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ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
第四章
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第87話 何も出来ないわけがない

 陽光指す森の中。密かにたたずむ謎の遺跡。訪れる者などいないのだろう。人の手の入っていないその石の遺跡には苔が生え、蔓が巻きつき、時代を感じさせるとともに自然の生命力を見る者に示す様になっている。そんな遺跡ではあるが、無人というわけではなくかすかな賑わいを見せていた。人間がおおよそ住んでいるとは思えない風貌だが、自然とともに生きていける者達なら話は別である。猿賢人マンプ尻尾猿テールエイプに似た容姿の亜人たちが今、その遺跡を住処にしていた。


「吸ってー止める!慌てないで、落ち着いて・・射って!」


 明るく、高い声。ハキハキと発せられる言葉たちは森の中に木霊して、上質な楽器のように心地よく耳に響いた。遅れてシュッシュッと小さく鳴る風切り音。鋭いのから鈍いのまで、質にバラつきのあるその音たちがひと通り鳴り終わった後、先程よりもさらに高い声が弾く様に響く。


「うわぁ!すごい!!当たった!」


「見て見て!あんなとこまで!」


「うん!凄いねみんな!上手だよー」


 喜色を全面に出して騒ぐ猿賢人マンプの子どもたちに笑顔でリーシャは対応する。人攫いから逃れ、森で猿賢人たちに拾われて二日が経った。大規模な狩りに出かけている若い衆たちが戻ってくるまで遺跡に留まることを余儀なくしているリーシャは、暇潰しがてら子どもたちに弓を教えていた。弓を扱うのは得意なうえ、レイクビューにてゴブリンたちにも教えていた経験がある彼女の弓術指南は、あっという間に猿賢人たちを虜にした。


 元々手先が器用で知能も高い猿賢人たちの中にも弓を扱う者は居たが、手本となるほど優秀な者はおらず、同じ遠距離ならば槍投げの方が得意であり、効率的だというのが彼らの総意であったため、弓術というのは彼らにとって、特に子どもたちにとって新鮮なものであった。ニコニコと優しく指導してくれるリーシャに、好意を抱けども警戒するものはおらず、あっという間にリーシャは猿賢人たちの輪に溶け込んだ。子どもたちに囲まれ騒がれる彼女を、微笑んで見守る老いた猿賢人たち。それはまるで、保育士が公園で園児と戯れるのをベンチに座って見ているかの様である。


「いい?慌てちゃ駄目だからね。体の動きを射つまでピタッと止めるんだよ?じゃないと矢がブレちゃうからね」


「はーい!」


 リーシャの言葉に素直に頷く子どもたち。そのまま的を狙える位置に各々移動すると、弓を構え始める。子供用にリーシャが作った小さな弓を構える姿はどこか愛らしい。母が子に送るような視線をリーシャは彼らに向ける。そんな彼女の視線から外れるように、一人の猿賢人が場を離れていく。「どうしたのだろう」と思った次の瞬間には体は勝手に彼を追いかけていた。


「どうしたの?こんなとこまできて」


「え!あっ・・」


 大木を背にして隠れるようにひっそりと座っていた猿賢人の少年は、不意にリーシャに声をかけられビクリと身体を震わせた。緊張しているのか視点が定まらず、あちこちと周りに目をやり時折窺うように彼女と目を合わせる。


「隣、座ってもいい?」


「う、うん・・」


 少年の返事にニッコリと微笑むと、リーシャはゆっくり彼の隣に座った。枯れ葉の絨毯はふわりと彼女を受けとめ、笑顔の彼女を見て、少年は一層緊張を強めた。


「皆と弓やらないの?」


「ぼく・・下手だから」


 膝をたたみ頭をつけて座るリーシャ。自身の顔を覗くように向けられた彼女の顔を直視できず、若干震えた声で目線を反らして少年は答えた。


「誰だって、最初はそうだよ?」


「うん・・でも、皆すぐに上手くなる。・・だけど、ぼくはずっと下手なままだ」


「そんなの、続けてみなきゃわからないよ」


 目線を下に。俯いて話す少年を励ますように、リーシャは努めて明るい声で話すが、彼の様子に変化はない。


「ぼく達って争いが嫌いなんだって」 


 リーシャの言葉に否定も肯定もせず、少年はぽつりと呟いた。いやもしかしたらそれは彼なりの否定だったのかもしれない。しかしリーシャは何も言わず、じっと次の彼の言葉を待った。


「だから住むところ探してる人がいたら譲っちゃって、ぼく達は新しい場所を探しに行くんだって」


「大人の人がそう言ってたの?」


「・・うん。ぼく達は『森の賢者』だから、力じゃなくて言葉で物事を解決するんだ、って言ってた。槍投げは狩りのためだけなんだ。でも―――――」


 そこで一旦言葉を切ると、少年はより一層下を向いて両手を強く握った。毛で覆われた腕からは筋肉の筋は望めないが、相当な力を込めていることがリーシャにはわかった。わずかに漏れるうめき声。泣いているのだと即座に悟った。


「――――ぼくは何にもできない。ひくっ・・槍投げも、下手だし・・弓も駄目だった。森角鹿ライディーアに乗れても・・うぅ・・ぼくは、何の役にも立たない!ぼくだって何かしたいのに・・!」


 すすり泣く少年を前にリーシャは絶句した。泣く子供をどうすればよいのかわからないからじゃない。何十歳も年下で子供のはずの彼が、群れの役に立てない自身の未熟さを悔み、本気で嘆いている事に驚いたためだ。エルフと他の種族では時間の進み方は違う。精神の成熟速度もそれに伴って変わってくる。なので同じ歳の頃の自分と彼を重ねるのは適切ではない、が、それを抜きにしても彼の年齢不相応な思考を前に、リーシャはしばし言葉を失った。


「君が、何の役にも立たないなんてことは絶対にないよ」


 そう言ってリーシャは少年の肩に優しく手をおいた。返ってくるのは小刻みに震える彼の肩の振動のみ。無言の彼に、それでも構わずリーシャは言葉を続ける。


「誰だって、誰かの役には必ず立てるんだよ。誰にだって出来る事と出来ない事がある。君が出来ることはきっと、誰かにとって出来ないことだから、君はその事で人の役に立てるでしょ?」


「でも・・ぼくが出来ることなんて・・」


「あるよ!必ずある!群れの役に立てないって泣けるほど、君はすごく優しいし、森角鹿ライディーアに乗れるんでしょう?すごいじゃん!今は何の役にも立たないって思うかもしれないけど、いつか!必ず、それが必要だ、って人が出てくるし、必要な時が来るから!それまでは気長に待てばいいんだよ」


 泣きあと新しい顔で見つめる少年にリーシャは笑顔を向ける。出会って数日、初めて話した彼女の言葉を彼はどれほど信じられるのだろう。だが彼女は年上で、ダークエルフだ。自分の外の環境からきた彼女の言葉だからこそ信じられるということもあるはずだ。きっとこの少年は自分が出来ないことを見つける度に悩み苦しんできたのだろう。同じ群れの皆には話すことが出来ず、独りで抱え込み、その抱え込んできたものが余所者であるリーシャと話す事で溢れてしまったのだ。ならば彼女の言葉が彼に届かないなんてことは無いはずだ。


「どうして・・そんなことがわかるの?」


「ふふん、それは私がお姉さんだからだよ」


 得意げに口角を上げ微笑むリーシャを見て、少年は思わず笑った。彼の笑顔に釣られて彼女も今度は口を開けて笑う。


「ねぇ、名前はなんていうの?」


「トラン」


「トラン、私はリーシャだよ。よろしくね」


 少年――トランに笑いかけるリーシャ。彼もまた笑みを返す。緊張はいつの間にか消えて無くなったようだった。


「ねぇトラン、私に森角鹿ライディーアの乗り方教えてよ」


「え、でも今大人たちが皆連れてっちゃったから・・」


「帰ってきてからでいいよ!私に教えてくれる?」


「・・うん。わかった」


「やった!代わりに私は弓を教えてあげる!」


「いや、弓は・・」


「大丈夫!まだトランが弓は出来ないって決まったわけじゃないから!今度はみんなと一緒じゃなくて二人っきりで教えてあげる」


「二人っきり・・」


「そうだよ?言っておくけど私教えるのすっごく上手いんだからね!」


 快活な声で張り切るリーシャを見て、遠慮がちにトランは微笑む。「二人っきり」と小声で繰り返す彼の顔には、再び緊張の色が浮かんでいた。






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「届かせなきゃって思うんじゃなくて、届け!って願いながら射ってごらん」


「届け!・・・あっ!やった!!」


「やったねトラン!すごいよ!」


 自身の放った矢が的に命中したのを見て、手を上げて喜ぶトラン。先生であるリーシャも彼同様に喜ぶと、毛むくじゃらの彼に抱きついて褒め称える。


「ね?言ったでしょ?トランだって弓使えるんだから!」


「う、うん」


 成功した興奮からか、トランの表情はどこか堅い。リーシャの顔を見ないように視線を避けて、頬は赤みを帯びていた。


「トランはねぇ深く考えすぎて緊張しちゃって変に力が入っちゃう癖があるからね?『当たったらいいな』くらいに考えたほうがいいよ」


 リーシャの言葉に素直にトランは頷く。遺跡から少し離れた森の一角で密かに始まったトランの個人レッスンは今日で二日目である。出来るわけ無いと自信をなくしていたトランは、始めこそ予想通り上手くいかず落ち込んでいたが、何があっても明るく何度でも教えようとしてくれるリーシャに助けられ少しずつやる気を見せ始め、今ではすっかり真面目な生徒となっていた。


「よし!忘れないうちに今の感じでもう一回やろう!・・・どうかした?」


「い、いや・・あと少しで皆狩りから戻ってくるから・・・そしたらもう弓教われないなって思って」


 俯くトラン。彼が今抱えている感情は不安と寂しさ。彼にとってリーシャは初めて自身の本音を吐露した存在であると同時に、弓術の先生でもある。今彼女が自分の元から去ってしまったら、それを意味するのはまた何もできないという悩みに悩ませられ続ける頃に戻るということになるのではないか。そんな漠然とした思いが彼の中に渦巻いている。


「バカだなぁ」


 そんなトランの頭を撫でながらリーシャは笑顔を浮かべる。


「こんなかわいい生徒を置いて帰っちゃうわけないでしょうが!トランがきっちり弓が使えるようになるまでトコトン教え込むからね?」


「ほんと?」


「ほんと。さっ!わかったら続けようね――――あれ?なんか騒がしくない?」


 喜びを隠しきれないといった様子で微笑むトランに応えて笑うリーシャ。そんな彼女の耳に何やら聞きなれない騒音が飛び込んでくる。猿賢人たちのいる遺跡の方角からだ。


「もしかして狩りから戻ってきたのかも」


「あーなるほどそうか!」


 トランの意見に納得したようにリーシャは頷いた。話題に上がっているところに丁度。なんと間のいい帰還だろうか。


「ちょうどいいね!私もう少しだけここに居るって伝えよう!行こう?トラン」


「ぼく、もうちょっとここで弓の練習してるからリーシャ行ってきていいよ」


 留まることを伝えたからか、トランの士気は高い。矢を射ちたくて仕方がないといった様子だ。


「んふっ、わかった。コツは落ち着くことだからね?私が戻ってくるまでにあの的に矢が増えてたら嬉しいな」


「が、頑張る!」


 意気込むトランに再び笑みを浮かべると、リーシャは遺跡へと向かう。彼女の背後では深く息を吐いて弓を構える真面目な生徒の姿があった。


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