……半分以上がツッコミとボケだったけどね。
「リンちゃんも綺麗ですよ? まるで宝石みたい」
「ふふ。ありがとうございますわ。貴方に言われると本当に嬉しいですわね」
先程までの、身近な存在だったリンちゃんが今は少し遠いお嬢様な雰囲気を感じてしまう。
もし、僕が神子だと知ったら、同じようにみんなは僕を遠い存在に感じるのだろうか?
それはちょっと寂しいな。
「どうしました? 行きましょう」
「……はい」
刻まないと。思い出が少しでも色わせないように。
僕の学生としての夏休みはこれで最初で最後だから。
そこは大きな御屋敷だった。
リンちゃんが言うには、別荘みたいなもので、本邸は別にあるとか。
大きな領地を持っている貴族は、国の重要都市には大抵別荘を構えているらしい。
僕はリンちゃんにとっての付き人みたいな存在として参加する。
付き人と貴族でなくても良くて、基本的にその貴族にとって他貴族に自慢できるなにかを持っている人が選ばれたりするらしい。
将来の私有の騎士団の団長候補だったり、若くしてその才能を認められた神童だったりと、稀有な存在であることがひとつのステータスみたいな。
全員が連れてくるわけじゃないし、中には護衛を選ぶ人も多い。
「私はあくまで招待された一貴族ですわ。主催者に一言御挨拶してあとはのんびり食事を楽しみましょう」
「き、聞いた話だと、人は緊張しすぎると何を食べても味がしないとか」
「お、脅さないてくださいまし……ほら、手に汗が」
ナチュラルに手を握られて、一瞬思考がフリーズ。
「さあ、行きますわよ!」
「ちょ、異性と手を繋ぐのは、外聞がわる」
「安心なさい。貴方は男装の麗人としか思われてませんわ」
「余計悪い! よ、よく考えたら、獣人を毛嫌いする貴族とかいるでしょうか」
貴族が獣人嫌い。というのは非常に定番なイベントだ。
もしそれで、リンちゃんの家名に傷をつけたらどうしよう。
ノリと勢いで来たけど、やっぱり来なければ良かったか?
「馬鹿なことを言いなさんな」
リンちゃんは不敵な笑みを浮かべ、握る手に力がこめられる。
「私の友人を悪く言う方とは、元々友好的に接するつもりはありませんわ」
「リンちゃん……」
「さあ、行きましょう」
「うん!」
本当に僕は恵まれている。
「この選択を後悔はさせません」
神子の名にかけて。
「何か言いまして?」
「リンちゃんは本当に素敵だなぁって」
「ばっ! 馬鹿なこと言わないでくださいまし!」
「あはは」
会場入りの時から注目の的だった。
貴族の人達は皆、高価な装飾品を当たり前のように身に付けて、既に談笑に興じていた。
リンちゃんは会場に踏み込んだ時はそこまで注目を受けてたわけじゃない。
原因は手を引かれて現れた僕を見た瞬間だ。
会場の人達が僕に注目する。
ここまで注目されたのは神子の時以来で、お腹がぎゅーっと痛む。
もしや何か、粗相をしてしまったのか!?
慌てて自分の服装を見るけど、特に乱れているわけでも、気間違えているわけでもない。
普通のタキシードだ。
「リ、キャサリン様。僕何か変ですか?」
前もって、パーティの場ではそう呼ぼうと決めていた。
「いいえ。とても素敵ですわよクロエ」
僕のネクタイの位置を直しながらニコリと笑みを浮かべる。
その後、当たり前のように僕の頭を撫でる。
出会った頃と違って、優しい手つきだ。
そのせいで尻尾も獣耳も揺れる。
会場がほぉ……みたいななんとも言えない空気になる。どうなってるの?
『これは私のものよ、という牽制ね』
『リンちゃんや執事さんが無反応だったから、普通にスルーしてたわ。懐かしいね、この反応』
『髪色や目の色が変わって獣人になっても、元々のルックスが変わるわけじゃないもの』
『お兄ちゃんカッコ可愛いよ!』
『神子のころから注目の的だったのに、獣人になったからってそれが変わるわけじゃないよねー』
あれは神子補正みたいのがあったからでは?
少なくても僕は目立たないようにしてきたつもりだけど。
「さあ、主催者がいらっしゃるまで時間がありますわ。少し食事を楽しむとしましょう」
「そ、そうですね」
リンちゃんに連れられ、会場の端あたりのテーブルに向かう。
視線は減ったけどそれでもまだ見られているのが分かる。
会場の端で手持ち無沙汰な人達がいた。
どうやら彼らもリンちゃんと同じ、アウェイな会場に緊張しているようだ。
学生と思われる人達もいる。
と、その中で見覚えのある姿を見た。
「あれはテルルさんじゃないですか?」
「本当ですわね。テルも呼ばれてましたの」
「なんか……構いたくなるぐらい寂しそうにしてますね」
「あの子は昔から人見知りでしたから。治ってなかったみたいですわ……懐かしい」
「御挨拶しにいきましょう?」
壁際で俯いて、ボーってしているテルルさんを見てると自分事みたいに感じだ。
「? どうしました? 行きましょう?」
リンちゃんは動こうとしない。
「私……テルルに嫌われていますわ。今、挨拶しに行っても挑発してるように感じてしまいますわ」
あのリンちゃんがうじうじしてる!?
前にテルルさんに一方的に敵意を向けられた時は、平然としていたのに……。
本当はショックを受けてたんだ。
それを今まで隠してきた。でも、ここで僕に言ったってことは僕自身がそういうことを言っても良いと思える存在になれたということだ。
こんなに嬉しいことはないよ。
ならば、僕は悩めるリンちゃんを手助けしないと。
今度は僕がリンちゃんの手を引いて、テルルさんの元へ向かう。
「ちょ、ちょっとクロエ?」
「僕は嬉しかったですよ。リンちゃんに話しかけられて」
「……っ」
「テルルさんもきっと、口では強がりを言ってますが内心、リンちゃんと仲直りしたいと思っている筈です」
「そ、そうでしょうか?」
「はい」
「も、もし本当に嫌われてたら?」
なんか色んな一面が今日だけで沢山見れて、リンちゃんに対するイメージが変わった。
本当は少し臆病で寂しがり屋で、とっても優しい女の子なんだ。
「その時は一晩中慰めてあげますよ」
「や、約束でしてよ?」
「ええ」
まあ、その可能性はなくなったけどね。
リンちゃんにか気付いたテルルさんは、一瞬嬉しそうな顔をしていたから。
すぐにふくれっ面に戻ったけど。
「こんにちは、ラリー様」
僕はテルルさんを家名の方で呼ぶ。
僕自身はテルルさんと会話したのは一度ぐらいだからね。
「ふん。何用です?」
気丈に振る舞うけど、素人目にも無理しているのが分かる。
「ほら、キャサリン様」
「え、ええ」
僕は手を離して、リンちゃんの後ろに回る。
ここからはリンちゃんの頑張りところだ。
「な、なんですの? わ、私を馬鹿にしに来たのですか? 魔導戦でも貴女に惨敗した私をっ」
そう。テルルさんはリンちゃんに魔導戦を挑み、見事にぼろ負けした。
リンちゃんは武家の娘だ。手加減は失礼にあたるものだからと、どんな相手でも全力を尽くす。
だからこそ、テルルさんはリンちゃんとの歴然とした差にショックを受けていた。あの一戦以降、テルルさんはリンちゃんの前に姿を現さなかった。
風の噂だと、彼女はクラスでも誰とも会話をしないらしい。
いつも不機嫌そうな表情を浮かべているのも、話しかけずらさに繋がっているのだろう。
「……あの時、言えなかったことを言いに来たのですわ」
僕は手をリンちゃんの背中にあてて、頑張れとエールをおくる。
「な……何を、ですの?」
すんごいビビってる。
もしかしたらリンちゃんが酷いことを言うとても思っているのだろうか?
幼なじみならそんなことを言わないって分かるだろうに。
時の流れは残酷にも二人の仲を引き裂いた。
リンちゃんは決意したようにテルルさんの目をしっかり見て口を開く。
「ずっと寂しかったですわ。貴女と出会えなかった日々」
「えっ……」
予想外の言葉にテルルさんが固まる。
リンちゃんは少し震えながらも自分の言葉を紡ぎ続ける。
「ある時なら突然、ルーちゃんは家に来なくなりました。こちらから会いに行きたくても、ルーちゃんは会ってくれませんでしたわ。もしなしたら嫌われてしまった? そんな気持ちをずっと抱いておりました」
「えっ、いや、ちがっ」
「この前再会した時、嬉しかったですわ。ですがテルちゃんは私のことを敵のように見て、やっぱりルーちゃんは私のことを本当に嫌いになったんだと……あの晩は泣いてしまいました。もう、ルーちゃんと仲良くできないんだと。ですからあの一戦は私にとって、お別れの一戦だと全力で挑ませてもらいましたわ」
「だから、ち、ちがっ」
「今回は、しっかりとお別れのきゃん! な、何をしますの!? クロエ!?」
「少しはテルルさんのことを見てください」
「え? ……あ」
壊れた機械みたいに、顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
「ち、ちがうの……ちがうんですの……私はただ、悔しくて……貴女はどんどん凄くなっていくのに、私はそれに寄り添ってるだけで……本当は貴女と肩を並べて歩けるようにって……距離をおいたんですの」
落ち着いてきたのか、徐々に弱々しくもちゃんと聞いて欲しいという思いが込められた言葉を紡ぐ。
「貴女と次再会した時は、同じぐらい凄い人になってやるっ! て、思っていました。でも、やっぱりダメでしたの。……私なんかじゃ、貴女と対等になんかなれない。あの一戦で知りましたの。だから、辛くならないように会わずにいたんです……まさか、その事が貴女をそんなに苦しませていたなんて……本当に浅はかな真似をしましたの」
「ルーちゃん……それでも、私はルーちゃんと一緒にいたいですわ」
「キャシーちゃん……」
「ふふ。その呼び方は貴女が付けてくれたもので、私にとっては大切な宝物でしたわ」
そっか。だからリンちゃんはその呼び方を望んだんだ。
リンちゃんという呼び方は、もしかしたら逆に彼女からテルルさんの思い出に踏ん切りをつかせるために、同意したのかもしれない。
でも、もう大丈夫みたいだね。
手を差し出したリンちゃんにテルルさんもぎこちなく手を伸ばす。
僕は邪魔にならないように少し距離をおく。
そこに声がかかる。
「飲み物、いる?」
「あ、貰います」
トレイからお酒じゃない飲み物を貰う。
そこでトレイを持つ女の子に気付いた。
「ド、ドロシー……」
「ごゆっくり」
小さく頷き、スタスタと人混みの仲を苦もなくすり抜けていく。
仕事が早すぎんよ。
どうしたら公爵家のパーティの使用人に今日なれるの?
僕は気になって辺りを見渡すと、執事姿のカルスとキントを発見。
カルスは頭を下げ、キントが手を振る。
お馬鹿! バレたらどうするのさ!
僕はそそくさと、その場を立ち去りテーブルに乗っている料理に視線を釘付けになる。
(そう言えばこういう料理は食べたことないなぁ)
神子として参加した時も、念の為と言われ食事に手をつけなかった。
貴族のパーティ料理はどれも高級品という。
ゴクリ。僕は喉を鳴らし、空の皿を持ち、コングで料理を皿に乗せていく。
肉肉野菜肉肉野菜。
盛り付けられた皿はちょっとした山になっていた。
いかん。夢中で乗せてた。
よし! 実食だ。
フォークに厚肉をぶっ刺し、口に運ぼうとすると、会場がザワつく。
みんなの視線がエントランスの二階に向けられる。
ドン!
凄まじい圧に、一瞬スイッチが神子モードに切り替わった。
その圧の元を見ると、初老の偉丈夫な男性がいた。
彼は周りの視線を釘付けにし、僕を見つめる。
僕は叱られた子供のようにフォークと皿をテーブルにおく。
食べたかったなぁ……。
「バーンディウス公爵家現当主、ゼクス・バーンディウス公爵ですわ」
「貴方……口元、ヨダレついてますの」
ゴシゴシ。
袖で口元を拭う。
いつの間にか傍に、リンちゃんとテルルさんがいた。
現当主の挨拶が始まり、そして終わるやいなや人混みが現当主に群がる。
よく見れば、現当主の傍には妻と息子と、孫らしき人達も一緒にいる。
でも群がる人達はみんな、現当主に話しかける。
それだけで、どれほどのカリスマがあるのかの分かりよう。
「す、凄いですね……」
「もう、齢は六十は超えてるはずですわ」
「私……この後挨拶に向かわないといけませんの?」
えっ今日、私死ぬ? みたいに絶望しているテルル。なんだろう。同胞に会えて嬉しい。
「正直、私たちは一言二言挨拶すれば、それで済みそうですわね……あの人混みでは、名前すら覚えてもらえないでしょうし」
「なら良かったですの」
ホッとしたように胸を撫で下ろす。
リンちゃんとテルルさんと一緒に列の最後尾につく。
一人十数秒で挨拶を済ませていくため、そこまで長く待たず、バーンディウス公爵の元に辿り着いた。
リンちゃんとテルルさんが緊張しながら挨拶するが、彼は僕のことをジッと見つめる。
またしても神子モードに切り替わり、おおよそ言いたいことが伝わった。
緊張して、まともに公爵の顔を見れなかったことが幸いしてか、リンちゃんたちは気付いていない。
僕はお手洗いとリンちゃんに告げて、会場を出る。
すると、すぐにメイドが現れてお辞儀して前を歩く。僕はそのままついて行く。
背後にいくつかの気配。
なるほどね。道理でみんな準備が早かったわけだ。
案内された部屋に入る。
メイドは少しお待ちくださいと告げて、部屋から出る。
部屋には僕と、星騎士団が揃っていた。
「公爵様が協力者?」
僕はスーに聞く。
「はい。その通りです」
会場には人間チームのドロシー、カルス、キントが居た。恐らくライオットも居たのだろう。
この部屋には、残りのメンバー。スー、ミーゼ、ロイドが待機していた。みんな種族的に目立つからね。
「さあ、お座りください神子様」
ライオットに促され、横長いソファに腰をかける。
他のみんなは座らず間隔を空けて周囲を警戒する。
スーは僕の横に座りたそうにウズウズしてるけどね……。長い耳がピコピコ動いているよ。
コンコン。
ノック音にスーがどうぞと返事し、扉が開かれる。
案の定、公爵様だった。
「面倒をお掛けしてすまない。神子様」
ダンディで渋いおじ様ボイスで軽く頭を下げる偉丈夫。
前世なら人気声優さんになれただろうなぁ。
「いえ。むしろこちらの都合にお付き合わささせてしまい申し訳ございません」
朝、いきなり神子くるでぇ〜みたいな感じで言われたら混乱するよね。
公爵様は微塵もそうは感じさせないけどね。
「むしろ喜ばしいことですよ。私有のパーティにお忍びとはいえ神子様を迎えられたなど、我が一族の歴史に残りましょう」
「あはは。機会があれば正式に参加しますよ」
「その日を心待ちにしましょう」
メイドが部屋に入ってきて、運んできたワゴンからデザートとポットから紅茶をコップに注ぐ。
「なんても、神子様は甘いものに目がないとか」
「エエ。ダイコウブツデス」
昨日食べた甘いもの地獄がフラッシュバックして、気分が悪くなる。
出されたものは食べる。
それが日本人精神。
「こちらの茶葉は我が国でも五本の指に数えられる最高級の茶葉にございます。神子様は紅茶にもこだわりがあるとお聞きしました」
「ええ。それはもう……大好物です」
それに関しては間違いない。
「最初は茶葉のみの味をお楽しみください。その後はお好みでミルクなどを」
「ええ。楽しみにします!」
でも、お手洗いにしては長居しては、リンちゃんに心配させてしまう。
「待たせてる人が居ますので、紅茶のみにさせてもらいます。デザートに関しては、私の護衛達に食してもらっても構いませんか?」
「ええ、もちろん」
っしゃおらぁ! デザート回避キタァー!
内心小躍りしそうなぐらい嬉しい。
マナたちは残念がっているけどね。
そりゃあ、公爵様が用意するデザートだもの。きっとすんごい美味しいのだろうね。
「ありがとうございます」
「ところで神子様は学園生活を堪能出来ておられますか? 宜しければ我が寄子の子らが学園におられます。彼らを学園での護衛にても」
「それは結構です」
僕が答えるより早くスーがキッパリと断った。
「学園において、神子様は一学生として通っております。そこに一派閥の貴族たちが囲うよう近づけば、それだけで神子様の平穏が崩されてしまいます。今回の件は感謝致します。ですが、出過ぎた真似は身を滅ぼしますよ? ゼクス・バーンディウス公爵」
「なるほど。少し気を回しすぎたようだ。忠告感謝するよ」
「いえ。分かればよいのです」
二人の間に火花が散ってるように感じた。
でも、ナイスプレイだよスー。
お陰で僕は学園生活をのんびり過ごせそうだ。
「さあ、長居しては怪しまれます。私からパーティ会場に戻りましょう」
「はい」
公爵様はそのまま部屋を出ていった。
僕は正していた姿勢を崩して、ソファーに背中を預ける。
「不意打ちの公爵は勘弁だよぉー」
「ふふ。お疲れ様主様」
「頑張った。よしよし」
スーが横に座り僕を抱きしめ、ドロシーが逆サイドから頭を撫でる。
「それにしても、気の抜けない相手でしたね」
ライオットが代表して、公爵様に対する感想を述べて、満場一致でみんな頷く。
「なんかビリッとした」
元暗殺者のドロシーとして、感じたものがあるらしい。
「私の元冒険者の感が、あの人は警戒しろと訴えてきました」
スーは強気に出たけど、警戒しての事だったのか。
「本当だよ。挨拶だけで疲れ果てちゃった……よいしょ。もう、戻らないと」
「ああっ……また、お別れなのですね」
「私たちを捨てるの?」
「変な言い方しない! 学園の友人も大切だよ。でも……みんなのことも同じぐらい大切だから。それだけは絶対だから」
スーとドロシーの頭を撫でて、しっかり伝える。
そう言えばこういうことをずっと言ってなかったなぁ。
本当に甘え過ぎてた。
スーとドロシーは熱に浮かされたように、ボーッとする。
「ありゃりゃ。神子様トドメさしやがった」
ミーゼが呆れたように言う。
ええっ! 僕、なんかやっちゃった!?
「神子様。二人が復帰する前に部屋から出るのが先決かと」
「な、なんかよく分からないけど分かった!」
ドロシーを除く人間チームと一緒に部屋を出て、パーティ会場に戻る。
「おかえりなさいクロエ」
「すみません遅れました」
「本当ですの。淑女を待たせるなんて、紳士のすること……紳士で合ってますの?」
「合ってますよ!? なぜ疑うんですか!」
「ごめんあそばせ。学園七不思議の一つだったもので」
「ええっ!? 僕の性別がそんなカテゴリーになってたの!?」
衝撃の事実に打ちのめされる。
「ふふ。二人も仲良くしてくれて嬉しいですわ」
「そんなんじゃありませんの!」
「テルルさん、僕と友達になってください」
「素直過ぎませんの!? もっと、こう、僕も違います! みたいな反応されるかと思ってました……」
本当に臆病なんだなぁ。でも、わかる。
他人の腹の中なんか誰にも分からないもの。
でも、確実なことがある。
「リンちゃんの大親友です。それだけで十分友達になりたい理由ですよ」
「っ! だ、大親友? わ、私……が?」
「ク、クロエ!?」
「今更照れないでください」
「だ、だって……」
二人ともモジモジしやがって。
結婚あくしろよ。
二人の反応に、ほっこりしていたら、静かに流れていた演奏の音量が跳ね上がった。
「ダンスの時間ですわね……」
「私、ダンスは苦手ですの……」
二人とも憂鬱そうに言う。
「踊らないという選択肢は?」
「ある。と言えますが、ダンスとは貴族の嗜み。余程の理由がなければ踊らなければなりません」
「既婚者や婚約者がいる方なら、こういう時気楽なのですが」
「なんでですか?」
「相手が決まってますから」
「なるほど」
確かに。
知らない人と踊るのはストレスになりそうだ。
紳士が淑女にダンスを誘うのが習わしだろうし。
「なにより、これによって明確な夫人候補が分かりますわ。私たちは他国の娘なので、礼儀として、友好としてお誘いされますが、これが自国ならそれは貴女に好意があると言っているようなものですわ」
「それは……友人としてとかじゃ?」
いくらなんても、そんなんじゃ誘いづらくて仕方ない。
「確かにそうですわね。でも適齢期の殿方が女性をダンスに誘うのです。むしろそれで気がないほうがおかしいのではなくて?」
「ぐぬぬ……確かにそうですね」
「そういう点では、今回は気が楽ですの。何せ、結婚相手を決めなくていいのですから」
「その代わり、拙い踊りをしたら祖国の恥になりかねませんわ」
「憂鬱ですの……」
めんどくさいという気持ちと、しっかり果たさないといけない気持ちで、憂鬱度が上がりそう。
チラッと視界にこちらに歩み寄る男性。
「ほら、出番ですよお嬢様方」
二十代のイケメンが向かってくる。
僕は邪魔にならないように、後ろに回る。
リンちゃんとテルルさんは覚悟を決めたように前を向く。
頑張れ! と心の中でエールを送る。
「失礼」
「「え?」」
なんと、男性は二人を素通りしたではないか!
果たして彼の目的の相手とはいかに!?
あれ? デジャブじゃない?
イケメンは僕の前で跪き、手を差し出す。
「麗しき君。どうか私と一曲踊っていただけないだろうか?」
僕の手を取りって、ニコリと微笑む。
ゾワゾワ。全身に鳥肌。
またかよ!?
『運命は……残酷ね』
『ご主人様! ファイトですっ!』
『伝統芸として商標登録できないかな?』
『お兄ちゃん。お姉ちゃんになる?』
(ならねぇーよ! それチョン切れって言ってる? ねえ! 遠回しに言ってる!?)
脳内が賑やかだけど、無視して返答をしないと。
ほら、周りがザワザワしてる。
「あ、あの、僕、男……です」
過去にこんなに悲しい真実を告げた人は僕以外にいただろうか?
だが、イケメンは一瞬驚いたが、すぐに温和な表情に戻る。
「かまわない」
かまえよ!?
「いや、ここは男女の皆々様が踊る社交の場」
「君! そんなやつではなくて、この私と踊ってくれまいか!?」
「中年は下がりたまえ! 彼は私と踊るのだ!」
「僕と踊ろうよ! きっと楽しいよ!」
「お前を欲した。俺のものになれ」
………………
…………
……アホくさ。
目の前に群がる男たちを見て、何だか女性の気持ちがわかった気がする。
こっちの意見をガン無視で、自分の意見だけを押し通そうとする。
魅力というのが一欠片もない。
前世全くモテなかった僕からみても、婚期が遠そうな人達だ。
イケメンだからと、みんな好意を寄せると勘違いするなよ?
金持ちだからって、みんな玉の輿ねらってないからね?
ワイルドで強引だからって、みんなときめいたりしないからね?
無邪気に接したら、みんなしょうがないなぁって付き合ったりしないからね?
どんどん冷めていく。
そんな時、僕の腕を引っ張る手が。
「悪いですわね。彼は私が予約済みですわ」
「リンちゃん」
リンちゃんはウィンクして、腕に組む。
やだ。カッコイイ。ときめきが止まらない。
「な、ならば次」
「つ、次は私の番ですのっ!」
それでも食い下がる男に今度は逆の腕に抱きついてきたテルルさんが顔を真っ赤にして言い放つ。
無茶しやがって。足がガクガク震えてる。
「ならその次だ!」
「ごめんあそばせ。その後は彼と友人との三人でデートなの」
イケメンにウインクをかまして、僕を引っ張てその場を去る。
リンちゃん! 大好き!
って、テルルさんもリンちゃんを輝いた瞳で見つめてる。
人が恋に落ちる瞬間を目の当たりにした気がする。
『えっ? 自覚無し?』
『しかたないよ……お兄ちゃんだもん』
『ですね〜うふふ』
『少し前、スーとドロシーにしたことを覚えてないなんて……』
なんか責められて、呆れられて、同意された!
そうだ。ダンスならライアの十八番!
(ライア助けて!)
『ダメです』
な……んだと? あのライアが断った?
『前回は相手が相手で断れなかったので、不詳このライアめが代わりを務めました。ですが、ご主人様。よろしいのですか?』
(な、なにが?)
『大切なご友人が勇気をだして助けてくれたのに、その好意を私が返しても』
(……!)
そう、だよね。
リンちゃんもテルルさんも、僕の為にあの人混みに飛び込んで、助けてくれた。
すんごい嬉しかった。
それなのに、ここでライアに任せてしまったら、きっと僕は後悔する。
リンちゃんとテルルさんも傷つけかねない。
(僕、やるよ)
『はい。それでこそ私のご主人様ですっ!』
(ありがとうライア)
『勿体なきお言葉。うふふ。メイド冥利につきますね』
ライアに後押しされ、僕は自分だけの力だけで頑張る。
「リンちゃん……僕、あんまり経験ないので足引っ張ります。ごめんなさい」
先に謝っておく。
彼女は騎士国の貴族としてこのパーティに参加している。
僕が下手な為に、彼女の貴族としての地位を傷つけてしまうかもしれない。
「テルルさんもあいたっ!」
リンちゃんにデコピンされた。
「そんなもの気にしすぎですわ。むしろ私はワクワクしてるんです。友人と踊るなんて、そうそう経験出来ることじゃないですわ」
にかっと眩しい笑顔を浮かべる。
本当、強いよ。強すぎるよリンちゃん!
「私の心配はご無用ですの」
「テルルさん……」
テルルさんにも、本当に感謝してる。
「だって、私も踊るのが下手くそですもの!」
「あ、そっち?」
テルルさんがドヤるけど。
僕とリンちゃんは呆れ顔だ。
「でも、ありがとうございます」
「感謝はこちらの方ですわ。あなたが来てくれたから、こんなにも気が楽になりましたし、大切な友人とも和解出来ましたわ。本当にありがとう」
「わ、私も、ありがとうですの。返答遅れましたが、わ、私、あ、貴方と……お、お友達になりたいですっ」
「もちろんっ!」
この後は、もうガムシャラだった。
リンちゃんと楽しく踊って、テルルさんと2人揃ってあたふたしながら踊って。
僕はきっと幸せな一時に今いる。
「そういえば、このままリンちゃんと呼んでもいいんですか?」
彼女が本当は、キャシーと呼ばれたいのなら、そう呼ぼうと思う。
リンちゃんはニッコリと微笑む。
「ええ。この呼び方も、私にはとっても大切なものになりましたわ。是非このまま呼んでくださいませ」
「そっか……なら、良かったです」