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ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
幕間
99/110

外伝:英雄へと至る part1 1/5

しばらく外伝です

 昔から英雄譚が好きだった。街に程近いその村には、街に向かう途中の旅人がよく訪れた。商人、傭兵、冒険者、そして吟遊詩人。器用な手つきで楽器を奏で、鳥のようなさえずりで彼らは伝説を語る。斧一振りで大地を割った戦士の話。飛竜に跨り空を舞った騎士の話。真紅のマントを靡かせ戦場を駆け巡った傭兵の話、等々。曲に合わせて歌うように伝えられる英雄たちの物語は子どもたちの、特に少年たちの心を鷲掴みにし、彼らに憧憬の念を抱かせる。とある少年にとってもそれは例外ではなかった。違っていたところは、その少年が成人してもなお、英雄に憧れており、それどころか、本気で彼らのようになりたいと望んでいたところであった。父も母も当然のように反対した。いや、厳密に言えば本気にしていなかった。しかし、時が経ってもその男の気持ちは揺らぐ事はなく、とうとう両親は彼に街へ行き冒険者になる許可を与えた。語り継がれる英雄譚の多くは、冒険をして、遺跡や秘境に赴き、秘宝や莫大な富を得るといった、いわゆる冒険者の話が多いからである。男は喜んで両親に礼を言うと、意気揚々と街に出かけ、冒険者組合で登録を済まし森へ初依頼をこなしに行く。


 そこで、彼の英雄道は止まった。魔獣に襲われたためだ。村にいた頃、男は自己流ではあるが身体を鍛え、自作の木刀を振って訓練を積んでいた。若さと相まって一般的な冒険者の新人より準備が出来ていたと言えるだろう。しかし悲しいかな、英雄になるために鍛えたその身体や技は現実の敵を前にした途端に役割を忘れたかのように沈黙した。街の鍛冶屋で買った安物の剣を放り投げ、命からがら逃げ出した男の命は救われたが、初戦闘のあまりの出来に絶望し、彼は英雄に成る意欲を見失った。それがおおよそ三年前の話。


 大手を振って故郷を後にした手前、そう安々と帰ることもできず、さりとて冒険者を続ける気力も無く、かといって働かなければ死ぬだけ。仕方なしに始めた職探しで得た仕事は何の因果か闘技場の係員だった。場内の掃除、貸出武器の手入れ、選手の案内。雑務をこなす毎日の中まじまじと見せられる選手たちの華麗な戦闘の数々。自分の諦めた光景が、手に入れたかった能力が嫌でも目に飛び込んでくる。観客の声援を受けて立ち回る選手の姿に興奮する一方で、思い描いていたものとは違う自分の姿に落胆する。結局のところ諦められてはいなかったのだ。かといってもう一度やり直す踏ん切りもつかなかった――――ある男に出会うまでは。


 その男の実力はそんなには高くなかった。対して彼に相対するのは当時の花形選手を簡単に倒してしまうほどの強者。結果は火を見るより明らかな筈だった。初めは防戦一方だった。相手の動きに翻弄されなんとか食らいついていっているといった様子だった。ところがその男の動きは試合が進むにつれ段々と変化していく。所々反撃に出るようになり、振るわれる両手剣を片手剣で凌いでいく。まるで戦いの中で戦い方を学んでいるかのように男は成長していく。動きは試合開始時からは考えられないほどに滑らかになっていた。通路口から食い入る様に見つめ、呼吸が荒くなっていくのを感じていた。そうして、男は勝利した。劣勢を覆し、予想を裏切り、観客から拍手喝采を浴びた。


 『あの、じ、自分もあなたみたいなすばらしい剣士になれるでしょうか!!?』


 試合を終え、思わず声をかける。緊張でキーが一段高くなってしまった。音量も馬鹿みたいにでかい。


 『自分も努力すればあなたみたいな強い男に!!』


 訝しげな視線を送る男に続けて質問をぶつけてみる。人生の転機。彼の返答次第で自分の人生は大きく変わるという根拠のない、しかし確信めいた予感があった。


 『もちろん。努力すれば立派な剣士になれるさ』


 自分の人生はここで定まった。閉じていた道が再び開くのを感じていた。闘技場の係員なってから胸の中に立ち込め続けていた暗雲はこの時取り払われたのだ。


 翌日から行動を始めた。冒険者になったあの時、自分に足りないものは何だったのか。それは準備だ。戦い方、敵や場所の知識そして装備。何もかもが足りなかった。同じ轍を今回は踏んでなるものか。日中は闘技場での仕事を続け金を稼ぎ、夜、仕事終わりに冒険者組合で依頼を受けておく。その後は床に着くまでの時間を剣の訓練に当てた。住んでいる町には残念ながら剣術道場なんてものは無かったが、幸いにも闘技場で戦闘の様子を見ることはできたし、優しい何人かの選手に頼み込んで少しだけコツを教えてもらったりした。そして早朝に起きて前日に受けておいた依頼をこなし、仕事へと向かう。この生活サイクルをやく一年もの間続けた。時に下手をうって魔獣に怪我を負わされ、時に疲労から仕事でミスして怒られたりもした。しかしその度に、装備を整え、意識を正し、挽回してきた。辛い日もあった。再び気力が途切れそうになることも。しかし努力をやめることはしなかった。なぜなら「努力すれば立派な剣士になれる」からだ。そうして、部屋の奥に封じ込めていた鉄級アイアンの認識札を引っ張り出した日から一年、ついに仕事をやめた。


 燦々と輝く太陽の光を浴びながら男は街道を歩く。重量のあまりにない革鎧の下にチェインシャツを着込み、頭には革のヘルムを、左手には小さい―頭を守るには十分な大きさの―円盾ラウンドシールドを持ち、腰には片手剣をはく。決定的なのは胸に下げられた日光をうけて鈍く光る銀級シルバーの認識札。その装備と素人の鉄級アイアンや初心者の銅級カッパーではない認識札の存在が、彼が一端の冒険者であることの証明だった。


 認識札を弾ませながら歩く男の足取りは軽い。なにせ今日は銀級シルバーになって初めて組合に顔を出すのだ。いわば初出勤の日。一年前の闘技場の試合を見た時から、いや三年前の挫折からよくぞここまで来たと自分を誇っても罰は当たるまい。「冒険者は銀級シルバーになってからが勝負」と言われているように、金級ゴールドに昇格するのは難しい。鉄から銅に上がった時のようにはいかないのは重々承知いている。それでも、遠い道の果てを想い足取りが重くなることはない。なにせ自分は努力を続けてきたからこそここにこれたのだ。ならばさらに続ければこの先へと行けるのは自明の理ではないか。そしていずれは英雄、ショウ・ツダのような立派な剣士になるのだ。こんなところで躓いてられはしない。


 冒険者組合につくと、そこは日中なだけあって人でごった返していた。剣、槍、杖を腰に、あるいは背中に装備し、革、鉄、鋼で身を包んでいる人々。冒険者たちだ。ある者は掲示板を見て依頼を物色し、またある者は飲み物片手に談笑している。数人で固まっているのが殆どだ。いわゆるパーティーというやつだろう。前衛、中衛、後衛、支援。自身の不足を補う為の知恵の形だ。冒険者業を始めて一年になるが、閉館間際の夜中にしか今まで顔を出していなかった為に、男はどこのパーティーにも入っていない。いわゆる仲間呼べる知り合いはいなかった。だからこそ―評価点が自分にのみ入るため―一年という早さで銀級に昇格出来たのだが、男としては仲間が欲しかった。それは自分の弱点をカバーして欲しいという思い、そして英雄には仲間が必要だという固定概念からだ。


 とはいえ、仲間というものがそう簡単に見つけられるわけがない。今日は初日。とりあえず良さそうな依頼を受けて、銀級になった喜びを噛み締めようと思い、男は掲示板の前へと足を運んだ。もう、薬草を摘む、荷物を運ぶといった雑用紛いの依頼を受ける必要はないのだ。盗賊から村人を守ったり、魔獣を狩って人々に感謝されるといった冒険者らしい仕事が出来る位階まで登れたのだから。ワクワクしながら掲示板を見つめる男はある依頼に視線を止めた。報酬、拘束時間、共に問題ない。何より銀級以上でしか受けられない依頼。何やら運命的なものを感じた男はそっとその依頼の書かれた羊皮紙に手を伸ばした。











◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 目が覚めると同時、感じたのは頭の痛み。酒だ。毎日のように感じてるくせに一向に慣れないその痛みに苛つきながらも宥めるように頭をさする。髪のない禿頭に手のひらサイズの温もりが加わる。何となく痛みが和らいだ気がした。低い獣の唸り声のようにうめいてベッドから半身を起こす。厚い脂肪に覆われた体に機敏さは望めない。酒のせいでもあるだろう。全身が重く、だるい。


「あーーーっ・・・そうだった・・ちっ!めんどくせぇ」


 半覚醒の頭を回して、男は思考する。何かやるべきことがあった筈だ。ゴミで散らかり荒れた部屋。家賃を催促する気に入らない大家。上手くいっていない仕事。ぐるぐると一通りいつもの悩みに挨拶をしたところで、男は今日やるべきことを思い出した。気乗りはしない。しかしやらなければならない。家賃滞納も酒代のツケももう限界だ。他に選択肢はないのだ。


 観念したように深く息を吐いて、男は立ち上がる。近くに放ってあった肌着を着て、山積みになった荷物の山を掻き分ける。探しものは久しく見ていない。もし見つけられなかったら今日のところは酒飲んで過ごそうと心に決め、いい加減に視線を走らせる。


「・・ちっ、わかったよ。行くよチキショウ」


 幸運か、はたまた不運か。男の探しものは見つかった。渋々男は探しもの―――――銀級シルバーの冒険者認識札を首からかけると、部屋を後にする。まったく気乗りはしないが冒険者組合に行かなければならないのだ。

 

組合は冒険者たちで賑わっていた。皆、新しい依頼が貼り出されるのを待っているのだろう。ここにいる大半が男とは違い、ほぼ毎日のように組合に通う者たちだ。なのに日中に組合に居るということは現在貼り出されている依頼は既に確認済みで、自分達には合っていないと判断したからだろう。しかし久々に組合にやって来た男にとってはそんなことは関係ない。男はズンズンと迷うことなく掲示板へと歩みを進める。


 歩く男を見て、ちらほらと冒険者たちが何かを囁く。距離と声量から内容までは男には届いていないが、何を言っているかという予想は容易だった。ちっ、と軽く舌打ちをするが囁き声は止まらない。正面から言わずゴニョゴニョと陰口を叩く彼ら一人一人を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られながらも、男は耐えて無視をする。そうすることで恥をかくのはきっと自分だと理解しているからだ。


 民衆は美談が好きだ。逸話が好きだ。英雄譚が好きだ。だがそれと同じくらいに彼らは失敗談や悲劇を好む。男は今、まさにそれを体感していると言っても過言ではなかった。男は、ここエリート・レントにてかつて圧倒的な人気を誇った闘技場の花形選手だった。容姿や実力が特別優れていたわけではない。もちろん劣っていたわけではなかったが、要は相性だった。ワイルドな戦士の風貌に、両手斧で豪快に相手を倒す戦い方がマッチした事が爆発的な人気に繋がったのだ。”剛腕”という異名をとるほど象徴的な彼の戦い方は他の選手に比べて華があった。それに加え、彼は魅せ方というのをよくわかっていた。時に劣勢を装い、時に客を煽り、終いに痛快な一撃で締める。闘争を娯楽として楽しみに来た闘技場の客のニーズと合致した彼のパフォーマンスは彼らを大いに盛り上げたものだった。しかし、そんな彼の華々しい選手人生も突如として終わりを迎える。


 とある試合での敗北。それもただの敗北ではなく圧倒的なものだった。男は相手に手も足も出ず完封され、ものの数分で負けた。男の不幸はそこで終わらない。問題だったのはその相手だった。両手剣を使うその相手は人間ではなく小鬼人ホブゴブリンの奴隷。しかしその流れるような剣技は強く、圧倒的なその戦い方は男にはない華があり、あっという間に観客を虜にしてしまった。勝利と人気をもぎ取られた男に追い打つように、闘技場では小鬼人ホブゴブリンの試合が数日後に開催され、その試合は観客たちを更なる熱狂の渦に巻き込む程に白熱した。勝利したのは小鬼人ホブゴブリンではなく全く無名のショウ・ツダという旅人。その試合が男の選手生命に終止符を打った。


 その二つの試合以降、観客たちは以前にも増して激しい試合を求めた。しかしそこに男の姿はない。理由は単純。飽きられたからだ。新しいものが生まれ、古いものが淘汰されるように、小鬼人ホブゴブリン、ショウ・ツダという二人の熱く、激しい戦いを見た客たちはかつての花形選手の戦いでは満足できなくなっていた。元々圧倒的な実力があったわけではない。試合の構成が上手く、エンターテイメント性が高かったため人気はあったが、闘技場の芯はやはり闘争。強者と強者がぶつかりあう所が結局のところ客の求めているものであり、二つの試合を経てそれに気付かされた客たちからすると、男の試合はどこか偽物のように感じられた。それに男は小鬼人ホブゴブリンにあっさりと負けてしまっている。あまりに圧倒的な敗北だったために、もう誰も男を強者だと思うものはいなかったのだ。


 以来、男への闘技場出場依頼は激減し、彼は日々酒浸りの生活を送るようになった。花形選手だったものの貯金する性格ではなく、元々少なかった貯蓄は日を追うごとに圧迫され、今では殆ど残っていない。家賃を滞納し、ツケで酒を飲む男を見て、人々は堕ちたかつてのスターを笑う。その苛立ちからさらに酒を煽る毎日。「これ以上待てない」と大家に言われなければ今日もまた何もすることなく酒に逃げていたことだろう。早急に金を用意しなければならない男に残された選択肢は古巣に戻る事。即ち、冒険者業を再開することだった。


 掲示板の前までやってくると、そこには男以外にも何人かの冒険者たちがいて、皆一様に掲示板を見上げていた。邪魔だな、と思いつつも口には出さず、腕組みをして男も掲示板へと目をやった。彼の探している依頼はとにかく報酬のいいものだ。それでいて楽なものならばなおいい。一通り貼り出された依頼に目を通して、男は受ける依頼を決めた。時間のかかる依頼ではあるが、その分報酬が良かった。陰口の叩かれるこの場からさっさと抜け出したいという思いも手伝って、男はさっとその依頼の書かれた羊皮紙に手を伸ばした。


 ぶつかる手と手。眉を顰めて視線を下げると、そこには自分と同じように手を伸ばす冒険者がいた。革のヘルムに革の鎧。腰に片手剣を佩き、手には円盾ラウンドシールド。駆け出しの戦士、といったその風貌。しかし驚くべきことにその冒険者の首には男のものと同じ銀級シルバーの認識札がかけてあった。


(ちっ・・こんなちんちくりんと俺が同格だと?ふざけるなよ・・・)


「あっ!あのっ・・」


「あ?何か文句でもあんのか?」


 強引に掲示板から依頼書をふんだくる男に、焦ったように声を出す冒険者。凄まれ、言葉を失った冒険者を無視して、男は受付へと移動する。


「この依頼を受ける」


「・・・あのー!この依頼はまだもう一人分空きがありますよー」


 乱暴に依頼書を受付へと叩きつける男を尻目に、受付嬢は立ち尽くすその冒険者に声をかける。頬を綻ばせ、駆けてくる冒険者。それを見て舌打ちする男。


「はい、では受注作業に取り組ませていただきます。まずは確認のため、お名前をお教えください」


 事務的な受付嬢の問いに、初めに冒険者が。次いで男が答えた。


「ザイン・フェルベルです」


「ダイン・ホージン」


 


ダインの初登場は9話。ザインの初登場は一応17話ですが、名前を明かしたのは21話です。

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