101話 魔導学園2
制服に着替える。もちろん尻尾がはみ出るやつだ。
「ズボンの後ろ側にもチェックが着いている感じなんだね〜」
全面はチェックで、背後は紐で結ぶやつと、創意工夫が施されていて、好感が持てる。
「うむ……ブレザーだ」
黒のブレザーの上に、短めのマントのようなフード付きのものを羽織る。
「フードを被れば、ケモ耳が隠れるね」
「きゅぅ!」
「あ、おはよう〜スピカ」
起きがてら突進してくる黒いトカゲに扮したスピカを抱き上げる。
「不思議。見えてないのに、翼がちゃんと付いてる」
「きゅぅ〜♪」
翼の根元辺りを撫でるとスピカは気持ちよさそうに鳴く。
「目立つのもなんだし、制服の中に入っておく?」
「きゅ!」
まだ小さい為、こうやって僕の服の中に潜り込むことも出来る。
お腹辺りにくるまりじっとしている。
「あ〜そう言えば、今の僕って魔力の放出系がすんごく苦手になっているんだっけ?」
獣人は身体能力が高く魔力量も多いが、その代わり魔法を使うのが苦手で、基本的な魔力の使い方は身体強化一択。しかも、大半の獣人は成人するまでに、自然と身体強化を身につける生粋の戦闘民族だ。
「ま、獣人になっても微塵も身体能力が上がらないし、身体強化も変化無しの僕には無関係なんだけどね!」
痛みを我慢して獣人になっても、その恩恵はケモ耳と尻尾だけというね。魔法もまともに使えないし、むしろ大幅な弱体化だよ。
「まぁ、弱体化に関しては、マナ達のお陰で解決出来ているんだけど」
余程のことがなければ、とっておきを使えばどうにでもなろう。
時計を見れば七時過ぎ、入学式まであと、一時間ほど。
「そう言えば、学食が食べられるんだけっけ? 朝食を食べるがてら食堂にでも行ってみよう」
お腹の辺りでくるまるスピカに、頑張って魔力を放出して与える。スピカは普通のご飯も食べられるけど、断然僕の魔力の方が良いらしい。
食堂に向かう為に、僕は部屋から出た。
*
男子寮からほど近い場所に、食堂が設けられている。
この学園には五つの寮と食堂がある。
一つ目が僕がお世話になる第二男子寮。これは平民の男子が住む場所だね。
二つ目は第一男子寮。貴族の男子専用。
三つ目は第一女子寮。貴族の女子専用。
四つ目は第二女子寮。平民の女子専用。
最後は教職員専用寮。
食堂もそれぞれ寮の傍に一つ建てられていて、基本的にその寮に住む人達専用みたいなもの。校則で他の食堂を使ってはいけないというのはないから、好きな場所で食事出来るけど、基本的にはしないみたい。
そもそもの話、本来貴族専用などは無かったけど、ほら、資金力の差や支援金などで、やはりより良い生活をして欲しいと思っている親御さん達がこの学園のスポンサーについてるからね。
前までは大商人の子供も第一男子寮や女子寮などに住めたけど、貴族の子達が勝手にルールを付け出したことで、貴族専用みたいになっちゃったみたい。
そんなわけで貴族寮の方の食堂は高級レストランみたいに豪勢で、平民寮は大衆食堂みたいに差がある。
もちろん、心は小市民な僕は今後、貴族寮の食堂に近付くことはないだろう。そこまで食に拘りがないからね。口に入れられるものなら大抵美味しく感じられる庶民舌です。
「それなりに人がいるね……」
食堂の入り口から中を覗き込むとそれなりの人数が朝食を味わっていた。ネクタイの色で学年が分かるため、大半が上級生だと丸わかり。
(い、行きずらい……!)
アウェイ感ぱない! もう、食事取らずに部屋に戻ろうかなぁ〜とか思ったりするけど、お腹が空いてます。
獣人になったからか、いつもよりお腹が空く。
「……しょうがない。ここは僕が学生の頃に生み出した奥義を使う時だね」
甦れ前世の記憶! あのボッチの学生時代を乗り越えたスキルをここで使うのだ!
「すぅ〜……ふぅ〜」
少し屈み、目を細め視野を一箇所に定めず、全体をぼんやり捉える。そして、目には見えない空気の流れ、視線の流れ、人の流れを直感で読み、その合間を縫うように食券販売所の前まで足音一つ立てずに辿り着く。
「ミッションコンプリート」
『え……いまどうやったの? 私から見ても気が付いたら移動していたように感じたわ』
『お兄ちゃん忍者だ! ジャパニーズ忍者だ!』
『これが……ご主人様の奥義! すごいですっ!』
「ふっ……他愛ない」
なに、僕が本気を出せばこんなもんよ。
『みんな〜勘違いしないでー。ただボッチを拗らせただけの変態スキルなんだから』
やめてよ。僕のライフはとっくにオーバーキルだよ!?
『そもそも学園生活にステルス能力要らないでしょ。むしろ邪魔になるし。どう考えても友達作るのに不必要』
ぐほっ! やめろ! やめてくれよ! 死体蹴りして楽しいのかよ!?
澪が辛辣ゥ〜。
『まあ、そうね。それより早く食券を購入しましょう? 硬貨を入れると食券が出てくるみたいね』
『食券販売機を魔導具で再現してるのですね!』
『完成度高いなおい! ……だっけ?』
『雛ちゃん、それ違うネタ』
みんなに催促されて、料理の一覧を前のめりになりながら見つめる。
(むむむ。三十品ぐらいあるから悩むね)
ランチから軽食、ガッツリ系、肉系魚系野菜系など多種多様だ。
「よし! これだ!」
と、僕は大銅貨二枚を投入口に入れる。大銅貨一枚は、日本円換算で千円だから、二千円の料理になる。かなりリッチでございます。
排出口から食券が出てきて、受け取る。
「うふふ……楽しみ」
と、嬉しく顔を上げれば食堂に居た人達の視線が僕に向けられていたことに今気づく。
「へ……?」
ドクン! 鼓動が加速する。脳に血が上り、顔が火照る。
(な、な、ななななんで注目されていらっしゃられますかぇぇぇ!?)
パニック。ステルスは完璧だった筈!
どうして!?
「あ、あう……」
視線を僕に一斉に突き刺さり、思わず後ずさる。
これが普通の格好をした人達ならここまで動揺しなかっただろう。
でも、彼らは皆、制服を着ている。
否応にも、前世のボッチの学生時代の頃がフラッシュバックする。
『落ち着きなさい! 今のあなたは一人じゃないわよ! ご主人様っ!』
『お兄ちゃん! しっかりして!?』
『ご主人様っ! しっかり!』
『レイン君になんの用なのあんた達!? 私が全員凍らせてやるわ!』
『澪! あなたも少し落ち着きなさい!』
「は、はふ……はふ」
「きゅっ!?」
あ、あれ呼吸が上手くできない?
胸の辺りを手で押さえる。
(く、くるしい……)
「は……ふ……は……」
「はーいはーいちょいと失礼!」
「……へ?」
みんなの視線を遮るように僕の正面を覆い隠すように一人の男性が現れた。
「ほら、深呼吸!」
「は、はふ」
「ゆっくりすって〜はいてぇ〜すって〜はいて〜」
「は、す、すっ……ふぅ……すぅ〜……ふぅ〜……」
背中をさすられ、何とか深呼吸を繰り返す。
動悸が収まりはじめる。
呼吸が楽になった。
「大丈夫か?」
「あ、は、はい……ありがとうござい……けほ」
「あーほら、いきなり一気に喋ろうとするから」
「は、はい……すみません」
「いいって、気にすんなよ。同じ新入生なんだしさ」
「あ、そのようですね」
改めてその男性を見ると、かなりガタイの良い、凛々しい顔立ちをした制服を着込んだ十代後半の男性であった。
「あ、俺の名前、まだ名乗ってなかったな。俺はジミーって言うんだよろしくな! あ〜っと」
「レ、クロエと申します。よろしくお願い致します」
「おうおう、ご丁寧にどうも! もっと適当でいいぞ?」
「す、すみません。これが通常ですぅ」
初対面の人にはデフォルトで敬語固定なんだよね。ましてや助けてくれた恩人なわけで。
「難儀な性格してんなぁ。そんじゃ、時間もあんまねぇーし、一緒に飯でも食うか!」
「あ、はい!」
ジミーさんに連れられ、食堂のおばさんに食券を手渡し、料理を待つ。
その間に、何故あんなに注目を浴びたのかを考える。
「どうして? 目立つようなことは何もしてなかったのに……」
「いや……目立ってたぞ?」
「へ?」
一人でぶつぶつ言っていたら、横からジミーさんにツッコまれた。
「ど、どこがです!?」
「いや、その耳のシッポ」
「へ? ……あ、あぁぁぁっ!」
僕はすっかり今の自分が獣人になっていたことを忘れていた。
「えっと、クロエは食券選んでいただろう?」
「は、はいぃ……」
「その間、その耳とシッポがすんげぇ〜動いていた」
「なるほどぉ〜」
「んで、ここは魔導学園。魔法が苦手な獣人はまず入学してくるのが稀だとおもう」
「そうなりますよねぇ?」
「そうなると、ここでは珍しい獣人のしかも女の子にしか見えないクロエは目立つのは、もはや仕方のない事実なわけだ」
「ですかぁ〜」
「さ、さっきからふにゃふにゃしてるけど、大丈夫か?」
「穴があったら入りたいです」
「ま、そうなるわな」
放心気味な僕に、ジミーさんは苦笑して頬をかく。
「まあ、ほら料理が来たし、腹拵えしようぜ!」
「わ、分かりました」
トレイに乗った料理を受け取り、先を行くジミーさんについて行く。
気を使ってか、周りに人が居ない隅っこの席に座ってくれた。さり気ない気遣いが凄い。これが紳士ってやつなのだろうか。
「んじゃ食べるか」
「はい」
正直食欲がほぼ消えているんだけどね。
どうしようと、ジミーさんの料理を見ると。
「トースト一枚?」
「え? あ、ああ。まあ、あれだよ朝だしそんなにガッツかなくてもいいし」
食べ盛りな年頃だし足りない気が……。
『お兄ちゃん! ジミーさん、少し栄養不足気味だよっ!』
『動きが少しふらついていることから、かなり空腹だと思いますっ!』
『なんか、この人苦学生オーラ凄いよね』
確かに、ジミーさんはガタイはしっかりしてるし、高身長なのに、どこか幸薄そうなオーラを纏っている。
『人が良すぎて損するタイプね』
まさにそれだ。
早速だけど、少しだけ恩返し出来そうだ。
「あのジミーさん」
「ん? なんだ? それに呼び捨てでいいぞ? 同級生なんだし」
「それじゃあ、ジミー君」
「いや、君付けは要らないだろ? まあ、いいか」
「良かったから料理交換しませんか?」
「えっ……」
「実は食欲があんまりなくて」
「ああ……さっきので?」
「はい……」
本当に察しがいいな。モテそうな男の条件揃ってない? 僕もいつかこんな紳士になりたい。
「でもいいのか? 獣人って結構食べるイメージあるんだけど」
「そうですね。結構お腹が空くのが早い気がします……でも、一食二食減らしても特に問題になりませんよ」
「そっかぁ……う〜んでもなぁ」
ジミー君が遠慮してるのって、多分僕の頼んだ料理が割とお高めだからだろう。トースト一枚は多分銅貨一枚とかだと思うし、僕の料理……ステーキは大銅貨二枚。純粋に二十倍のお値段だからね。
「食べ物を残すともったいないおばけが出てきますからね……ささ、どうぞ!」
「お、おう……さんきゅ」
無理やりトレイを取り替える。トーストにもタイプがあったけどそんな中でも一番安価なマーガリンを少し表面に塗っただけのやつだ。
絶対腹にたまらないボリュームだよ。主食のオマケに頼むタイプだとみた。
「それではいただきます」
僕が食べないと、食べようとしない雰囲気を感じたので、思っきりトーストにかじりつき、咀嚼する。
「じ、しゃあ……俺も。……ごくり」
ステーキにナイフを差し込み切り分けで、フォークで一切れすくい上げ、生唾を飲む。
「はむ……っ!? はむ、はむ! う、うめぇ〜久しぶりの肉だぁ〜!」
声が蕩けてた。美味そうに食べるなぁ。お陰で僕もステーキが食べたくなったよ! お昼はステーキにしよう!
『お昼じゃなくて、今買いに行けばいいのに……』
『そんなことしたら、ジミー君が申し訳なく感じるから、彼はそれを遠慮しているのよ』
『相変わらず、繊細だね』
弁明しようとしたら、既にマナに言い当てられていた。自分の事を分かってもらえるのは、気恥しいけどやっぱりすごく嬉しいな。
「あ……悪ぃつい夢中で」
「いえ、お陰で助かりました」
僕も、トースト食べ終わり、そこそこの満足感を感じた。一緒に用意されていた水が入ったコップを手に取り一飲み。
(ぬ、ぬるい)
『最近は澪に冷やしてもらってから飲んでたものね』
『へっへ〜ん! ついに私の有り難さが分かった? 分かっちゃいました?』
(僕はいつだって澪が傍に居てくれることに感謝してるよ)
今の僕は獣人で、それ故に純粋な魔法がほぼ使えなくなっている弊害で、マナ達にも大きな制約がついている。使えなくはないけど、数秒で出来ることが数分レベルになった為、実用的ではないのだ。
SSD使っている人が今更HDDに戻れないように、4G使ってた人が3Gに戻れないように、より良いものを知ったらダウングレードできない。
『へ……えぅ……』
『お兄ちゃん! お兄ちゃん! 澪ちゃんの顔真っ赤だよっ! こんなに照れてる澪ちゃん初めて見たぁ〜あはは』
『雛ちゃん!? 笑うな! って逃げるなぁー!』
『きゃー! 氷漬けにされるぅ〜! あははっ』
『本当にしてやるぅ! 待てぇー!』
『澪さんの顔はしっかりこのデジカメで記録させてもらいましたっ!』
『この駄メイドなにやらかしてくれてるわけ!? その無駄な脂肪を氷漬けにして懐死させてやるぅー!』
『私だけ、具体的過ぎませんかっ!? キャー!』
『楽しそうね……規模が天変地異なんだけど』
し、しばらくは精霊の箱庭にはいかないほうが良さそう。氷河期とかに突入してそうだし。
「きゅぅ?」
僕の魔力で育ったからか、スピカは精霊の箱庭ともパスが繋がっており、今のやり取りを聴いていたのだろう。どうしたの? って。
「大丈夫だよ。いつもの事だから」
お腹の上から撫で付ける。
「な、なあ、お腹が少し動いてるけど……も、もしかして、妊娠してるのか」
「ぶぅっっー!!」
再度水を口に含んでいるときにどんでもない勘違いをされた為、吹き出してしまった。
「僕は男の子ですよ!?」
思わずテーブルを叩き、立ち上がってしまう。そのせいで周りから再度注目の的になってしまう。
「あ、やっぱり男で合ってるか」
「疑っていたんですか?」
いそいそと席に座り込む。
「ほら食堂って誰でも使えるから、女子生徒がここの食堂を使うこともあるのかなぁって、思ってな」
「……僕、ズボン履いているのに」
「いや、ほらスカートが窮屈と思っている女子もいるかもしれないだろう?」
「くっ……! 無駄に気遣い出来すぎるっ」
配慮行き届きすぎィ! 普通そんな配慮は現代日本ですらまともに出来ていない人が多いっていうのに。
「それに、お腹が少しもっこりしてるし、少し動くし、クロエはそれを愛おしそうに撫でるし……勘違いしてもおかしくねぇーだろ?」
「……おっしゃる通りでございます」
参りましたと僕は頭を下げる。
『ユリアさんが見たら叱られるわね』
(いいんだよ。今の僕は平民のクロエだから)
クロエとはもちろん偽名で、髪も目の色も黒くしたことから、そのまま付けたものだ。
「で、やっぱり気になるけど、お腹のなに?」
「はい。出てきてスピカ」
「きゅっ!」
僕の襟元から顔を出したスピカは物珍しそうに周囲をキョロキョロする。その頭を撫でる。
「クロエはテイマーだったのか」
「一応は」
「一応?」
「スピカはまだ幼いので、戦う力はないんです」
嘘だけど。僕はスピカには平和な日々をすごして欲しいと思っている。
「そっか、これからよろしくなスピカ」
「きゅ〜」
スピカの頭を僕と同じように撫でるし、しっかり目を見て話すしで、本当なんて紳士なのこの人。
一通り見たからか、スピカは服の中に戻って行った。
「んじゃ、そろそろ始業式に行こうぜ!」
「あ、はい!」
そう言ってトレイを一緒に戻し、入口に向かう。
「あ、そうそう。飯美味かったぜ! さんきゅな!」
ニカッ! と歯並びが整った笑顔を頂きました。