表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
第四章
91/110

第82話 小鬼の長


 昼が過ぎ、太陽もその仕事を終えようと沈み始めた夕刻。マッシャルディーナ王国領下の街、エリート・レントに数人の男女が足を踏み入れる。大きく膨らんだ麻袋を担ぎ、石畳の敷かれた街路を闊歩する彼らの出で立ちは統一性はなく、どこか汚れていた。彼らの正体は冒険者。ファング率いるミゼル、リビィ、ローリからなるパーティーに、鉄仮面のツダ、フードのリーシャを加えた集団で、今しがた依頼を完了し街に戻ってきたところであった。


「お疲れ様です。魔猿人エーブル一体の討伐、確認いたしました。依頼完了です」


「よっしゃ!」


 エリート・レント内にある冒険者組合で、受付に座る女性がそう告げると、ファングは後ろを振り向いて、仲間たちに拳を掲げて喜んでみせた。それを受けて、ミゼルは口角をわずかに上げて微笑み、リビィはふぅと一息吐いて、ローリは小さくガッツポーズをして、ツダことショウとリーシャは拍手を贈った。


「いやいや、ツダ、リーシャ。拍手をするのはこっちだぞ」


 ファングの言葉に首をかしげるショウとリーシャ。彼らの反応を見て、意味深な笑みを浮かべると、ファングは手で彼らの視線を受付へと誘導する。


「ツダ様とリーシャ様は規定以上の成果を残されたので、本日付で鉄級アイアンから銅級カッパーへと昇格となります」


 ショウとリーシャが彼女の言葉を消化できず固まっていると、ファングは何かを彼女から受け取り彼らに近づくとそれを差し出した。


「おめでとう」


 祝の言葉とともにファングから差し出された銅で出来た認識札をツダは受け取った。確認すると確かに自分とリーシャの名前が刻印されている。


「なんで・・こんな早く・・」


「うん?まあ元々鉄級アイアンから銅級カッパーに上がるのはそう難しくないんだ。軽い依頼でも数回こなせばすぐ上がれるほどだからな。それに今日二人がこなしたのは本来、銀級シルバーが受ける難易度のものだからな、いくら手伝いだったといえ十分以上に役に立ってくれたからこれは当然だよ」


 驚きの声を上げたリーシャにファングは笑顔で説明する。

その説明を聞いているうちに気持ちが落ち着いてきたショウはそういうものかと納得し、リーシャも嬉しいのか、ショウから受け取った銅の認識札を見て微笑んでいる。


「じゃあこの鉄級アイアンのやつはどうすれば?」


「自分で持ってても組合に戻してもいいぞ。大体みんな初心を忘れないために持っておくけどな」


「どうする?リーシャ」


「私持っておく!記念に」


 首にかけていた鉄級の認識札をポケットにしまい、リーシャは銅級のソレを新たに首にかける。それを見て一人納得したように頷くと、ショウもまた彼女に倣って鉄級の認識札をしまって銅級のものを首にかけた。


「よしっ!じゃあ金の雄鶏亭で祝杯でも上げるか!」


「それはいいけど私はその前に湯浴みしたいわよ。髪もベトベトだし」


 ファングの陽気な声に、少し疲れた様子でリビィが反応する。

言葉を発すると同時に自身の髪をいじって見せる彼女を見て、顎に手を添えてファングは頷いた。


「そうか・・そうだよなーローリもそうしたいか?」


「はぃ・・できれば私もそうしたいです」


「よし、じゃあ俺らは鍛冶場のおっさんのとこでもよるか・・なあ?ミズ」


「ああ」


「リーシャは?あなたは湯浴み大丈夫?」


「あ、私は大丈夫!街の中見て回りたい」


「そう・・気をつけるのよ」


 そっけない様子で言ったリビィの言葉にリーシャは首をかしげた。

その様子を見てわずかに微笑むと、リビィは自身の顔の周りに指で円を描く。数秒の後、理解したリーシャはフードを抑えてコクコクと頷いた。


「あまり時間かけるなよ」


「女の湯浴みは時間かかるわよ。黙って待ってあげるのがいい男よ、ミゼル」


 ウィンクをかまし、去っていくリビィ。それを追いかけるローリ。彼女たちの背中を見ながら、ミゼルは眉を八の字に上げて額に青筋を立てていた。




\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「わあーすごい!なにこれ?」


「幸運のお守りだよ、嬢ちゃん。持ってると魔獣がよってこなくなるんだ」


 ファング、ミゼル、ショウが歩くその先で、駆け回ってはしゃぐフードの人物。

その高い声と、細い体付きからダークエルフとはバレていなくとも女性だということが周りの人々にとっては明白であった。


「すごいなリーシャのはしゃぎよう・・街に来るの初めてなのか?」


「さあ・・人間の世界に興味があるのは知ってたけどここまでとは」


 まるで子供を見るかのような温かい視線をリーシャに送りながら発せられたファングの問いに、ヘルムの奥で同じような視線を彼女に送りながらショウは答えた。よくよく考えてみればショウは彼女の過去のことについて何も知らない。なぜ一人でゴブジイの家にいたのか。なぜレイクビューに尽くしてくれるのか。年齢すらわかっていない。リーシャが話そうとしないのでショウも無理に聞き出そうとしていないゆえの結果である。そのことに関しては全く問題ないのだが、改めて普段以上に明るい場面を目の当たりにすると、リーシャに対して無知であることを嫌でも認識させられる。


「お、ファングとミゼルじゃねぇか。ツケの清算でもしにきたか?」


「おう、おっさん!少しだけど返しに来たよ」


 歩いていたファングたち一行に声がかかる。

かすれた声の発生源を見てみれば、そこには腕まくりをした中年の男が座っていた。彼にすんなりと返事をすると、ファングはそこで立ち止まると、懐から小袋を取り出し、それを男へと渡す。どうやら目的の場所へとついたようだった。リーシャは立ち止まらず、周辺を飛び跳ねるように見て回っている。


「へっへっへほんとに少しだな、まったくおめぇは・・。お前を見るたびにお前がパーティーのリーダーだということが信じられねぇよ、ミゼルのほうがいいんじゃねぇのか?」


「いいんだよファングで。リーダーは明るくないとな」


「はっはっは!まあたしかに・・それもまたリーダーの条件かもな。ほれ!お前らの得物を見せてみろ!お前らちゃんと整備してんのか?」


 豪快に笑う男に釣られるようにファングとミゼルは笑い、各々自身の武器を男へと手渡した。男は眉をひそめじっくりとそれらを眺めると、「あーあーしょうがねぇーな」とつぶやいて何やら作業を始める。


「んで?そこのイカした鉄仮面つけてるあんちゃんは何者だ?パーティーの新入りか?」



「ん、いや新人冒険者のツダだ。俺達の依頼を手伝ってくれたんだよ。んで、こっちは俺らがお世話になってる鍛冶場のおっさん。鍛冶の腕はエリート・レント一のおっさんだ」


「俺の腕は大陸一だ。が、お得意さんを増やしてくれるなんてなかなか気が利くじゃねぇか。よろしくなあんちゃん」


「どうもツダです。よろしく」


 差し出されたおっさんの太い腕と握手をするショウ。ガードという鍛冶師がついているため、「お得意さんにはなれないんじゃないか」と心中で思っていたショウだったが表情にはそれを出そうとせず―出していたとしても鉄仮面つけてるためバレないが―挨拶を交わした。


「いつでも顔出してくれな。金さえ払ってくれりゃあ武器でも防具でも面倒見るぜ。こいつらみてぇなツケはゴメンだがな」


「なんのツケなんですか?」


 ショウの質問におっさんは吹き出すように軽く笑い、ファングは照れたように頭を掻いた。


「こいつらがこの街に来たばっかの頃よ、今はそれなりに落ち着いたが昔はわんぱくなガキだった俺の一人娘が俺の目を盗んで勝手に森に入って、迷子になっちまってよぉ。いねぇと気づいたときには日が沈みかけてた。やべぇと焦ってたらひょっこり帰ってきてな。聞けば赤髪の背のおっきい冒険者に助けてもらったって言うんだよ」


「依頼を終えて街に帰る途中にたまたま見つけたんだ。『お母さんの誕生日プレゼントに花を摘みに来たんだけど帰れない』って言って泣いててさ、エリート・レントまで送ってあげたんだよ」


「俺はそれに感動してよ、お礼としてこいつら二人に剣を打ってやったのよ無料でな。まだまだ新米だったこいつらには勿体無いほどの代物よ。ミゼルはまだ使っているけどよ、問題はこの赤いやつだ!こいつはなぁ俺の打った両手剣をーーーなんと人にあげちまったのよ!」


「えっ!」


 少しためて言い放たれたおっさんの言葉に、思わず声を出し驚くショウ。

期待通りの反応を見せる彼を見ておっさんは笑い、ファングは恥ずかしそうに苦笑を浮かべた。


「決闘で負けたから、命の代わりに両手剣をあげたんだ。しょうがなかったんだよなー・・・」


「ひでぇ話だよなぁ!?でもここからだ、こいつのイカレ具合がわかんのはよ!その誰かさんに負けた次の日に俺のところにやってきてよ、こいつなんて言ったと思う?」


「まさか・・」


 はっとして鉄仮面をファングへと向ける。遠い空を見上げ目線を合わせないように努めるファング。その横で親友のミゼルは口元を抑えて笑っている。


「『もう一本剣を打ってくれ』ってんだよ!平気な面してよ!俺ら鍛冶師にとっちゃ剣は子供同然よ。時間かけて丁寧に育てて巣立っていくもんさ。それをおめぇ、なくなったからすぐ次ってよ節操のないやつだと思ったね。ましてや、こいつが上げちまったもんは俺の力作も力作。貴重な鉱石も混ぜて作った傑作だったんだぜ?『同じヤツもう一本』なんて軽く言われた日にゃ怒り通り越して呆れちまったよ」


「でも打ってくれたじゃんか。こんな良いやつをさ」


「それが俺のいいところよ!娘の命の恩人だもんな、そう無下にもできねぇ。今度はしっかりと代金はいただくけどな」


 点検を終えた両手剣を受け取りながら言ったファングの言葉に、胸をドンと叩いてかすれ声で笑うおっさん。その様子を見て、ショウもまた静かに笑った。


「どれ・・あんちゃんのも見せてみな。安心しろ金なんか取らねぇからよ」


「あ、じゃあ・・」


 おっさんに言われるがままに、ショウは腰から片手剣をぬいてそのまま彼に渡す。

おっさんはふんと感心したように少し息を吐くと、まじまじとショウの片手剣を眺める。


「こいつは珍しい打ち方してんな・・ここらじゃ見ないやり方だ。鉱石の配分も変わってる。こりゃあダスンだな。でもこんなに混ぜると丈夫になるけど切れ味落ちねぇか?それに重いだろ、コレ」


「いえ、それくらいがちょうどいいですから」


 ダスン、というのはショウたちが甲冑熊アーマードベアと戦った洞窟で取れる鉱石の名前である。おっさんが見抜いたように、ショウの片手剣はガードがカーマード砦から送られてくるその鉱石ーそれだけではないがーを使って作られたものであった。先のニンデ村での戦いで壊れてしまった片手剣に変わる一品で、ショウ自身の要望によって壊れにくくなっている。重さや切れ味に関しては吸血鬼の力でカバーできるので問題はない。


「ふぅん・・。こんどこいつを打った鍛冶師に会わせてくれ。どんなやつか興味がある」


「ええ、ぜひ」


 おっさんから片手剣を受け取り、鉄仮面の奥で笑顔を浮かべて答える。

ファングやミゼルと会話している様子や、正体不明の自分に対する態度から、ショウは目の前のおっさんをいい人だと判断していた。もしガードに会わせたとしても問題ないだろう、だとも。それにそもそもガードは人畜無害の単なる好青年なので、少し話さえすれば大抵の人は彼に恐怖を抱くことはないだろう。


「そろそろ金の雄鶏亭に向かわないか?」


「ああ、そうだな。リビィたちも準備できた頃だろうしな」


 ミゼルにファングは同意する。鍛冶場にふらっと立ち寄っただけだったが、予想以上に長い時間が経ったようだった。彼らの言うとおり食事をするのによい時間になっている。


「リーシャ!そろそろ――――――」


 鉄仮面によってこもる声を張り上げて、周囲をぐるりと見回すショウ。街にはしゃいでいるリーシャを呼ぶためのものだが、彼は途中で声を閉ざす。物珍しい商品を並べる露店。芳しい匂いを漂わせる食事処。店と店の合間の路地裏。どこを見ても彼女の存在がなかった。


「リーシャ・・?」


 少し嫌な予感がしながら鉄仮面の奥で目を凝らして彼女を探す。ショウの普通ではない様子にミゼルやファングも異変を察しだした。


「いないのか?」


「先に店に向かったとか?」


「いや、リーシャはここに初めて来たんだ。店の場所なんかわかるわけが――――――ん?」


 ショウと同じようにリーシャを心配するミゼルとファングに応えながらも彼女の影を探すショウ。そんな彼の目になにかが引っかかる。おもむろにショウは歩き出すと地面に落ちていたソレを手に取った。


「認識札・・リーシャの・・・!!」


「まさか・・」


 ショウが確認した直後に、ミゼルとファングもまたその認識札を認知する。鉄級のものでそこには間違いなくリーシャの名前。続けて息を呑むように放たれたファングの言葉に、ミゼルは神妙な顔で頷いた。


『そう・・気をつけるのよ』


「人攫いだ。どこかで顔を見られたんだろうな」


 冷静に、しかしどこか不快だという感情がこもったミゼルのその言葉は、ストンと簡単にショウの頭の中へと収まる。どこか申し訳無さそうな表情を浮かべるファング、気分の悪そうに地面を見つめるミゼルの二人を視界に収めながら、ショウはふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じていた。


「まだ、近くにいる可能性は?」


「・・人攫いは大抵馬車を持ってる。すぐに現場から逃げ出せるように。おそらく今頃は・・」


「衛兵は何してるんだ?」


「当然、人攫いは犯罪だが賢い奴らは衛兵を金で抱き込んでいることも多い・・・それに、金を払っていなくてもエルフやドワーフがさらわれた場合は対応しないことも・・・」


 周りに気を配り、小声で話すファング。彼の言葉にショウは耳を疑った。衛兵は動かない。金を受け取っているから、もしくは攫われたのが亜人だから。怒りで熱くなる頭のまだ冷めている部分で、もし同じことが元世界で起きたらどうなるか、と無意識にショウは考えていた。衛兵を警察だとして、賄賂を受けとったが故に誘拐犯を追わないなんてことがあるだろうか?誘拐された人が世界に疎まれている人であったら見て見ぬふりをするだろうか?そんなことある訳がない。公的機関は私情に囚われず規則に則り職務を全うすべきである。大戦の遺恨が残っていようと、表面上は亜人は人間と対等である。そうはるか昔に決められたとローリは言っていた。


『わしはいまだに夢見ておるのじゃよショウ。人間と亜人全体が大昔の大戦の遺恨を乗り越えて協力する日が来ることをな』


(これが壁か・・ゴブジイが見た人間と亜人の・・・)


 力強く、リーシャの認識札を握りしめる。壁は想像以上に高く、双方の間には深い溝が存在する。きっと目の前の出来事は無数に存在する壁のほんの一つでしかないのだろう。今は亡きゴブジイは自分よりももっとたくさんの壁を見てきたに違いない。しかし、しかしそれでも彼は諦めなかった。死ぬまで溝を飛び越え、壁を登ろうとあがいていた。そんな彼の夢を引き継ぐと心に決めたのだ。こんなところで立ち止まっているわけにはいかなかった。それに何より、リーシャは仲間である。彼女を諦めるなどショウにはできるわけがなかった。


「悪い、ファング、ミゼル。祝杯には参加できそうにない」


「お、おい――――――――」


 ファングが言い終わるよりも早く、ショウは走って街の外へと出る。

自身が風を切る音だけを聞きながら、吸血鬼の脚力によって最速でエリート・レントの外へと出たショウは、あたりに人がいないことを確認して、片手を地面へとつけた。


「《眷属召喚 狼》」


  ショウがつぶやくと同時、彼の影から黒い何かが這い出る。

その数、五つ。大きく、重厚な存在感を持つそれらは確かに狼の形をしていた。


「コレの持ち主を追え。もし彼女が自由な状態ではなかった場合、彼女を助けるんだ」


 ショウが差し出したリーシャの認識札をスンスンと鼻を鳴らして嗅ぐと、バウっとひと吠え。五匹の狼の影は一斉にひと方向へと走り去っていく。


 吸血鬼ヴァンパイアからピュア吸血鬼ヴァンパイアへの進化は新たなスキルを獲得するだけでなく、元々獲得していたスキルにも影響を与えていた。蝙蝠、蛇、狼といった動物たちの影を召喚するスキルである『眷属召喚』であったが、ショウは今までそれらを目眩ましぐらいにしか使っていなかった。理由としては弱すぎるから。魔獣一匹すら満足に狩れないその影たちを戦力として数えるのは不可能であった。進化するまでは。吸血鬼としての位階ランクが上がったお陰か、召喚される影たちは大きくなり力強く、希薄だったその存在感までも厚みがましていた。変化はそれだけではない。影たちはその実在の獣たちの特性も兼ね備えてきたのだ。つまり、蝙蝠はその数をまし群れで動くように、蛇は静かに動けるようになり、狼は嗅覚に優れ、長距離の移動も得意になった。今まで種別問わず適当に召喚してきたショウであったが、ここにきて用途ごとに召喚する意味を得た。


 それゆえに、ショウは今狼の影を、リーシャの追跡のために召喚した。意識して、最大限力を持たせて召喚したため五匹までしか呼び出せなかったが、その五匹は大抵の魔獣など容易に蹴散らせるほどの力を持っている。単純な命令しか出すことはできないが、それでショウにとっては十分であった。影とショウはつながっている。彼らがリーシャを見つければショウにはそれが伝わるのだ。


「よしっ・・俺も行くか」


 先行させた狼の影の後を追おうと走行の構えを見せるショウ。そんな彼の背筋を、奇妙な感覚が襲った。薄く引き伸ばされた糸が切られたような感覚。眷属が消失した感覚だった。


「そんなまさか・・」


 瞳を閉じ、意識を集中させる。自分から射出された糸を手繰り寄せるようなイメージを覚えながら、眷属の位置を探る。そこでショウは首をひねった。先程送り出した五匹の影は今もなおリーシャを追って地を元気よく駆けている。では、なにが消えたのか。そう考えてはっとすると、ショウは思わず目を見開いた。


 消えたのはレイクビューに残してきた蝙蝠の影である。その影はショウの住んでいる屋敷に待機させおり、その役割はショウへの緊急連絡。エリート・レントに出稼ぐに当たって、大抵のことはレイクビューに残るガンやリードに任せてきたが、もし、彼らだけでも対処できない事態が起こった場合、その蝙蝠を叩くように、と頼んでいた。わざと弱く生み出したその影はそれだけで消失する。消失されればその事はショウに伝わり、ショウはレイクビューで何か非常な事態が起きていることを把握できるというわけだ。


 こちらでは、リーシャが行方不明。家では何か良くないことが起こっている。二つの状況に挟まれ苛立ちがショウの頭に募る。数秒考えた後、深呼吸。ショウはレイクビューに戻ることに決めた。リーシャの件に関しては一応手は打ってある。今優先すべきなのはショウの手を欲しているレイクビューの方であった。


「すぐに解決してリーシャを追う」そう心に決めるとショウはレイクビューに向けて走り始めた。いつも以上の速度で走る彼の姿からは焦燥と怒りが見えた。







\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「何があったッ!」


 勢い良く帰還を果たしてのショウの第一声は、彼の機嫌と相まって鋭くその場に響いた。鉄仮面を外した彼の視線に映るのは、リード、ガードを始めとしたレイクビューの主要な面子。誰も彼も厳しい表情を浮かべており、場の雰囲気は穏やかではない。


「亜人の襲撃がありました。獅子人ライオネルと言うそうですが、実際に相対したのはガンとガードです」


「獣のような見た目の亜人でした。『王を出せ』と騒ぎまして、ガード殿が王だと勘違いされ交戦を・・」


「独特な動きをするやつでした。僕は戦鎚を持ってなかったのもありますがそこそこの苦戦を強いられましたよ」


 主の質問に簡潔に答えたリード。彼の視線のバトンを受け取り、ガン、ガードの順に敵の容姿や事の顛末を説明していく。リーシャのことで焦る頭を冷やしながら、彼らの言葉に、ショウは耳を傾けた。


「なるほど・・その獅子人ライオネルの目的は何なんだ?食糧か?住処か?」


「それが・・」


 ショウの質問にガンは言葉を濁しながら、視線を後方へと送る。自然、その場にいる他の皆も視線を同じ方向に送り、木製の片手斧ハンドアックスの前で正座するボルへと向けた。


「やつらの話しによれば先に手を出したのは我々だと。ボルがこの片手斧で奴らの子供に危害を加えた報復としてショウ様の首を取りに来た、ということらしいです」


 ガンに代わりリードがショウに説明する。彼の説明を受けて、ショウは思わず顎に手を添えて思考する。もしその話が真実ならば筋が通っていると言えるだろう。ショウだってレイクビューの誰かが傷つけられたなら怒りのままに報復行為に及ぶかもしれない。群れ全体に攻撃をするのではなく、長一人を狙うというのは獅子人特有の文化なのだろうか。話を聞く限り、そこまで文明度の高い種族ではなさそうではあるが。


「ボル・・」


「・・はい」


 脱いだ鉄仮面をその場において、ショウは正座するボルのもとへと歩み寄る。

大長であるショウの呼びかけに、緊張した声と面持ちで応えるボル。普段以上に厳しい表情を浮かべる彼を見て、ショウは事態をボルが重く受け止めていることを感じた。


「単刀直入に聞くぞ。お前は獅子人の子供に危害を加えたのか?」


「・・いえ、大長。誓ってそんなことはしておりません」


 緊張しながらも、きっぱりと言い切るボル。数秒視線を交錯させた後、ショウは頷いた。


「じゃあ、あいつらに会ったことはあるか?」


「・・正直、自信はありませんがある気がします。昨日、一人で森に入った時に」


 ボルの発言に周りのゴブリンたちは少しどよめいた。ボルの発言が真実ならば、ボルは獅子人の存在を知っていながらそれを誰にも報告していなかった事になる。その行為をレイクビューに対する裏切り行為であるとゴブリンたちが感じてしまうのは仕方のないことであった。直接的な被害は受けてはいないが、発足して以来、平和であった住処に襲撃されたという事実は戦士ゴブリンたちはまだしも、女や子供ゴブリンにとっては衝撃的であった。ボルが報告していれば警戒し、もしかしたら回避できたかもしれないのにという考えがゴブリンたちの脳裏に一瞬よぎった。


「何だと!なぜそれを報告しない!バルに負けた腹いせかきさ――――」


「コーガ」


 短い、しかし重い言葉に周りは一瞬息を呑んだ。コーガを指差し睨むショウの姿に、コーガも思わず口を紡ぐ。


「今、ボルと話しているのは俺だ。黙って見守れないのなら、この場を立ち去れ」


「・・し、失礼しました」


 失言を認め、頭を下げるコーガ。彼の様子に納得したように頷くとショウは視線をボルへと戻す。周りのゴブリンたちの頭からはショウのそのいつになく堂々とした振る舞いに、先程まで浮かんでいたボルへの不信や文句など吹き飛んでしまっていた。


「自信がないのはなんでなんだ?」


「あ・・そいつらを見た後すぐに、魔獣と戦いましたので・・余裕がありませんでした。獣のような見た目をしていたことは覚えているのですが、襲撃に来た奴らとは少し見た目が違うような」


 再びのショウの質問に、少し間を開けてボルは答えた。彼の答えに理解を示すようにショウは頷く。


「そのことを誰にも言わなかったのはなんでだ?」


「・・忘れていました。決してわざとではありません。他のことを考えていて・・・」


「他のこと?」


「それは―――――」


 ボルは言葉を止めると視線をバル、リード、ガンへと無意識に動かす。額にシワをつくり、悩ましそうな表情を作った後、再び口を開いた。


「――――言いたくありません」


「そうか・・」


 ボルの言葉が響いた瞬間、辺りの雰囲気が一変する。

それはゴブリンたちから発せられる気配によるものであり、その大体が怒りの空気を存分にはらんでいた。「ここまできてさらに隠し事をするのか」。言葉に出さずとも考えていることは皆同じ。それぞれ群れを率いたことのある隊長格のハイゴブリンたちは、不甲斐ない部下を罰するような雰囲気をまとい、戦士ゴブリンたちは理解できない同胞の言葉に疑問と苛立ちをつのらせた。彼らの怒りを感じながらもボルはそれ以上言う気はないとでも言うように口を固く引き結ぶ。罰せられても良いという覚悟を見せるボルに、ショウは短く了解の意を示す。


「大長!!」


「バル!」


「大長!失礼を承知で発言させてください。ボルは粗暴で粗雑な男ですが、嘘をつきませんし長と大長に忠誠を誓ってます!何よりこいつは俺の隊の一員。責任は俺にもあります!どうかボルだけを罰するのは待ってください!!」


 弾丸のように飛びいでて、早口でまくし立てるバルのその様子は必死の一言に尽きる。それは部下を思う上司の姿か、はたまた友を思うがゆえの行動か。土下座の形で頭を下げるバルの姿はその場の誰も今まで見たことがないものだった。


「バル、顔を上げろ」


「・・はっ」


「俺は誰も罰したりしないし、ボルの忠誠を疑ってもいない。獅子人が何か勘違いをしているんだ。俺たちに非はない」


「大長・・」


「みんな、レイクビューのルールを思い出してほしい。『群れ内で争わない』、だろ?ボルは今まで俺達のためにたくさん働いてくれた。この場にもボルに救われたことがあるやつもいるだろ?そんなボルが俺たちを裏切るわけがない。間違っているのは獅子人の方だ。それに何より、仲間を疑うなんて悲しいだろ」


 ショウの言葉に、思い当たるフシがある何人かがハッとして目を剥く。ショウの屋敷の前に刺さっているルールが記された看板を思い出し、ゴブリンたちは思わず考える仕草をする。


「いいか。俺達は決して弱くない。けど強くもない。世界には俺たちを飲み込めるほどの巨大な力が存在するし・・・簡単に登れない壁だってたくさんある。それでも!俺達がここまでこれたのは仲間を信じて互いに支え合ってきたからだ。これからもそうしていくべきだ・・そうだろ?」


 ショウの話に皆が耳を傾ける。少しの間をおいてから、パチパチと拍手の音が。すぐにそれは伝播し、やがて音は巨大な同意となってショウを包んだ。ローリの話、エリート・レントでの出来事、ゴブジイの夢。それらを頭のなかで繰り返し思い返しながらショウは周りの景色を視界に映す。自分を肯定する仲間たちの姿を見て人知れず心の帯を締めた。



「リード、獅子人は他に何か言ってたか?」


「二日以内に奴らの住処を訪れるように、と」


「わかった。今すぐ行く」


「い、今からですか?」


 驚くガンに微笑むと、森の方へとショウは歩き出す。その前方に二つの影が立ちふさがった。


「お供します」


「僕も。頭領の盾ですから」


 両手剣を背中に背負う長身の鬼。戦鎚を担いで微笑む怪物。

二人の忠臣の言葉ににやりと笑うと、ショウは口を開く。


「よし。急ぐぞ、リード、ガード」


「「はっ」」


 二人の供をつけてショウは歩く。目的地は獅子人の住処。

悠然と歩く自分たちの長の背中に、ゴブリンたちは夢中で視線を送っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ