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霊峰を目指して

改稿終了です。ようやく次話投稿できる。



 ――三日ほど俺はテントの中で食っては寝るだけの生活を送っていた。


 俺は鈍感だったらしく、索敵用に張った麻糸と鈴の仕掛けがいくら鳴っても起きることはなかった。 

 しかし、俺が寝ている間に何度か魔物の襲撃はあったようだ。

 じゃあどうして無事だったかというと、索敵用の鈴と麻糸の仕掛けが思わぬ福次効果を発揮したらしいからだ。

 鈴と麻糸の仕掛けは何者かに引きちぎられたような形跡があったのだが、雪面に残った足跡を見るとその場所から引き返しているのがわかった。

 恐らく糸を切ったときに鈴のジャラジャラ鳴る音が聞こえて驚いて逃げたと見るのが正解だろう。

 俺はその様子を確認すると、再び鈴と麻糸の仕掛けを張り直しておいた。

 張り直した回数は三回。つまり三回は魔物の襲撃があった事になる。

 魔物が警戒して去ってくれたから良かったものの、構わずに突っ込んできていたらと思うとゾッとする。三度は警戒して去ってくれたが次もそうだとは限らない。

 そろそろ魔物も鈴の仕掛けを学習していい頃合いだ。


 だから俺は移動をしようと思う。三日薬飲んで寝ていたら驚くほど症状が改善された。

 だるさは取れ、体はスッキリとしている。最早健康と言っても差し支えがない。

 昔インフルエンザになったときは二週間ほど寝込んだ記憶があるので、いくら何でも治るまでが早すぎると思った。

 恐らく、ビスティアという種族は人間に比べて遙かに頑丈な体をしているのだと思う。

 だからこそ毛皮チョッキに腰蓑姿で過ごしても、あまり病気をしない。

 病気をしないからあの過酷な環境でも絶滅しない。

 仮に病気になっても投薬などで対処をすれば治りやすいんだと思われる。


 病気が治ってしまった今、最早群れを離れている意味は無いのだが、ショップの能力を忘れ半ば生に対して自暴自棄だった過去の俺がノルドのおっさんに見かけたら殺せとか言ってしまった。

 なので、いくら病気が治ったからと言っても不用意に近づくのは躊躇われる。

 

 それと、折角合法的に群れを離れたこの機会だ。このまま霊峰まで向かってみようと思う。

 群れに戻ってしまったら次にいつ探索の機会が訪れるかわからないからな。

 

 無謀と思うかもしれない。だけど俺は神の爺さんの言葉を思い出してしまった。

 『魔法』が使いたいのだ。

 そしてその『魔法を使える事実』が今後俺がやろうとすること対して重要になってくるはずだ。狼人の群れには魔法文化がない。魔法という言葉や概念がある事すら知っているか危ういレベルだ。具体的に魔法で何を出来るかなど知らないのはまず間違いないだろう。

 だから『ショップ』の能力も『魔法』の一種で片付けられないかなと思ったのである。

 『ショップ』が使えるようになれば文明レベルを一気に引き上げられることは間違いない。

 だったらショップを魔法だと偽って群れに帰ればいいのではと思うかもしれないが、それだけでは俺にとっては十全ではない。

 その場合、ショップで電化製品などを取り寄せるとして電力が取れないのだ。

 発電施設を作るのは難しい。

 だけど、例えば雷魔法があればどうだろうか?

 元の世界の科学技術の代替物としての魔法。

 これだけでも魔法を習得する価値は大分あるのでは無いだろうか。


 一度このまま霊峰を目指して、どうにもならなければ引き返す。

 しばらくこの指針を取ってみようと思う。

 

 俺は荷物をリュックに詰め込むと、入りきらなかった畳んだテントを麻糸でリュックにくくりつける。

 そうやって一纏めにした荷物を背負い右手には棍棒、左手にはコンバットナイフを装備して雪の森を進み始める。



 ■□□■


 半日ほど森の中を進んだ。

 霊峰の大きさはまるで変わっていない。距離が全く近づいた気がしない。

 この雪の森は途轍もなく広い。

 狼人の群れが春先から夏の終わりにかけて谷から南に真っ直ぐ移動暮らしをしても、さほど霊峰の見え方が変わらない。かなりの距離があると見ていいだろう。

 まずは狼人の冬の拠点である谷を目指す。

 最低でもそこまで一週間の旅程になると見ている。

 そこから北は未知の領域だ。狼人達の群れは東と西と南に散ることはあっても北側へはあまり行かない。

 以前に父さんに理由を聞いたことがあるが霊峰に近づく程強い魔物が出やすくなるらしい。

 覚悟を引き締めていかねば。この森は魔物が出る森である。

 油断をすれば食い殺されかねない。


 ノルドのおっさんが率いる群れと大分離れたからか、この辺りはもう狩りで魔物を間引いていない領域となる。

 時折殺気や視線のような物を感じるようになってきた。

 今までは運良く魔物との交戦を避けられてきたが、そろそろそうも言っていられないだろう。覚悟のきめ時だ。

 訓練で棍棒を振る練習はした。だが、実戦の経験は無い。

 本来であれば、ある程度成長したら群れの男達と共に狩りの練習に行くらしいが生憎その時期を前に俺は群れを出てしまった。

 いきなりぶっつけの本番。

 父さんの話で大まかな魔物の種類と戦闘の方法は聞いたことがあるが、正直言って不安だ。

 恐らく、今の時点で俺が問題なく勝てるであろう魔物が二種類。

 アーマードラビットとスノーバード。この雪の森の中で被食者側の魔物である。

 一対一で勝てるかどうか危ういのが、アイスゴブリン。

 出会ったらまず逃げるべきなのがホーンボアとウルフブリザード。アイスゴブリンは徒党を組む習性があるので二体以上同時出現したらここに入る。


 ……さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。

 俺はリュックを降ろすと棍棒を構えて身構えた。

 耳をピンと立てて、両目をぎょろぎょろと動かす。

 狼人の五感は人間のそれを遙かに上回る。

 聴覚と嗅覚がかなり鋭いのだ。

 視力に関してはそれほど変わらないが夜目が利くという特性がある。

 こうやって単身サバイバルをする事になった以上、感覚の鋭いビスティアという種族恩恵が改めてありがたく感じる。

 おかげで、俺の耳が後方で魔物がしゃくしゃくと雪を踏み締める僅かな音を捉えた。

 人間の胃頃の俺だったらこうはいかなかっただろう。


 直感的に横に飛ぶ。


 転がりながら青い皮膚をした醜い顔の子供の姿を捉えた。

 額からはねじり曲がった一本角が生えている。

 いや、子供と言うには語弊があるか。大きさは人間の子供並だがあれは既に立派な成体だ。

 移動暮らしの中、森の中に打ち捨てられている死骸を何度か見たことがある。

 コイツは森の魔物で一番のハズレ。アイスゴブリンだ。

 毛皮が取れず、肉も筋張って臭くて食えたものじゃない。

 使える素材が一つも取れないと狼人の中では有名だ。

 死体を森の魔物が食わずに放置している当たり魔物も不味いと感じている証拠だろう。

 倒すのに魔法を使えたら楽なのだろうが、魔法を使えるようになるためにこのモンスター共を相手取らないといけないジレンマ。

 使えないもの使えない。仕方がないと割り切ろう。

 俺は棍棒を振りかぶってアイスゴブリンへと距離を詰める。

 アイスゴブリンの所持する武器も棍棒。

 コンバットナイフがある分、装備面はこちらが有利と見るべきか。

 痩せぎすで栄養状態が悪そうに見えるのに、アイスゴブリンは意外なほど俊敏な動きで俺が振るった棍棒を避けた。

 ならばともう片手にあったコンバットナイフを突き出して追撃。それはアイスゴブリンの頬を掠めた。紫色をした不気味な血飛沫が雪面を点々と濡らす。


 「ギギーーーーーーーー!」


 身の危険を感じたのかアイスゴブリンは叫び声を上げた。

 まずいな。早めに決着をつけないと。

 だが、アイスゴブリンはそうはさせまいと滅茶苦茶に棍棒を振り回してくる。

 おかげでちっとも近寄れる気がしない。 


「くそ、時間を稼いで援軍を待つつもりか」


 ……だが、迷っている暇はない。俺が相手取れるのは一体までだと直感が告げている。

 アイスゴブリンと俺の体格はほぼ同じ。恐らく運動能力も五分五分。

 だったら、棍棒を受けきれない道理はない。

 ビスティは視力自体は人間と同じくらいだと思うが、反射神経はまた別だ。

 目で見た映像の瞬間判断能力に優れているのである。

 恐らく今の俺なら、スロットの目押しが出来るんじゃないかと思っている。

 その恵まれた反射神経を活かさない手はない。

 アイスゴブリンの棍棒の軌道をじっくり観察し、振りが甘そうな一撃を狙って切り込んでいった。


 ゴィン!


 迫る棍棒を棍棒で受けて鈍い音が響く。


 「よし、このまま……」


 俺はアイスゴブリンの棍棒を受け止めたままナイフを突き出そうとして……棍棒が手を抜けてすっ飛んでいった。

 ……どうして、と一瞬思ったが俺は直前の状況を思い出す。繰り返すが俺とアイスゴブリンの身体能力はほぼ同じである。

 そのゴブリンが両手で振るった棍棒を片手で受けたら、片手で持っている俺の棍棒の方が吹き飛ばされるのは自明の理というわけだ。

 今の俺が二刀流を狙うのはどうやら贅沢すぎる選択肢だったようだ。

 アイスゴブリンはぶんぶんと棍棒を振るってくる。

 俺はバックステップで距離を取った。

 残ったコンバットナイフと棍棒ではリーチが違う。

 恐らくコンバットナイフの方が殺傷力が高いこともわかっている。

 ただ、棍棒を受けられるかと言ったら否だろう。

 怪我を覚悟で差し違えることも出来るが、そうなれば後の道程が続かない。

 地球から取り寄せられる物に瞬間回復薬なんて便利な物はないからだ。

 良くて軍用応急セットだろう。

 ここは安全に行くべきだ。


 俺は吹き飛んだ棍棒を拾いに一端距離を取ろうとして……青い皮膚の小男を見た。

 ……最悪だ。


 「くそ、もう援軍が来やがったのか」

 

 見回せる範囲にいるのはアイスゴブリンが二体。

 援軍が一体だけだったのがせめてもの救いか。

 援軍に来たアイスゴブリンは武器も持っていないようだ。

 おまけに最初のアイスゴブリンよりも一回り小さい。

 だが、素手でも放置するには十分危険な相手だ。

 まずは倒しやすい援軍の方から仕留めるべきだろう。

 棍棒を装備しているアイスゴブリンは嫌らしいことに俺の背後を執拗に狙ってくる。

 決定的な隙があれば一気に切り込んでくる算段だろう。

 仕方なく俺は棍棒を一端諦め、コンバットナイフを構えて新たなアイスゴブリンへと飛びかかった。

 しゃくしゃくと背後からは雪を踏み締める音がかすかに聞こえている。

 つまり俺は挟み撃ちをされている状況ってわけか。

 ……立ち止まったら駄目だ。

 ならばすれ違い様に首を掻ききって一撃で終わらせてやる。


 俺はコンバットナイフを丸腰のアイスゴブリンの首元めがけてに思い切り突き刺した。


 ――だが、どうにも様子がおかしい。


 突然ナイフの進みが止まったと思ったら、ガキンと刃を押し返される感触がした。


 ――ピキッ。ピキピキ。


 「……っ、冷たっ!」


 コンバットナイフを握り混む手の先から途轍もない冷気を感じた。

 異常を横目でちらりと確認すると、真っ白に霜が降りたコンバットナイフの刃面が目に入った。そして先端にはいつのまにか青白く輝く氷の欠片が張り付いており、まるで霜をエサにするかのように喰らい俺の手元へと成長しながら迫ってくる。

 どうやら押し返された感触は刃先に付いた氷の塊による物だったらしい。

 このままだと俺の腕まで氷に飲み込まれる。

 そう思った俺は咄嗟の判断でコンバットナイフを投げ捨てた。

 丸腰になったが止まるわけにはいかない。俺はそのままサイドにステップを踏み、丸腰bのゴブリンの横を抜けた。


 仕切り直して、俺の眼前には二体のアイスゴブリンがいる。

 棍棒を持っている方も危ないが、丸腰のゴブリンには得体の知れない怖さがある。

 距離を取って木陰に潜んで様子を見ていると、丸腰のゴブリンが両手を前に突き出す様子が見えた。その両手の周りには白く可視化された空気が渦巻いている。

 その中央に変化があった。

 アイスゴブリンの両手のひらの中央に青白く輝く氷の塊が出現する。氷の塊は周囲を漂う霞のような空気を喰らって成長していく。先程俺の持っていたナイフに起きた現象とそっくりだ。

 あれをどうするつもりだ?

 俺がそう思うのと同時、氷の塊はアイスゴブリンの手を離れた。

 そして豪腕プロ投手が投げる渾身のストレートの如き速度で俺に向かって飛んできた。

 

 パキャアアアアアン!


 木にぶつかった氷の塊が炸裂する。

 恐ろしいことにぶつかった瞬感に成長し、氷柱状の氷を全方位に伸ばしたようだ。

 まるで氷で出来たウニである。

 その氷のウニのトゲが木の幹にぶっすりと突き刺さっているのを見て俺は言葉を失った。

 

 ……当たったら死ぬ。


 俺は足がすくんで動けなくなった。

 丸腰で呆ける俺を見て好機と見たのか、棍棒を装備したアイスゴブリンが突っ込んでくる。

 俺はすぐに自分の頬を張って、目の前の敵に集中する。


 ええい、得体の知れない奇っ怪な術を使うアイスゴブリンは後回しだ。

 まずは棍棒を持った方から仕留める。


 『ショップ』


 俺は咄嗟にショップリストを呼び出した。残金は一万円。買える物には限りが出てくる。


 「……何か武器はないか。武器、武器……ああ、もうこれでいいや!」


 俺は咄嗟に中古のゴルフクラブを取り寄せた。一番長い三番アイアンである。

 俺が新たな武器を手にしたその時にはゴブリンはほんの二メートル程先に迫っていた。


 俺は慌てて横回転でフルスイング。棍棒よりも軽くて取り回しがしやすい。

 長いから遠心力で威力も出る。

 ヘッドがアイスゴブリンの頭部にクリーンヒットし、横から頭蓋をたたき割った。

 今度は謎の氷結現象に邪魔されなかったので、棍棒を持ったアイスゴブリンはあの妙な力を使えなかったと見ていいだろう。アイスゴブリンは即死した。

 厄介な方のアイスゴブリンと一対一になる。

 集中していればあの氷玉は躱せないことはない。当たったら死ぬだけだ。

 その事実が恐怖心となって、俺の動きを制限してくる。

 だから、思い出すのはアドルフ兄さんとの雪合戦。

 遊びの一環のはずなのに色々おかしい雪合戦だった。

 種族差から来るのかアドルフ兄さんが特殊なのか、アドルフ兄さんはプロのピッチャーと遜色ないほどの速度の雪玉を連射して来たのだ。そしてそれを躱せる反射神経を持っている俺も俺だった。弾幕をかいくぐりこちらも雪玉で応戦したものだ。

 人生に無駄な経験は一つもないという言葉があるが、遊びで出来たことが命のかかった今この時にできない道理はないのだ。

 俺は深呼吸を一つした後、木陰を飛び出した。

 ゴルフクラブを振りかぶって一目散にアイスゴブリンに向かって距離を詰めに行く。

 収束し、放たれる氷の炸裂玉。

 恐怖心を腿をつねって押し殺し、俺は身を低くして氷弾を掻い潜るように疾走する。

 

 距離を詰めた俺はゴルフクラブを握るグリップにぐっと力を込める。

 その瞬間、目の前のアイスゴブリンの様子が変わった。

 氷の弾を放つのはエネルギー消費が激しいのか、足元がふらつきそのままその場にへたり込んでしまったのだ。

 だからといって手心を加える真似はしない。体力を回復されたらまた俺の命を狙うだろう。

 俺は容赦なく叩き付けるようにゴルフクラブを叩き降ろした。

 今度は氷の壁に阻まれなかった。どうやら三回であの手品のネタは品切れだったらしい。

 俺はアイスゴブリンが使ったあの能力こそが魔法なのだと半ば確信していた。

 やはり魔法は有用な力だ。アイスゴブリンが詠唱している様子はなかったのでこの世界の魔法は基本的に無詠唱でも使えると見るべきだろう。

 予備動作もないから事前に察知されにくく、戦闘に組み込みやすいはずだ。

 是非習得したい。

 

 いくつかの反省と、今後の展望も見据えながら俺の異世界での初戦闘が終わった。

 怪我こそなかったが割とギリギリだったと我ながら思う。

 後一体アイスゴブリンがいたらこの場に屍をさらしていたのは俺の方だっただろう。

 フィジカルの強いビスティアの子供だったのも大きかったかもしれない。


 俺は紫の血に濡れたアイスゴブリンの棍棒ではなく、元々持っていた棍棒と未だ凍りついたままのコンバットナイフを拾い上げる。

 そして最後に降ろしていたリュックを背負おうとして――。


 ――グルオオオオオオオオオオオオッ!


 雪の森全体に響き渡るような身の毛のよだつような雄叫びを聞いた。

 俺は声の聞こえてきた森の奥を見る。

 そして、化け物と目が会った。青い肌をした筋骨隆な異形。

 角が生えている点はアイスゴブリンと同じだが大きさが全くといっていいほど違う。

 基本的にがたいが大きな狼人達の大人の男を優に上回る巨躯。

 アイスゴブリンが子鬼だから、でかいあいつは大鬼か。さしずめアイスオーガと言ったところか。

 俺はあんな存在を父さんから聞いたことは無い。

 だが、見るからにやばそうな奴だってことは分かる。


 俺はまだ距離に余裕があるうちにと距離を取るべく全力で駆けだした。

 アイスオーガは俺を標的と見たのか追いすがってくる。

 歩幅が違うからか瞬間的な速度は俺よりも速い。

 だが、遭遇したのが平地ではなかったのが幸いだった。

 俺やアイスゴブリンと言った小さな体の持ち主は木々の隙間を抜けやすい。

 逆に巨躯を持つオーガは木々に進路を阻まれるというわけだ。

 素の速度は速いものの木々を迂回する分時間がかかる。

 よって、俺とアイスオーガの移動速度は均衡した。

 後は体力比べ。だが一つだけ均衡を崩す方法はある。

 背負った荷物を捨てる事だ。身軽になればその分早く走れる。

 更にリュックには鈴が入っているためジャラジャラと音を立てて常に居場所を知らせているようなものだ。

 だが、テントは捨てたくない。

 テントがないと夜の冷え込みから身を守る手段がなくなる。

 オーガから逃げ切っても凍死しては世話がない。


 悩みながらひたすら走る。走っているうちに森が開けた。

 雪の森の中には少ないながらも所々木の生えない場所がある。あまり高くない確率だが俺はこのタイミングで引き当ててしまった。

 平地に出たことでアイスオーガを遮る物がなくなりアイスオーガの進撃速度が倍近くにまで跳ね上がった。

 みるみると距離を詰められていく。

 じりじりと焦燥感が募ってくる。距離の余裕は即ち心の平穏に繋がる。

 なくなれば絶望しかない。

 もがくように懸命に足を動かして俺は再び森の中に入っていく。

 終わりの見えないデスチェイス。

 早く諦めてくれと俺は願う。

 だが、それはアイスオーガも同様だったらしい。

 ある程度距離を詰めたことで俺に届くと思ったのか、拳が傷つくことも厭わず殴って木をぶち折りながら進んできた。


 「……くっそ、化け物かよアイツ」


 木が倒れる音が散発的に続く。

 木を折りながらの直進だが、迂回よりも早い。どこまでもふざけた存在だ。


 ……次第に距離をつめられていく。


 オーガは俺を仕留められると思ったのか手頃な木を折るとそれを武器に振り回してきた。


 ……なるほど。奴にとってこの森は天然の武器庫という訳か。

 だから武器を持っていなかったのか。


 オーガはやり投げの要領で生木をそのままぶん投げた。

 美しい放物線を描いて俺に向かって吸い込まれるように一直線に飛んでくる。

 悪いことに俺の眼前の左右には俺を左右に避けさせないとばかりに木が屹立している。

 取りうる進路は真ん中だけ。だからといっても急に直角には曲がれない。

 

 ――これは避けられない。


 そう直感したからか、まるで死への秒読みを待ってくれている華のように投擲された丸太が大分ゆっくりと迫ってくるように感じた。


 ――気づけば再び森が開けていて絶望の中俺は唐突な浮遊感を味わった。


 逃げることに夢中になりすぎていて、前方が崖だったことをすっかり見落としていたのである。



 


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