第8話 巣立ち
昨日の未投稿は完全に自分の怠惰によるものです。
あと長めです
(熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い・・・)
全身の血が沸騰してるかのような尋常じゃない熱さにショウはもがく。
さっきまで死にかけで体の感覚なんてほぼなかったというのに、熱さに耐えられず体が勝手に動いていた。
「なんだこいつ!急に苦しみ始めやがった!」
ショウを蹴っていたゾルは、ショウのその異常な行動に怪訝な表情を浮かべ一歩下がった。
ショウはその行動を意に介さず、燃えるような熱さに耐えながら別のことを考えていた。
この熱さは何なんだろうか。
人が死ぬ時に感じるのは冷たさだとどこかで聞いていたショウは自分の今の状況に疑問を抱く。
この体中が火そのものになったみたいに熱い現象は普通の事なんだろうか。
死ぬときは冷たいというのはでたらめだったのだろうか。
ショウは少しでも熱さを緩和するため必死に思考を回転させ、熱さを感じないように努める。
そのおかげだろうか。段々と体の熱が収まってきた気がする。
いや収まる程度では終わらない。むしろそのまま熱が引いていき、体が冷え始めた。
(あぁ・・やっぱり死ぬときは冷たいんだ・・・)
なんだやっぱりそうか。
ショウは冷え切った体に納得しながら意識を手放そうとする。
もう生きるためにもがこうとも抗おうともしない。
すっかり死を受け入れてしまった。
思えばこの世界に来てからひどい目にばかりあっている。
来た直後には、ゴブリンに追い掛け回され、足をけがしたし、命の危険を感じた。
森では迷うし、初めてあった人間には騙され、挙句の果てにはその人間に殺されそうになっている。
話を聞けば、皆が同情してくれるだろう。
前の世界の幼馴染の弘人に妃菜。高校の友達。それに家族。
たった一ヶ月そこらしかたっていないというのにとても懐かしく感じる。
この世界はショウにとって悪い事しかなかったのだろうか。
それは違うとショウは断言できる。
確かに悪いことが大半だ。この一ヶ月で二回も命を狙われているのだから。
ではなぜそんな世界でショウは生きてこれたのか。
答えは簡単だ。
ショウは力を振り絞り目を開く。
ようやく半目というところだが、それで十分。
ショウの視界には、この世界における救世主、先生、友人、親・・
色んな言葉でその関係を言えるほどのすばらしい人物が映る。彼がいたからだ。
(ゴブジイ・・・)
ゴブリンに追い掛け回された時現れた人物。
この一か月強、自分を守ってくれた大恩人。
ゴブジイというゴブリンに助けられてショウはこれまで生きてこれた。
(すぐに会いに行くよ・・・そしたらまた飲もうな)
あの世があるかは知らない。
もしあるなら、必ず会いに行く。会ってまた二人で酒を飲むのだ。
だって独りより二人で飲んだ方がおいしいんだから。
ショウは目を閉じた。
もう力は残っていない。
目を開けることも、指を一本動かすことさえ不可能だ。
そしてショウの身体から生気が抜け、体は完全に冷たくなった。
「なんだこいつ?死んだのか?」
急に苦しみだしたショウに寒気がし、一歩引いたところで様子を見ていたゾルはつぶやいた。
体中をくねらせのた打ち回るように苦しんでいたその少年がまた急に止まると、そのまま動かなくなった。
確かに殺す勢いで蹴りまくったゾルだが、まだ命を奪うほどじゃなかったはずだ。もう死んだというのはいささか疑問が残る。
「まあいいか。くそ貴族の事なんて。」
「えー殺しちゃったのー?ゾルこわーい」
「おいおい。俺は知らんぞ。貴族の報復なんて受けたくないからな」
近くで見ていたボルボとパインが寄ってきた。
一部始終を見ていたくせに自分は無関係だとアピールをする。
「大丈夫だよ。ゴブリンにやられたってことにしておけばよ。そんな事よりこいつの身ぐるみはごうぜ。いい服着てやがるしな」
「さんせー!」
「しょうがないな手伝ってやる・・・」
よしこれで共犯だ。
こうしておけば国に通報することはできないし、この二人が裏切る心配はなくなった。
安心したゾルはゆっくりとショウの遺体に手を伸ばす。
まずはこの黒い服だ。前々から目をつけていたので、二人に取られる前に先に取ることにする。
死体に群がるハイエナのような手がショウに近づいていく。
そしてその手は別の手によって掴まれ、骨を粉々に砕かれた。
(ん・・・?なんだ?)
なんだか騒がしい。
騒がしい?おかしな話だ。自分は死んだはずだ。死んだのならば音を聞き取れるはずがない。
もしかしてここがあの世だろうか。
ショウはゆっくりと目を開いてみた。
(は?どういうことだ?)
状況はこうだ。
ショウは仰向けに寝ており、目の前には手首を掴まれ叫んでいる自分を殺した男、ゾル。
そしてそのゾルの手を掴んでいるのは、白い肌の男のすこしごつごつした手。
ていうか自分のだ。
(え?俺何やってんの?)
無意識にやったのだろうか。ショウは確かに右手でゾルの手首を掴んでおりゾルは悲鳴を上げている。
よく見ると、ショウが掴んでいるゾルの手はいびつな形になっている。骨が折れているのだ。
騒がしいと思ってのは、ゾルが手の痛みを訴えて叫んでいるからだ。自分で掴んだ覚えはないし、全然力を入れてないのにおかしな話だがなんとなくショウは状況を把握した。
(俺って死んでないの?なんで?)
その当然の疑問は次の瞬間すぐに解消された。
≪おめでとうございます。あなたは吸血鬼に変化しました≫
(吸血鬼!?)
吸血鬼といえば、不死で血を吸う化け物で人より力は強く動きも素早いなどファンタジー世界の定番のアンデットだ。
自分がその吸血鬼になったなんて信じられないが、同時に納得してしまう。
そうでなければ、自分より筋力が上の冒険者の手首を、全力を出してない握力で、しかも寝た体制から握りつぶしていることを説明できない。
ショウはゾルの手を放す。
ゾルは自由になった左手を右手でかばいながら後ろにとんだ。
肩で息をしているのは、驚きと、今まで痛みで叫び続けて疲れたからだろう。
その瞳は何が起こっているのかわからないと告げている。
ショウはゆっくりと立ち上がり周囲を見回す。
ゾルは呼吸を乱しながらこちらを警戒しており、ほかの二人は驚いてたじろいでいる。
夜だというのに昼間のように周囲が確認できた。きっと吸血鬼になった影響だろう。
また周りを確認したおかげで落ち着きを取り戻し、改めてゾルを睨んだ。
睨まれたゾルは体をビクッと反応させると、警戒を強めた。
ショウは思い出した。
死ぬ寸前にどこからか声が聞こえたことを、そして・・
ゴブジイを殺された怒りを
ショウはゆっくりとゾルに向かって歩き出した。
今なら簡単に殺すことが出来そうだ。ショウはそう判断する。
殺す。
簡単に言っているがショウには違和感がなかった。
吸血鬼になった影響か、それとも怒っているからだろうか。
歩いて行って、ゾルを殺すことに何の抵抗もなかった。邪魔をするなら仲間の二人だろうと殺す気でいた。
そんなショウの意思、いわゆる殺意を受けてか、ゾルは叫んだ。
「お、おい!協力しろ!三人でこいつをやるんだ!」
「うん・・!」
「あ、ああ・・!」
ゾルはそう叫ぶと右手で、剣を抜いた。
ゾルに命令されたパインとボルボはゾルの横に並ぶと各々剣を抜いてショウと対峙した。
「はああああああっっ!!」
「せあああっ!」
雄叫びを上げると、ボルボとパインは剣を構えてショウに斬りかかった。
冒険者二人の本気の攻撃だ。普通の魔獣や魔族なら瞬く間にやられてしまうだろう。
だが結果は違った。ショウは普通ではないのだ。
ショウが手を振り払うとボルボとパインの首が飛んだのだ。
まるで剣によって切られたかのような鮮やかな切り口から血が噴き出た。
爪によるひっかき。
ショウの攻撃の正体はそれだった。
ただそれだけだが、吸血鬼ならばそれで十分。
吸血鬼の爪は硬く鋭い。防具のついていない生身の首では耐えることはできないのだから。
「は・・・?」
ゾルは自分の目を疑った。
さっきまで自分より圧倒的に弱かったはずの少年が、大人、それも冒険者二人を一瞬で殺してしまったからだ。
パインやボルボとは単なる仕事仲間なので死んでしまっても悲しみはない。
しかし仕事仲間なだけに仕事の能力ー戦闘の力ーに関しては信頼を置いていた。
英雄と称される者たちにはさすがに及ばないが、冒険者の中ではそこそこの実力者のはずだった。
そんな二人を一撃で葬った男に対して驚かないというのは無理な話だ。
男は手を払って血を落とすとこっちに向かって歩いてくる。
まるで次はお前だと言っているようだ。
「ひっ!!ひぇぇえぇ!!!」
ゾルは叫ぶとショウに背を向けて走り出した。
もう生き延びるということ以外は考えられなかった。
だがその必死の逃走は瞬時に失敗に終わった。
数メートル先にいたはずのショウが目の前に現れたからだ。
方法は簡単。跳躍によって一瞬で移動したのだ。
「逃がすわけないだろうが」
「ひぃぃ!!」
ゾルにはもうさっきまでの威勢はなかった。
そこにはただ蛇に睨まれた蛙のような、強者に屈したただの男の姿しかない。
「た、たのむ!!助けてくれ!何でもする!!」
「たのむぅ?」
「お願いします!!助けてください!金ならいくらでも払う!女だって用意する!あんたの欲しいものならなんでも用意するから!!」
「何でもか?」
「あ、ああ!何でもだ!だから見逃してくれ!」
ショウは少し考えるそぶりをしてから言った。
「じゃあゴブジイを、そこにいるゴブリンを生き返らせろよ。そして会わせてくれ。ゴブジイともう一回会う機会を‘用意”してくれ」
「そんなの・・・む―」
「じゃあお前は死ぬしかないな」
ショウはゆっくりと右手を挙げた。
このまま振り下ろせば簡単かつ確実にゾルの命は刈り取られるだろう。
「待ってくれ!話を―」
「いやだね。恨むなら、ゴブジイと話し合おうとしなかった自分を恨め」
その言葉を最後に、ゾルという人間の意識はこの世から完全に消えたのだった。
「終わったよ・・ゴブジイ」
ショウはゴブジイの所まで近づくとそうつぶやいた。
「きっと褒めてくれないよな?むしろ怒るか。でも俺は後悔してないよ、ゴブジイ。どうやったってゴブジイを殺した奴らは許せないからね。」
ピクリとも動かない、冷たくなったゴブジイに向かって言葉を続ける。
「聞いてくれよ。俺、吸血鬼になったらしいんだ。びっくりだよな?もしかしてこれが前ゴブジイが言ってた異世界人の特殊な能力なのかな?
そうそう。結局森の中で迷っちゃったんだ。自分で大丈夫とか言っておきながら情けないよな。ゴブジイに案内してもらえばよかったよな。
そしたらゴブジイもこんな・・・こんな目に・・・・」
ショウは奥歯をかみしめた。
ゴブジイに語りかけているうちに悲しみが溢れだしたのだ。
「ゴブジイ・・!なんで、なんで死んじまったんだよ!もう一人で生きろってことかよ!」
言葉と共に涙があふれ出した。
ショウは膝をつき、空を見て叫ぶように泣いた。
もうゴブジイはいないのだと実感してしまったのだ。
ゴブジイがいつも褒めていた月と湖は褒めるものがいなくなった今でも変わらずきれいに輝いていた。
二日後
「ほんといい景色だな」
ショウは話しかけるようにつぶやいた。
今、ショウがいるのは今は亡きゴブジイの住処。その池の前だ。
相変わらずきれいな景色。ぼろぼろの家と何も変わっていないように見えるが一つだけ変わったところがある。
それはショウの目の前にある墓だ。
当然、故人はゴブジイ。ゴブジイが死んで一日中泣いた後にショウがつくった特製品だ。
この世界の文字をショウは知らないのでローマ字でGobujiと彫ってある。
墓の場所に池の前を選んだのは、ゴブジイがここの景色を気に入っていたし、時々『この素晴らしい景色を皆でみれたらいいのにのう』とつぶやいていたからだ。
そして墓の前にはゴブジイが大好きだった酒入りのひょうたんを供えてある。
そうしなければ「あの世で酒が飲めん!」と怒りそうな気がしたからだ。
「ゴブジイ・・昨日の夜酒飲んでみたんだ。そしてらさおかしなことに酔えないんだ。それにうまくもなかった、ていうかまずかったんだ。最低の味だった」
ショウは墓石に語りかける。
返事は期待していない。伝えたい事を言うだけだ。
「まあゴブジイの魔法で造った酒は、水っぽいし元からそんなうまくないから、よくよく考えたらたら当たり前なのかもな。
でもそこで気づいたんだよ。今までうまいと感じられてきたのはゴブジイと飲んでたからなんだって。酒がうまいんじゃなくて、ゴブジイと飲む酒がうまいんだって。」
語ってるうちに涙が出そうになるがショウはぐっとこらえる。
「俺は最高の酒を味わってたんだ。それだけ言いたくて最後にここに来た。」
「ありがとなゴブジイ!あんたのおかげでいろいろ知れたし、成長できた。感謝してる。本当にありがとう」
ショウは墓石に向かって頭を下げた。
目からは一筋のナミダが流れるが素早く拭う。
今日は泣かないって決めたのだ。
「おれはいくよゴブジイ。何年か後に、またここに来ることがあったらまた一緒に飲もう。その時は俺の土産話を聞かせるからさ!」
ショウは自分のひょうたんを墓の前に置くと、森に向かって歩き出した。
このゴブジイの住処が名残惜しくもう一度見てみたいという欲求に駆られるが、意思の力で抑える。
もうゴブジイなしで生きていかなくてはならないのだ。
「・・・・」
「ゴブジイ!?」
思わずショウは振り返った。ゴブジイが見ているような、そこにいたような気がしたのだ。
「ふっ・・ありがとうゴブジイ」
ショウは墓に向かってお礼を言うと再び森の方に向き直って歩き始めた。
ゴブジイは見守ってくれている。そう確信したからこそのお礼だった。
もう振り返ることはない。
ゴブジイはショウの中にいるのだから。
ショウは巣立ち、新たな生活が始まるのだ。
こうして物語は動き始める
序章 完