第83話 王たるもの
父は偉大な人だった。誰よりも強かった。故に、我らの王だった。
その鬣も、牙も、爪も、目も、耳も、肉体も。尻尾ですら荒々しく、雄々しい。彼のモノ全てが彼自身の強さを表しているようで、見る度に自分の父であることが誇らしくなると同時にこれこそが王なんだと教えられている気分になった。
『ガラン、王とは何だかわかるか?』
『父上のように強い人のことだ』
鬣も生えそろっていない小さな子供の頃、王である父が問うたその問に、ガランは即座にそう答えた。息子の答えに喉をグルぅと鳴らして笑うと、父はガランの頭を撫でながら口を開く。
『いいか、ガラン。強さとは武力だけにあらず。弱者は強者に集うものだ。その時に強者はその度量を図られる。潰されるか、背負ってなお立ち上がるかだ。立ち上がれるものを我らは王と呼ぶ』
父の言っていることがわからず首をかしげるガラン。彼を見て今度は牙をむき出しにして大笑いし『直にわかるさ』と父は再びガランの頭をなでた。獅子人には子供ができづらい。生まれてきてもせいぜいオスメス一組に一人程度。兄弟などめったにいるものではなく、それ故にどれだけ荒々しく繊細さにかけるオスだろうと自分の子は大事にするものだった。そしてそれは獅子人の王であっても変わらない。ガランが成長し、力をつけ、群れ一番の実力者になり王位を継承するまでの間、そしてした後もなお父とガランはたくさんの会話をした。その中でも、幼少の頃に交わしたその会話はガランにとって特別だった。何十年と経った今でさえ夢に見ることすらある。いつだってその言葉は頭のなかにあった。一年前のあの時も―――――――
「王よ!敵襲です!!」
「グルゥゥ・・数は?」
ガランの住む洞穴に飛び込むように獅子人の一人が駆け込む。
突然の報告に喉を鳴らすとガランは立ち上がる。敵の正体は聞かない。ここらで自分たちに戦いを仕掛けるものなど決まっている――――人間しかいない。各々異なった装備をして数人で動く人間たちではなく、皆一様に同じ装備をして隊列を組んで規律よく動く種類の人間。数ヶ月前ほどから自分たちの縄張りを求めて襲ってくる彼らは決して侮れる類のものではなかった。群れ一番の強者である王自ら戦いに参加しなければ撃退できない。寝ていたガランの脳は急速に活性化し、肉体は戦闘に向けて熱くなっていく。
「いつもよりも多いです!!王よ、お早く!!」
「よーし・・落ち着いていけよ若造共。敵は所詮獣、こっちは王国の精鋭だ負けるわけ無いからなー。俺に剣を抜かせるなよ?」
四足で駆けて洞窟から飛び出したガランの瞳に人間たちが映る。木や岩よりも硬い素材で出来た服に身を覆い、爪ほどに鋭い武器を構える彼らの姿はこの数ヶ月で何度も見て返り討ちにしてきた。しかし今回、ガランは見慣れていないものを発見する。白の混じった金の髪を風でわずかに揺らしながら、人間たちの後方で声を張る男。口の周りに髪と同じ色の毛を生やし、うっすらと笑みを浮かべる彼の気配は他とは一線を画していた。明らかに強い。目の前にいる人間の中で一番の強者。つまり――――――
「貴様が人間の王か!」
「おいおい、活きのいいのがいるな!俺が王だって?人間の?」
「そうだろう?我と一騎打ちをしろ!王らしく正々堂々と!!」
「はっはっはっは!!なんだいそりゃあ!一騎打ちぃ?そんなの久々に聞いたなおい。おじさん笑っちまうよ、はっはっは!・・はぁ―――しねぇよそんなもん。第一俺は王様なんかじゃねぇからな。お前ら、攻撃開始」
ガランの言葉に大笑いした後、男は冷静に一言。彼の部下であろう人間たちに指示を出す。人間たちは各々武器を構えて陣形を保ったまま前進。獅子人たちに攻撃を仕掛けた。
「貴様ッ・・!!」
「一騎打ちと言わず俺の部下の相手してやってくれよ!お前らと戦うのいい訓練になって助かってんだ」
「グルウウウウゥゥゥウァアアア!!」
薄ら笑いを浮かべる男にガランは怒りの咆哮を上げる。それに呼応して獅子人のオスたちもまた牙をむき出しに叫んだ。人間たちを跳ね飛ばしメスと子供たちを守る。降りかかる斬撃を交わし反撃の爪で肌をえぐる。鎧で覆われている部分は爪も牙も通さない。獅子人たちはわずかに肌が露出している部分を狙うしかなかった。
「グルウゥゥアアアッ!」
人間と獅子人が争うその場で、ガランは文字通り獅子奮迅の活躍を見せる。敵の攻撃を躱すと同時に手を、足を使って反撃する。鎧によって爪や牙は弾かれてしまうが、打撃による衝撃は生身にも届く。当然それすらも軽減されるが無効化は不可能。重い鎧を身につけ動き回るガランに何度も剣を振るう。それだけでも疲れるがそこに弱くはない衝撃を加えられれば隙ができるのもまた必然。ガランがそれを見逃すわけはなく隙を見出しては骨を折り、脳を揺らして気絶または戦闘不能へと追い込んで人間の数を減らしていく。戦うたびに動きは最適化され、より俊敏に人間を無効化していく。疲れを見せない彼の咆哮は味方である獅子人の士気を上げ続け、戦いはよりその熱を増していった。
「なるほどお前か」
白熱する戦場を一歩引いたところで見る金髪の男のつぶやきを、ガランの耳は拾う。ゾクリと背筋に何かが走る。直感の従うままに、ガランはすぐさまその場から一歩飛び引いた―――と同時、彼のいた場所を恐ろしく鋭い何かが通り過ぎた。
「お前だろ?うちの部下をたくさんいじめたのは。今でも兵舎にはお前に叩きのめされたやつらがウンウン唸ってるぞ」
「・・我は返り討ちにしたまでだ」
戦場に乱入してきた男をガランは睨む。男の攻撃を躱せたのは僥倖だった。見切ったわけでも予期していたわけでもない。最初に睨んだ通り、強者だったと思考するガランの胸がズキリと痛む。手を当ててみればそこには真っ赤な血。そこまでは深くはない。しかしガランは斬られていた。攻撃を避けきれてはいなかったのだ。
「よく避けた。でかい態度をとるだけはある。さていつまで続けられるかな?」
そう言って踏み出した男の姿が一瞬ガランの視界から消える。男を探さんと瞳を動かそうとするガランに悪寒が走る。ガランはとっさに身を屈めた。
「やるねぇおい」
自身の斬撃を避けたガランに向かって薄ら笑いを浮かべて男は賞賛を送る。必死で避けるガランに対して浮かべるその表情の意図は余裕。自分を舐めている男に怒りを覚えたガランは一吠えすると反撃の爪を振るう。
「危ねぇ危ねぇ」
「ぐぬぅう・・!」
言葉とは裏腹に舐めた態度を崩さずに男はガランの攻撃を避ける。
攻守はあっという間に交代。消えたと誤認するほどの速さで襲い掛かってくる男の斬撃をガランは必死で避ける。しかし完璧ではない。避けきれていないという証拠に、ガランの体には決して浅くはない傷が男が剣を振るうたびに刻まれていく。
「もうお終いかよ、獣の王様」
「ガランッ!!」
無感情に振るわれる必殺の斬撃。しかし目標となっていたガランは横ばいから何かによって吹き飛ばされそれを回避することとなった。
「ガラン、逃げよ。ここは我に任せろ」
「父上・・!」
男に視線を、神経を集中させながら前王であるガランの父は息子へと話しかける。
父親に窮地を救われたのだと遅れて理解したガランの絞り出した声に、前王はグルゥウと喉を鳴らした。
「逃げろッ!ガラン!皆を連れて逃げ延びろ!!」
「我は王だ!逃げることなどできぬ!!」
ガランの返答に不満があったのか、前王の顔は牙をむき出し威嚇のときの表情をかたどる。言葉を発しようと口を開く前王だったが、視界に鋼色に輝く刃が映ると、口を閉じ体を動かし回避行動を取る。
「ほぅ?お前も避けるのかよ」
「ガランッ!!王の――王の役割とは敵を滅することではない!!」
繰り出される斬撃を避けながら前王は言葉を紡ぐ。
その肉体は大きく、雄々しい。しかし全盛期はとうに過ぎている。体力も王だった時には遠く及ばないだろう。威厳を称える鬣はその艶を失い、体中に刻まれたシワは老いを象徴している。それでも前王の言葉には未だ重みがあった。たとえそれが戦闘中であろうと、紡がれる言葉には一度王になったものの強さが乗せられている。
「群れをッ!守ること!!それこそが王の役割!!・・生きろッ!ガランッ!お前は王として生きて、皆を守れ!!」
咆哮を上げ、敵に立ち向かう前王。その背中を見るガランの瞳がわずかに潤む。
男によって、前王の体には傷が刻まれていく。それらはガランのものよりも深く、酷く、悲惨。しかしそれでも前王は戦うのをやめずに男に立ち向かい続けた。それは前王としての矜持か。それとも子を守る父の強さなのか。
割れるほど牙を強く噛みしめる。爪が食い込んで出血するほど拳を強く握り込む。
それは自分自身への怒り。強さを追い求めてきた自分の現状が父親に守られること。その不甲斐なさに、王としての力の無さに悲しみにも似た怒りが心の底から湧き上がってくるのをガランは止められない。
「グルウウウウゥゥゥウァアアアアアアッ!!」
一際大きな咆哮。獅子人たちは思わず咆哮の主に視線を集め、人間たちでさえ注意をそらされた。全身に力を込め、天に向かって放たれる悲痛の叫び。頬に流れる一筋の涙は当人にさえ気がつかれないまま地面へとその雫を落とす。
「オスたちよ!メスと子供を守れ!!退くぞ!!」
咆哮の後に発せられたガランの言葉に、一瞬、獅子人たちは固まる。
「グルウゥゥアアァッ!老いてなお猛々しい者たちよ!我らが子を守ってみせようぞ!」
続けて発せられた前王の咆哮に、老いた獅子人たちが呼応して叫ぶ。
若人たちに代わるように、雄叫びを上げて人間たちに向かっていく彼らを見て、若い獅子人たちは事態を把握し動き出す。
「ジェド!マドル!先導しろ!」
「はいっ!」
「よしっ!みんな、こっちだ!」
「おいおい、逃したら面倒くさそうだな・・・お前らっ!一匹逃がすごとにおじさん考案、地獄訓練一時間だ!奴らを逃がすなよ!!」
「そうはさせぬっ・・!!」
ジェド、マドルが先導し獅子人の女子供たちはその場を離れていく。
男の言葉に恐怖を覚えたのか、人間たちも必死になって彼らを追いかけようとするが、前王率いる老獅子人たちと、殿を務めるガランがそれを阻止する。
戦場はさらに乱れ、獅子人たちの咆哮が幾重にも重なって響いた。
自身も後退しながら戦うガランの視界に、遠くなった父の背中が映る。戦士としての厚い背中。父としての広い背中。王としてのあるべき姿。それがガランの見た、父の最後の姿であった。
獅子人たちはその数をおよそ半分に減らしながらも逃走に成功。
その後、人間を避けるように移動を続け一年後、ガヴァの大森林にたどり着く。彼らの記憶には、父や祖父を失った悲しみ、人間たちへの怒りと恐怖、そして、自分たちを守りきった前王と王の姿がひどく焼き付いた。
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「いいんですか?追わなくて?」
赤く染められた大地。そこに転がる頭や腕が欠けた死体の数々。
酷いその戦場跡にで、一人の鎧を着た青年が、金色の髭を生やした壮年の男に声をかけた。
「まあ・・かまわないだろ。王様には土地奪ってこいって言われただけだしな・・それにまあ―――――――」
言葉を一旦止めて、男は辺りを見回す。
ピクリとも動かなくなった獅子人たちの死体を一通り見て、一際体の大きい年老いた獅子人の死体のところで視線を止めると、口を開く。
「――――――なかなか骨のあるやつだった。追って余計に被害を出す必要はねぇだろう」
「『大陸最強』にそこまで言わせるなんて大したもんですね」
「からかうんじゃねぇよアホ。俺はもう歳だっての。・・さてお前ら、王都から部隊が来るまでお掃除するぞ。後始末までしっかりするところがマッシャルディーナ王国兵のいいところだからな」
男の指示に、人間たちはのろのろと動き始める。
自身の部下に檄を飛ばす男の顔には戦闘の時と変わらない、薄ら笑いが張り付いていた。




