第80話 巡り合い
「お、リードさん。お出かけですか?」
「ああ、久々に狩りに出ようかと思ってな」
昼。小鳥さえずる陽気な日、レイクビューの住処で人子鬼のリードと、オーク・ガンドのガードはこの日初めて顔を合わせる。レイクビューの家は決して狭くはない。というよりむしろ、同人数の他の村に比べればかなり大規模である。人数が増えたことで居住スペースを広げざるを得なくなったことと、逆に人数が増えたことで拡張工事が効率化され、訓練場やガン、リーシャが教鞭をとる学校もどきなど生活に必要最低限以上の施設も存在している。ガードが普段作業に励む鍛冶工房は住居スペースより少し離れたところにあり、普段訓練場にいることの多いリードと会う機会が少ないのは立地上当然と言えた。
鍛冶作業で暑いのかガードは上半身裸である。
暑い工房で蒸された体を冷やしに来たようで、額に滲む汗を手持ちの手ぬぐいで拭う。
「いいんですか?もう怪我の方は」
「問題ない。訓練もガン爺さんに言われて軽いものばかりしてきた・・このまま休んでいては腕が鈍ってしまう。それに今日は――――」
「ああ!今日ですか新生一番隊の初狩りは」
先の戦いで大きな傷を負った腕を思わずリードはなでた。伝わるのは甲冑熊のサーコートの感触だけだが、リードはその奥に自身の腕が健常であることを感じていた。
「ああ。元々は俺の隊・・というより俺の群れだったやつらだ。俺抜きでやれるというところをしっかりと確認しておきたくてな。リハビリも兼ねているが」
「温かい目で見守ってあげてくださいよ。バルも隊長になって初めての狩りなんですから」
「ふんっ・・あいつらの仕上がり次第だが・・バルなら大丈夫だろう。それにもしバルが隊長として腑抜けた様子を見せるようなことがあったら、療養中のボルにあいつは面目がたたんだろう」
「・・尻尾猿のような魔獣にやられたんですよね?」
「ああそうだ。尻尾猿より大きかったがな」
バルとの試合後、森のなかに消えていったボルを探して森に入ったときに見つけた魔獣。不意をついて一撃で仕留めたリードであったが、真正面で戦えば負けはしないだろうが、なかなかに手強いだろうという印象をその魔獣は彼に与えていた。
「尻尾猿より大きい・・もしかして魔猿人かな」
「知っているのか?」
「尻尾猿と同じ系統でそれより大きい魔獣は・・僕の知識ではそれぐらいしか思い浮かばないですね。砦に住んでいたときに何度か遭遇したことがあります・・でもおかしいな」
ガードは顎に手を添えて首をひねる。
彼ほどの巨漢には似合わない行為だが、リードは彼が優れた戦士であると同時にリーシャやガンに並ぶ知識人であることを知っている。特段驚くこともなく会話を続ける。
「何がだ?」
「魔猿人は縄張り意識が強い魔獣で、普段滅多に縄張りから出ないんですよ。それこそ他の魔獣に縄張りを侵されたときぐらいで、自分から戦いを仕掛けるなんてことはないと思うんですけど・・・。今まで見たことはなかったんですよね?」
「ああ、初めて見た」
「ふむ・・奇妙ですね・・頭領が帰ってきたらまた話しましょう。リーシャが何か知ってるかもしれませんし」
ガードの言葉に同意してリードは場を離れる素振りを見せた。
それはガードも同様で、持っていた手ぬぐいを頭に巻くと深呼吸。そしてその足を工房へと向ける。
「そういえばガード」
「はい?」
互いに振り返った体勢で視線が交錯する。リードの視線がガードのむき出しの腹へと動いた。
「お前の方の怪我はどうなんだもういいのか?」
「ええ、もうすっかり大丈夫です。最近怪我の治りが早いんですよ」
ガードの言は正しいようで腹を裂くように刻まれていた大きな傷が、今では彼の緑色の肌に同化している。
「俺もだ・・ショウ様の影響かもな」
「・・そうかもしれませんね」
現状と過去を比べてみれば回復が明らかに早くなっている。
彼らの主であるショウの回復速度は、吸血鬼という種族の特性から明らかに他とは群を抜いていた。彼の血を受け入れたが’ゆえの肉体の変化。充分にあり得るその可能性を思い浮かべて、二人は苦笑した。
「では、な。バルにいい盾を作ってやってくれ」
「ええ。狩り、気をつけてくださいね」
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「カイ ヲキト クゥー ケイク――――」
「ブルアアアッ!!」
「間合い詰めろミズ!!」
「わかってる!!」
呟く声、怒声、叫び声。様々な声が回るその光景を、ショウはただ黙って見守る。
彼の視線の先で繰り広げられるのは魔獣と人の戦い。元世界のゴリラのような魔獣を相手に赤色、青色の髪を揺らしながら懸命に剣を振るっている。赤髪の男がファングで青髪の男がミゼル。そして魔獣が今回、ファングたちが受けた依頼の目的である魔猿人という。ショウが聞いた話によると、魔猿人という魔獣は森の奥に住み、滅多に離れないらしいのだが、ここ最近森の浅い地点で目撃されることが多々あったらしく、念のためにとエリート・レントの町長が冒険者組合に依頼したらしい。それをファングたちが受けたというわけだった。
(すごいもんだな・・これが冒険者・・)
ファングとミゼルが前衛。その後方で、リビィが魔法を準備しローリは待機する。これが基本的なファングたちの陣形。ショウが感心したのはその陣形の機能―――というよりはむしろ、その陣形の中のファングたちの動きである。
両手剣使いのファングはその体と武器を活かして相手の攻撃を自分に集中させ、隙を作るようにしている。そうしてできた隙を、同じく前衛のミゼルが片手剣で細かく突いていく。すると当然相手はミゼルを無視する訳にはいかないので、攻撃の手をファングだけに集中させ続けることができない。そうなった瞬間、ファングは両手剣の重い一撃を相手にぶちかます機会を与えられる。もしそれに失敗しても、ファングのすべきことは先程までと同じように相手の攻撃を受け続けミゼルに隙を作る作業に戻ることだ。そうこうしているうちに後方で準備の整ったリビィが魔法を放ち、相手は致命的なダメージを負う、もしくは絶命してしまう。
声だけでなく、目線、動作、息遣い。それらを合図にファングとミゼルは互いの役割を十全に全うしている。「手を出さないでくれ」と言われたショウとリーシャは、一応リビィたちの警護ということで後方に待機しているが、もし仮に参加していたとしても彼らの邪魔をせずに戦うことは不可能であると確信していた。
「じゅっ・・準備できました!!」
ローリが叫ぶと同時、ファングとミゼルは後方を振り返ることなく左右に跳ぶ。
突然間合いを開けられた魔猿人は少し迷った素振りを見せ、ファングを追いかけて跳躍する。
「ファイコ ザット ガズ ギェイプ オグ アゲー デモーリッシュ―――《炎矢》」
リビィが杖を突き出すと同時、五本の炎の矢ががまっすぐに魔猿人めがけて飛んでいく。ファングに襲いかかっていた魔猿人はそれらを視認すると、体勢を変え矢を避ける。しかしすべてを躱す事はできず、数本の矢が魔猿人の肉体に刺さり、その身を焼いた。痛みに耐えきれず叫び、怯む。そんな魔猿人めがけて既に、二振りの刃が迫っていた。
「「《斬撃》」」
淡く光を纏った大、中の剣がその身を魔猿人に食い込ませる。
赤い生命力が体から溢れ出し、今度は叫ぶことはなく、魔猿人は大地に沈んだ。
「よしっ!」
歓喜の声を上げ、腕を振り上げるファング。彼の掲げる拳に笑顔でミゼルは己の拳を軽く合わせる。
「ふぅ・・まぁまぁね」
「治療します!お二人とも動かないでください!」
ほっとため息をついて、その場にリビィは座り込み、ローリはバタバタとファングとミゼルの元へと走っていく。
「すごかったね」
「ああ、いい連携だったな」
ファングたちを褒めるリーシャの言葉に、ショウは同意する。
ファングたちの実力を完璧に理解したとは言えない。しかしもし戦ったとしても負けることはないだろうとショウは感じていた。彼らは決して弱いわけではないが、その強さは自分には及ばないだろうと傲りではなくあくまで客観的にそう理解していた。しかしそれはショウが一対一で戦った場合である。彼ら全員と一人で戦うことになった場合、万が一がある。そう感じさせるほどに彼らの連携は素晴らしかった。この世界に来て、ショウは人間よりも亜人と関わることのほうが多かった。それ故に彼らの動きが戦略が新鮮に映った。
ショウは考える。自分たちにも同じことができるだろうか、と。リード、ガード、リーシャと一緒に戦う自体になった場合、個々の実力を生かして戦えるだろうか。今の段階では心からできるとは言えないだろう。ファングたちの連携は数多くの依頼をこなしていくうちに身についたものだ。同じことをするには時間と経験が足りない。
(たまには一対一の特訓じゃなくて連携も試してみるか・・ん?)
ヘルムの奥で考えるショウ。
彼の視界にはローリが白い光をファングたちに当てている光景、そしてその奥の木の影でこちらに視線を送る何かが映っていた。
「・・・ライオン?」
その謎の影はショウに見られていることに気づくとささっと森の奥へとその姿を消す。
吸血鬼の優れた視力によって捉えたその正体不明の存在に、ショウは静かに首をかしげた。
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「はぁー・・」
「どうしたジェド?悩み事か?」
森の奥で蠢く複数の影。二列になって行進する姿は行軍を行う兵士を思わせるが、その出で立ちは兵士というよりは獣のソレを思わせる。頭上に生える耳はピクピクと動き、低く発せられる唸り声と共に鋭く大きな牙がのぞまれる。体躯は大きく、薄布一枚羽織っただけでは隠しきれない隆起した筋肉。何よりも特徴的なのが地面に着くすれすれでぶら下がる尻尾と、全身を覆う毛、そして顔の周りに生える鬣である。魔獣のような風貌。しかし彼らは立派な亜人である。種族名は獅子人といった。
ぞろぞろと森の奥を歩く獅子人たち。二列になって歩く彼らの最後尾で、深くため息をつく男――――ジェドと呼ばれた彼はフルフルと首を振った。
「・・・まさかまだあのガキたちに怒ってんのか?俺が言うのもなんだけどよ、許してやってくれよーそりゃあお前は昔から掟に厳しかったけどよぉ、あいつらはまだ――――」
「そのことじゃないよマドル。・・人間たちのことだ」
男―――マドルの言葉を割いてジェドは口を開く。彼の言葉にマドル自身も思うことがあったのか、遠くに視線を向けて、「ああ・・」と返事をした。
「マドルも見たろ?こんな森の奥まで人間たちがやってきてた。もし目的が僕たちだったとしたら安心していられない。・・・前回の二の舞いはゴメンだ」
「そりゃあ俺だってゴメンだね。だから今俺たちオスがこうやって縄張りを広げてるんじゃねぇか」
「縄張りよりも力が必要だ。もっともっと亜人たちを仲間に引き入れて防備を固めないと・・」
「王は俺達だけで十分だって言ってるじゃねぇか」
「本当にそう思ってるか?」
語気の強いジェドの言葉に、マドルは思わず足を止めた。彼に釣られジェドもその足を止める。
「・・俺等の力を疑ってんのか?」
「僕はただ、もっと力があったほうが安全だ、と言っているんだ」
鋭い眼光がジェドを射抜く。その身長差から見下される形になっているジェドだったが、臆することなく、一心にマドルに視線を送り返す。
「・・・・ふんっ。お前ってやつは昔から体より頭を使うほうが得意なくせして、こうって決めたら一向に退かねぇよな。なんだったら拳を交えてもいいって面してやがる」
数秒の沈黙。交錯する獣の眼光。
それを破ったのはマドルの方だった。大きな鼻息一つ飛ばすと先行く列に追いつこうと足を動かす。そうなるだろうとわかっていたジェドはわずかに口角を上げると彼に追随する。
「僕が退かないのはお前がいつも最後は退いてくれるからだよ。もし戦うことになったら僕は負けるさ、わかるだろ?」
「どうだかな・・お前の親父さんを見てるとどうにもお前が弱いとは思えねぇ」
「血はただの血さ。強さまで運んじゃくれない」
あっけらかんと言うジェドに無言でマドルは視線を送る。
本心なのか単なるごまかしか、真意を図りそこねる彼の態度に、マドルは再び鼻息を飛ばす。
「おっようやく着いたな。愛しき俺等の住処だ」
木々の合間、道なき道をゆき、獅子人の集団は彼らの住処へと帰還する。
森のなかに点在する開けた場所。そこを有効活用されて作り上げた住処にあるのは、木の枝を組み合わせて作った屋根に木の葉を被せた簡易的なー彼らにとっては本格的なー家々。日光を遮断し、わずかに風を防ぐ程度の機能しかないその家だが、彼らにはそれで十分なのだ。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
獅子人一行を出迎えるのは彼らに比べて、いや比べなくとも小さい体躯の亜人。彼ら同様に全身を毛で覆われているが、その質は獅子人と違いもこもこしている。頭には曲がりうねった大きな角が生えている彼らは羊執人と言って、獅子人に会うなり平伏して以来、彼らに家や服を手作りしている手先が器用な種族である。
「おかえりー!!今日はどんな魔獣と戦ってきたの?」
「おっきかった?」
小さな、子供の獅子人たちが帰ってきたら者たちに駆け寄る。
戦いから帰ってきた獅子人たちは自分たちが戦った魔獣の一部を子どもたちに見せ胸を張りいかに魔獣が手強く、そして自分たちがいかに勇敢だったかを語る。子どもたちがはしゃいで大人たちの語りを聞くそばで、彼らよりも大きい―しかし大人ほどではない―子どもたちが耳を立てて聞いていた。
「戦いが好きか?」
「ジェ・・ジェド!・・悪かったよ昨晩の件は・・もう怒らないで・・・・」
「はぁー・・マドルといい、僕はそんなにいつも何かに怒ってるように見えるか?昨晩の件は今朝の説教で十分だよ。もう怒ってない」
「ホントか?よかったー・・あっ!そうだ、コレ」
「ん?なんだこれ」
子供から手渡されたそれをまじまじと見つめるジェド。木だと言うことはわかる。しかしその質は住処にある木とは違う。なにかつるつるしていて、肌触りが良い。
「昨日森で会った赤いちっこいやつが持ってたんだ。魔獣に弾き飛ばされたやつを思わず拾ってきちゃったんだけど・・一応渡しておこうかなって。いらないし」
「・・・!これは・・」
ジェドは渡されたものの向きを変え、強く握ると、それを上から思い切り振るった。
ブオォンと気持ちのいい風切り音が響き、風圧が少しだけ砂埃を起こした。
「ゴホッ・・なんだよ急に・・・あぁでもあの赤いやつもそうやって使ってたかな、確か」
「そいつ何か言ってたか?」
「ああ、なんか『どっかいけ!』みたいなことを」
「なんてことだ・・ありがとう!」
驚きと感謝、そして喜びが入り混じった表情をすると颯爽とジェドはその場を離れた。
向かう先は一際大きな家。木製であるが壁もある立派なところ。獅子人を束ねる王が住む家である。
「なんなんだあんなに急いで・・そんなに親父さんと話したいのかな」




