未来の人工知能
2016年3月に驚くべきことが起こった。
なんと囲碁において人工知能がプロ棋士に4勝1敗という戦績で打ち破ったのである。
囲碁というのは将棋やチェスよりも圧倒的にパターンが多く、人工知能が人間に勝てるようになるのはまだまだ先だと考えられていた。
だが1敗したとはいえ、圧倒的な力を見せつけ勝利を収めたのである。
私は工業高校生という事もあり、機械などについて学ぶことや考えることが人よりも多いと思われます。
工業の技術的な発達は異常と言っても過言ではない程に進化を続けています。
その中でも、人工知能というものは目覚ましい発展を遂げていると思います。
一昔前、人工知能は我々人間がブログラムで入力したものを出力することしかできませんでした。
ですが、今では学習能力も備わり、まるで自分の意思を持って行動しているように見えるのです。
行動などのブログラムは我々が行っている。
にも関わらず、時に、その上をいく行動をとったりするのです。
まるでそれは自己を表現する、我をもった生物のように……
このまま人工知能が発達していけば我々はより豊かな生活を送ることができるでしょう。
工業の観点から見ても人工知能により統制されればミスなども最大限減るであろうと予測されます。
しかしどうでしょう?その現場には、はたして人の姿はあるでしょうか?
機械を点検する人間は少なからずいるでしょう。
ですが圧倒的に働いている人物は少なくなるでしょう。
現時点の見解では人工知能の発達により、約50%の人間は職を失うとされています。
自動車も全自動ですし、家事も全て機械がこなすでしょう。
さらに仕事の大部分も取って代わられることでしょう。
ならば残された職業とは何になるでしょうか?
先ず挙げられるのは、やはり機械のメンテナンスや製造をする人達は仕事を続けれるでしょう。
他にはスポーツもそのまま残るでしょう。
スポーツは生身の人間が行なってこそだと思いますしね。
芸術家と呼ばれる人達もそのままでしょう。
これはスポーツと理由はあまり変わりませんね。
他にはさらに機械をより良くしようと取り組む発明家の皆様もですね。
人工知能に取って代わられる気もしなくはないが、取り敢えずは大丈夫でしょう。
後は大部分の人達がここに入ると思いますが、哲学者や思想家の人達が増えると思われます。
これらは暇人の最大の友だと思いますし、生きる意味や死とは何か?などの考えに耽ったりするのでしょうか。
いろいろ書きましたが人間は将来的に可能生というものが大幅に狭まると思います。
また、それだけではない不安要素も多分に含んでいるのが人工知能というものです。
それは、人工知能が人間の知能を超えるというものです。
巷で言う2045年問題というもので、このまま進化を続けていけば、2040年から2050年の間に人間の知能は機械に負けるといわれているのです。
中間をとって2040年から2050年といっているだけなので、もっと先のことであるかもしれないし、もう眼前にまで迫ってきているかもしれません。
そう、機械に支配される世界が訪れるのかもしれないのです。
何を馬鹿なことを言っている?そんな事あるわけない!寝ぼけているのか?と考える人もきっといると思いますがそんなことが有り得るのです。
例えばの話ですが、地球はできてから1年と仮定しましょう。
人間が生まれたのは10分前、人工知能が生まれたのはたったの2秒前です。
これで分かりますでしょうか?
人間がここまで成長するのに10分かかりましたが、人工知能が囲碁のプロ棋士を倒すまでの時間は生まれてから僅か2秒です。
あと少しすれば人間の知能を超えるなど容易いことです。
さらに人工知能は学習能力も備えており、人間の考えを既に上回ることもあります。
ある人が言いました、
「人類の最大の発明は人工知能である。そして人類の最後の発明も人工知能であろう」
と。
あくまで可能性ですが、機械により統治される世の中もそう遠くはないかもしれません。
ここで人類は途絶えてしまうのでしょうか?
それは、まだ我々にも分かりません。
ならば、人工知能の研究は終わらせれば良いのでは?と考える人もおられることでしょう。
ですが、人は向上心を失い、発展や成長が途絶えればそれこそ、目の前に待っているのは破滅なのかもしれません。
停滞には地獄しか待っていないのでしょう。
進むのも地獄になる可能性は否めません。
もしかしたら、人工知能の発達は、我々が気づかぬ間に悪魔を造り上げているのかもしれませんね。
この先の未来がどうなるのかは私には分かりませんが、平和な世の中が続くことを願っております。