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おやっさんとJK  作者: 笹森葵
2/2

彩梨

家を出た私には行き先が決まっている。



元から行くつもりの場所ではあったが、朝早くから行っても開いてないだろうと思い、夕方に行こうと思っていた。



しかし、そんな場合ではない。



私はこの胸の内をさらけ出す相手を必要としているし、そこに行けば気持ちが落ち着くはずだ。



いつもより早いペースで歩いたせいなのか、さくらちゃんの引退騒動のせいなのかわからないが、その場所についたときには少し息切れしていた。



息を整え、顔を上げる。



目の前にはレトロな雰囲気を醸し出す外装に、「彩梨」と書かれた看板が添えてある。



「彩梨」と書いて「いろどり」と読むらしいが、ここはれっきとした居酒屋である。



現在AM11:00



私の後ろを通り過ぎた集団が、こっちを見ている気がした。



午前中に女子高生が居酒屋の前で立ち止まっているんだから、なんともおかしな光景なのだろう。



本来ならこの時刻に鍵の開いてるはずのない引き戸に手をかけ、僅かな期待とともに力を入れると、ガラガラガラと小気味良い音を立てながら中から暖かな空気が外に漏れていくのを感じた。



少し驚いたような顔をして、カウンターにいるおやっさんが開かれたドアの方に目を向ける。



「おっ、由紀ちゃんじゃないか!」



今年で50歳になるおやっさんの低く落ち着いた声が、静かな店内に染み渡る。



「おはよっ、おやっさん」



私はここの店主のことをおやっさんと呼び、もう2年の付き合いとなる。



ちなみにこのお店は25年続いているので、お客さんとしては私なんかまだまだ若輩者である。



「ねえ聞いてよ」



「浮かない顔だなあ、どうしたの?」



「今日さ、中条桜ちゃんが引退するってテレビでやっててさ、めっちゃショックなの」



「桜ちゃんって、いつも由紀ちゃんが可愛いって言ってる子?」



「そう」



「そっか、それは残念だねえ」



私とマスターの会話は、いつもマスターが受け身である。



私がありったけの気持ちをぶつけ、それをおやっさんが受けとめる。



私が間違ったことを主張すればそれを指摘し、正しい方向に進ませてくれるのはいつだっておやっさんだ。



今まで学校や家に関する相談事をいくつも解決してくれた。



嬉しいことや悲しいことがあるといつも真っ先に寄るのが、この「彩梨」なのだ。



夜の営業のための仕込みをしながら話を聞くおやっさんは、それでも親身になって受け答えしてくれている。



一通り自分の気持ちをさらけ出し、マスターに聞いてもらったところで、胸の内がすっきりしていることに気付く。



心がすっきりすると同時に、由紀は1つの疑問を問いかけた。



「そういえばなんで今日は朝早くから鍵開けてるの?いつも仕込みは昼過ぎからやってるのに」


「いやね、今日は由紀ちゃんが早く来るんじゃないかと思って、一応開けておいたんだよ」



おやっさんのこうやって気がきく所が、「彩梨」が人気店である所以なのかもしれない。



きっとさくらちゃんが引退することを私と同じようにテレビで知り、ひょっとして店に来るんじゃないかと朝から鍵を開けていたに違いない。



「さすが、おやっさん」


「でしょ」


「なんかおやっさんに話したらすっきりしちゃった。とりあえず、帰るね」


「そうかい」



いきなりきて勝手に喋りすぐに帰る私に嫌な顔を全くせず、笑顔で見送ってくれる。



店を出ようとする由紀に、おやっさんは確認するように話しかける。



「由紀ちゃん、今日の夜は来るかい?」



由紀はおやっさんの方を振り返り、満面の笑みで答える。



「当たり前でしょ!」



今日は週末。



夜には楽しい出来事が待っている。


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