水晶の洞窟
洞窟の中は不自然なくらいに明るかった。
何でだろうと辺りを見回すと、洞窟の所々に水晶が突き出しているのが見えた。
水晶は青く淡い光を放っている。幻想的な光景だった。
デコボコとした地面の反発を靴裏に感じる。久々の感覚だ。
普段は雪面で暮らしているから最早雪の上での生活が当たり前になりつつある。
洞窟の中を進んでいくと半透明の霞が漂っているのが見えた。
その霞は青く強い光を放っている。
アイスゴブリンの使っていた魔法を凝縮したような何かだ。
『ネェ……キコエル……』
不意にどこからか声が聞こえた。辺りを見回すが誰も居ない。
俺がきょろきょろと辺りを見回していると、霞は俺の近くにまで漂ってきてふよふよと左右に揺れ始めた。まるで何かの意思を持っているかのようだ。
『キコエル……キコエル?』
まさかと思うが、この霞が語りかけてきているのか?
それとも誰かが隠れているのか?
「何者だ? いるなら出てこい」
『ミエナイ? ミエナイ? ギュー!』
俺の前の霞が一ヶ所に集まり始めた。霞はどんどん小さくなって手にテニスボールくらいの丸い結晶になった。結晶は相も変わらず宙に浮いている。
『ミエル? ミエル?』
もう疑う余地はないだろう。
「何が目的だ?」
『アソボ アソボ』
遊ぼうと言っている辺りから友好的な相手である事が窺える。
そう言えば俺は転生前に神の爺さんに色々注文したっけな。
確か魔物を使役できる能力も要求したはずだ。
魔物と思念で会話できる能力だったかな。
だから目の前の霞は俺に向かって思念で会話してくるのだろう。
つまり、喋らなくても通じるのか?
(何して遊ぶんだ?)
試しに心の中だけでこう思ってみる。
『キラキラサガシ キラキラキレイ』
(キラキラ?)
『キラキラ コッチ』
俺は宙に浮かぶ結晶の後を追うことにした。
途中分左右への分岐路があったが、結晶は迷わず左側の分岐路へと入っていく。
斜面は下り坂になり、どんどんした下へ下へと進んでいく。
(俺は崖の上に戻りたいんだ。あまり深いところまで行かれても困る)
『コッチ コッチ モウスグ キラキラ』
あと少しならばつき合うか。
あまり深くまで行くようなら戻り道がわかるうちに引き返そう。
この洞窟には獲物に出来そうな魔物がいない。谷の底もそうだ。
早めに崖上に行かないと食糧が無い今、すぐに餓えて死んでしまうだろう。
しばらく薄明かりの洞窟内を走っていると、広間のような開けた場所に出た。
壁一面に光り輝く水晶が埋まっている。
その結晶の一つ一つが輝いていて、まるで星空のような幻想的な光景を作り出していた。
『キラキラ キレイ キラキラ キラキラ』
この辺は鉱脈なのか?
水晶に混じって鉱石のような者がちらほらと見受けられる。
俺が周囲を観察していると、俺を案内した結晶玉が壁に体当たりしているのが見えた。
『キラキラ キレイ キラキラ ホシイ キラキラ トレナイ』
あ~なるほど。こいつは俺に水晶を取って欲しくてここまで連れてきたのか。
俺はピッケルをショップで購入しようとして残金が足りないことに気づく。
残金が足りないならば何か金になりそうな物を売却すればいいわけだがこの水晶は売れないだろうか?
俺はコンバットナイフの柄で壁から突きだしていた水晶を叩き欠片を手に入れる。
『ショップ』
呼び出したショップリストから質屋に売却を試みるも『0円』と表示されてしまった。
地球と鉱物の構成が違うのだろうか?
確かに自らほんのり明かりを放つ水晶なんて地球じゃ見たことがない。
見た目が綺麗だけに何の価値もつかないのが凄く惜しい。
仕方ないので欠片をふよふよ浮かんでいる結晶にやることにした。
『キラキラ ワーイ』
どうするのかな?
俺がそう思いながら見ていると、宙へ浮かぶ結晶は再び霞になり彼の言うキラキラを体に取り込んだ後バリボリと咀嚼音のような物をたて始めた。
どうやら食べたかったらしい。
でも、ま折角幻想的な場所に来れたんだ。少しここで景色を堪能していくのもいいかな。
俺は、手近にあった岩へと腰掛けた。
「ぎゃっ」
俺は思わず腰を仰け反らせる。
ついつい忘れがちになるが、今世の俺には尻尾がある。
何も意識していないと今みたいに踏みつぶして少々痛い思いをする事になる。
少し腰を浮かして足に巻き付けていた尻尾の拘束を解くと、今度は無意識に尻尾が左右に揺れてしまう。綺麗な景色を見たりしてテンションが上がるとどうにも動きを自分で制御できなくなるようだ。
ほんと邪魔だ。何の為にあるんだろ?
リュックからペットボトルを出して飲みかけだった飲料を飲もうとする。
――その瞬間。
腰掛けていた岩がゴゴゴと鈍く音を立てながら動いた。
俺はペットボトルの飲料を地面に投げ出すと同時に、冷たい地面へと転がった。
トクトクと飲料が流れ出す音を横に、俺は慌てて身を起こす。
『キャー キャー コワイコワイ』
結晶はそう言いながら天井ギリギリまで高く昇っていった。
……俺は嫌な予感がしながら先程まで自分が座っていた岩を見た。
岩の下から亀の首が生えていた。どうやら俺が座っていたのは岩で出来た甲羅を持った亀の上だったらしい。
亀は俺の頭のイメージの中で描いていた亀と大幅に乖離した猛スピードでこちらへと突っ込んでくる。
俺は慌てて横に飛んでその突進を回避する。
早いとは言っても所詮は亀だ。
多分、ママチャリ乗ったいじわるおばさんが突っ込んでくるのと大差ないスピードだ。
避けられないことはない。だが、威力は段違いだろうな。
体当たりされた挙げ句、硬い岩壁まで押し運ばれたら後はミンチにされる未来しか見えない。
俺が亀を避けると、亀はそのまま岩壁へと突っ込んでいった。
どうやら慣性が働いていて急には止まれないようだ。
亀は岩壁にぶつかる直前に自らの甲羅の中に頭をしまい込んだようだ。
亀は足だけ出したままターンすると、再び獲物に狙いを付けるために顔を出した。
そしてそのまま再び馬鹿の一つ覚えのように突っ込んでくる。
俺の所持している武器はコンバットナイフと棍棒、ゴルフクラブだ。
この中でどれを使うのが最適だろうか。棍棒は木製なので岩石と打ち合ったら打ち負ける。
ゴルフクラブは金属だが細いので岩石にははじかれてしまう可能性が高いだろう。
コンバットナイフは岩に刃は立たないが取り回しの良さでは一歩秀でる。
「……よし!」
俺は亀が再び壁へと激突した際、方向転換を終える前にコンバットナイフだけをリュックから取り出してリュックを放る。
さぁ来い。そのまま突進してこい。
身軽になった俺は先程より余裕を持って亀の突進を避ける。
そして避けた動きのまま流動して亀の突進先へと追いすがる。
狙うのはただ一つ。亀の首根っこだ。
俺は方向転換を終えた亀が再び顔を出す前に接近することに成功する。
そして、そのまま亀の首が出るのを待つ。
『キケン! キケン!』
何だか上の方で先程の結晶が騒ぎ始めた。
ーーまさか!
嫌な予感がして俺は咄嗟にその場から飛び退いた。だが、後ろに下がったのは悪手だった。
亀の甲羅の首を出す部分から鋭く尖った水晶が飛び出してきたのだ。
空中で、バランスが取れない。両手両足を思いっきり振った反動で身を捻ろうにも回避にはやや足りない。
どうするべきか?
――しかし、俺が考えるまでもなく本能で体が動いた。
俺は尻尾を振って反動を追加して更に身を捻り、ギリギリで水晶槍を回避することに成功する。
水晶は俺の頬を掠めて飛んでいき、背後の壁にぶつかってパキャと砕けた。
あっぶな。尻尾がなかったら喰らってたな。
たまに邪魔だけど尻尾はあればあるで役立つ場面もあるんだな。
つまり、今まで活かさなかっただけで尻尾には何らかの使い道があったんじゃないか?
意味の無い物が体に付いているのは進化の合理性から考えておかしいことだ。
今更ながら、俺は狼人になったから体のバランスが変わっている。
人間だったら手足の振りで重心のコントロールをするしか無い。
だが、俺の場合は手足を攻撃に使いながら、尻尾を振ってバランスを取る。
そんな戦い方も出来る可能性があるわけだ。
ならば物の試しにやってみよう。
亀が再び突進をしてくる、俺はそれをサイドステップで躱す。
横に飛んだわけだから当然慣性が働き、踏みとどまるまでの若干の硬直が発生してしまう。
だから俺は自分が飛んだ方向に尻尾を振った。
俺の尻尾の長さは足とほぼ同様で体毛まで含めれば足よりも太い。
つまり、その分空気抵抗を受けやすい。移動の反動を消すのに向いているというわけだ。
これによって、若干だけ切り返しの動作が速くなる。
恐らくだが、慣れれば重心移動の際にウェイト調整としても使えるだろう。
なるほど、使える物を足に巻き付けたまま使わないのは勿体ないな。
後で暇を見て少し尻尾を動かすトレーニングをしておこう。
俺は切り返しが早くなった分、岩亀に先程よりも早く追いつく事に成功する。
俺は亀がまだ岩壁にぶつかったまま反転しないうちに、後ろから持ち上げてみようとする。
しかし、びくともしない。ゴルフクラブをてこの原理で使ってもシャフトが折れてしまうだけに終わるだろう。ひっくり返して甲羅の内側を叩くのは諦めるべきだ。
やはり狙うのは首一点か。ならばどのタイミングで狙えばいい?
俺が近づいていると、岩亀も気づくらしく頭を引っ込めたまま水晶を打ち出してくる。
俺が近くにいなければ体当たりを繰り返してくるだけだ。
体力切れを待つか?
だが、突進の回数が増えれば増えるほど俺が怪我を負う機会も増えることもまた道理だ。
不慮の接触事故を起こしてしまう恐れがある。
ならばリスクを避けるためにも早急に仕留めにかかるべきだ。
正面に立たなければ水晶槍は怖くない。
俺はターンしてきた亀の横に回り込むように移動する。
すると亀は俺に向かって体の向きを変える。俺が更に側面に回り込んでも同様だ。
こちらの攻め手に対して守りが堅すぎる。
せめてナイフじゃなくて火炎放射があれば中身だけ焼き殺せるのに。
『テツダウ テツダウ キラキラ ホシイ』
上空を漂っている水晶が俺に思念で話しかけてきた。
(何とか出来るのか?)
『キラキラ タベル チカラ デル』
了解。あの水晶はコイツにとって何らかの栄養源なんだろう。
俺は壁に向かって走るとナイフの柄で飛び出ている水晶を砕いて回ることにした。
そして、砕いた側から水晶を上へと放り投げて行く。
『キラキラ イッパイ ハナレテ』
もう十分だという合図だろうか?
どうやら生きているらしい結晶は霞へと変化し、冷気を放ち始めた。
俺が距離を取ったことで亀は索敵のために首を出す。
――瞬間。洞窟内を猛吹雪が覆った。俺の退避した方向から亀に向かって吹き付ける猛吹雪。
岩亀からは熱がみるみる奪い取られ、その首はカチコチに凍りついていく。
この現象は、恐らく魔法だ。
俺は亀が凍り漬けにされている間にコンバットナイフをゴルフクラブに持ち変える。
そして吹雪が止むと同時に駆けだし、氷漬けになった亀の頭を全力でかち割った。
「……いってえええええええええええええええええ!」
すっかり手のひらの皮膚が破れていることを失念していた。
思い切り殴ったので手のひらへの反動が凄まじい。
だが、何はともあれ勝ったことには相違ない。
俺は砕いた亀の頭から目玉が飛び出しているのに気づいた。
一瞬気持ち悪いと思って目を逸らしたが、俺は慌てて目玉を二度見することになる。
青と赤の虹彩異色。その目玉は宝石で出来ていた。
俺はすかさずショップを展開。
買い取りを選ぶと品目に『ルビー』と『サファイア』と表示された。
しかし価値はたったの『二万円』止まり。何故だろうと重い首を傾げながら、俺は手にしている宝石に血液がべったり付着していることに気づいた。
見ようによってはくすんだ汚い石ころにも見える。
それを拭き取ると価値は一気に『1260万』まで跳ね上がった。
どちらも大粒だったためかどうやら五百万以上の値段が付いたようだ。
……俺にとってはただの石ころなのに凄いな。
しかし、宝石を内包している亀が絶滅しないで野生で生きて現存しているって事はこの世界じゃ宝石の価値が薄いのか?
それともここが未開地過ぎるだけか?
この森に住んでいるのは狼人ぐらいの物だし、狼人は光るだけの石に興味なんてなさそうだもんなぁ。
俺の勘だけど、この洞窟にはまだ鉱物資源が眠っていそうだ。
将来狼人の集落を開拓することになったら、ここを当面の資金の当てにさせて貰うのがいいかもしれない。
さて、思わぬ寄り道で思わぬ収穫があった。
ショップに潤沢な資金が使える以上、食料に怯えなくてもいい。
この洞窟でもう少し資金を貯めようか?
いや、だからといって単独行動は危険だ。俺はまだ体が幼い。油断をすると足元を掬われる。
だからなるべく早いところ目的を果たして、群れに戻るのを優先した方がいいだろう。
俺は早速得た資金を使って久々のジャンクフードを口にした。
味の濃いバーガーに、体に悪そうな脂ぎっとりのポテトがやみつきになりそうなくらい美味い。
狼人の群れだと、焼いた塩肉だけだったからな。
やっぱり調味料は偉大だな。
食事の後、俺はふよふよと漂っている結晶に思念を飛ばす。
(俺はここを後にするけど、お前はどうするんだ?)
『キラキラ マンゾク マンゾク イッショ イク』
……俺のどこが気に入ったんだか。何も気に入られるようなことをした覚えがない。
だがまぁ、道中一人なのは寂しいと思っていたところだ。
「じゃ、一緒に行くか」
俺は荷物を纏めるとキラキラで一杯の広間を後にした。