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111話 魔導学園12

夏休みが始まり、その初日。


僕は昼前に街に繰り出していた。


スピカはぐっすり眠っている。


スピカは僕の魔力以外の栄養を一切取らない。


普通の食事も他の人の魔力もだ。


そのため、ずっとそばにいる必要がある。


でもこれまでは潤沢な魔力を与えてこれたけど、獣人になったことで与えられる量は大幅に減って、スピカは省エネモードに移行して、四六時中寝てることが多い。


寝ている時は、ギュッと抱きしめて魔力を込め続けているから、その気になれば起き続けられるけど、無理はして欲しくないからね。


それで、僕の目的だけど。


早速、剣を買いにきました!


テンション上がる!


ファンタジーといえば魔法! 剣! ドラゴン!


ふははは! 僕は今その全てを手に入れようとしている!


と言っても、高い買い物をするつもりはない。


あくまで基礎を身に付けるための剣だ。


普通の鉄の剣を予定している。


僕はリザードマンとの戦いに勝った。


でも、今の僕でも闘気を全開にすれば力で負けることも速さで遅れをとることもなかったはずなんだ。


なのに何故? 簡単だ。人間は普段使わない部分は退化する。


どんな天才でも、ピアノやバイオリンを始めてすぐにプロ並みにならない。


才能が足りない? 技術の問題?


そうじゃない。物理的に不可能だからだ。


普段使っていないから、滑らかに動かないし、反応速度も鈍い。


運動が得意な人は大抵、いつも体を動かす何かをしているものだ。スポーツ。体力仕事。部活。ランニング。


そういう積み重ねがあるから、体を動かす系は人より出来るようになる。


ゲーマーもそう。


特に華奢なのが音ゲーだ。


音ゲーは僕が知る限り、もっとも使わない部分を多用するゲームジャンルだから、やったことない人が最初から高難易度の譜面をクリアするのは困難だ。


太鼓を叩くゲームが最もわかりやすいかもしれない。


初心者ならものの数秒で音を上げる連打も、熟れてる熟練者なら数十秒を短期間に連発してもものともしない。


それと同じことが剣にも言えると考えた僕は、まず基礎を徹底的に鍛えることに考えつく。


この長期の休みは、まさに鍛錬にうってつけだ。


ライオットやスーに頼りたいところだけど。


生徒会長みたいに僕を疑った人が他にもいるかもしれない。


神子だとバレたらこの学園生活ともおさらばだ。


神子として生きる覚悟はできているけど、この日々をちゃんと過ごしきってからにしたい。


それに基礎なら、僕一人でもなんとかなる。


そうだ! 剣に関する本も買っていこう。


新たな目的に、ワクワクが止まらない。


ルンルン気分で曲がり角を曲がったら、見覚えのある姿。


思わず、角に戻ってチラ見。


「あれってマイクさん?」


我がクラスの貴公子であるマイクさんが楽しそうに談笑しているではないか。


お相手はエプロン姿の女性。


女性というより少女に近い。


僕より少し上に見えるから、マイクさんと同い歳なのかもしれない。


周りをよく見れば、角から通路にはみ出ている商品を見て、そこがお店だと気付いた。


「花屋さんか……」


そう言えば、よくマイクさんから花を貰っていたけど、この花屋さんから買い付けていたのか。


あの雰囲気からしてお得意さんなのだろう。


今度はマイクさんの姿が気になった。


制服でも溢れる高貴なオーラだけど、今の格好はいわゆる平民スタイル。とこでも売っていそうな、言ってはなんだけど安っぽい。


それでもイケメンが着ると、まるで舞台衣装に見えるんだから面白い。


しばらく談笑を続けて、マイクさんが指を指した花を女性が花束にして手渡す。


そうしたら、マイクさんがなんか言い始めた。


闘気を使って聴覚を強化して耳を済ませる。


(なんか口説き始めた!?)


まるで舞台の演劇のように、マイクさんが女性のことを褒めちぎり賞賛して最後に花束を贈る。


(ふ、不思議だ。間違いなく恥ずかしい事を言っているのに、堂々としているからか、逆にかっこよく聞こえる)


「うーん。六十点!」


(女性のほうが点数を付けた!? マイクさんの口説き文句にイチャモンをつけるなんて、なんて傲慢な人なの!?)


さぞやマイクさんはショックを受けてるのかと、思えば。


「そっか。今回(・・)はイマイチだったんだね」


はて? 聞き間違え? リスニングミス? 今回って言わなかった!?


「ええ。少しばかし相手を神聖化し過ぎだと思うわ。もう少し何気ない一面を褒めてあげれば、きっと喜ぶと思うの」


女性がなんかアドバイスしてるけど!?


そうやって混乱している間に、マイクさんがこちらに向かって歩いてきた。


まずい! 覗き見をしていたことがバレたら、好感度が下がる!


頭がまだ混乱しているのか、ゲームみたいなことを思ってしまう。


そうやってあたふたしてたら、マイクさんが角を曲がって、ニッコリと微笑んだ。


「恥ずかしいなぁ。少し誤解もあると思うからこの後、お茶にても行かないかい? 獣人の君」


特に戸惑った様子がない。


それってバレれてたってこと!?


僕は恐る恐る、尋ねることにする。


「ば、バレて、ました?」


小動物みたいに震える僕に、マイクさんは吹き出したように笑い、僕の頭を撫でる。


「バレバレだよ。目の端に見覚えのある尻尾が揺れていたからね」


またやってしまった!


いつもいつもどうして僕は自分が獣人だということを忘れるの!?


恥ずかしさのあまり顔を手で覆ってしまう。


最近恥ずかしいことばかりだ。


「さあ、行こうか。道の邪魔になる」

「はぃ……」


肩に手を回され、なすがままに連れていかれる。


『絵面的に未成年の女の子を危ないことに関わらせようとしているホストみたいね』

『体で稼ぐお仕事?』

『雛ちゃん……最近、過激なジャンルに手を出しすぎじゃない?』



落ち着いた雰囲気の喫茶店みたいなところに入店して席に着く。


ウェイトレスの女性がマイクさんに顔を赤らめてた。


イケメンってどこに行っても異性フラグが立つよね。


っておい。ウェイトレスさん!? 僕を見て、そっかぁ……彼女持ちかぁみたいな反応するのやめてくれます? 僕、スカートも履いてないし、髪を括って短く見えるでしょう!


『どちらも決定打に欠ける抵抗で草生える』

『たまに自分の性別が迷子になるよね、お兄ちゃん』

『悲鳴が女の子ですよねっ』

『ひゃあ! ときゃん! とひん! ね』

(おいこら! 勝手に人の悲鳴を捏造してんじゃーねですよ!)

『『『えっ……』』』

(なにその、自覚なかったんだ……みたいな反応!?)


少なくてもそんな悲鳴、覚えがないぞ!? ……ないよね? ないよ? 確か……多分。


「ひゃん!」

「クロエ君? 立ち止まってどうしたんだい?」

「あ、いえ。なにもないです」

「そうかい? ほら席につこう」

「はい……」


いきなり肩に手を置くから驚いたじゃない。


『にやにや』

『にこにこ』

『ぷーっくすくす』

『うふふ』

(違うから! 今のは直前の例に釣られただけだから! 普段はもっと男らしい驚き方するし!! それに笑い方を言語化するな!)


マナたちが僕をおもちゃにしてくる。


気を落ち着かけるように、深呼吸して正面に座りウェイトレスさんに注文を取るマイクさんに視線を向ける。


「クロエ君は何を頼む? ここは私が奢るよ」

「えっ……いいですよ! 元といえば僕が不埒な真似をしたのが原因なんですから! むしろ奢らせてください」


ウェイトレスが不埒という部分に反応して、この子見かけによらずメンクイ? みたいな反応してるけど、無視です!


「偶然居合わせただけだろう? 君を知る私からしたら、友人を心配して見守っていただけに思えるよ」

「うっ……」


言えない。


確かにそれもあるけど、七割は興味本位だったと。


「だからこの席は、話を聞いて欲しいという私の我儘として奢らせてくれ」

「はぁ……はい。マイクさんって意外と頑固ですよね」

「はは。友人とは対等でありたいだけだよ」


そんなふうにいわれたら、断れないじゃないか。


「それじゃ、遠慮なく。ミルクティーとモンブランとチーズケーキとこのストロベリーパフェをお願いします」

「か、かしこまりました」

「デザートだけなのかい?」

「はい。今は糖分が欲しい気分です」


別に僕はそこまで甘いものを食べないんだけど、マナたちの甘味を増やすのが目的だ。


普段はこういうお店に立ち入らないからね。


彼女たちは人並みの女子みたいに、甘いものが好きだから。


『やったー。レイン君愛してる』

『雛パフェ食べたい!』

『モンブラン……ふふ。分かってるわね』

『料理の幅が増えます!』


このように大喜びだ。


さて……果たして僕の胃袋はこの後の甘味地獄をクリアできるのだろうか。


やばい。考えただけで吐きそう。うっぷ。


デザートが届くまでゆったりとティータイムを楽しむ。


マイクさんはにこやかに窓の外を見ているだけだ。


窓際でそんなことされたら、当たり前のように、街ゆく女性の皆々様が、頬を赤らめて入店してきた。


お店は大繁盛である。


デザートが届き、マイクさんにお礼を言い、戦場に赴く覚悟を決めた兵士が如く、フォークをモンブランに突き刺す。


「食べながら、他愛のない話として聴いておくれ」

「もぐもぐ……(こくっ)」


口いっぱいにモンブランをほうばりながら、頷く。


「入学式の日。私は貴族としての生活からやっと解放された高揚感から、早朝に散歩に出掛けたんだ。そうしたら、可愛らしい鼻歌が聴こえてね。気になって鼻歌の主を探したら、彼女に出会ったんだ」


モンブランコンプリート。


次、いきます。


「手先もエプロンも土だらけになりながら、植木鉢に花を植えていたんだ。すごく楽しそうに。私は見蕩れた。一目惚れだったよ」


チーズケーキの味の濃さに思わず、倒れ込みそうになるけど、踏ん張り続けて口に入れていく。


「気が付けば入学式が始まっている時間でね。それでも私には彼女に話しかけるほうが遥かに重要だったんだ。それにお陰で君たちと友人になれた」

「もぐ……もぐ……(こ、く)」


食いきれた!


残るはストロベリーパフェのみ!


口の中が、ミルクティーでも誤魔化せないレベルで、甘ったるいけど、いざスプーン入刀! そもそも、ミルクティーも甘いのは内緒です。


「それからは身分を偽り、学園に通うために村から来た青年として彼女に接触する日々さ」

「うっぷ……何故、あんな告白紛いなことを?」


さすがに獣人になってお腹が空きやすくなったけど、胃袋が大きくなったわけじゃないから、既に限界は近い。


「抑えきれなくなったんだ」


あのマイクさんが赤らめた顔を手で押さえてる。


「言葉を紡げば紡ぐほどに愛おしくなる。抑えきれない心が言葉を勝手に吐き出してしまう。だから、私は想いを寄せている女性がいる。君をその人に見立てるから私の告白を聞いてくれと……我ながら最低の行為だよ」

「はふほほぉ」


なるほどと言うつもりが、口に溜まっていたパフェがそれを許さない。あと、お行儀が悪いね。


「最初は聞いていただけの彼女だけど、いつしか私の告白に点数をつけてきた。お茶目な人だよ」


本当に愛おしそうに言う。


バレバレだと思うけど。相手の女性が非常に鈍感だという可能性も捨てきれないからね。


「出来ればこの関係が続けばといいと思ってしまうよ」


そこにはもの寂しさと諦めが混じっていた。


マイクさんは貴族。しかも公爵というもっとも王族に近い存在だ。


ましてや相手はしがない花売りの少女。


身分違いの恋。


まさかこんな間近で起きるとは思わなんだ。


知らない他人なら頑張れとエールを送れるけど、身内だとなんと言えば分からない。


僕には好きな人が多い。


僕を産んでくれたお母様もお父様も、産まれてくる弟? 妹? も好きだ。


神聖国の人達はみんな好きだし、星騎士団(アスタリスク)のみんなも好きだ。


マナたちは家族だしもちろん大好きだ。


でもそこに身分を意識したことがない。


それはもしかしたら僕が特異な状況に置かれているからかもしれない。


平民として生まれたから、一般人の視点を持っていて、神子になったからとその価値観はそうそう変わらない。


前世の記憶もあってか、増長したり傲慢な態度をとる気にはならない。


だから僕の世界は何処までも温かくて、自由なんだって思い知った。


身分の格差はある。


知っている。


でも分かってなかった。


身分によって、なれない関係があることを。


僕は恵まれていたんだ。


そんなのは分かりきっていたはずなのに。


どこかそれを当たり前に思っていたんだ。


目の前にはどれほど身を焦がれるような恋をしても、決して結ばれないと分かってなお、澄んだ想いを抱き続けている友人がいるのに。


マイクさん……マイクさん(・・)って、いつまで線引きをしているつもりなの?


僕に大切な話をしてくれている友人に、いつまで他人行儀なんだ?


なにを怯えている?


二週目の人生だから、慎重に進めているつもり?


初めて友人にこういう話をされて、混乱して甘いものに逃げてんじゃない!


失敗しても、自分の気持ちを伝えろよ!


建前だけでも、仲良しこよしは心地よかった。


でも、とこかもの寂しさみたいのは感じてた。


身分も明かさず、プライベートな話もしない。


身分はしょうがない。


でも、せめて本音で話し合おうよ。


あまりにも寂しいじゃないか!


腫れ物みたいに、刺激しないように接して。


それは無関心と何が違うの?


さあ、勇気を持って、自分のありのままをぶつけろ。


「マイク君!」

「ん!? クロエ君? 今なんて」

「いきなりチャラが変わったみたいでごめんなさい! なんか最近自分のことを見つめ直すことがあったりなかったり? 目的が増えたり減ってたり? みたいななんかこう、色々と多感な時期? というやつです? それでみんなとの関係もこのままじゃ、勿体ないって……せっかく友達になれたのに、これ以上踏み込むことが出来ない関係なんて……今までが偽りなんて言いません! でも、やっぱり本音を隠してた部分もあると思います。僕は自分を隠してました。嫌われたくなくて、好かれたくて、頼られたくて……それで、出来る限り害のない、無垢な存在であろうと……偽ってたんです。……でも、やっぱり友達が困ってたら助けたいし、手伝えることがあるなら手伝いたい! 僕は皆さんと、あなたと本当の友達……親友になりたいんですっ!! …………と、とにかく、僕はマイク君の味方です! ということをですね、伝いたかったというか、こう、なんかいきなり熱血キャラみたいになってごめんなさい…… 」


大変だ。


僕は何を言っているんだ? 場所を考えろよ! 大衆の面前だぞ?


言い切った後に、自己嫌悪に陥る。


恥ずかしくて、最近癖になりかけてるのか、突っ伏してしまう。


『あなたも変わろうとしてるのね』


マナの一言がすっと心に染み込んだ。


そっか。僕は変わりたかったのか。


いつまでもナヨナヨして、クヨクヨして、ビクビクして、オドオドして。


神子の時は、みんなが優しかったからそのままでいられたけど、一学生。一獣人。一平民。


普通の生活をおくって、自分が何も変わってないことを知った。


いつも受け身。


自分から何かを成そうとしない。


ジミー君は自分から話しかけてくれた。


キャシーさんは助けてくれた。


マリンさんは気さくに話しかけてくれた。


マイク君は花束と共に友人になってくれた。


ノットさんだって、僕のことを考えて、辛い選択を示した。


みんな僕から得た友人じゃない。


みんなが僕を友人として扱ってくれたからだ。


情けない。本当に情けない。


僕は自分から何か得ようと行動してなかった。


今回、図書館の一件で、魔法を初めて見た時以来、抱いてなかったやる気に燃えていた。


逆に言えば、それ以外はなし崩しにやってたという事だ。


(これじゃあ、生徒会長に胸張って幸せですって言えないよなぁ)


あの人は、会ったことすらない赤の他人のために、何かを成そうとしたというのに。


僕は友人一人の為にすら、なにも出来ていない。


『案外そんなことはないと思うけどねー』

『ご主人様はいつもいつもっ。自分を過小評価しすぎですっ!』


そうかな? 僕も役に立ってるかな?


ちょろいなぁ。


優しい言葉をかけてもらった、すぐに嬉しくなってしまう。


『雛たちは知ってるよ? お兄ちゃんがいつも誰かのために頑張ってること。お兄ちゃんは自分は変わってない。何かを成そうとしてないって言ってたけど、それってつまりこれまでは誰かのために頑張ってきたってことだと思うなぁ』

『回復魔法を得てあなたは初めての友人を救ったわ』

『スーニャさんのことも救いました』

『セカンの街のシスター達も救われたよ?』

『化け物みたいなやつにみんなやられた時も、君は立ち向かったじゃん』

『治療院で大勢の人を救ったこともあったわね』

『メアさんの心も温めました』

『聖女見習い三人衆もなんだかんだ、君に助けられてると思うなぁー』

『メロディア王国にとって、あなたは英雄よ?』

『ほらね? お兄ちゃんは沢山人のために頑張ってきたんだよ? 少しぐらい自分のことを優先してもいいと思う!』


涙腺がヤバいです。


自室だったら泣いてた。


なでなで。


突っ伏してたら、撫でられた。


優しい手つき。


顔を上げると、嬉しそうにマイク君が微笑んでいる。


「そっか……()からしたら、君は十分、ありのままの君だったけど、それでも君には自分を偽っているように感じたんだね」


優しい声音。


そして、いつものような花のある喋り方ではなく、少し気さくな気負いのない喋り方に感じた。


「それがマイク君の素ですか?」


僕が尋ねると、マイク君は悩んだ素振りを見せる。


「分からない……かな。 小さい頃から他人に隙を見せるなと、教え込まれてきたからね。今じゃ家族にすら他人行儀に近いんだ。これが僕の本来の喋り方だった……はず。小さい頃のだけど」


いつもハキハキとした口調とは違い、悩みながら喋るマイク君は年相応の少年に見えた。


僕は嬉しかった。


素直に嬉しかった。


「嬉しいです! 同じ“僕“を使う人がいて!!」

「そっち?」

「はい! だって、身分のある人は“私“を好みますし、普通の人達は“俺“が圧倒的に多いです。“僕“という一人称は子供が使うものみたいな風潮が嫌でした」


前世は周りが全員“俺“だったからか、人前で“僕“と言うのが恥ずかしくて、“私“とか“自分“とかに言い直してた。


先生や先輩に対して使う人はいたけど、普段使いの人は皆無だった。


“俺“という一人称は、何故だか強い言葉というイメージがあってか、自分に自信が持てない僕には使うことが躊躇われた。


「そもそも、小さい頃はみんな“僕“だったじゃないですか! なのに気が付けば周りは“俺“になったりして、まるで新しい物を手に入れたように使い始めて、そしてみんなそっちで定着して、取り残された“僕“の気持ちも考えて欲しいですよ!!」

「そうね。あの初々しい感じがたまらないわよね」

「ウェイトレスさんは話に入ってこないください!」

「分かるわぁ〜小さくって弱虫な彼が、いきなり“俺“って言い出して、私のこと“お前“なんか呼び出してねぇ〜」

「マイク君目当てで店に入ってきた女性のお客さんも自分語りをしないでください。どうせ結婚したんでしょう!」

「あいつ……同性に走りやったよ」

「えっ……」

「小さい頃、私の兄も一緒に三人で遊んでたんだけど、その頃から私の兄を性的な目で見てたみたい。変わるきっかけも、兄に男らしくなれって言われたって感じ……結婚というならそっちがしたわ」


予想を超える結末に一同絶句。


「まあ、あの頃は血祭りにしてやろうかなと鉈を研いたものだけど、今はその原動力を本にして生活してるわ」

「ど、どんな本です?」

「『兄ちゃん……俺の気持ちを受け止めて!』」


えっ、なにその臭そうな腐ってそうなタイトル。


「キャー! 臓物腸先生ですか!? 私、大ファンなんですー! サインくださいっ!!」

「私もー! 次回作楽しみにしてます!」

「すごい!こんな有名人に会えるなんて、私もサインください」


世界を超えても、腐の連鎖は止まらないのか……。


注目が全て臓物腸先生……名前すげぇーなぁ!? に、持っていかれたことで、僕たちは速やかに店から出ることにした。


マナたちが本屋によろうと、いつになく強く言ってきたけど、間違いなく読みたいんだろ! 腐の書物を!



僕とマイク君は噴水広場のベンチに腰掛け、街ゆく人たちの営みを見守る。


「貴族の生活は分かりやすいんだ。使う人と使われる人。それだけ。僕の日常には家族と使用人しかいなかった。君の言う通り、人は歳を重ねると、強い言葉を使うようになる人もいる。実際に権力を持つ貴族はその傾向が華奢だ。小さい頃のパーティでは同い年の子らと集まって、冒険者や魔法使いになりたい……そんな夢溢れるような会話ばかりしていた。なのに、最近のパーティで会っても、どこそこの令嬢を狙ってるとか、近いうちに家督を継いたら好き勝手出来るとか……そんなんばっかりだよ」


恐らくその中で、僕が周りのように変わらなかったみたいに、マイク君も変わらず成長したんだろう。


「このまま、僕も損得勘定や打算で生きるのかなって。だからかなり無理を言って、魔導学園に入学したんだ。他国の貴族の子息との関係を築く建前を使って」

「そうだったんですか……気付きませんでした」

「そうりゃあ、そうさ。だって何一つ行動に移してないからね。本来ならこの休暇中にもパーティに参加してコネを作らないとならないけど、僕には婚約者がいるから、それで断ってるんだ」


居ると思ったけど、まさか本当に居たとは。


「……僕にだけ花束を贈るのは、誤解を生まないだめですか?」

「うん……利用してるようで申し訳ないよ」

「いえいえ。気にしてません! むしろ花に対して興味が湧いたぐらいですよ!」


雛がね! 僕にはさっぱりだ。野菜の花言葉は意味わからなくて好きだけど。


「そう言ってもらえると、贈る僕も嬉しいよ。御察しのお通り、令嬢に花束を贈って変な噂や誤解が生まれたら、大変だからね」


色々気を使っていたんだ。


だけど婚約者の人にはマイク君の気持ちは無いんだよね……それって、あまりにも残酷だ。


「婚約者の人とお会いしたことは?」

「ないよ。そもそも居るとしか聞いてないんだ。相手が誰かも分からない」

「えぇ!? 知らないんですか!?」

「おかしな事じゃないよ。上位の貴族からしたら、、早いうちに公表して、相手側に何かあったらとばっちりを受けるからね。だから親同士で密約を交わすんだ。そして、お互いが結婚しても問題無かったら、婚約を発表するのさ。それまでは婚約者がいます。としか言わないんだ」

「ほえ〜。そ、それじゃ、マイク君は学園を卒業したら……」

「うん。結婚する段取りに入るだろうね。むしろ学園を使って結婚を引き伸ばしたみたいなもんだよ」


マイク君からしたら、自分が変わらない為に、貴族としての距離を置いたことが、結婚を遅める結果にもなったと。


幸いなのが、お互いを知らない為、相手側を待たせるみたいなことにならないこと。


そして、不幸なのが、ここでマイク君が恋をしてしまったことか。


恋を知らなければ、婚約者の人を徐々に好きになっていけただろう。だけど、恋をしてしまったから、婚約者の人を愛そうとしても、花屋の女性を思い出してしまう。


でもそれでも……


「僕はマイク君に出逢えてよかったです」

「え?」


ベンチから立ち上がり、僕はマイク君に手を差し出す。


「それでもこうやってマイク君と友達になれたことがとても嬉しいんです。もし責めるなら、自分ではなく、僕を責めてください。僕がきっと貴方との出会いを望んだのだから」


マイク君は溜め息をこぼしそうな笑みを浮かべて、僕と握手する。


「やっぱり、偽っていないじゃないか。お人好しだよ、君は。出会った時から」


僕に何か、できるだろうか?


この恋に落ちてしまった純粋な友人に。


「そうだ。読みにくいので、愛称で呼んでもいいですか?」

「それは嬉しいな! 僕も愛称で呼んでも?」

「もちろん! それじゃあ、僕はマー君で!」

「随分可愛らしくなったね。それじゃあ、僕はクー君だね」

「は、恥ずかしい呼び方をチョイスしましたね……」

「君が言う!?」

「あは」

「あはは」

「「あははっ」」


お互い小っ恥ずかしい愛称で、吹き出してしまう。


「こ、これはジミー君たちに嫉妬されてしまうな」

「そ、それなら他のみんなにも愛称付けます?」

「……いいねぇ。付けよう」

「はい! とびきりの……」

「「可愛いのを!!」」


その後、僕とマー君は夕暮れになるまで、みんなの愛称を考えた。



マー君と別れ、帰路に着く。


周りに誰もいないことを確認して、呼びかける。


「誰かいる?」

「ここに居られます。主様」

「私も同じく」


一瞬にて現れ目の前で跪く、二人の男女。


スーとライオットだ。


「少しお願いがあるんだ」


僕に出来ることを考えた。


でも、僕はそんなに頭が回らない。


だから、この選択がどれほど効果があるかなんて分からない。


効果か出るのなんていつになるのやら。


でも生徒会長の言うことを鵜呑みにするのならば。


世界の中心は僕だ。

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