102話 魔導学園3
始業式が行われる大きな講堂にジミー君に連れられ向かう。
周囲は食堂ではあまり見かけなかった同級生の人達が、緊張したら面持ちで歩く。僕も前世の始業式は朝食を食べられないぐらい不安でいっぱいだったから気持ちはわかる。
まあ、不安は的中して友達一人作れなかったけど。
でも今度は幸先がいい。ジミー君という連れを得られた。これからゆくゆく友情を育んで友達になれたらいいなぁ。
お昼誘ってもいいかな? ジミー君って、紳士だし気さくだから友達たくさん居そうだし、迷惑にならない? 付きまとって嫌われないように、一日に話しかける回数を決めた方がいいのでは? ジミー君お金に困窮してるみたいだから、お昼は僕が出すならどう? ……いや、ジミー君そういう施し好きじゃなさそうだよね。なにせ紳士だし。恩返しという押し付けがましい理由で奢るのも嫌だろうし。うーむ、友達との接し方はやはり僕には難しい。
マミ達みたいに同じぐらいの年頃なら、大人視点で対応出来なくないけど、肉体年齢が上のジミー君には使えないし恩人補正もあってますます下手に出てしまう。
『レイン君、恋する乙女なんじゃないかってぐらいジミーのこと考え込んでいる』
『そんなに拗ねなくても、彼はしっかり女の子が好きよ』
『はっ!? 拗ねてないし!? 変なこと
それ以上言うならあの二人みたいに氷漬けにするわよ!?』
『はいはい』
『返事が雑ぅ!』
『それより、そろそろあの二人を氷から出してあげましょう。寒そうよ?』
『はーい。これで懲りたらいいけど』
『多分無理ね』
どん! と背中から何かがぶつかりそのまま倒れ込んでしまう。
「わっ!」
「クロエ大丈夫か!」
「はい、大丈夫です」
「おい! どこ見て」
「あ?」
「き、貴族……」
目元まで髪で覆われた少し猫背っぽい青年は、制服にバッジをつけていた。貴族派が勝手に作り広めたのが始まりで、今ではこの学園に通う貴族は皆、このバッジをつけて平民との格の違いを主張している。
『バッジで格の違いを見せるとか、代紋付けたそのスジの人達みたいね』
あのゲームシリーズ面白かったよね。
って、そんなことを思っている場合じゃなくて、ジミー君が言葉を詰まらせている。心境的には、貴族だから歯向かったらいけない気持ちと、僕を突き飛ばした人に謝ってもらいたいという気持ちがせめぎ合っているのだろう。
よし、ここは僕が動こう。
伊達に神子をやってない。お偉いさんの対応は少しだけ得意だ。
立ち上がり発言しようとしたその時。
「貴族たる者、弱きを助け導くべし」
「は?」
遠回しに僕達を見ていた生徒たちから、一人の生徒……女性が扇で口元を隠しながら優雅に踏み出した。
「これはマクベル家の家訓ですわ」
「マ、マクベル家っ」
「それ以上、貴族としての格を下げるというのならば私がお相手をして差し上げますわ」
「……ちっ。もういい」
ポケットに手を突っ込んだまま、青年は人混みをかき分け立ち去って行った。
「マクベル……だと!?」
「知っているんですか?」
「知らん」
「おい……はぁ〜。マクベル家はアースガル騎士国の辺境伯ですよ。剣聖と共に多くの戦場を共にしてきた英雄の一族です」
「へぇ〜クロエ。お前詳しいな」
「まあ、聞きかじった程度ですよ」
調子が戻ってきたジミー君と話していると、マクベルの令嬢がこちらに近付いてきた。
「この度は助けていただき誠にありがとうございます」
「いいえ。むしろ申し訳ないですわ。あのような態度をする貴族が居るとは」
「国も違えば風習も違いましょう。アースガル騎士国の貴族の方々はとても勇敢で民に優しいことで評判ですから」
「あら、嬉しい。行ったことがあって?」
「はい。数日程度ですが、非常に良い体験をしてもらえました」
「そう。アースガル騎士国の者として、これ程までに嬉しい言葉はないですわ」
深々と頭を下げ、褒めちぎる。これぞ社会人。
「それにしても……」
「は、はい?」
ずずっと、僕ににじみ寄る。その瞳には僕のケモ耳がロックオンされていた。
「あなた獣人さんだったのですね」
「あ、はい」
もしかして獣人NGな人? と、思っていたら、彼女はおもむろに僕のケモ耳に向かって手を伸ばしてきた。
「あ、あの?」
「どころであなたお名前は?」
「ク、クロエ……って、い、いいます」
目がなんか怖いぞ! 退くべきか? でも助けてくれたし。
と、迷っていたら、ついに触れられた。
ビクッ!
(そういえば、初めて人にさわら……っ!?)
体全身に電気が走ったような感覚に陥った。
「は……へ?」
体に力が入らない。
「はぁ……はぁ……もふもふ……もふもふ……ふふふふ」
「や、やめ……」
一心不乱に僕のケモ耳を撫でくりまわす令嬢を押しのけようとするけど、やはり力が入らない。
『なるほどね。獣人にとってのウィークポイントはケモ耳なわけね』
『この感じならシッポもかな?』
『お兄ちゃんのシッポも敏感になってるみたいだね』
『猫耳メイドになるべきでしょうか!?』
てか、こういう時、助けてくれそうな紳士は何をしているの!?
ジミー君の方に目を向ければ、鼻を押さえてこちらを凝視……助ける気配がねぇー!
「いいかげへんひぃしぃへぇ〜」
呂律も回らなくなってきた。崩れ落ちそうになっても、令嬢ががっしり抱きかかえられてしまった。
もう、どうなっていいかな〜? と思考放棄しそうになったそのタイミングで、鐘の音が響き渡る。
「って、こんなことしてる場合じゃあねぇ! もう始業式始まっちまうぞ!?」
「はっ! ……わ、私としたことが」
周りで物見していた生徒たちも慌てて講堂に向かって走っていった。
「早く行くぞクロエ!」
「ちはらがはひらなぁ〜ぃ」
「こうなったら!」
「きゃ! あなた淑女を抱っこするなんて! なんてはしだない殿方!」
「こいつは男だぁー!!」
「へ? えっ……じゃあ、私は公衆の面前で、い、異性のお身体にあんなことやこんなことを……!?」
いや、同性でもアウトだと思うけど!?
その場で固まった令嬢を置いて、僕はジミー君に抱っこされて、そのまま講堂に急いだ。
*
なんとか、講堂での始業式に間に合い、学園長こと賢者様と、生徒会長の話を聴き終えたあと、僕とジミー君は教室の方に移動した。
掲示板に貼りだされていたクラス別を見れば、どうやらジミー君と同じクラスのよう。この数千人規模の学園では一学年千人近く存在し、全学年のクラス数だけでも100クラスぐらいはある。
一学年30クラスぐらいある中で、同じクラスとはかなり運がいい。
「おお! これからもよろしくな! クロエ!」
「はい! これからもよろしくお願いします!」
二人して喜んだ。良かったジミー君も喜んでくれている。
クラスに入ると、そこは大学のように扇形の机が中心の黒板を囲うような並びかつ、段差により後方が一番高くなっている。
(そして明らかな境目……後方を貴族が陣取り、前方を平民が寄り集まっている感じかぁ)
中央の席には誰も座らない。というより場の空気的に座れない感じ。
後方の貴族たちはふんぞり返り、周りの人達と語り合っているが、平民の方はヒソヒソ話で既に萎縮されている。
「さて、どこに座る? って言っても、前側はほぼ埋まってる訳だが」
「……仕方ありません。中央に座りましょう」
「お、おう……席順とかあれば良かったのにな」
「確か、貴族派がその制度を廃止にしたそうですね」
「徹底的だな」
「ですね」
僕たちは果敢というよりも、仕方なく中央の空席につく。もちろん、周りからは注目の的だ。
『というよりは、あなたの耳と尻尾が気になっている人もいる感じね』
(おのれ、学園長……! 今度会ったらチクチク愚痴ってやるぅ!)
席に着席すると同時に、扉から女の子が入ってくる。入ってきた瞬間、状況を理解したのか、うへって感じの顔を一瞬だけした。
きっとさっきの僕達も同じ顔をしていたのだろうことから、ジミー君と顔を合わせて苦笑。
女の子はそれは同じく、仕方なしと僕たち席のところまで上がってきた。
「えっと……隣りいい?」
「はい。もちろん」
「ああ。いいぜ」
3人とも同じような気持ちなのか、既に同士にも似た感情をお互いに抱いていた。
奥はジミー君、僕で、その隣りに女の子だ。
「あ、私ね、マリンって言うの。よろしくー」
「僕はクロエって言います。こちらはジミー君です」
「言われたがジミーだ! よろしくな」
「よろしくー」
人見知りしない性格なのか、握手を気軽にしてきた。
容姿は茶髪のポニーテールで、笑顔が可愛らしい女の子だ。
見知らぬ女の子と握手したことで、少し心臓がドキドキしているけど、頑張って笑顔を維持する。
「それにしても……私初めて獣人を見たよ!」
「そうだろうな。俺も初めて見たよ。冒険者とかが多いところだと珍しくないらしいが」
「みたいだねー。獣人って魔法が苦手って聞いたけど、どうなの?」
「えっと……はい。すんごく苦手です」
少なくても今の僕は魔法がマトモに使えないのは、事実だ。
「やっぱり! でも、じゃあなんて、ここに? あっ! ごめん! 変に勘ぐっちゃって……」
「いいえ。気になって同然です。僕自身は魔法はあまり使えないのですが、魔法が好きなので……少しでも詳しくなれたらなぁって」
という設定を前もって考えておいた。実際、僕は魔法が大大大好きなのだから。嘘は言っていない。
「そうだよな。魔法が好き。それだけで十分だよな。動機なんかは」
「うんうんっ。クロエ君、私応援するね!」
「ありがとうございますお二人方」
温かい目で見守られている。気恥しい。
「っ……!」
その時、教室の扉の方から息を呑むような声が。
「あ……」
僕は思わず声をこぼした。
なにせ、そこには扇を口元に寄せている令嬢が立って僕を凝視していたのだから。
「ひっ」
僕は思わず両耳を抑える。
よみがえる記憶から、あの時の触れられた感触を思い出してしまう。
『なんか、調教されたあとばったり会っちゃったみたいなシチュエーションだね〜』
(澪さん!? どこでそんなマニアックな知識を!?)
『レイン君のむふふなゲームからだけど?』
(おうまいがー)
ほんの出来心がこんな形で、心を抉ってくるとは。手をなさなければ良かった。結局ああいう女の子にオラオラする系のジャンルは合わなかったし! 好意を抱いてくれている女の子に、酷いことをするとか何様だ! って思っちゃう。
って、違う違う。今の状況をどうしよう。
令嬢は僕の反応に頬を赤らめて、そのままスっと背後の貴族たちの席についた。
……僕の背後の席にだけどね!?
「じー」
「……」
すんげぇー視線感じるんですけど!?
つんつんと、脇腹をつつかれた。
「……なんかあった?」
マリンさんが小声で訊ねてくる。
「……なにかはありましたけど、言いたくないですぅ」
「……ちゃんと責任取りなよ」
「そういうなにかじゃありませんよ!?」
「がはははっ!」
僕が必死に拒否すると、ジミー君が思いっきり笑いだした。おのれ!他人事だと思いやがって。
「おい……うるさいぞ、平民」
ビクッ! と、僕とジミー君、マリンさんは固まる。なにせ、後方に座る貴族からの発言だからだ。
恐る恐る、背後を振り返ると、少し離れたところで二人ほどの貴族の男子生徒を傍に置いた、オーラのある貴族の子息が足を組んでこちらを見下ろしていた。あるいは見下していた。
「あら、いいじゃありませんか」
そこで一声。そう、令嬢さんである。
「……なに? お前、貴族のくせに平民の味方をするのか?」
ドスの効いた声にも令嬢さんは、優雅に扇をパタンと閉じて子息のほうに視線だけを向ける。
「見方も敵もありませんわ。この学園において貴族も平民も同じじゃなくて?」
「平等ってか? はん! お前だってバッジを付けてるじゃねぇーか」
貴族という証のバッジのことだ。
「あら、これって最初から着いてたからどんな役割かと思えば、そんなくだらないものだったんですの……えい」
(((は、外した……!?)))
「どういうつもりだ?」
額に血管を浮かせた子息が吠える。
それに対して、令嬢はバッジを手の中で弄びながら答える。
「いえ。不必要のものだと思いまして」
「不必要? 貴族と平民を分けるこのバッジが?」
「ええ」
「お前、貴族の誇りはないのか?」
令嬢は扇を開き口元にあてる。
「ありますわ。ですが、それは己の威光をひけらかすものではなく、一族に恥じぬ行いをするためのものですわ。貴方は違いまして?」
「ちっ……くだらねぇ」
そう言って、子息はこちらから顔を背けた。
令嬢さん大丈夫なの!? 貴族なのに貴族と敵対したら孤立しちゃうよぅ!?
しかも、原因が僕たちだ。
ジミー君は困った顔をしているし、マリンさんはあわあわしている。ここは僕が動くか。
「あの……」
「あら。なにかしら?」
先程までの、子息に対する棘ある態度から一転して、まるで友人に話しかけるかのように柔らかい声音だ。表情も柔らかい。
「先程はありがとうございました」
「ふふ。同じことを言いますけど、むしろこちらの方が申し訳ないぐらいですわ。この程度のことも寛容に対処出来ないとは」
一瞬だけ鋭い目付きで子息を睨むが、すぐに僕に視線を戻す。
「ならば、僕も同じことをいいますけど、国も違えば風習も違いましょう」
「ふふふ。ありがとうございます」
「あはは。こちらこそ」
なんか仲直り出来た。いや、喧嘩してたわけじゃないけどね。
「そう言えば、家名は名乗りましたけど、私の名前を名乗ってませんでしたね。キャサリンですわ。クロエ」
そう言えば聞いてなかった。
「分かりましたキャサリンさん」
「キャシーでいいですわ。親しい方々はそう呼びます」
「は、はいキャシーさん」
いきなり愛称はハードルが高いぞ! でも、断れない。
「そちらのお二人方もこれからよろしくお願いしますわ」
「あ、ああ。よろしく」
「よ、よよよよろしくお願いします!」
ジミー君は戸惑い、マリンさんは緊張から噛み噛みになっている。
「そんなに緊張しなくても、これからは同じ教室で勉学を励むのですから。どうか、気楽に」
「お。おう!」
「う、うん!」
キャシーさんすんげぇ聖人じゃん。こんな貴族が居るとはね。今まで色眼鏡で見てた。
『これまでの国々の貴族たちはみんな下心丸出しの人が多かったからね〜』
澪の言う通り、そのせいか、ただでさえ前世のファンタジーの貴族補正もかかって、できるだけ関わりを持ちたくなかったんだ。
「で、でもキャシーさん。大丈夫なの? 同じ貴族にあんな態度取っちゃって」
マリンさんが恐る恐る訊ねる。彼女は割とズカズカ踏み込むなぁ。
「そうですわね。もしかしたら貴族たちからなにかされるかも知れませんわね」
「えっ、じゃあ、大変じゃないですか!?」
マリンさんがてんやわんやして、それを見てキャシーさんが微笑む。
「そもそも私は魔法を学ぶ為にこの学園に来ましたの。貴族の繋がりとかしきたりとか正直どうでもいいですわ」
「ええ〜」
「それに……」
「それに?」
そこで言葉をとめてニコリと微笑む。
普通の笑みの筈なのに、背筋が凍った。
「何かしてきたのならば、返り討ちにしてしまえばいいのですわ」
(((ひ、ひぃ〜。お、おっかないっ!)))
三人揃ってビクついていると、キャシーさんがベロって可愛らしく舌を出した。
「冗談ですわ」
(((嘘だぁ〜!)))
こうして、僕は三人もの友達を初日に獲得出来たのであった。