第81話 獣の王
木の枝を編み込んで作った骨に、木の葉を肉付けして出来上がる羊執人お手製の獅子人の住居。ショウがいた世界で言うところのテントのような形のそれは獅子人の住処に点在している。そんな中、一際大きく、そして豪華な作りをしている家の前に、獅子人の青年、ジェドは興奮した様子で立っていた。
深く息を吸って、呼吸と思考を整える。これから先に起こるだろうことを考えると今抱えている興奮とは別の、緊張を覚えてしまいそうになるがそれすらも押さえ込もうと何度も息を吸って吐く。「よしっ」と短い気合の一声をつぶやくと、意を決してジェドは口を開いた。
「ジェドです。王よ、お話が」
「入れ」
ジェドのかけた声に家の内部から太い声が返る。
「失礼します」と丁寧に挨拶を述べてからゆっくりと入り口の木の葉のカーテンをづらし、中へと入っていく。
「どうした、息子よ。何用か」
木の葉の絨毯の上で胡座をかいて座る人物は入室してきたジェドに声をかけた。
滑らかな毛皮では隠しきれない筋肉の隆起。隠すことなく堂々とさらされたその肉体にはこれまでの闘いによってできたであろう細かな傷が無数に刻まれている。しかしその傷はその男の価値を下げるものではなく、それどころか、彼の強さを主張するのに一役かっている。顔の周りに生える黒い鬣は荒々しく無造作で、彼の眼光の鋭さ、大きな口とそれに付随する獰猛な牙すべてが相値するものに威圧感を与えている。その男の正体は王。ここに住む獅子人を束ねる長であった。
「二人きりで話したいことがあります」
ジェドの視線が王の周りに注がれる。
平均より大きい王の体にしなだれ掛かる半裸の獅子王のメスたち。その数三。まるで呼吸をしない置物のようにじっとしている彼女たちだったが、たとえ王が気にしなくてもジェドには邪魔な存在であった。王は彼の言葉を受けると、無言で手でメスたちに合図を送る。何も言うことなく、三人のメスたちは一斉に立ち上がるとスタスタと家の出口へと歩いていき、ジェドに手を振るとその場をあとにした。
「それで、何の用なんだ?」
「亜人がいる。僕達の住処の近くに」
二度目の王からの質問に今までとは違う、砕けた口調でジェドは答えた。
王はポリポリと尖った爪で鬣を掻きながら、ジェドに座るように促す。
「ほう・・それで?我に庇護でも求めたか?」
「いや、その亜人たちに会ったのはうちの子どもたちなんだ。でも父さんが会えばオヴェスたちのように群れに加わると思う」
オヴェス、というのはジェドたち獅子人に従う羊執人の代表的な人物の名前である。王に会うなり平伏した彼の様子は今でも鮮明に覚えている。
「ふむ・・我に力で脅せと言っているのか?」
「そうじゃないよ!ただ今の僕達には力が必要でしょ!」
「そうだとも。故に我らは今縄張りを広げ力を蓄えているのだ」
「でもそれには時間がかかる!!新しい仲間を引き入れたほうが早いはずだ」
「グルウゥゥゥアァ」
唸り声。ピタリ、とジェドの言葉が止まる。
無意識に半ば立ち上がっていたジェドが座るのを確認して、王はむき出した牙を納めた。
「ジェド。弱者は力あるものに集い、力あるものは強者として弱者を守らねばならない。オヴェスは自らを弱者と認め、我に庇護を請い、我はそれを受けた。庇護を必要としないものに武力で自らに従わせようとする行為は強者のものではない。自分の力を信じられない弱者のものだ。そやつらが庇護を求めていないのなら仲間に加える必要はなく、我の縄張りを荒らしたわけでもないのなら・・・戦う意味はないと知れ」
太く力強い声。王が言葉を紡ぐたび、空気が揺れているようだった。彼の風貌が、その出で立ちが、言葉に重みを与える。彼の言う強者とはまさしく自分のことである、と言わずして突きつけられている気分にジェドはなった。とすると、自分は何なのだろうか。仲間のために頭を回す自分は・・弱者と言うことなのだろうか。ならば、弱者は弱者なりの戦い方をするしかない。
「・・・縄張りを荒らしてないのなら戦う必要はない・・・・・ではもし、仲間を傷つけられたなら?」
「何だと?」
ピクリと王の耳が動き、彼は眉を潜めた。
心臓が高鳴っていくのを感じながら、ジェドは心中で「落ち着け」と自分に言い聞かせ、彼は手に持っていた木製のソレを王の目の前に置く。
「・・これはその亜人が持っていたというもので用途は・・わかるよね」
「・・武器か、人間のものと同じ」
瞬間、王の脳裏に過去の記憶が去来する。
固く鋭い様々な形の物。それらを人間が振り回すたび、仲間が倒れていく。それらが武器だと認識するのはそう難しいことではなかった。人間には自分たちのような牙も爪も持たない。戦うのに必要なそれらの代わりが人間たちの武器なのだ。
「そう。うちの子どもたちの内の一人が怪我してる・・これのせいでね」
「グルウウゥアァ!!」
先程よりも深く大きい唸り声。きっと家の外にも聞こえていることだろう。そんなことをふと考えながらジェドは思わず息を飲んだ。額から一筋の汗が流れる。
怒気、それも圧倒的な。ジェドは知っている。自分の父である王は何より群れの子供が傷つけられることに怒りを覚えることを。そして―――――――
「ジェド、支度をしろ」
「すぐに」
「子供に怪我させた報いを受けさせなくては」
―――――――怒った王を誰も止めることはできないということを。
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「平和じゃの・・」
レイクビューの中、住処を見渡せる場所にあるベンチに座り、老ゴブリンのガンは呟く。
手には木製のコップ。中には森で採れた果実を使って作られたゴブリン作の果実酒。昼下がりのその時間、日光に身を暖められながら飲むその酒の味は格別だった。
「また飲んでるのか・・ガン爺さん」
「皆には内緒じゃぞ。ボル、お前さんも飲むか?」
「いらん。酒など・・何がうまいのか理解できん」
「カッカッカ!若いのぅ。わしぐらいの老人になればわかるさ」
「そういうものか」、と首をかしげるボルを見て、再びガンは笑うと一口酒を煽る。
二人の間に静寂が訪れるが、さして気に留めることなくガンは静かに前方に視線を送った。建築担当のゴブリンたちが家の修理や増築を、女ゴブリンたちが編み物をしており、その周りを子供たちが駆け回る。隣の訓練場からは戦士たちの訓練の声が響き、少し離れた場所にある工房からは微かに金属を叩く音が漏れている。
「平和・・じゃの・・本当に」
「・・ああ」
ガンの言葉にボルは神妙に頷く。
レイクビューが発足する前、ただ一ゴブリンの群れでしかなかった頃からは想像できない目の前の景色。同じ群れにいた二人は、目の前の景色が過去のものとは格段に違うことに小さな感動を覚えていた。平和。そう表現するのが最も正しいのが現状だ。
「・・それで、どうかしたのか?」
「む」
「なにか話があるんじゃろ?傷でも痛むのか?」
「いや、傷は大丈夫だ・・その、一つ聞きたいことがあってな」
傷、と言われ思わず負傷した箇所をボルは抑えた。昨日魔獣にやられた傷はそう深くはない。レイクビューの医者であるガン、上司であるリードに言われ今日の狩りには参加できなかったが、あと二三日すれば完治するだろうとガンは言っていたし、それにボルも同意していた。
「ふむ。なにが聞きたい?」
「長と・・長と俺の違いはなんだ?どうして長はあんなに強い」
「ふむ・・難しい質問じゃな。肉体の差、技術の差、経験の差・・色々思い浮かぶがそんなことを聞きたい訳じゃないのだろう?」
「もっと、もっと別に何か大きな違いがあるはずだ。俺になく、長にあるものが!そしてそのせいで俺は――――」
――――――バルに負けた。最後の部分を言わず、ボルは口を閉じた。
ガンは一瞬怪訝な顔を浮かべるが、何かを察したのか、何も聞かず一人頷いた。
「・・儂は戦士じゃないから戦いのことなどわからんが・・・おそらくお前さんの言う大きな違いとは物の見方じゃろうな」
「物の見方?」
「長はお前さんとは違う目で物事を見ておる。何が必要で何をすべきか。見えるゆえにわかる、わかるゆえに強いのだ」
「・・どういうことだ?」
「カッカッカッ!焦るな若いの。時間はお前さんの味方だ。焦らず悩めそれが一番の方法よっ」
ガンの言葉の意図がわからず首をかしげボルは唸る。
その様子を見ながらガンは酒を再び煽った。果実の渋みが舌に伝わり、香りが鼻を突き抜ける。悩める若者を見ながら、老人は髭をしごく。平和な午後の時間がゆっくりと流れていた―――――――――――
「グルウアアァァアアアアァァアアアッッ!!」
―――――――怒れる獣の雄叫びを聞くまでは。
「何事だッ!!」
叫ぶと同時、勢いよくガンは立ち上がる。
慌てだす眼前のゴブリンたち。皆一斉に辺りを見回し、声の発生源を探す。
「ガン爺さん!魔獣の群れがこっちに向かってきてる!!でかいし結構な数だ!」
「何だと・・」
ガンのもとに走ってやってきたゴブリンの言葉に、酔は一瞬にして吹っ飛びガンは頭を回し始める。レイクビューが発足して以来、彼らに戦いを仕掛ける魔獣などいなかった。それは彼我の戦力差を魔獣がその本能で誰よりも理解しているからである。それゆえにレイクビューが襲われるという想定がガン含む首脳陣の頭にはなかった。当然、非戦闘員の避難訓練などしていない。大長であるショウ、そしてゴブリンを束ねるリードがいない今、ゴブリンたちはガンの指示に従う。
「ガード殿をすぐに呼んできてくれっ!ボル、お前さんは女子供を屋敷に避難させるのじゃ!あと大長に連絡を!戦士たちを集めなくては・・!!」
ガンの指示の元、ゴブリンたちは動き始める。敵の正体は不明。こちらの戦力は傷が癒えたばかりの戦士ゴブリン四隊にオーク・ガンドのラ・ガード・オーテクのみ。強大な戦力である大長、総隊長そしてリーシャの三人がいないこのタイミングで襲撃に遭うという運の無さを心中でガンは嘆いた。
「ガン爺さん!何があった!」
「魔獣がここに向かっとる!ダイ、武装して広場に集まってくれ!他の隊長たちにもそう伝えるんじゃ!!」
「わ、わかった!」
若干の動揺を見せながらも頷くと、二番隊隊長、ハイゴブリンのダイは訓練場へと駆け戻る。その背中に少しだけ視線を送るとガンは歩みを進める。戦闘は広場で行わなくてはならない。ガンが最も避けるべきことは仲間が命を落とすこと。特に、非戦闘員の女子供は守らなくてはならない。彼らが避難したであろう屋敷から戦場をなるべく遠ざける必要があった。
「グルウウウゥウウウアアアアッッッ!!!」
一際大きな叫び声。そして――――魔獣は現れた。
二十四、五匹のその魔獣の身長はガンたちゴブリンよりも遥かに高く、特に先頭を歩く個体は一際大きい。さすがにガードには及ばないがその個体が放つ威圧感が実際の身長よりその魔獣を大きく見せている。
彼らの姿を見て内心首をかしげるガン。彼が感じ取った違和感は次の瞬間彼の納得によって消失した。
「貴様がここの王か?」
「・・いや我らの長は今ここにはおらん」
目の前の大きな男が喋ったことに驚きつつも同時にガンは納得する。
武器は持っていない、が服のようなものを着ており、目の前の男の後ろで佇む魔獣のような集団は統率がとれていて大人しい。まるで王に仕える兵士のようである。見た目は魔獣に近い。しかし彼らが亜人であるとすぐにガンは理解した。
「お主たちが何者で、何の目的があってここに来たか訪ねてよいかの」
「我はガラン。ここにいる獅子人の王だ。貴様達に我らが子を傷つけられた、ゆえに、報復として貴様らの王の首を獲りに来た」
「儂らの長の首を・・じゃと?」
「うむ。臣下の無礼は王の恥。責任は王にある。・・貴様らの王はどこにいる?」
まずいことになった。ガンの頭がその言葉で埋め尽くされる。
魔獣が向かっていると聞いて、慌てた。魔獣ではなく亜人だったとわかって、ガンは実は少し安堵していた。なぜなら亜人ならば言葉を交わせる。話し合いができる。戦闘を避けることのできる可能性が少なからず存在している。そう信じていた。しかし現実は非情だ。目の前の獅子人の王は話し合いより戦いを望んでいる。おそらく彼には彼なりの理論があり、正義があるだろう。彼の言葉からは迷いを感じない。だからこそそれが問題だった。言葉ではこの状況を打破できない。戦いが避けられない。
「・・ぞろぞろと・・・この中に王はいるのか?・・いそうにないが」
ガンの背後にゴブリンの戦士たちが集結する。それぞれの隊を率いるのはハイゴブリンたち、ダイ、コーガ、インエ、ザラの四人である。彼らは視線を獅子人に定めながら、ゆっくりとガンに近づく。
「どういう状況なんだ?」
「・・非常にまずい状況じゃ。向こうさんは大長の首を欲しがっておる」
「んん?なんでだ?」
「向こうさんが言うにはこちらが先に仕掛けたらしい」
「わいの隊のやつではないぞ」
「そんなことは今どうでもいいですよ。ガンさん、大長に連絡は?」
「既にした。が、時間はかかるじゃろう。大長は今リーシャと一緒に街にいるからな」
「・・総隊長は?」
「まだ戻っとらん」
「・・なるほど・・・つまりわいらだけでこの場を収めなくてはならないということだな」
「笑い事ではないぞコーガ。こちらの戦力はガード殿とわしらのみ。このまま戦えば被害は大きい」
「・・私の隊は合図すればすぐに矢を放てますよ」
「まだ何もするな。こちらから手を出してはならぬ」
「貴様ら・・」
ガンとハイゴブリン四人は一斉に顔を上げ声の主へと視線を奪われる。
威圧的な牙を見せながら腕組みする王―――ガランの風格にその場の全員に緊張が走る。
「最後の、質問だ。心して答えよ・・王はどこに――――」
「はぁっ・・みんな!一体何がッ――――」
少し息が切れているのは急いでやってきたから。
緑の肌に汗をにじませたガードはその場に到着したタイミングで声を張り上げる。しかし彼の言葉は最後まで紡がれず、そしてそれは先に話していたガランも同様であった。言葉を切ると彼は一瞬にして跳躍し―――――
「貴様だなッ!!王はッッ!!!」
――――――ガードめがけて爪を振るっていた。
「!くっ・・敵か・・?」
ガランの初撃を、ガードが身をよじって躱す。ほんの数ミリ先を肉をえぐらんと研ぎ澄まされた凶悪な爪が通り過ぎ、鋭い風が彼の頬を叩く。空振りに終わったガランの攻撃だが、勢いは止まらない。振るった手をそのまま地面へと着地させ、両手で地面を弾いて加速。カードの肉にかじりついた。
「・・ぐっ」
「グルウウゥゥウ」
腹のあたりで牙をたてるガランを剥がそうと彼の顔に膝を打ち込むガード。
しかし不発。軽々避けるとガランは下からすくい上げるように爪を振るう。見切ったガードは顎を引いて躱し、返す刀で反対に拳を打ち下ろす。
「ガッハッハッハ!!!」
漏れる笑い声。ガードの攻撃をまたも躱した声の主は反撃に手を支点に回転し蹴りを見舞う。手で防ぎながらも衝撃は残る。それを逃がそうと巨体を数歩退いたガードの視界には巨大な牙を晒した笑みを浮かべる獣が映る。繰り出される次なる攻撃の一手。さらに一手。さらに。さらに。さらに。止まらない連撃にガードは防御し続けるしかない。
(くそっ・・!戦槌があれば!!)
ガードは優れた戦士である。戦闘民族であるオークの中でもとびきりの。しかしとは言っても得手不得手は誰にでもあるもので、彼にとってそれは武器なしの戦闘であった。つまり格闘。幼き日から戦槌を使って戦う訓練しかしてこなかったがゆえに拳で殴り合うことにガードは慣れていなかった。よしんばそんな事態になったとしても体格に恵まれている彼がその力に任せて拳を振るえば大抵の相手は彼に膝を折ることになる。そのため特に重要視もしていなかったのだ。
しかし目の前の相手は一味違う。ガードよりは背は低いものの、肉体は大きく、それでいて柔らかい。柔軟な体はあらゆる攻撃を回避し、また、あらゆる角度からの攻撃を可能とする。こちらの攻撃は当たらず、回避されたと同時に相手の攻撃が飛んでくる。攻防一体の格闘術。それは種族の特性故にできる芸当なのか、それとも経験故か。もしもガードに格闘の技術が多少なりあれば攻撃を当てられる可能性はあっただろう。しかし現状では拳や足を相手にぶつけるのはその実力差から不可能。頑強な肉体をもつガードゆえにガランの攻撃をしのげているが、ただそれだけ。勝つためには武器が必要だった。
「おい!ガードを助けよう」
「王同士の一騎打ちを邪魔してはいけない・・それとも、僕達全員の相手をしたいのかな?」
ガランとガード。二人の戦いを見て居ても立ってもいられなくなったダイの叫びに、黙ってそれを見ている獅子人の内の一人が反応する。他の獅子人に比べ細みな彼の言葉はその見た目も相まってか理知的で、どこか正当性があるかのように響く。
「ダイ・・落ち着け。ここはガード殿に任せるしかない大長がお戻りになるまでな・・。ガード殿を助けたいのなら、お前さん、彼の家に行って戦槌をもってくるのじゃ」
「わ、わかった」
何処かへ走り去っていくダイの背中にちらりと細身の獅子人は視線を送る。しかし、興味をなくしたのかすぐに視線を自身の王の闘いへと戻した。小声で話したためガンとダイの会話は聞かれなかったようだ。ガンは落ち着きを忘れてしまった体に安静を取り戻そうと、自分の髭をしごき、ガードの方に向き直った。
「ガッハッハッハッハ!!どうしたッ!手を出さねば勝てぬぞ!!」
(随分と楽しんでるな!)
爪を振るい牙を立てる。二足から四足。四足から二足。獣と人が融合したようなその変則的な動きに依然としてガードは対応できていない。攻撃と攻撃の合間に隙があればまだ反撃ができようが、ガランの手は生憎と休むことはない。疲れを感じさせないほど早く鋭い攻撃を繰り出し続ける彼は、息切れを起こすどころか余裕の高笑い。ガランの強気な発言にガードは心中で愚痴をこぼすしかなかった。
降りかかる大爪を反射的に手でガードは払う。武器がないとは言え戦士の反射神経は鈍らない。動きが読めないが故に反応は遅れるが、それでも致命傷を避けれるだけの効果はあった。とは言えそれ以上のものはない。今まで通りならば―――――
「ぬっ・・」
ガランの体勢が少し揺らぐ。思いがけない衝撃のせいか、若干驚いた声をガランは上げた。体勢を立て直そうとたたらを踏む彼を、ガードの頭が見逃すなと叫んだ気がした。距離を詰めようと一歩踏み込み、拳を強く握り、突き出す。技術がないとは言え、怪物と恐れられるほどの巨体の一撃。当たれば誰であれただではすまないだろうその殴打を―――ガランは屈んで避けた。
「!!誘い込まれたッ・・!!」
「グルウウゥウァアッッ!!」
獣の唸り声と同時にガードの腹に叩き込まれるガランの両の手。
自己流なのか独特な構えのその突きは多大な衝撃をガードの内臓に、たてられた爪はその肉を切り裂くように深く食いこむはずだった。
「ぬぅ・・?」
「《オークフレッシュ》・・腹は治ったばかりなんでやめてほしいですね」
淡い緑の光を纏った体がガランの攻撃を無力化する。
硬い、あまりに硬すぎるその感触に顔を上げて訝しむガランに、にやりとガードは微笑む。相手の攻撃を誘い、反撃する形で隙を突いたガランの一撃を、完璧に防いで見せたガード。彼のしてやったりという表情を見て、ガランもまた笑みを浮かべ―――――獣のような俊敏さをもって後方に跳んでその場を離れた。その数瞬後、彼のいた場所に両手剣がたたみ込まれる。
「無事か?ガード。こいつらはなんだ?どうしてこうなってる?」
「僕にも何が何だか・・あの人結構強いですよ、リードさん」
長身の鬼。小鬼たちの長。リード・ホブソードの帰還に周りのゴブリンたちから歓声が上がる。今しがた振るった両手剣を握り直すと、リードは鋭い視線をガランに、ついで獅子人たちに向ける。
「貴様ら何者だ!なぜ俺たちに戦いを仕掛ける?」
「我々は獅子人。そこにおられるのは我らが王。そちらが先に我らの仲間を傷つけたため報復として今まさに王同士の一騎打ちをしていたところ!邪魔だては無粋だと思われるが?」
リードの怒気のこもった問に答えたのは先程ガンたちと話した細身の獅子人。彼の言葉を受けたリードは眉をひそめると視線をガンに合わせる。視線を交錯させ、ガンは静かに頷いた。ガランは顎に手を当て、考える素振りを見せている。
「・・王だと?ここにいるガードは鍛冶師だ。王ではない」
「ほぅ?・・では貴様が王か?赤いの」
「違う。我が主はこの場に今いない・・・しかし戦いを求めるのならばこの俺が相手になってやろう」
「ふむ・・」
鬼と獣の眼光が中空で衝突する。
口を固く引き結び睨むリードに対し、ガランは口角を大きく上げて笑みを浮かべている。
「ガッハッハッハ!面白い!ここは退くぞジェド」
「なっ!なぜです王よ!」
ジェドと呼ばれた細身の獅子人はガランの言葉に抗議の声を上げる。
しかしそれに構うことなく、依然として笑みを浮かべながらガランは、リードとガードの方を指差す。
「貴様らの王に伝えておけ。これより二度太陽が登るまでに我が縄張りを訪れ我と一騎打ちをしろと。逃げるならここを滅ぼすとな」
「・・伝えよう」
リードの返答に満足気に頷くと、ガランは踵を返し森のなかへと歩みを進める。それを追って他の獅子人たちも歩き始めた。
「・・これは返しておく」
そう言うとジェドはゴブリンたちに向けて何かを投げ捨てると、他の獅子人同様、彼の王を追って森の中へと消えていった。
「ガン、ショウ様への連絡は?」
「すでにしております。しかし・・このまま奴らを返してよろしいので?」
「脅威が去っていくのをわざわざ止める必要はない。レイクビューがどう動くかショウ様の意見を仰がねば・・それに―――――」
言葉を切るとリードは視線をジェドが投げ捨てたもの――――木製の片手斧へと向ける。
「――――――どうしてこうなったのか、知る必要がある」
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「父さんっ!どうしてあいつらを見逃したんだ!あとちょっとで勝てたのに」
住処へと帰る道の途中、先頭を歩くガランの近くへ行き、小声でジェドは話す。公の丁寧な話口調ではなく、父と子の砕けた口調。そんな息子の言葉に、ガランは大きな鼻息を一つ飛ばした。
「ジェド、あいつらを・・あの二人をどう思った?赤いやつと緑のやつだ」
「そりゃあ多少は強そうだったよ、でも、父さんほどじゃないはずだ」
「ふんっ・・無論戦えば負けぬ。だがあやつらの強さは群を抜いているぞ、佇まいでわかる。お前や、マドルでも奴らには勝てんだろうな」
「僕はともかく・・マドルでも?そんなに・・」
ガランの言葉を訝しむジェドだったが、ガランとガードの戦いを思い出し間違いではないかもしれないと思い直す。
「今は、の話だがな。・・我は最初、あの緑が王だと思った。やつの気配が他の小さい奴らとは全く違っていたからな。しかし少しあとに大きい赤いのが現れた。お前も見ただろう、我に怯むどころか睨みつけてくるやつのあの気迫を・・あやつが王でも我は納得しただろう」
「・・それがあいつらを見逃したことと何か関係があるの?」
「ガッハッハッハ!!大アリだぞジェド!あの場に我が王だと誤認するほどの強者が二人もいたのだ。だというのに奴らの王は別にいるという。となると見てみたいだろう奴らの王を!あ奴等を従えるほどの強者がどれほどの者か、どれほどの強さかこの身で実感するのだ!そして―――――――」
ガランは後方へと向き直ると彼に続く獅子人へと視線を送る。
牙を見せ獰猛に笑うと、拳を作り、天高く突き立てた。
「―――――あやつらの王に我が勝つのだッッ!!!」
「「「グルウゥゥゥゥウォオオオアァアア!!!」」」
自分たちの王の叫びに答えて、獅子人たちは咆哮する。
森中に響いた彼らの声は、木々から鳥たちを羽ばたかせ、草陰から魔獣たちを追い払う。獣たちの興奮は彼らが家に着くまで続いた。




