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100話 魔導学園1

微睡みから目が覚める。


慣れない感覚に無意識に手が上頭部に伸びる。


「ん……」


くすぐったさと、ほんのりの癖になりそうな感覚に頭が少しづつ冴えてくる。


瞼を時間かけて、ゆっくりあけていく。


ぼんやりとした視界には白塗りの天井。


『おはよう。いい朝ね』


そんなぼんやりとした心地良さに、耳心地が良い声が僕向けられて発せられた。


「ああ……おはよ……マナ」


声が少し掠れてる。喉が乾いているのかな?


『ふふ……もう。今日から新しい生活が始まるって言うのに、あなたは呑気ね、旦那様』


くすくすと上品に笑い、優しげに言う彼女は僕の大切な人。正確には大切な精霊? かな。


「今日かぁ……何かあったっけ?」

『……ボ、ボケてる? まさか本当に忘れたの? こんなに大事なことなのに?』


マナが信じられないと言わんばかりに、声を弾ませる。


ん? 何だっけ。訊ねてみよう。


「ごめん。思い出せないや……あはは」

『…………それじゃ、説明するわ』

「おねがいしま〜すぅ」


ちょい、眠い。


『はぁ〜、どうしてこんなゲームとかの冒頭みたいな説明しなくきゃいけないのかしら?』


ああ、あれか。主人公が説明を聴き逃して、改めて説明するって言われて、世界観ややるべき事とか教えてくれるやつだ。戦闘の感を取り戻すとか言われて、チュートリアルが始まるやつ。


世界の情勢とか今の自分の立場を忘れるとか、主人公ボケすぎでしょ。


『今日からあなたは魔導学園の学生として生活するのだけど、思い出した?』

「しゃーせん! 今思い出しましたっ!!」


どんだ、ボケ野郎だね! 僕ってやつは!


思い出すと、するすると全て思い出してきた。


「って! 時間! 時間は大丈夫!?」


がばっと、ベッドから飛び降りながら、時計の位置を思い出しながらそちらに視線を向ける。


……時刻は七時前。


『入学式が八時過ぎだから、余裕はあるわ』

「セ、セーフ」


思いっきり動き出したから、何か少し疲れた。ベッドに座り込み、先程から感じていた慣れない感覚に、再度手が上頭部にのびる。


モフッ。


「ケモ耳だぁ〜」


そうだ。今の僕にはケモ耳と尻尾がついているのだ。

ベッドから飛び降り、姿見の前に行く。


ビクビク。ふりふり。


ケモ耳が小刻みに動き、尻尾が左右に揺れている。


そう、今の僕は人間ではない。


「今の僕は獣人になっているんだった」


何故こうなっているのかって? それはね、数日前、ハワード魔導国に辿り着いて、賢者様の執務室に招かれた時にまで遡る。





「ようこそ我が国、ハワード魔導国へ。神子殿」

「こちらこそ、お招き誠にありがとうございます、賢者様」


形式的なやり取りを済ませ、賢者様に座るように勧められる。

木製の家具を好むのか、少し木の匂いが香る執務室の椅子に座る。座り心地は非常に良い。


スーニャ達護衛は僕の背後と、扉の前に別れて待機している。小竜のスピカは僕に抱かれて大人しくしている。


「ふむ。噂は本当だったか」

「噂、ですか?」

「うむ。神子が小さながら美しい白き竜を従えさせていると」


そんな噂がこんな遠いところまで広まっているとか、自分事ながら現実味がない。

僕は苦笑しつつ、訂正する。


「この子、スピカは従えさせているわけではなく、僕の大切な家族ですよ」

「ほほう……家族とな?」


賢者様が僅かに目を見開き、スピカを覗き込む。


「……変でしょうか?」

「いや。全くもって変ではないぞ。むしろ素晴らしいことだ」


賢者様は、満足そうに頷き、笑みを浮かべる。


「家族とは、この世で最も大切なものじゃからのう。お主は家族に恵まれたのう」

「きゅぅ〜♪」


賢者様に褒められ、スピカは嬉しそうに鳴く。


「はい。僕もそう思いますよ。それで本題なのですが」

「お、そうじゃのう。お主の入学の件じゃったな」


顎に伸びた髭を撫で付け、視線を彷徨わせる。


「実は少し予定が変わってのう」

「……もしかして、入学が難しくなったとかですか?」


学園に通うの少しだけ、ワクワクしてただけに、そうなったら切ないなぁ。


「近いのじゃが、違くてのう。正確には入学時のお主の処遇なんじゃ」

「処遇? 神子としての身分が問題なんでしょうか?」

「うむ。単刀直入に言うとな、お主には神子としてではなく、平民の子として入学して欲しくての」

「平民……つまり神子としての立場と身分を隠して、という」

「うむ。聡いのう」

「本国に立ち入った際に、内密な入国でしたから」


この国に入ったとき、本来なら歓迎を大いに受けるはずだった。ていうか、これまではそうだった。こうして、賢者様の執務室に赴いた際も、できるだけ人と合わないような道順で案内されたし、そこまで徹底されたら、嫌でも神子という存在が公にされるのを避けているのが理解出来た。


「実はの、我が学園は想像以上に貴族と平民の格差が大きかったのじゃ」

「それが今回の件に何の繋がりが?」

「簡単じゃ。お主が神子として入学すれば、貴族の連中は四六時中、お主にまとわりつき、弱みないし、取り入ろうとあの手この手を使うじゃろうて」


僕は頬が引き摺った。


……なんだよ、その地獄!?


「でも、本学園は平等をうたっていたのでは?」

「恥ずかしながら、儂は学園長でありながら学園の運営を教師達に一任して、研究室に引きこもっておっての。此度の神子殿の入学に際して、学園の現状の調査を行なった結果、どうやら貴族の一派が平民と対等な関係である事を嫌い、勝手にルールを追加しておったのじゃ」

「教師の方々は?」

「うむ。それが全員ではないが、かなりの人数買収されておっての」

「……大丈夫なんですか?」


どう考えても、学園がピンチで大変な事になっていらっしゃるのですが?


「もちろん、儂は直ぐに現状を正そうと動こうとしたんじゃが」

「じゃが?」


そこで言葉を止め、少し恥ずかしそうに髭を撫でる。


「実は最近になって起きたことではなくて、半世紀も前からの出来事が積み重なってこうなった様なのじゃよ」

「賢者様!?」


恥ずかしそうにしてる場合じゃないでしょ!?


「いやはや、時が経つのは早いのう。少し篭っていたつもりが半世紀も学園を放置していたとは……面目無い」


僕と、背後のスーニャ達のジト目に、賢者様が頭を下げる。少し寂しくなっている頭頂部に視線を逸らす。


「ゆえに、教師陣も生徒一同も今の現状が当たり前で、いきなり儂が説教ないし、強権行使したとて、どうした? と困惑されて終いじゃ」

「むむむ……急すぎる改革は大きな混乱を招くというわけですね」

「そういうことじゃ。真に平等を願うのなら時間をかけて焦らず取りかかるべきことでのう」


昨日今日起きたことならば、すぐにでも解決出来るけど、半世紀もかけて積み上がった価値観をいきなり崩すのは難しい。


「僕が神子として入学すれば、貴族の方々は積み上げた独自のルールで、囲ってくるというわけですね」

「うむ。幸い、神子殿が各国を回っているのを知るのは国の上層部と、情報に聡い一部の商人だけじゃろうて」

「でも、一つ問題が。自分で言うのもなんですが、僕の容姿は出回っているとお聞きしました」


そう。僕の姿を描いた絵がかなりの数出回っているとか。今の僕は地味な格好して歩いてもかなりの確率で神子だとバレてしまう。


「それについてはこちらで対処出来るゆえ、安心されよ」

「感謝します」

「もとはこちらの不手際が招いた結果、気になさるな。……して、方法というのも、儂の生み出した魔法を使うのじゃが」

『賢者の魔法!』


黙って聞いてたマナが声を弾ませた。彼女からしたら全属性の魔法を使える賢者様の自作魔法は興味をそそられるものなのだろう。僕自身もかなり気になる。


「それはどんな?」

「それはのう……これじゃよ」


そう言って懐から取り出しの大きめな魔石が埋め込まれたブローチだった。僕が各国に贈っていた物に似ている。というよりは、魔導具としては非常に出回っているタイプでもある。


「すごいですね……繊細な魔法陣がこれほどの密度で描かれているとは」


賢者様の凄まじい神業に驚きを隠さない。例えるなら、米粒一つに人の似顔絵を描くような職人技だ。


『むむむ……悔しいけど、美しい魔法陣ね』


マナが珍しく、悔しがっている。というより、何か普段の大人びいた様子からかけ離れた、子供っぽい反応が可愛い。ギャップ萌えというやつだ。


「これはの、儂の研究の合間に思い付いて、コツコツと実現に向けて準備してきたものなんじゃよ。効果は単純明快、使用者の種族を変えるとのじゃ」

「し、種族を変えるですか!?」

「スーニャ!? ちょっ! なに乗り出してきてるの!? 賢者様の前だよ!?」


声を荒らげ、興奮気味に賢者様に迫る。


「それってつまり、神子様をエ、エルフにしてしまえるという!?」

「うむ。その通りじゃ」

「是非に主様をエルフに!」

「スーニャ少し黙る。レインが困ってる」

「ごふっ……」


ドロシーの腹パンを食らって気絶したスーニャは、ドロシーによりドナドナされていった。それにしても、一連の奇行を見ても微笑ましそうにしているだけの賢者様すげぇ。


「と言いたいのじゃが、変える種族によっては魔法陣の制作難易度も跳ね上がるうえに、この魔法は個人それぞれに微調整が必要でのう」

「それは仕方ありませんよ。それほどの魔法……歴史に刻まれてもおかしくないですもの」


一体どんな理論で成り立っているのかは、魔法を少しかじった程度の僕には計り知れない。


「入学式まで時間もない故に、此度は勝手ながら種族を決めさせてもらったのじゃが、良いか?」

「はい。仕方のないことだと思います」

「理解痛み入る」

「して、その種族とは?」

「うむ。獣人じゃよ」

「獣人! ですか」


ファンタジー御用達の種族じゃないですか! 思わず席から立ち上がりそうになったよ。


「身体能力に優れ、多種多様の姿、独自のルールを設けている部族も多い為、獣人としての常識を知らずとも、誤魔化すのが容易いのも良いところじゃな」

「そう……ですね。変身したらその種族の基本的な知識は持っていないと周りから怪しまれますものね」

「そういうことじゃ。先程のエルフのお嬢さんと同じエルフにするには、少しばかりエルフという種族が鎖国している現状、得策ではない」


エルフさん達、森の奥地に引きこもっていているらしいもんね。


「次に、体つきが大きく変わるような種族、例えばドワーフやリザードマンなどは、神子殿の体の負担が大きすぎると考えて除外した」

「結果的に、獣人が候補として残ったわけですね」

「うむ。獣人ならば、耳と尾が生えて、人間の耳が無くなるぐらいの変化で済む」

「髪色や瞳の色も変えられるのですか?」

「おお! 神子殿は本当に聡いのう。儂が聞こうとしてことじゃ。顔立ちは変わらない以上、それ以外の点で神子だと結びつかれない為にも、髪色の瞳の色は変えるべきだと思っておったのじゃ」


まあ、定番ですからねぇ。


「して、何か希望の色はないか?」

「そうですね……黒色というのはどうでしょうか?」

「ほう、その白い髪色を反転させるわけか」


いや違うけど。前世黒髪だったから、久しぶりに黒髪になりたいなぁって、いう邪な気持ちからです。


「あいわかった。そのように調整しよう。……して、その小竜も共に居るつもりならば、竜ということも隠す必要があるのう」

「スピカもですか?」

「言ったであろう? 神子殿が小竜を傍に置いているという噂があると」

「ああ……」


スピカも有名人? になってるわけか。僕が姿を偽ってもスピカから身バレするわけだ。


「と、言っても、竜の肉体構造は専門外でのう。その子には幻術を使った簡易な魔法でよかろう。……ふむ、際しては神子殿と同じ黒色に鱗を染めて、翼を無くすようにしよう」

「きゅぅ〜?」


スピカを正面に捉えた賢者様は研究対象を見つめるようにスピカを見てぶつぶつ言う。


「よし! 黒いトカゲにしようかのう!」

「きゅ!?」

「あはは」


スピカはビックリしてる。僕は何となく予測出来てただけに、少し笑ってしまった。

ドラゴンがトカゲだと揶揄されることって、よくあるもんね。


「話を詰めるが、お主は獣人のテイマーとして入学してもらう。もちろん身分は平民じゃ。それは良いな?」

「はい」

「もちろん、神子殿の好きのように学園生活を堪能してもらいたいのじゃが、くれぐれも目立つようなことを控えてくれると助かる」

「ええ任せてください。目立たないのは得意です」

「ほほ、それは頼もしい……? 一国の神子が目立たないのが得意? ……何かのジョークか?」


前世で培ったステルス能力が日の目を見るときだぜ!


「して、護衛を務めるお主たちについてだが、学園は関係者以外基本的に立ち入りを禁止しておる」

「では、私たちはどこで警護を? ……はっ! まさか私たちも学生として入学ですか!? あ、主様と席を並べてくんずほぐれつな甘美なひと時に……はぁはぁ♡」

「いや、すまんのう。今年は既に満員じゃ」

「ぐほっ……」


復活して早々に、スーニャがリタイアした。


「邪魔」


ゲシッ! と倒れ込んだスーニャを蹴り飛ばすドロシーに少しドン引き。ヒールかけといた方が良いのでは?


「私たちは護衛。レインの傍を離れるのは論外」

「理解しおるよ。じゃがのう……考えて欲しい。たかが一学生のしかも平民に複数の護衛が付いておるのはどう考えても異常じゃろうて」

「むぅ」

「もちろんお主たちが傍で護衛出来ない学園にいる間は儂が責任をもって神子殿を護ろう」

「どうやって?」

「この学園には儂が半世紀にも渡り改良を重ねた結界を施しておる。しかも術者の儂に万が一のことがあっても、良いように設置型の魔法陣じゃ。魔力貯蓄用の魔石も沢山準備しておる。例え上位竜のブレスだろうが防いで見せよう」


絶大な信頼を結界に抱いているようで、その点については一切不安視していないようだ。


「過信し過ぎ注意」

「肝に銘じておこう」

「ならば、私たちはその間、学園の周囲の警戒を主に動くことになりますね」


ライオットが顎に手を当て、今後の動きを提案する。


「この一帯の地図をお貸しいただけますか? 出来れば学園側の抜け道もあればそちらも」

「後で用意しよう。じゃがさすがに機密に触れるような施設は教えられぬぞ」

「ええ。結構です」

「それに何も、お主たちを放置するつもりはない。神子殿が学園に通っている間に、お主たちには冒険者ギルドに要請して、特別にBランク冒険者として活動できるようにしよう」

「それは助かりますね。腕が鈍らないように鍛錬はしたかったところですから」

「それに先程言ったが、耳聡い商人などが神子殿の事を探るかもしれぬ。その場合も優先してお主たちに情報を流す」


部屋の隅っこで伸びてるスーニャの代わりに、副団長のライオットが話を詰めていく。


「これでとりあえず話すべきことは話し終えた」

「はい。こちらも一通り理解しました。何か疑問点などがあれば後日お伺いしても?」

「うむ。門番にはお主たちの事を伝えておこう」

「はい」


話が終わり、ライオットがこちらに向き直る。


「レイン様。どうか学園生活を満喫ください」

「はい。ライオット達もこの際に少しでも息抜きしてくださいね?」

「ええ。こんをつめないように後に、団長とスケジュールを決めることにします」

「今起こしては?」

「レイン様と離れることに駄々をこねるので、後で起こしますよ」


ライオットの素直すぎる発言に吹き出してしまう。


「ふふ……確かに」


スー達ともしばらくのお別れだね。

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