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106話 魔導学園7

「ど、どうなるんでしょうか?」

「し、知らないよー」

「きゅ……」


僕はマリンさんと一緒に廊下の角に隠れて、とある二人の女子生徒にやり取りを伺っていた。


「ね、ね。クロエ君なら聴こえるんじゃない? 獣人さんなんだし」


マリンさんが僕の耳元で囁く。


くすぐったさに獣耳がペタンと閉じてしまう。


「す、すみません。僕の耳は普通の人並なんです」

「え〜そうなの? こんなに大きいのに? 不思議〜」

「あ、ちょ……勝手に触らないでください」


無遠慮に耳をこねくり回され、体から力が抜ける。


「癖になる」

「ならないでください!」

「何をしてますの?」

「人間の不思議を味わってるの」

「味わわないでください!」

(わたくし)も良くて?」

「いいよ〜幸せは分かち合わないと!」

「僕の許可は!? って、キャシーさん!?」

「わっ!? キャシーさん? あれ、いつの間に……」


キャシーさんがいつの間にか僕たちの傍に来ていた。

そう。さっきから様子を伺っていたのはキャシーさんのことだ。


「お、お相手の方は良かったのですか?」


居るのはキャシーさんだけで、先程まで一緒に居た? とされるツインドリルのお嬢様は居ない。


「あの子は何故か怒りながら行ってしまいましたわ。はぁ……何でしょうね?」


頬に手を当てて、胡乱げの表情を浮かべる。


「知り合いなの?」


僕の耳からようやく手を離したマリンさんが聞く。


「ええ。同じ国出身の貴族ですわ。昔は良く遊んでいたのですが、成長するとともに会う機会は減っていき、久しく二年ぶりの再会でしたわ」


昔を懐かしむキャシーさんに僕は疑問をぶつける。


「でも、因縁を付けられているようでした」

「ええ。何故だか、再会を喜ぶ間もなく勝負を挑まれました」

「勝負? ……魔導戦で?」

「お察しの通り、もうすぐ始まる魔導戦で(わたくし)に勝負を挑んできたのです」


魔導戦……魔導ランキングを決めるものでもあり、ランキング上位にでもなれば、先生たちから個人指導をしてもらえるとかで、将来を大きく左右する学園きってのイベントだ。


「月に一度は必ず一戦を行う。その為、基本的に最初の一戦は必ず受ける必要があるとされる。余程実力の開きがない限り、断ることは弱者のレッテルを貼られることになる」

「ええ。貴族が風習として定着させたものですわね」

「と、言っても自分で挑むか挑まれるか期限ギリギリで学園側から指定されるかなんだけどね」


期限は月初めから月末まで。挑戦権の回数は無し。ただし一度挑んだ相手とは三ヶ月間挑むことは出来ない。また、一日に一度のみ魔導戦をすることができる。実質、三十回前後が最大挑戦回数だ。そしてここが肝だけど、どれほど挑もうがその月の中で一番評価された魔導戦のみ点数が加算される。

その為、回数を増やせば点数が増えるというものではない。


「挑むほうは良いのですが、挑まれる方は対策をするのが大変ですね」

「挑むってことは、こっちの情報を持っていて対策できるってことだもんね」

「そうですわね。でも誰が来ても手加減はしませんわ」


キャシーさんは扇を開かせ口元を隠す。でも、やっぱり昔の友達に挑まれるのは、どこか寂しそうだった。





その日、クラスは熱気で包まれていた。


理由は今日から魔導戦が開戦されるからだ。つまり、これから挑もうとする者、挑まれる者、学園から指定されるまで待ってる者に分かれる。


僕は学園から指定されるまで待つ組だ。自分から誰かに挑むとか無理。


「クロエは待つのか?」

「はい。ジミー君は?」

「俺はなるべく早く片付けたいけど、正直戦った事ないから不安でしょうがねーや」

「普通の人は戦った経験などないさ。気楽にやろう」

「そうは言うけどさ。それはマイクの実力がクラスでもトップクラスだからだろ……」


このクラスでは二人のトップが居る。それがマイクさんとキャシーさんだ。この二人だけ抜きん出て、その次にノットさんが続く。


ジミー君とマリンさんは平均で、僕は文句なしの最下位だ。魔法がまともに使えないから仕方ないね。


「自信がないのは経験がないからですわ。経験すれば嫌でも強くなりますわよ」

「うぅ〜。キャシーさん守って〜」


緊張したマリンさんはキャシーさんに助けを乞う。キャシーさんは苦笑いを浮かべながら、マリンさんの頭を撫でる。


「無茶言わないでください。魔導戦は個人戦ですわよ?」

「そこをなんとか! ほら、キャシーさんの威光とか!」

「マリン。あなたは誰かの力を借りて勝てて嬉しいんですの??」

「そ、それは……嬉しくない」

「自信を持ちなさい。例えどんな戦いになったとしても、それは必ずあなたの糧になるのだと」

「うん。ありがと」

「どういたしまして」

「ジミー君。ハンカチはいるかい?」

「さ、さんきゅー」


鼻血を出したジミー君にマイクさんがハンカチを差し出す。これはこれで需要があるのだろうか?


僕はこのとき魔導戦を他人事のように聞いていたんだ。


魔導戦は今日の放課後から解禁される。二年生と三年生は既に一ヶ月早く始めている為、その見学で多くの情報と闘争心を抱いただろう。


「それではこれにて本日の授業は全ておしまいだよ。今から魔導戦が解禁されるけど、くれぐれも怪我をしないように」


レーズン先生からの言葉で、開放された動物たちのようにみんなが立ち上がる。


パタンと扉が乱暴に開かれ、ツインドリルのお嬢様が現れ、声を出そうとする。


……そのタイミングだった。


「クロエ。俺はお前に魔導戦を挑む。そして、お前が負けた時はこの学園から去ってもらう」


有無を言わさぬ、圧を持った言葉がその場を支配したのは。


そう。ノットさんだ。


口をパクパクしたままツインドリルお嬢様はフリーズ。


「ふぅ……理由を聞いても?」


いきなりの展開に動揺した心を落ち着かせる。大方予想はつくけど、念の為聞いておこう。


「別にお前が獣人だからとかは関係ない。お前が魔法に関して相当努力して知識を身に付けたことは認める。特に問題と起こしてないから人格面からも友好関係からも伺える」


え……いきなり褒めちぎられたんですけど?


「な、なら」

「だが」


ジミー君がフォローに回ろうとしたけど、それをノットさんは牽制した。


「魔法使いという点ならば、及第点ところの話では無い。それぐらい分かるだろう?」

「ぐっ……」


ジミー君がたじろぐ。


「ここは拡大的に言えば魔法使い並びに魔法を研究する魔導学者の養成所だ。魔法をまともに使えないクロエははっきり言って、時間の無駄としか思えない」

「そこまで言わなくてもいいじゃん! クロエ君だってすんごく努力してるんだよ!?」


マリンさんが我慢ならんと席を立ち上がり、ノットさんに食いかかる。

それを、ノットさんは毅然とした態度で流す。


「努力でどうにかなることと、ならないことがある。当人にその自覚があろうがなかろうが、生まれたときから得手不得手が決まっている。好きという感情だけでどうにかなるほど魔導の世界は優しくない」

「でも! だからって。あなたに口出しされる言われも、ましてやこんな……目に見えて叩きのめそうとしなくても……」


視点を変えれば、確かにクラスでもトップクラスの実力を持つノットさんが最低クラスの実力しか持たない僕に挑むのは、これからコイツしめるから。って言っているようなものだ。


「マリン嬢。例えるのならば身体の不自由な人が一流の格闘家を目指すようなことなんだよ」

「マイクさん!? なんてあの人の味方をするの!?」

「味方じゃないよ。唯、彼が間違っているとも思っていないだけだよ」

「そんな……キャシーさんは!? キャシーさんだってこんな試合嫌だよね!?」


振られたキャシーさんは閉じてた目を開き、マリンさんを真っ直ぐに見つめる。


「マリン。貴族が貴族足るのはその価値があるからですわ。そして、魔法使いになるにはその価値を示さなければなりません。趣味の範囲、自称ならばお好きにどうぞと(わたくし)は仰いましょう。ですが、ここでは目に見えて格付けがなされます。それはどうしてでしょうか? お分かりですね。この学園において才のない者は通う資格がないということですわ。振るいに掛けられ、心が折れた者はここから立ち去る」


キャシーさんの言葉には説得力はあった。だが、それはマリンさんが望んだものではなかった。


マリンさんは絶句したように立ち尽くす。


「そんな……なんて、あんなにみんな一緒にいて楽しかったのに。どうしてそんなに冷たいことが言えるの!? ね!?」


涙を堪えるその姿はとても小さく見える。


その姿を見て、キャシーさんとマイクさんが鎮痛の面持ちで俯く。


「マイクたちの言う通りなのかもしれない」

「え?」


ここで同意の意思を示したのはジミー君だった。


「な、何言ってるの? ジミー君! あなたが一番クロエ君にお世話になってるし、仲良しじゃんか!」

「だからこそだよ」


ジミー君の確かな一言にマリンさんが固まる。


「俺だってクロエと別れるかもしれないのはつれぇーよ。だけどよ、こいつの将来を考えたら、んなわがまま言えないだろ?」

「そう、かもしれない……けど」


それでも不服なマリンさんだけど、それ以上は続かなかった。


全く、みんな当事者を蚊帳の外にして言いたい放題言いやがって。


『本当は嬉しーくせにぃ〜』


うるさい。


「どうするクロエ。このまま学園を去るならば、俺の方からこの先の仕事先ぐらいは用意しておこう」


先程と打って変わって柔らかい口調でノットさんは言う。


「だが、悪あがきをするのならば覚悟をしろ。俺は相手が誰であれ手加減をしてやれるほど、魔導を極めていないのでな」


鋭い眼光が僕を射抜く。


「クロエ君ぅ……」

「クロエ、お前」

「クロエ君。君がどのような選択をしても私は支持しよう」

「クロエ。あなたはどうしたいんですの?」


席から立ち上がり、スピカを抱き上げる。


ひんやりとした鱗を撫でる。


「魔導戦をしましょう」

「なに?」


場がザワつく。恐らく大半が詰んだと思ったのだろう。僕だって詰んだと思うさ。


……普通の獣人ならばね。


「認めさせればいいんですよ?」

「本気か? 死ぬかもしれんぞ?」


魔導戦で死者が出たことも珍しくない。それを暗に伝えてくる。


「死なないように頑張りますよ」

「……後悔するなよ」


ノットさんは残念そうに言う。


「しませんよ。自分の選択を後悔するのは、全てやり尽くしてからにしますから」


僕は真っ直ぐにノットさんの瞳を見つめ返す。


「そうかよ」


吐き捨てながら教室を出る。


「今日がここに居られる最後の日になる」


僕もついて行く。


「その日はきっと遠い未来の話ですよ」


みんなに見送られながら教室を出た。


「あ、ごめんなさい」


と、カッコつけながら教室を出たら、ツインドリルお嬢様にぶつかってしまった。


「本気ですの?」

「へ?」


不意に話しかけられ、変な声が出た。


「あなたの実力では万に一つも勝ち目もありませんことよ?」


どうやら僕を心配してくれているらしい。


「心配してくれてありがとうごさいます」

「し、心配なんて」

「ですが大丈夫です」

「どうして言いきれますの? 劣等感でいっぱいいっぱいでしょうに」


なんの事?


「例えそうであっても、僕はいきます」

「訳が分からないですわ」

「でしょうね。僕も分かりません。でも、分かることがあります」

「なにかしら?」

「誰に何を言われても、自分のやるべき事は、結局最後は僕自身が決めることだって。そこに他人からの評価など関係ありません」

「そう……あなたはお強いのね」


僕は考え込むツインドリルお嬢様にお辞儀して、後にした。


「強くならなきゃ、わがままを通せないからね」





周囲を多くの生徒が囲う。場所は練習場も兼ねたグラウンド。広大な敷地内にはこういう場所が複数あり、今も僕たち以外のところでは魔導戦が行われているだろう。


ここに居る生徒の大半がうちのクラスの者で、他も他クラスの同級生で占めている。そして、この一戦を評価するための教員が数名ボードと筆を持って待機している。


十メートルほど僕とノットさんが離れて対峙する。


僕は頭の上にスピカを乗せて、体を解す運動に勤しむ。


それに対してノットさんは腕を組み、こちらをじっと見つめている。無駄なことをと思っているのだろう。


「言っとくが俺に勝てても、魔法を使わなかったのならば、それは敗北と変わらない」

「ええ。それで構いません」


戸惑うことなく返した僕に、ノットさんは眉を顰める。


授業では僕はまともに魔法が使えた試しが無いのだからしょうがない。三分ぐらいくれれば最低ランクの魔法ぐらいは発動出来るんだけどなぁ。


「もしこの学園に残りたいのならば、俺を、ここにいる全員を認めさせる価値を示せ」


僕は思わず笑いそうになる。だって、まるでゲームに出てくる試練を与えてくるNPCみたいなセリフだったから。


「準備が整いました」

「そうか……では始めよう」


チラッとマリンさんたちの方を見ると、ジミー君は顔を険しくしてるし、マリンさんは不安そうにしてるし、マイクさんは直立不動だし、キャシーさんも毅然としているけど、手が少し震えているようにも見える。


みんなをこんなにも不安にさせたんだから、しっかり気張らないと。


スピカを手に抱き、始まりを待つ。


「それでは魔導戦を始める。両者、準備はいいか?」


教員が尋ねる。


「準備は出来ています」

「僕も大丈夫です」

「では……開始!」


僕は一気にノットさんに接近する。


ノットさんはその場で魔力を高め、口元を動かす。そして手を前にかざす。


「近付けさせるか! 『火球(ファイアーボール)』!」


一息に中級魔法の『火球(ファイアーボール)』を三つタイミングをズラして放ってきた。


彼は単一属性の火属性のみしか持たないが、その腕前は大人顔負けだ。


肌を焼きかねない熱量の塊を一つ、二つと躱していく。


「かかったな……これでお終いだ。『火の矢(ファイアーアロー)』」


僕が三つ目を躱そうとしたタイミングで、躱す先に、十を超える数の『火の矢(ファイアーアロー)』が待ち構えていた。

みんなの悲鳴が聴こえた。


(このままでは、蜂の巣にされる)


獣人でありながら人並みの身体能力しかない僕には躱せないし、当たったら大怪我するだろう。


「弱点を弱点のままにするわけがない!」


僕は思っきりその場で足を曲げ、魔力を身体中に満たす。


ただ満たすだけではない。その密度を高める。


刹那の時間の中、『火球(ファイアーボール)』が『火の矢(ファイアーアロー)』が迫ってくる。


(一……二……三……)


極限まで加速した思考がこの状況を打破するためのカウントを始める。


(今だ!)


曲げた足をバネのように伸ばしながら地面を蹴る。


火球を数センチ程度の距離で躱し、弾幕のような火の矢の速度を上回る速度で範囲外に逃げる。


「なっ……!?」


必殺だったのだろう。それを凌いだ僕にノットさんは驚きを隠せない表情を浮かべた。


「『身体強化』か」


一発でカラクリを看破するとはお見逸れする。でも少し違うんだよね。


僕は『身体強化』が使えない。そう考えていた。『身体強化』は身体中に魔力を流すことで細胞を活性化させ、本来ならセーブされていた力を引き出す。

でも、僕にはそれは適応されなかった。赤子のころから魔力を全身に流していたことで、身体が異常をきたして、細胞が活性化されなくなったと思い込んでいた。実際、僕はいくら体を鍛えようとしても身体能力は上がらなかった。

でも、違ったんだ。僕の細胞は活性化しないんじゃない。活性化のハードルが高かっただけだった。常に魔力を身体に満たして生活していた為、細胞がそれに慣れ、それが通常だと認識してしまったんだ。


(つまり、身体に満たす魔力量を増やせば良かったんだ)


と、言えば簡単そうに聞こえるが、その行為は膨らんだ風船に更に空気を入れる行為そのもの。少しでも上限を見誤ったら、破裂する。

だから、今までマナたちと共に上限を探っていたのだ。そして、ようやくこの各国訪問に出るタイミングで完成した。

本来なら魔力を身体に満たす『身体強化』は細胞を活性化させる……つまりは100%の力を引き出すための力。身体を鍛えれば鍛えるほど上限が上がるのが特徴だ。

だが、僕の場合はそれに当てはまらない。僕は魔力を満たす量を増やせば増やすほど、身体能力が高くなる。それこそ100%を超えて200%、300%と際限なく上がる。上限が高ければ高いほど上昇量が増える。僕はこれに『闘気』と名付けた。ベタだね。


『獣人の身体の上限を把握するのに少し時間がかかったわね』

『雛ちゃんが居なければもっと時間がかかってましたっ』

『ぶいっ! 雛役に立った?』

(十分すぎるぐらいだよ。みんなありがとう!)

『レイン君。本当に私たちの手を借りないの?』

(うん。出来れば僕とスピカだけでやってみたいんだ。いつまでもみんなに頼りっぱなしだと情けないから)

『そんなこと誰も気にしないのに……うん。分かった! 思っきりソイツ叩きのめして!』

(あはは。善処するよ)


獣人の身体はやはり無理やり僕の身体を書き換えたからか、純粋な獣人に比べると魔力回路がめちゃくちゃで魔力の通りが悪いし、魔力を満たせる上限も低い為、従来の力は引き出せないけど、十分人外の領域の身体能力だ。


「なるほど。確かにそれならば俺の魔法を躱すことは出来るだろう……だが、それでは勝てん!」

「『火球(ファイアーボール)』……平均保有魔力を100と仮定した場合の消費魔力は10。タイプは威力と速度を抑えてその分火球の射程を伸ばした面制圧タイプ。連続ではなく、並列故操作技術のハードルは高くまた、最適化されていない為、消費魔力もおおよそ1.5倍でトータル45の魔力消費。威力は中程度」

「は?」

「『火の矢(ファイアーアロー)』……消費魔力は2。タイプは速度重視による単体では脅威にならない弾幕タイプ。これも連続ではなく並列の為消費魔力1.5倍で発動回数目算10でトータル30の消費魔力。威力は小。……ここまでノットさんのトータル魔力消費量は75になります」

「お前……この状況で俺の魔法を解析したのか?」

「これは魔導戦です。魔法に関することなら全て加点対象になります。ですよね?」

「黙秘する」


教員の人は視線を逸らして答えた。もはや答え言ってるよね?


「それがお前の起死回生の一手か? 例えそれが加点されようとも、微々たるものだろう」

「黙秘します」

「ふざけろ。ならばさっきの数倍の物量で押し潰してやる!」


両手をかざして空中に無数の火の矢の魔法陣を浮かびらせる。


「逃げ場なんぞやらんぞ! 『火の矢(ファイアーアロー)』!」

「虚仮威しを」


僕は向かってきた火の矢をできる限り受けないように体を動かす。


「んっ」

「きゅぅ〜?」

「大丈夫だよ」


火の矢を受けてところどころかすり傷と軽度な火傷を負う。


「今のは威力と速度を犠牲にすることで魔力消費を下げた実用性皆無の魔法ですね? 僕があの程度で臆して逃げたり降参するとても?」

「何故だ? お前が俺に勝てたところで、魔法を使っていないのならば、実質お前の敗北だ。お前のお仲間以外誰もお前を認めないだろう」

「負けるつもりがありませんから」

「減らず口を。……分かった。お前を見誤ったのは俺だ。ここからは手加減無しでいくぞ!」

「手加減出来ないって言ってたのに……本当はお優しいんですね」

「ちっ……!」


(詠唱破棄かぁ……やっぱり手を抜いてたんだ)


一息に火の矢が二桁飛んでくる。


「ふっ!」


僕はそれを縦横無尽に、だけど少しづつ距離を狭めていく。


「させるか! 『炎の窓掛け(フレイムカーテン)』」

「っ!」


あと一歩というところで炎のカーテンに塞がれた。


「炎は火より火力と魔力消費量が跳ね上がり軍事……っ!」


カーテンが無くなるタイミングでノットさんが拳に火を纏わせて突進してきた。


「分析出来るならやってみろ! そんな暇はやらんっ!!」


振りかぶった拳は想像より早く、恐らく未完成だが『身体強化』を一瞬だけ使ったのだろう。


不意を付かれた僕は思わず、後ろに飛び去る。


「引っかかったな! 『炎の爆裂(フレイムバーン)』」


空中にいた僕の着陸地点には大きな赤い魔法陣が浮かび上がっていた。その魔法は任意のタイミングで発動できる範囲指定型の攻撃魔法だ。


まともにくらえば、いくら『闘気』で肉体強度を上げでも大ダメージは免れない。こういう時は『魔気』のほうが相性いいな。『闘気』が火事場の馬鹿力なら『魔気』はパワードスーツだ。


(出来れば一人で決着をつけたかったけど、やっぱり近接戦はパニくる!)


僕は切り札を使うことにした。


「スピカ! 斜め下に魔力の咆哮!」

「きゅ! ……『きゅうーー!!!』」


息を吸って、肺に溜まった空気と一緒に魔力を乗せて一気に放出した。

そうすることで、僕は着地地点を大きく後ろに、魔法陣の範囲外に着地した。

それと同時に眼前の地面が爆ぜ砂埃が立った。


砂埃から影が浮かび上がる。


「そう言えばそのトカゲも居たな」

「トカゲですが、スピカって言います。可愛いでしょう?」


久しぶりに魔力を使ったからか、満足そうなスピカの頭を撫でる。


「テイマーというわけか」

「厳密には家族です」

「ふん。そう言えば獣人というのは家族にこだわる種族だったな」

「そうなんですね」

「は?」

「あっ……そ、そうですそうです。僕たち獣人は家族大事絶対!」


やべ、素で返しちゃった。


「次からはそのトカゲも考慮する。二度同じ手は通用すると思うなよ」

「すみません。もう終いです」

「なに?」


僕は立ち上がり、つま先で地面を二度叩く。


「完成しましたので、終いです」

「……なっ!? まさか!」


地面には極大の大きさの透明な魔法陣が浮かび上がる。


「いつだ! こんな……気付かないわけないだろ!!」


その場から逃げようとするが魔法陣は大きく間に合わない。


「属性魔法ならば気付いていたでしょうね。でもこれは無味無臭無色透明の魔法ですから」

「無属性魔法か!? ならば威力はたかが知れている! 防ぎきって反撃だ!」


僕はまともに魔法が使えない。でもそれは逆に言えば少しは使えるというわけだ。

現在の僕に出来ないのは放出系の魔法だ。大半の魔法は放出系に分類されるし、遠隔操作系も同じカテゴリーだ。

ならば、僕に使える魔法は? 一切放出せず接触し続けることで発動する魔法と魔法陣に魔力を込めることに限られる。


しかも、魔法陣に魔力を込めることも魔力を放出することに分類されるため時間がかかる。


それらを補う為に、僕は戦闘が開始したときから、足に魔力を集中させて、魔法陣を描きながら立ち回りつつ、魔力を込め続けていたのだ。とはいえ、相手も並の相手ではない。最低限かつ最短で描いたものだ。


本来の魔法陣には魔力を溜め込んでおく機能はないが、僕が改変した魔法陣にはそれが可能になっている。これはマナたちの力を借りずに僕だけで作り上げた魔法だ。


「『魔力爆発(マナバースト)』という無属性魔法を僕が改変した魔法……『魔力崩壊(エーテルコラプス)』です。威力はご賞味あれ」


ここら一帯から色彩が失われたような超烈な光が放たれた。


「う、うぉぉおおおおーーー!!!!!」


爆心地でノットさんが雄叫びをあげる。


光が収まり、周りにいた人達がザワつく。


僕は砂煙に向かって歩き出す。


少し歩いたところ、爆心地の中心にてボロボロになって倒れ込むノットさんを発見。


しゃがみこみ尋ねる。


「御機嫌いかがですか?」

「最悪だよ馬鹿野郎。殺す気か」

「ふふふ。確か、しっかりとした返事をしてませんでしたね? 確かに僕は魔法を"扱う"ことは出来ません。ですが、魔法を"使う"ことは出来るんですよ。認めてもらえますか?」

「こんなん見せられて認めないやつはいない」

「そうですか。なら良かった」

(実はこれで威力も範囲も最低限なんですよーとは言えないよね)


今の僕の限界だからね。


ノットさんに手を差し出す。


ノットさんは呆れたように僕の手を掴む。


僕はノットさんを引っ張りあげる。


ノットさんは僕に抱きついてきた……ん?


「惜しいな。お前が女ならどんな手を使ってもものにしたんだが」

「んな!?」


僕の獣耳に至近距離で囁いてきやがりました!


僕が固まっている間に、距離を離す。


砂煙が晴れてノットさんの取り巻きの二人が泣きそうにノットさんに駆け寄り、僕にはマリンさんたちが嬉しそうにまた泣きそうに駆け寄ってきた。

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