99話 ミロディア王国七
「やあ。少しいいかい?」
「ん? あ、はい。どうしましたか?」
音楽の余韻に浸っていた時に、あの緑コーディネートの吟遊詩人の人が話しかけてきた。
会場は言わずもがな。アンコールの渦に包まれている。
「今日の出来事を語ってもいいかい?」
「あ、はい! 是非よろしくお願いします」
律儀な人だな。てっきり吟遊詩人って、噂や伝承を自分の考えや憶測をまじえて、勝手に歌うのだと思ってた。
僕の発言に満足したようで、彼はニコリと人のいい笑みを浮かべる。
「ありがとう。いやあ、懐かしい風に誘われて来てみたのだけど、久しぶりに心が踊ったよ」
「楽しんでいただけたようで幸いです」
「本当。君にも会えてよかった……また、何処かで会おう。風の調べと共に君に精霊の加護があらんことを」
「はい! あなたにも多くの精霊の御加護がありますように!」
僕はなぜだか初対面のこの人に、信頼というか安心感を感じていた。だからか、彼に便乗して言葉を返した。
「じゃあね、光よ」
アンコールで湧く会場を、片手を上げて立ち去ってしまった。もう一方に持ったハーブはどんな音色がするのか、次会うときにでも演奏してもらいたいものだ。
光って僕のこと? すんげえ恥ずかしい呼ばれ方なんですけど。
あれから数日。忙しい日々だった。
何せ、アンコールにシャロン達が応えてる間に、倒したスパイダーの連中を回収することに、スーニャ達がまた駆り出されて、その後はディオ様のスパイダーの幹部たちとのお話があったり、その勢いそのままに、スパイダーのアジトに突撃して、アジトに残った残党を無力化したり、リストに乗っている顧客の連中が居る国に、ミロディア王国とエディシラ神聖国の連名で抗議の書面をしたためたりと大騒ぎ。
そうやってやることを夢中でやっていると、時が過ぎるとはあっという間で、今日は僕がミロディア王国からハワード魔導国に向けて旅立つ日。
僕は王族の方々と対面していた。
皆、柔らかい表情で別れを惜しむように言葉をかけてくる。
「本当にお世話になったのであーる。また、来るのであーる」
「はい。必ず」
「ところでシャロンはそれそれ適齢期……それそれ婿殿を探さないといけないのであーる」
「そうですか! 頑張って探してくださいね!」
と、王様と別れの言葉をかわし。
「あなたのお陰でシャロンに笑顔が戻りました。どのようなお礼をすれば……」
「いえ。私は出来ることをしたまでです。お気になさらず」
「あ、そうそう。シャロンがね、最近あなたの話しかしないの。また遊びに来てね」
「はい。必ず」
「うふふ。次の時には私のことをお母さんとあなたが呼ぶことになるのかしら」
「さあ、僕には未来のことはわかりかねますので!」
と、王妃様に感謝されて。
「残念だ。もう美しい君に会えなくなるのは」
「あはは。また次の機会が訪れますよ」
「そうか! なら楽しみにしておこう」
「はい」
「あぁー実に残念だ。君はもうシャロンのいい人になってしまった。だが、私も少しぐらい攻めても良いとは思わないかな? それとも、君のほうが攻め気があるのかい!?」
「ど、努力することはいい事ですが、他人に迷惑をかけるのはよくないかとっ!!」
王太子と、貞操の危機を感じるやりとりをしたり。
「みんな大喜びだ。本当にありがとう」
「お役に立てたようで良かったです」
「君は謙遜しがちだなぁ。もう少し強気に、おらぁ! 俺様のお陰だぁ! って言ってもバチは当たらないよ」
「チャラが合いませんよ」
「余計なお世話だったかな? シャロンは君になら何をされでも喜びそうだからね」
「さあ……なんの話しやら」
第二王子にアトバイスをもらったり。
「ねぇ。シャロンとの子供はまだぁ?」
「黙れよ痴女精霊」
「いけずぅ〜そう言いつつ、本当は満更でもないんでしょ!? お姉さん分かってんだから」
「黙れよ痴女精霊」
「あ、なんなら今ならお姉さんもセットで付けちゃおうかな? ほぉ〜らぁ〜嬉しいでしょう、このこの! 幸せ者めっ」
「黙れよ痴女精霊」
ディオ様に旅の無事と再会を約束したり。
「……」
「えっと……」
「……」
「そのぉ……」
「……」
「シャロン?」
「……」
シャロンに反応がない。まるでしか……不謹慎だな。
「シャロン。今日で……お別れだね」
「……!」
ぶんぶんと頭を横に振り、全身で嫌だと表現する。
「仕方ないことなんだよ。僕は神子なんだ」
自分の立場を言い訳に出すのは、罪悪感が凄かった。
「……!」
「え? いや、ダメだよ! 君が付いてきたら国際問題になっちゃうし!」
「……!」
「それでも……って、わがまま言っちゃ多くの人が困るよ。それにね、シャロン。今生の別れでもないし、また会えるよ。ううん……必ず会いに来る。約束だよ」
「……」
「うん……うん。いい子だねシャロンは」
「……!」
「分かってるって。必ず会いに来る」
「……!」
「えっ!? さ、さすがに月一は無理かなぁ……これから学園に一年間通うことになるし」
「あ、あ、あ泣かないで! で、出来る限り頑張るから! ねっ! だから泣き止んで」
「……」
「え? なら、一つお願いがある? う、うん! 僕に出来ることなら、なんでもするよっ!」
僕の言葉に、シャロンがニヤリと笑ったような……次の瞬間には、彼女は僕に抱きついてきた。身長差などほとんどないもんだから、彼女の頭が僕の顔の横にある。
「─────────♪」
囁くように僕の耳元で一方的に言ったあとに、頬に暖かい柔らかいものが触れた。
僕は顔がかぁーって熱くなるのを感じて、頬に手を当てる。
僕の目の前ではイタズラに成功した子供のように、シャロンがべって舌を出して。
周りは騒然としていた。
王族の方々はまあ、とかやるなぁ、とかそんな呑気な感じだし。
ウチサイドのスーニャとか悲鳴を上げてるし、ドロシーはなんか目からハイライトが消えてるし、ドワーフ姉弟はガハハと楽しそうに笑うし。
ああ、もう。
もしかして、もう逃げられない?
「きゅぅ〜」
スピカまで、諦めなよと言っている気がするよ……。
後に、ミロディア王国で起きた出来事は『精霊の夜更かし』と呼ばれ、絵本になったり、吟遊詩人に歌われたり、伝説になったりと、まあ……新しい御伽噺になったのでありました。
めでたしめでたし。
『どか言っているけど、どうするつもり? あの子の気持ちに応えるの? 応えないの?』
ま、まだ早いと思います。そういうのは時間をかけてゆっくり育んでいければと。
『お兄ちゃん……ヘタレ』
『神聖国には一夫多妻制が条件付きで許可されて、神子であるあなたは当然、許可が出てるのよ?』
『ハーレムつくりまくりだねぇ。やったじゃんレイン君』
いやいや! そんな複数の女の子とけ、結婚とか、僕! 早いと思いますっ!
『早いと思うだけなんだね……もう答え出てんじゃん』
へ……? あ。
『彼女も、そして、彼女たちも幸せにしなさいよ。私たちもフォローは惜しまないわ』
『彼女"たち"の範囲が広すぎて、誰から誰まで分からないんだけどねっ』
『罪作りなんだね君』
やめれ! 僕も確かに彼女たちと言われて、そりゃあ何人か浮かんだ時点で、クソ野郎認定受けても仕方ないんだけどさ!
『マスターがダメ人間でも皆様は見捨てたりしませんよっ!』
『ライアさん……それはフォローになってないから』
『むしろお兄ちゃんにトドメを刺しにきてるよ』
ぐふっ……ダメ人間かぁ。本当にそうだよね。
ならば、彼女たちに釣り合えるような男になれるように、頑張らなくちゃな!
『何故、そういうところは前向きなのかしら?』
後ろ向きよりはいいだろう?
この先もいい事が沢山ありそうな予感がする。
それで、いいじゃん。
人生なんてそんなもんだよ。