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110話 魔導学園11

生徒会室をお暇して、ブンブン先輩に案内されて、図書館に向かう。


油断ならない生徒会長とは離れたので、ライアと交代して今は僕が身体を動かしている。


「一人になる必要があるから、スピカ……僕の使い魔を部屋に戻してきていいですか?」

「いいっすよ。今は閉鎖してあるし、そんなに焦んなくてもいいっす。もうすぐ夏季休暇だし、それまでに解決出来なかったら理事長とか宮廷魔導士の人達を呼ぶ予定すから。クロエ君はあくまで最後の可能性っす。気楽にやるっすよ〜」

「あはは。そう言ってもらえると助かります」


部屋にスピカを寝かせてきて、図書館に向かう。遠くからでもその大きさが分かる。


高さは十階程度。正方形の建造物。壁には幾つもの魔法が組み込まれているのだろう。歴史が長い図書館なのに新築のような出で立ちだ。


「ご武運を祈るっす」

「はい! 行ってきます!」


手を振って見送るブンブン先輩に同じように手を振り返しながら、閉鎖されている図書館に足を踏み入れる。


空気を綺麗にする魔法でも施されているのか、思った以上に呼吸がしやすい。それに古本独特の匂いもしない。それはつまりここに置かれている本が全て何かしらの魔法で保護されていると考えられる。神聖図書館でも重要な書物には保護の魔法をかけていたけど、さすがは魔導国。


「さてと。こんな広大な図書館を目的なしに歩き回るのか……」

『めぼしい魔導書を探そうにも、この量だもの。何日もかかるわ』

『私嫌だよ。もう何日も本に囲まれるの……』

『雛も嫌かも……絵本とか冒険譚なら読みたいけど〜』


みんな神聖図書館で、知識を得るために籠りまくったことが影響して、しばらく本というワードを聴くだけで嫌な顔をしてたぐらいだもんね。僕も思い出しただけでうえってなるよ。


「今回は魔導書を探したり、知識を得るのが目的じゃないから、好きな本を読むことにしよう」

『なら! はいはい!』

「雛くん」

『雛! 花のごほんが読みたい!』

『最近はすっかり花に魅入られたよね〜』

『回復魔法は癒しの力。草木も再生の力を有するし、シンパシーを感じているのもしれないわね』

『色合いも似ていて、イメージにあっていると思います』


緑色の髪の雛は確かに自然の精霊と言ってもいいぐらい似合うね。


「他のみんなは? 読みたいものある?」

『私料理の御本とかご主人様の仕え方とかの御本を拝読したいです』

「僕の仕え方って……ライア以上のメイドは見たことがないよ」

『そんな! 勿体なきお言葉ですぅ……!』

『あ。感動のあまりドリップしちゃったよ。う〜ん。私はそうだね……哲学本とか?』

『澪。素直になりなさい』

『え? な、なにが?』

『読みたいのでしょう?』

『だから何が!?』

『恋愛モノ』

『〜っ! マナ! あんたねぇ!』

『いやーん。犯されるー』

『あんた棒読みじゃない! ってか逃げ足早っ!』


マナはどうやら生徒会長とブンブン先輩のやり取りを見て、自分でもやってみたかったみたいだ。


『旦那様。私たちのことはいいわ。貴方が読みたいものを読むのもいいんじゃない?』

「えっ……僕?」

『いつも私たちのことを優先してくれるのはとても嬉しいわ。でも貴方の人生よ。少しぐらいわがままになってもいいじゃない』


マナ……そっか。僕が彼女たちのことを大切に思うように、彼女たちも僕のことを大切に考えてくれているんだ。


胸がじんわりとしたあたたかさに包まれる。


ならば僕のしたいことは?


彼女たちに出来ることだ。


愛しい彼女たちにしたいことだ。


そうやって自分のしたいことを改めて見つめ直すことで、僕は前々から考えていたことに挑戦してみることにする。


「みんな! 僕少し調べたいことがあるんだ」

『お兄ちゃんの望みなら!』

『ご主人様の望みなら!』

『君の望みなら』

『旦那様の望みなら私たちの望みです』


目頭が熱くなる。


「ありがとう!」


僕は図書館の奥へ向かった。


きっといつまでも色褪せない思いを胸に。


それから数日、無人の図書館に通わせた。


目的に近い書物を見つけては、読み耽る。


マナたちの力は借りない。


これは彼女たちに贈るプレゼントだから。


いつ完成するかは未定だけど……むしろ完成出来るの? と不安になるけど、大丈夫。愛さえあればなんでも出来る!


マナたちもそれを察してか、今は各々寛いでいる。


僕が呼べば、応えてくれる位置にはいるけどね。


「つまり……付与するには……全体の…………理解…………仮想………………触媒は…………ものによって……が…………のか」


僕はブツブツ言いながら、思考を整理する。


大丈夫。少しづつ輪郭を得てきた。


あとは確信させる部分だ。


「でもそれは普通の書物に書いてなさそうなんだよね……やっぱ、禁書なのかなぁ?」


さすがに魔導国の禁書を閲覧出来ないだろうから、続きは神聖国に帰ってからになるのかな?


「ん? ……っ! こんなにあっさり?」


一瞬の鳥肌のあと、気が付けば僕はそっくりだけど、居所が全く分からない場所に立っていた。


「みんな!」

『ええ! どうやら結界に入ったわね。もどかしい! 魔力を放出出来れば、仕組みが分かるのに……!』

『レイン君。念の為に闘気を』

「了解!」


僕は身体全身に魔力を循環させ、闘気を発動する。


五感が研ぎ澄まされ、僕が発する物音以外存在しない静寂に、耳が痛くなりそうだった。


ことん。


「っ! ……本?」


重たい何かが落ちた音と共に、真反対に飛び退いた僕が見たのは、分厚い本が落ちた拍子に、本が開いた光景だった。


「なにか来る!」


肌がザワりと無て付けられたような、殺気を感じ僕は臨戦態勢に入る。


本から黒いヘドロのようなものが湧き出す。


『あれが影の魔物の正体ね』

『うへぇ。なんか気持ち悪いよぉ〜』


黒いヘドロは大人一人ぐらいの質量を湧かせたあと、輪郭を帯びていく。


「あの姿……図鑑に描かれていたリザードマン!?」


真っ黒い見た目だけど、その姿はリザードマンと呼ばれる二足歩行の魔物そのものだった。


この世界のリザードマンは言語を発したり、人間に友好的な行動はしない。純粋な魔物だ。


もし特徴があるとしたらそれは。


「剣使いか……僕、丸腰なんだけど」


リザードマンは武器を扱うことだ。ゴブリンやオークも使うけど、その練度は桁が違う。


『確かランクはCランクだったよね?』

『本来は群れで動くからその場合はBランク以上ね』

『単体なら何とかなるかもね』

「魔法が使えればね!」


近接格闘なんか、見様見真似の我流だし。何より経験値が足りなすぎる。


『確か剣が近くに落ちてるって会長さんが言ってたよねっ』

『あ! ありました! リザードマンさんの後ろです』

「近くだけど、今一番遠いんですけど!?」


剣を得たければ、あの厳ついリザードマンを突破する必要がある。


そして剣を持てたとして、僕に剣の心得はない。


「分かってたけど難易度高いよ!」

『泣き言言っても事態は好転しないわよ』

「わかっ……!」


静観はやめたのか、リザードマンが攻めてきた。


その長剣を突き刺してくるよう刺突を繰り出す。


僕は咄嗟にしゃがみこんで事なきを得る。


若干、耳を掠った気がしたけど、気にしないようにする。


自分の小柄さに感謝しながら、しゃがみこんで、バネのよう曲げた足を思っきり伸ばし、リザードマンの背後、その先に見える剣に向かって飛ぶ。


(いける! っとお!?)


既にリザードマンの剣は僕の背後。戻ってくるまでに時間がかかる。


そのはずが、眼前から残像が見えるほどの速さで何かが迫ってくる。


僕はもはや条件反射で、その何かを跳び箱のハンドスプリングさながらに、両手で触れて遠心力で思いっきり前へ飛ぶ。


猫のようなしなやかさで着地! とはいかず、二度ほどバウンドしつつ、転がっている剣を掴み取って、何とか前転しつつ、体勢を立て直す。


すぐさま、リザードマンに視線を向けるが、僕を襲った体勢のままゆっくりと体勢を戻す。


不自然にしなった尻尾を見て、僕が二度目に襲った攻撃を知った。


「よくあるっちゃよくあるけど、実際にされるとビックリするよ……」


僕も尻尾あるけど、あんな攻撃の仕方出来るほど、丈夫じゃないので。


それにしても困った。


握りしめた剣を正眼に構えて、汗を流す。


「僕、剣の心得とかないんですけど!?」

『気合いよ。気合い』

『根性見せろー男の子でしょ〜』

『お兄ちゃん! ガッツだぜ!』

『ご主人様のちょっと良いところ見てみたぁーいですっ!』

「無茶言うな!」


言いたい放題の精霊たちにツッコミながら、腰を落とす。


一応はライオットやスーの剣術を見てきた。でも僕は見ただけで真似出来るほど器用じゃあない。金髪のスポーツマンじゃあるまいし。


リザードマンが剣を構えた!


踏み込む。


僕も慌てて向かい打つ。


振り抜かれた剣撃を剣で受け止める。


じんわりと響く痺れが手にやってきて、剣を手放しそうになるのをグッとこらえる。


よしっ! 受け止めた! と、思ったら、リザードンが剣を引き、まだ振り下ろす。


受け止める。振り下ろす。受け止める。横に振るう。受け止める。袈裟斬り。受け止める。振るう。止める。振るう。止める。


(無理無理無理ぃーー!! ヘルプミーィ!!)


絶え間なく降り注ぐ剣撃の雨に、弱音を吐いてしまう。


このままじゃやられてしまう。


魔導騎士(ランスロット)魔導騎士(アーサー)みたいに遠隔操作なら剣術の真似後とかできるけど、僕自身の体で、剣を振るったことはない。


闘気は出国する直前に習得したものだから、テストも出来なかったし。


その時、僕はライオットとの会話を思い出していた。


ーーライオットはどうやって相手の攻撃をいなしたり、受け止めたりしてるの?

ーーそうですね……剣撃には大まかに二種類別れています。

一つは剛の剣撃。どんな防御も関係なく一撃で断ち切る剣撃です。

これは体躯に優れた者や、身体能力に優れた剣士が好む剣撃です。

ーー防御無視って感じ? 英雄っぽいね。

ーーそうですね。多くの冒険譚に登場する剣士はこのタイプですね。

そしてもう一つが柔の剣撃。手数、相手、状況により千差万別の斬撃を絶え間なく繰り出す剣撃です。

これは身体的に劣る者や、身体能力が低い剣士が好む剣撃です。

ーー技巧派ってやつだよね。今度は達人っぽいね。

ーーええ。主に剣術を極めるというのはこちらを指し示すことですね。

ですが、これはあくまで得手不得手の話して、剣士を志すなら両方を身に付ける必要があります。

そのため、最初のご質問にお答えしますが、剣戟というのは、柔の剣撃をお互いに繰り出し、最後に剛の剣撃で決着をつけるものです。

ーー柔の剣撃をお互いに……どうやって?

ーー先手が相手側にあるのならば、相手の剣撃に合わせるんです。少し遅らせて。

ーー合わせられるの? 受け止めるのがやっとじゃない?

ーーできます。お互いが同じタイミングでぶつけ合えば、反動も同じくらい返ってきます。ですが相手の最も瞬間火力が高いタイミングの後にこちらの最大の瞬間火力を当てれば反動は大幅に軽減出来ます。

タイミングはそうですね……余程の手練でもなければ、剣撃にはリズムがあります。そのリズムにあわせるんです。

ーーリズム?

ーー呼吸とも置き換えられますね。無意識の呼吸は常に一定です。息が上がった時もしばらくは一定です。剣も同じです。振るうタイミング。引くタイミング。振り下ろすタイミング。振り上げるタイミング。突くタイミング。全てリズムに合わせて放たれます。熟達した剣士ならリズムを狂わせてきますが……大抵の相手ならほぼ間違いないかと。



……リズム。


そうだ。さっきからリザードマンが放つ斬撃を僕が防ぎ続けられるのは、僕の防ぎ時間がリザードマンが追撃を放つまでの間に間に合うからだ。さっきから同じリズムで……同じ速度で……同じ威力で。違うのは放つ方向ぐらいだ。


ならば合わせる。


少しづつ僕もリズムをとる。


振るわれる斬撃に合わせる。


カキン! カキン! カキン! キン! カキン!


一瞬出来た!


難しいけど、リズムに乗るんだ。


前世での音ゲー成績は悪くなかっただろ?


カキン! キン! キン! カキン! カキン!


バチが剣に変わっただけだ。


キン! キン! キン! カキン! キン!


失敗(Miss)すれば本当にダメージを受けるだけだ。


コンボを紡げ!


キン! キン! キン! キン! キン!


コンボだドン!


リズムに乗れた! でも僕は音ゲーの中でも二番目に連打が苦手なんだ。タイミングがズレてミスを連発してしまう。


『メトロノームを持ってきましたっ! 合わせますっ』

(ライアないすでぇーすぅ!)


脳内にカチカチと一定のリズムでなる音と、リザードマンの剣撃が重なって、合わせやすくなった。


耐えるんだ。相手が剛の斬撃を繰り出すその時まで!


ーー耐え続ければ、相手は痺れを切らすか流れを変えるために、剛の剣撃を放とうとするはずです。それは最も危険でありチャンスでもあります。

ーーでもそんなのどうやって知れば……

ーー剛の剣撃を放つ直前、少しだけリズムが変わるはずです。ですが、それはもはや感や経験の世界なので、最後は運に頼る形になってしまいます。

ーーそこまで頑張って、結局運なんだね。

ーーその運要素を減らすための鍛錬でもあります。


リザードマンのリズムが変わった! 気がする!


僕はいつものように悩みそうになりながら、無理やり感を信じて剣撃を受け止めた直後、剣を引くのではなく、相手の手首目掛けて剣を振り上げた。


間違っていれば、僕は防御が間に合わず斬り伏せられるだろう。


だが結果は……


「僕の……勝ちだ!」


いつもより深く引いた剣は防御に間に合わず、僕の斬撃が相手の手首を斬り飛ばし、剣を手放す。


小回りが利く体を、振り抜いた体勢のまま回転させて、遠心力を乗せた切り上げを放つ。


「ライオット分かったよ。悔しいもんだね。最後を運に頼るのは」


本当はしっかりと見切って、自信を持って放ちたかった。そんな気持ちが剣士でもない僕にもわかった。不安を抱きながら振るう剣のなんと脆いものか。


(あぁ……もっと強くなりたいなぁ)


自然とそんな気持ちを抱いた。


握りしめた剣をさらに強く握り締めて。


そうやって残心していたら、新たな殺気を感じた。


殺気の方を向いて、僕は自分が引き攣った笑みを浮かべたのを感じた。


「今度は二匹ということですか?」


剣を持ったリザードマンが二匹。こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。


「やってやろうじゃないの!」


僕はもはや観念した気持ちと、今度は運ではなく実力で仕留めたいという気持ちを抱いた。


襲ってくるリザードマンの斬撃。


(柔の斬撃だ! リズムを掴めば大丈夫!)


僕は最初から合わせるように意識しようとしたら。


カキン!


「うおっ!?」


その前に、別のタイミングで斬撃が放たれ、骨髄反射みたいに剣を構えて、防いた。


そうしてほっとする間もなく、次の斬撃が放たれる。


別の個体から。


「うおおおおおお!!!」


なにこれ無理ゲー!! そこそこの音ゲーマーにいきなり二譜面同時に攻略しろと言っているようなものだぞ!?


(無理無理無理ぃー!! こんなの腕が持たない! もげるぅー!!)


ダメだ。防ぐだけじゃ! 躱さないと。


でもどうやって?


不意に今度は、スーとのやり取りを思い出した。


ーースーはどうやってあんなにヒラヒラと相手の攻撃を躱してるの?

ーー何となくです。


~完~


…………


ふっざけんな! おい!!


何となくであんなに優雅に舞っていたの!?


これだから感覚派の天才は!


ーー感覚派の天才め!

ーーえ? ……主様も同じタイプですよね?

ーーえっ……そうなの?

ーー主様もその場の勢いで、何とかしちゃうタイプだと思いますけど? むしろ備えに備えて迎え撃つみたいな感じがしませんが。


そうでしたぁ! よく考えたら、僕が戦う時って大抵、備えてない時ばっかじゃん! 自分から攻撃を仕掛けたことないじゃん! 全部行き当たりばったりじゃんか!


でも今回のこれは、別だ。


積み重ねてきたものがない。


だから打てる手段が全くないのだ。


ーーもっと具体的なアドバイスしてよ。それじゃ、魔導騎士の強化に使えないよ。

ーー分かりました。そうですね……私って戦ってる時、相手の事を考えてないんですよ。

ーーは? どうやって戦ってるの? 集中してないって事じゃん。

ーーうーん。どう言えば……自然体とも言いましょうか? 無意識に呼吸したり、歩けたりするように、無意識に相手の攻撃を躱したり、反撃をしてたりします。

ーー経験を積めってこと?

ーーそれはあった方がいいに越したことはありませんが、人間って極限まで集中するとむしろ視野が広がったりしません? それに近いです。


やっぱ思いだしてもさっぱりだ。


どんどんと追い込まれていく。


防ぎきれなくて、生傷が増える。


(回復が追いつかないよぉ)


雛が必死に回復魔法をかけてくれるけど、効果は高くない。


……そう言えば、雛は服の上からでも相手の状態を把握出来るんだよね。


傷を負っているとか、体調が悪いとか。一発で分かるんだ。


どうやってるんだ? 今までは回復の精霊の固有スキル的なやつだと思ったけど、違うのでは?


(雛! 教えて欲しいことがあるんだ!)

『え? うん! いいよ! なんでも答えるよ!』

(ありがとう! 雛はどうやって相手の状態を見抜いてるの!? やっぱり固有のスキル?)


思考を分散したことで、防御が間に合わなくなってきた。


でもこのままじゃ、ジリ貧だから、これは賭けだ。


今日は賭けてばっかりだ。


『うーんとねぇ……雛はね。相手を見てるんだけど見てないの』

(おっと哲学の話ですか? 後で寝る時に聞かせてよ)


そんなトンチなこと言われても。


『ちがうよっ! なんて言えばいいかなぁ……こう見てるの! でもそこだけじゃないの! たくさん見てるの』

(見ていて見てなくて、でもたくさん見ている?)

『あ、私分かりました』

(ほんと!? ライア解説プリーズ!)

『はい。 雛ちゃんは相手を視野に捉えたうえで、一つに焦点を絞らずに相手の身体全身を見ているのではないのでしょうか?』

(もう一声!)

『つまり相手の動きを、流れを見ているのだと思います。全体の』

『そうだよっ! それだよ! さすがライアちゃん!』


なるほど……流れを見るか。


確かに、探偵とかは歩き方一つで足に怪我をおっているかどうかわかるみたいなスキルがあるよね。


あれって、個人のデータだけじゃなくて、似た体型、体格の人と違いを照らし合わせて、どういう状態か把握しているんだよね。


歩く時に軋む床の音とか、扉を開く時の開け方で性別から体重まで分かるようになるというのだから、人間の技術って凄い。


でも、相手は人間じゃなくてリザードマンだ。


体躯が二メートル近くあって、尻尾もある。


動きの変化が人間とはわけが違う。


(時間が欲しい! こいつらの動きを見る時間が!)


もうすぐ均衡は崩れる。


僕の敗北で。


悔しい。


剣の鍛錬を少しでもやっていれば、こんな無様な真似を晒すことはなかったかもしれない。


『ご主人様』

(な、なに!?)


諦めムードに入った僕に、ライアの声が届く。陽の光のような暖かい声だ。


『しばらく変わります。その間に観察してください』

(そっか! その手があったか!)


なんで今まで思いつかなかったんだろう。


ライアなら僕の体を操作出来る。


『リザードマンさんの動きはある程度分かりました。ご主人様の代わりに攻撃をしばらく捌くこと出来るかと……思う、のですが』

(よし分かった! 任せた!)

『っ……はい! お任せ下さいっ!』


僕主導権はライアに移る。


でも僕の意識は精霊の箱庭にはいかず、目だけが今まで通り、肉体の方にある。体だけが動かない状態だ。


『こちらの方が良く観察出来るかと! 僭越ながら勝手なことを致しましたっ』

(むしろ最高だよ! 愛してるライア!)

『〜っ! はいっ!』


ライアが僕の時よりも、上手く攻撃を防いでくれていることで、観察に専念できる。


見ろ。観ろ。視ろ。


全神経を集中させろ。


で、違う。全体を捉えるんだ。


どうやる? 漠然と見る? ダメだ。それじゃ、記憶できない。


なんだろう。何かに似ている。


それも懐かしい感じだ。


相手は僕に殺気を向けている。


それを僕は少しだけ視点を変えて見ている。


相手が他人と会話している。


それを僕は少しだけ離れて見ている。


他人が他人と会話している。


それを僕は漠然と視界収める。


クラスメイトがクラスメイトと会話している。


それを僕は興味なく、でも少しだけ羨ましく思いながら、帰路に着く。


……ああ。そうか。


これは前世。目立たないように、みんなのことを……流れを見て、ひっそりと生きていた時に似ている。


雛の言っていたことが、ようやく本能で分かった。


相手を見ているようで見ていない。


僕の感覚で言うなら、興味ないけど、その人たちに目をつけられないように、空気を読んで、目立たないように立ち回ることだ。


不思議なものだ。


名前も知らないのに。興味もないのに。


毎日同じクラスで過ごしているうちに、歩き方、声、声のトーン、手の動き、髪の長さで個人が分かるようになるんだから。


そうだ。


リザードマンたちの動きも何となく見えてきた。


伊達に正面から打ち合っていない。


より鮮明に分かる。


次は振り上げでしょ?


正解。


そっちのは、刺突?


正解。


あ、それはずるい。


(ライア。同時に、振り下ろしてくるよ。後ろに飛んで)

『は、はいっ!』


なんかタブって見える。


少し未来? 0.5秒先ぐらい? 未来が見えるというより、脳内で勝手に未来予測をしている映像を重ねてる感じだ。


『ご主人様っ。もうよろしいので?』

(うん。大分見えてきたよ。雛やスーほどの精度は無いと思うけど)

『では切り替わります。3……2……1……』


切り替わると同時に、迫り来る斬撃。


僕は剣で受けず、体を少しズラして躱す。


剣圧による風が頬を撫でる。


空気に色がついた気がした。


僕は一歩飛び退くと、横に払われた斬撃が一歩先で通過した。


またブレる。


屈む。


刺突。


色が変わる。


飛ぶ。


尻尾の払い。


す、凄い疲れる。


3D酔いしたときみたいに少し気持ち悪くなってきた。


長くはこの感覚に浸れないな。


僕は一歩踏み込むと、片方のリザードマンが迎え撃つように剣を構えて、もう片方は攻撃に移るように、剣を振り上げた。


リズムを大きく変えてきやがった。


これからは攻防をそれぞれ入れ替えてくるつもりか?


でもそうはさせない!


僕は踏み込みと同時に、片手で持った剣を剣を振り上げたリザードマンの頭部に向かって突き刺していた。


あえて正面のリザードマンに向かって踏み込むことで、こっちが狙いだと誤認させたのだ。


頭部を刺されたリザードマンが泥のように崩れ落ちる。


僕は慌てず、正面から放たれた剣撃をバックステップで大きく距離を離す。


よし! これで一対一だ。


ここは一本大事に! って、これはスポーツの掛け声だ。


と、余裕かましてたら、リザードマンが崩れ落ちた亡骸から何かを取り出す。


それは細長くて……って剣じゃん!


片手づつ長剣を握りしめる二刀流スタイル。


何それカッコイイ!


だが次の瞬間。


ゾッ! と、凄まじい殺気が体を貫いた。


『ここからが本番ってことね』

(そうみたい……だね。勘弁してよぉ)


最初が基礎の確認。次が応用力なら最後は実力テストですかこの野郎。


何度人を試せば気が済むの?


決死隊のような気持ちで、明らかにリザードマンが醸し出す殺気ではない相手に剣を構えた。


キキン!


……えっ?


見えない!?


五メートルは離れてたのに、一瞬で間合いに入ってしかも剣を振っている途中でようやく、こちらが知覚するって、どんだけだよ!?


『全然違う! 今までがオートなら今はマニュアルだよっ! お兄ちゃん!』

(ト〇コのスター〇ュかよっ!)

『雛の見立てはね、ランクB+ぐらい?』

(うちの村に出たオークキングより強いじゃん!)


あらやだ。死んじゃう。


動きが霞んで見える。


全神経を未来予測に使って、全身を剣を振るうことに使って、ようやくギリ凌げ……いや、防ぎきれてない。


痛い痛い痛い!


全身、鞭で打たれたとか、熱したナイフで切られたとか、そんな痛みが増えてく。


鋭くて痛い。


これが本気の剣撃。


柔の剣撃なのに、剛の剣撃並の重さ。


まるでこれが剣の極地の一端だと言わんばかり見せつけてくる。


僕が今生きてるのは、相手が急所を狙わないからだ。


嬲るというより、体感させているように感じる。


剣の道はこんなものではないぞ? と、痛感させてきている。


(な、め、る、なぁ!!)


確かに僕は、今日初めて剣を握った。


生半可な気持ちだった。


やられたら、無傷で元の場所に戻るだけだと、舐めてた。


そもそも今は縛りプレイみたいなものだと。


本気を出せば、大抵の困難は乗り越えられると。


でも、


でも……


でも……!


「剣の事しか考えらんねぇーんだよぉ!!!」


剣で勝ちたい。


剣で勝りたい!


剣を極めたい!


この魂も、この肉体も、この精神も、全て、全て、この一本の剣を振るう為にある!


思考が加速する。


体がゆっくりになる。


振るえ。


振り斬れ。


凌駕しろ。


断ち斬れ。


強くなれ。


付随した力ではなく……


僕の持てる全ての力を一太刀に……



……の剣撃。




「はあ……はあ……はあ……」


倒れ込んでる? 僕、負けたの?


体が動かない。痺れてる?


違う。これは酷使した結果、血管が破裂して、体の機能が停止してるだけだ。


前世なら植物状態になるところだけど。


『もうっ! お兄ちゃん無茶ばっかりしてっ!! ぶんぶん! あっ、ブンブン先輩のことじゃないよ? 怒ってるって表現だよっ』


頼れるヒーラーがいる。


『めちゃくちゃになった血管は取り敢えず、魔力を代替させてるわ。最低限心臓は止まらないから安心なさい……もう……心配したんだから』


頼れる相棒がいる。


『深刻そうなところは魔力をアレしていい?』

(アレ? 今の僕でもいける?)

『うーん時間かかるけど、いける』

(ならよろ!)

『軽っ! まあ、任せんしゃい。頑張ったからね』


なんだかんだ優しいJKがいる。


『キツそうなら変わりましょうか? その間、こちらでお休みになってください』

(ううん。ありがとう。今はこの感覚が心地よいんだ)


面倒見のいいメイドがいる。


(あれ? そう言えば、雛、魔法使ってるよね?戦闘中も)

『あれ? そう言え』

『封じられていたのは攻撃性のある魔法だけみたいね』

(ならヒーラーならゴリ押せたのかぁ)

『ヒーラーがソロで挑むわけないじゃん』

『回復魔法の適性があるなら魔導国ではなくて、神聖国にいくと思うわ。回復魔法に関しては魔導国より上だから』

(光魔法もだよね)

『嬉しいことですねっ!』


癒される。


こうやって語らうだけで、僕はこの人生を得られたことが何よりも幸福に感じるほど。


(そう言えば、僕は何をしたの?)

『覚えてないの?』

(漠然とこう気分が昂って、意識が一つの事に向いて、そして一撃入れた)

『わお。小学生の説明ね』

(ぐふっ……僕のライフはリアルにゼロ付近だよ!)

『実は』

『雛たちにもわかんない』

『私たちの視界は現在、ご主人様の瞳からのみですから』

『魔力を拡散出来ないから、俯瞰視点や三人称視点で見れなかったから』

『なんか、防戦一方になったと、思ったらきゅーうにレイン君がボロボロになってて』

『それで静かになったからリザードマンを倒したんだって感じたわ』

『慌てて回復魔法を使ったよぉー』

『何事かと不安になりました。ご主人様は数分の間、気絶をしておりましたから』

(あ、気絶してたんだ。それにしても……みんなは覚えてる? 剣聖様が言っていた最高の一撃のこと)

『確か、えーっと』

(つい)の剣撃ね』

『そう! それだ! 無精髭の中年親父としか覚えてなかったわ』

(失礼すぎるわ!)

『剣聖様でも絶好調の時に放てるかどうかの一撃でしたよね』

『あなたが放った最後一撃はそれだと言うの?』

『最後の一撃は切ない……』

(雛それ……まあいいか。さすがに違うよ。あれは剣の極地だもん。僕のは多分、未完成の半端なやつだと思う。でも、でもね。撃てたんだ。僕自身の力で! あ、もちろんみんなの協力あってこそだよ!? でも、それでも嬉しかったんだ)


…………。


(あのさ……みんな)

『改まってどーたの?』

『なぁーに?』

『大伺い致します』

『聞かせてあなたの思い』


ありゃ。


これは気づかれてますわ。


はぁ。叶わない。本当に叶わない。


僕は少し恥ずかしくなりながら、回復した口から言葉を紡ぐ。


「僕、剣を極めたい」


言った。言ってしまった。


でも止まらない。この思いは。


「ひとつの事を極めるのですら困難なのに、僕は既に魔法の道を歩んでる。人間の短い一生じゃあ極めることなんか無理かもしれないことなのに、僕はあまつさえ剣の道すら辿りたくなってる」


なんて浅ましい。


少し剣を握っただけで、その道に進もうとするなんて。


ブレブレの覚悟に、自分が恥ずかしくなる。


でも。


『いいじゃない』


でも。


『うん! すっごくいいと思う!』


でも。


『自分の人生なんだから好きにやればいいんだよ〜』


それでも。


『全力でサポート致しますっ』


こうして、支えてくれる家族が居る。


『今更、あなたのしたいことを否定するわけないじゃない。いい? この世界で一番あなたのことを知っていて理解していて、認めているのはライオットでもスーニャでもドロシーでもメアでも無いわ。私たち(・・・)よ。それだけは変わらないの。だとえ何があったとしても』


目頭が熱くなる。


「マナは人を煽てるのが上手いね」

『普段からへこたれてる主人を持つと苦労するわ』

「あはは」


十分に回復した体を起こす。


そうするとひとつの事に気付く。


僕の前に光る剣が浮いていた。


光が強すぎて輪郭しか分からないけど、間違いなく剣だ。


その剣から淡い意思のようなものが伝わる。


「手をかざせ?」


利き手の左手を前にかざす。


すると剣は僕の左手に吸い込まれるように刃を沈めてきた。


「わっ! ……って、痛くない?」


剣は手を貫通せず、そのまま手に収納されていく。


そのまま、されるがままにしていると、すぐに剣は僕に入り込まれて、証のように手の甲に剣の紋章とも言える光の痣が現れる。


だが、すぐにその痣も消えてなくなってしまう。


「なんだったんだろう……ん? ああ。そういうことか」


疑問がすぐさま理解に変わる。


僕の脳に直接、剣の目的が表示されたからだ。


試練を突破し、世界が崩れていく。


眩い光包まれ、気が付けば図書館に戻っていた。


「まさかマナが言っていた剣の精霊だったなんてね」

『もっとも可能性が低いと思っていたけれど、そうでもなかったわね』

「これは剣じゃなくて証なんだね」


魔力を込めると手の甲に剣の紋章が浮かび上がる。


『世界中にばらまかれた試練の一つだったという事ね』

『でもお兄ちゃんがクリアしたから、他の試練は消えたんだよね?』

『そうだね〜。だから責任取って迎えに行かないと』


だった一人の主を探すために、こんな大掛かりな試練を幾つも用意しているなんて、凄い執念だ。


確かに、僕がクリアしたんだから、迎えに行かないとね。


『位置は分かりますか?』

「ざっと。すんごく遠いってことだけ。方向は分かるから近々行こう」

『それにしてもあなたにおあつらえ向きの剣ね。精霊の剣。それを行使するには一定以上の魔力が必要で。この魔導学園の生徒の魔力でも辛うじて握れるかどうか。倒れた生徒たちは恐らく共通して魔力量が多かったのでしょうね』

『確かに。レイン君の魔力量じゃないとこの剣も実力を発揮できなかったんだろうね』

『妥協ではなく、最良の主人に出会えた剣の精霊さんは幸せ者です。そうと言う私も幸せ者です』

『やったねお兄ちゃん! 家族が増えるよ!』

「雛それはやめて!」


それは一見いい言葉に聞こえるけど、それは絶望した時に言われたセリフでもあるんだ。多用してはいけない!


「それにしても僕もマナも予想が外れたね」

『ええ。精神干渉でも多重魔法による結界でもなく、剣の精霊の固有能力だったなんて』


主人を見つけるという条件でのみ使うことが出来る能力。


その制約の中でなら、かなり自由度の高い条件設定と領域を展開出来るんだから凄い。


僕は早速生徒会長に報告しようと出口を目指して歩く。


もちろん言葉は濁す。


精霊の仕業だったけど、ほんの気まぐれだったって。


これはライアが僕の代わりに生徒会長に報告する。


僕だとボロがでる。


気まぐれに本棚を撫でるように触れていると、不意に気になる本を見つける。


手に取ってバラバラと捲れば、それは僕が探し求めていた内容に近いものだった。


「これだ! まさか見つかるなんて!」


僕は歓喜する。


これで不可能かもしれなかった目標が達成可能になるかもしれない。


さっそく全ページに目を通して、本を元の場所に戻す。


寝る時にでも、精霊の箱庭でひっそりと読もうと決めて。


それにしても夏季休暇目前にしてこんなハードな依頼を受けるなんて。


でも夏季休暇……言いづらいな。夏休みを前に達成出来て良かった。

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