105話 魔導学園6
学園に入学してはや一週間。二日の休日を挟んた週初め。
「魔法は基本的に四属性と二大属性の六属性を人間は誰しも一つは保有しているという」
髭を伸ばした白髪の老人先生が黒板に書き込みながら並行して喋る。
「この六属性を〜ノット君答えたまえ」
「はい。火、水、風、土、光、闇です」
「うむ。じゃがなぜ光と闇だけ二大属性と呼ばれておる?」
「解釈の範囲が広大だからです」
「よろしい。その通り、火も水も風も土も、それぞれ一つの存在として理解出来る。だが光も闇も曖昧のもの。太陽の光であったり、魔石の光だったり焚き火の光だったり、暗闇そのものだったり、影だったりと多くの物に当たり前のように寄り添う。どれが光でどれが闇なのかを完全に理解するのは容易のことではない。光は闇と相反し表裏一体で、共存するもの……じゃが、ここに一つ六属性ではないのに、魔力を持つ者ならば誰しも努力で扱える魔法があるが〜クロエ君答えたまえ」
おっと、聴き入ってたら呼ばれた。
「はい。無属性魔法です」
「そうだ。そこでなぜ無属性と呼ばれている?」
追撃来た。
「属性を持たず、純粋な魔力に指向性を与えたもので、やれることは無限大。やれないことも無限大。個々の能力に左右され、不確定な事象を嫌う魔法使い達は無能が扱う魔法と蔑んだのが、語源だと言われておりこの説が一番有力だと少し前まで定義されていましたが、最近では無味無臭無色透明だからでは? と言われており僕はこちらの説を強く薦めます」
「う、うむ。その通りだ……全部言われた」
先生がハンカチで額の汗を拭って、黒板に向き直る。
「クロエ君の言ったとおり、差別の対象であった無属性魔法は、純粋にその特性から付けられたのでは? と言われ始め、我が学園でも無属性魔法を用いた授業を行う取り組みをしている。して、多様性のある無属性魔法にはある難点があるわけだが、マリン君答えたまえ」
「は、はい!」
隣りで聞いていたマリンさんが慌てて立ち上がる。
「えっと、あの……」
「答えられない? あるいは分からないのかね?」
「い、いえ! えっと、無属性魔法は〜確か……え〜っと〜」
「もういい。マイク君」
「はい。無属性魔法は消費魔力量と魔力操作技術の要求レベルが高い為、かなりの努力を積み貸さなければ行使する資格すら得られないのが難点です」
「その通り。本来なら汎用性が高いことから単属性のみしか持たない魔法使いに……」
先生が黒板に向き直り書き始めたので、そのタイミングでマリンさんに話しかける。
「大丈夫ですか?」
「うぅ〜分かってたんだよ? 分かってたのに、頭が真っ白になって……」
「しょうがねぇーよ。俺たち平民からしたら、ああやって注目されることのほうが稀だし。緊張で頭が真っ白になるぐらい誰でもなる」
「そうですそうです! 僕だってよく記憶飛ぶぐらいパニックになったりしますし!」
「クロエ。それフォローになってねぇーぞ」
授業はまだおさらいと常識レベルのものばかりでみんなそこまで苦戦していないけど、これからより高度な授業になるならば、かなり本気で取り組まないと一瞬で置いてかれるだろう。
「それにしても、クロエお前、詳しかったな」
「あ〜そうだよ! いつもはビクビクしているのに、すっごいビシッとしててビックリしたんだから! 私がテンパったのもクロエ君のせいだぁ〜」
「いひゃい! いひゃい! ほっへふぉふふぇないふぇ〜」
「ちょっとそこ! 授業中ですわよ! 羨ましいですわ! 私にも触らせてくれまし」
「あはは。キャシー嬢、本音が出ているよ」
そりゃあ、こちらには魔法の専門家がついているんだ。基本知識ぐらいは叩き込まれている。
なんだかんだで学園生活を僕は大いに楽しんでいた。
*
「なあ、今日も街にいくのか?」
学園生活を二週間過ごし、ある程度みんなの生活リズムが出来上がったタイミングで、ジミー君がホームルームの後に話しかけてきた。
「はい」
僕は机の上で眠っているスピカを抱き上げながら答える。いつも服の中だと息苦しいし、退屈だろうと最近は抱き上げて行動している。注目はされるけど、それも少しは慣れた。
「なら、今日はついて行っていいか?」
「構いませんよ」
「おお! 助かるぜ。実は街を一度も見て回ってなくてな。土地勘が無いんだ」
「この都市は広大ですからね。僕もまだ行っていない場所が多いので散歩が楽しいですよ」
「田舎の村出身には広すぎて肩身が狭いぜ」
「何かお買い物したいものが? できる範囲でご案内しますよ!」
「あ、それは、街に出てから話してもいいか?」
「……分かりました。行きましょう」
「あ! 二人して街に行くの!? 私も行きたいぃ〜」
身支度を整えていたマリンさんが声を上げる。
「マリン嬢。どうだい? 第一食堂のデザートでも、もちろん私の奢りさ」
「デザート!?」
「うふふ。平民の方だと行きづらい場所ですもの。私もご同伴しても」
「ああ、もちろん誘うつもりだったよ。さあ、行こうかマリン嬢」
「貴族寮のデザート!」
二人が気を利かせて、マリンさんを連れてってくれた。まだ短い付き合いだけど、既にこの五人で行動することも多くて、貴族相手だと萎縮するマリンさんやジミー君もキャシーさんとマイクさんなら、普通に喋れるようになった。
「二人にはお見通しってことか」
「まあ、日頃のジミー君を見てれば、何となく用件は察せるかと」
「クロエお前もか」
「友達のことですから」
僕はジミー君を引き連れて、学園を出た。
「それではお仕事を探していると?」
「まだ何も言ってないのに……やっぱりバレるか?」
「いつもお腹空かせていますからね。僕たちが奢ると言っても頑なに断るし」
「だ、だって、それってただのたかりじゃねぇか。俺はお前たちにたかるためにダチになったんじゃねぇ」
「ふふふ。そういう義理堅いというか生真面目というか。そういうところが人に好かれる理由だと思います」
本当にジミー君は気が利くし、フォローも上手いし、自分より他人を優先するしで、優しさで出来ているような人だから、僕たちも助けてあげたいって思っちゃうんだよね。
「それでどういうお仕事がしたいんですか?」
「村にいた頃は、畑仕事してたから力仕事は得意だ。それに計算も。野菜の売上とか納税も他人に任せるとぼったくられるから、自分でやってた。うち、父ちゃんがそういうのにズボラだったから」
「計算が役に立って、力仕事ですか……パッと思いつくのは大工さんでしょうか? でも、僕たちは学園の生徒です。朝から夕方まで働く大工さんとは生活リズムがかみ合わないし、細かい調整に対する技術も会得に時間がかかりますから難しいですね」
「そ、そうなのか……俺も力仕事って大工だって思ってたから」
「後は冒険者に登録して、最低ランクのクエストなら何か受けられるかも知れません。下水道掃除とか街の人達のお手伝いとか」
「いいじゃねーか! 冒険者になる! 俺、小さい頃は冒険者に憧れてたんだ!」
「ですよね! 冒険者はロマンです! ……こほん。でも問題点が一つ」
「な、なんかあんのか?」
「高ランクのクエストなら多分、競争率は低いと思うのですが、誰でも受けられる低ランクのクエストは冒険者として生計を立ててる人達からしたら命綱だと思うんです。ですので中途半端に割込めば相手の怒りを買うのかもしれないし、何より安定して稼げるものでもないと思います。クエストだっていつも同じものが張り出されているとは限らないですから」
「そ、そうか……これもダメかぁ」
「働けるのも夕方以降がメインだと尚更良いクエストは残っていないでしょう」
ジミー君はガクッと肩を落とす。
冒険者に関してはスーニャがそうだったし、今の星の騎士団は全員冒険者として活動している為、ちょくちょく話を聞いた上での推測だ。
ジミー君の肩に手を乗せて励ます。
「実は本命があるんです」
「え!?」
ニヤリと笑う僕に、ジミー君が驚いたように顔をあげる。
「付いてきてください。ジミー君を雇ってもらえるかもしれない場所があります」
「お願いします! クロエ先生!」
「先生って……もう、都合いいなぁ」
少し元気になったジミー君を僕の行きつけの店に連れてった。
「ここは……酒場?」
「はい。ウィグルの酒場です」
「俺、酒場で働くのか?」
「会計での計算。ウェイターとしての力仕事。それに酒場は夕方以降がもっとも忙しい時間ですし、賄い飯も頂けるかもしれません」
「おおー! まさに俺にピッタリの仕事じゃねぇか!」
歓喜に震えるジミー君に少し厳しいことを言う。
「ですが、逆に言えば即戦力を求めているとも取れます。ジミー君がヘマすれば即クビということになるのかも……」
「ゴクリ……」
「さすがにそんなに理不尽ではないでしょうけど、仕事である以上対価に見合う働きはしなくては行けません。ジミー君にはその覚悟がありますか?」
少しキツい言い方したけど、酒場の親父さんには既に話はしてある。知り合いの紹介だからと生半可な態度を取られては困る。
もちろんジミー君はそんな人ではないことは分かっているけど、そういうのは抜きに考えないといけない。責任持って紹介するのならば、責任持って働いてもらわないと困る。
ジミー君は数秒目を閉じる。
そして、再び目を開いた時には、力強い光を宿していた。
「やるよ。ここまでしてもらって、これ以上甘ったれたことはしねぇ。やるからには全力だ!」
「分かりました。では参りましょうか」
「おう! かかってこい!」
「ジミー君うるさい」
「ご、ごめん」
酒場の扉をくぐり抜けると、相も変わらず賑やかで暑苦しかった。
「あ、クロちゃんいらっしゃーい! カウンター空いてるよ〜」
「ありがとうございますメルモさん」
ウェイターとして世話なく走り回る看板娘のメルモさんにお礼を言い、カウンターに向かう。ジミー君は緊張でカチカチに固まっている。
「親父さんこんにちわ」
「まだお前に娘をやるって言ってねぇーぞ!」
「貰うとは一言も言ってませんよ!? ……て、何度このやり取りをするつもりですか?」
「がはは! おう、いらっしゃいクロ坊。相変わらずちっせぇーな? 飯食ってねぇーのかぁ?」
「毎日食べに来ているでしょう? むしろ最近体重増えた気がします」
気がするだけで、増えてない。雛が教えてくれました。
「おうおう。もっと食え。男ならたらふく食って、メルモを養え!」
「さりげなくメルモさんを養わせないでください!」
「んて? そこの坊主が前に言ってたやつか?」
ニコニコしていた親父さんが、一転して鋭い眼光をジミー君に向ける。ここからは仕事のお話だ。
「……メルモさんは養いませんよ?」
「ちっ……」
「舌打ちしない! そうですよ。僕の友達のジミー君です」
「ジ、ジミー君って言います! よ、よろしくお願いしますですはい!」
「ジミー君……緊張し過ぎですよ。いくら親父さんが人を解体してそうな極悪な風貌だからって……」
「クロ坊てめぇ! 言い過ぎだろ! それにさっきから人が珍しく真面目くさった顔をしてるってのに!」
「変に威圧しないでください。奥さんに言いますよ」
「ふざけんな! それで、坊主はどれぐらい働いてくれるのかなぁ〜」
撫で声になったぞ。
こんな風貌でも奥さんが怖いって言うんだから。
「はい! 学園が終わってからなら、日が変わるまでやります! 休日な丸一日!」
「学園では門限がありますが、苦学生用にお仕事が許されているんです。ですので申請すれば夜の十一時ぐらいまでオーケーです。あ、学園にはジミー君のこと申請しときましたよ」
「本当か! ありがとう! って、用意良すぎないか!?」
こうなるだろうなぁって思って数日前にレーズン先生に申請しといた。
「よし! なら後は、坊主の気合いだけだな。おめえどんぐらい仕事に命賭けられる?」
ゴゴゴってトーンが貼られそうな威圧感を醸し出し、ジミー君にガンを飛ばす。悪の親玉みたいになってる。
今度は、茶々を入れない。ジミー君がここで働けるかは、本人次第だ。
ジミー君はその目を睨み返すように眼力を強め、言い放つ。
「死ぬ気で!」
親父さんが笑う。
「死ぬ気のやつなんかいらねぇーよ」
「え?」
ジミー君が戸惑う。
「生き抜く気で働け」
親父さんが煙草を取り出して火を付けようとする。
「は、はい!」
ジミー君が涙ぐみながら元気よく返事する。
「あんた! なーに、仕事中に煙草なんて吹かせてるんだい!! ちょっと来な!」
「ちょ、まって母ちゃん、今俺の一世一代のカッコイイところなんだから!」
「カッコつけないで働け!」
「堪忍だよ〜母ちゃ〜ん」
「ふふふ」
まるで漫画みたいな展開に思わず笑ってしまう。
「なあ、俺はどうなるんだ?」
「採用ってことでいいんじゃないですか?」
「い、良いのか?」
良いんじゃない? 親父さんも採用する気満々だったみたいだし。
とりあえず娘のメルモさんに伝えておこう。
「メルモさーん!」
「はーい! ってクロちゃんどしたの?」
「彼、これからメルモさんの舎弟になりましたので、ビシバシこき使ってお給料あげてくださいね」
「おお! 君が期待の新人だね!」
「え? は、はい! これからよろしくお願いしやす!」
「うんうん! 元気いいね! これからよろしくね!」
「今日から入れるので、どうぞ連れてってください」
「オッケー! んじゃ、とりあえず空席の食器を調理場に運んちゃって!」
「了解っす!」
そのままジミー君はメルモさんに連れていかれた。
僕は一人カウンターに座り、ニタリと笑みを浮かべる。
「これで下校時はジミー君が一緒だ♪」
「きゅぅ〜」
「あぅ〜そうだねえ〜スピカも一緒だもんねぇ〜」
大人しくいてくれたスピカが甘えてくる。可愛い。
『ね、ね。ウチらの主人病んでない?』
『久しぶりに友達が出来て、舞い上がってるのよ』
『村にいた頃ぶりだもんねー!』
『そう言えば、ご主人様の村の頃のお話あまり聞いてませんでしたっ!』
『あ、そう言えば〜私も聞いてな〜い』
『良い機会ね』
『うん! 今日はいっぱいお兄ちゃんのお話しよっ?』
『それはいつもでしょう?』
『あ、そっか。えへへ』