第79話 新人冒険者の夜
夜。昼ほどの喧騒を失った森の一角で、その闇に紛れ複数の影が動く。
音を殺し、気配を消す。誰にも悟られてはいけない。何者にも見つかってはいけない。声に出さずともその三人の男たちの意志は一つだった。男たちは互いに視線を合わせると、頷き、そしてまた一歩足を前に出す。
「何やってんだ?」
「うわぁあっっ」
全身の毛を逆立てて驚く男たち。思わず声が出る。
ドッドッドッと音を立てて心臓が高鳴り、緊張が高まっていく。
「・・・・ははーん・・また勝手に森の奥まで行ったな?」
「た、頼むよ!マドル!他の大人たちには黙っててくれ!」
「ああ、俺達は訓練をサボってたわけじゃないんだ!!いつもとは違う場所でやってただけなんだよ」
むき出しの厚い筋肉。にやりと浮かべる笑みからこぼれる鋭く大きな牙。
鼻をスンスンと鳴らしながら尖った爪で大人の証である鬣をポリポリとかく男、マドルは男たちの言葉に低く唸った。
「いや別に訓練なんてしててもしてなくてもどっちでもいいんだけどよぉ・・ガキのお前らは住処を離れんのは禁止だろ?これで何度目だ?怪我人まで出てるじゃねぇか」
「それは・・」
三人の子供の内の一人を指差して、マドルは言う。ぶっきらぼうで覇気のない声であったが言っていることは彼らに刺さったようで、反論しようと口を開くが、小さな牙が覗くだけで言葉は出ない。
「はぁー・・なんで俺がこんなこと言わなくちゃ・・・いいか?今の群れの現状は子供のお前たちでも十分知ってるだろ?俺等の縄張りはまだちいせぇし、この森にどれだけ危険があるかわかってねぇんだ。お前らガキとメスを守るために、今オスたちと王が頑張ってるっていうのにそれをお前らが台無しにしてどうする。わかるよな?」
「・・うん」
「よし、もう危険な真似はするなよ。昔俺も似たようなことやったことがあるよしみとして、今回は見逃してやる。次はないからな」
マドルの言葉に落としていた肩と、うなだれていた耳がパアアァっと上がる。
子供たちから感謝をされ、それらをめんどくさそうに後頭部をかくことでマドルは応えた。
「おらっ!ささっと行け、他の奴らに見つかる前にな。特にジェドには―――――」
「僕がどうかしたか?」
「ジェ・・ジェド・・」
突然現れた第三者のジェドを苦笑いでマドルは迎える。
ちらりと子どもたちに視線を送れば、「なんとかしてくれ」という心の声が彼らの視線となって跳ね返ってくる。
「い、いやなんでもねぇよ!おらっガキども!お前らは寝る時間だぞ」
「・・はっ!はーい。おやすみマドル、ジェド」
三人の子供のうち一人がそう言うと、他の二人もそれに追随する。
逃げるように駆けていく三人の背中を見て、マドルはほっとため息をついた。
「おやすみ。今日の件は明日の朝ちゃんと聞くからね」
ビクリと尻尾を震わせると、子どもたちはゆっくりと振り返る。
彼らの瞳には笑顔で自分たちに手を振るジェドの姿が映る。しかしその笑顔に怒りが込められていることを彼らは十分に知っていた。
ジェドの背中と、彼を見て怯える子どもたち。その両方を見たマルドのため息は、先程のものとは全く種類が変わってしまっていた。
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「いやーまさかツダがあんなに強いとはな。俺たちが見本見せる必要なんてなかったな」
夜。暗い森のなかで、火を囲むファングとショウたち。
体温を奪われぬよう、下に布を敷いてその上に思い思いの姿勢で休む一行。今夜は森の中で一泊し、明日、再び魔獣狩りに出かける計画だった。布とともに、ショウが持ってきた荷物の中に入っていた鍋でスープを作っているのはローリとリーシャ。普段ご飯を作っているローリをリーシャが手伝う形になっている。ちなみに火はリビィが魔法で起こした。
「どこかの国で兵士でもやってたのか?それか傭兵でも」
「いや、そういうわけじゃなくて・・師匠が強いからかな」
ミゼルの言葉を受けてショウの脳裏に二本角の両手剣使いが浮かぶ。正式に弟子入りした訳じゃないが、日々訓練を受けているのであながち間違いではないはずだ。
「なんだそういうことか。俺達と同じかと思ったよなぁ?ミズ」
「・・ああ」
「同じ?ファングたちは傭兵でもやってたのか?」
「いや、そっちじゃない。俺とミズは昔兵士だったんだ」
「四年だけな」
ファングの話にミゼルが情報を付け足す。どうやら一日新人冒険者のツダという人物を見て、いくらか信用できたようで、ミゼルの口数が昼に比べて増えていた。「あの時のこと覚えてるか?」とファングと話す様子は明らかに昼よりゆったりとしている。
「どうしてやめたんだ?せっかく兵士に成れたのに」
「・・まあ確かに冒険者より兵士のほうが安定してるし稼ぎもいい。だけど自分ひとりじゃ動けないんだよ、上の指示がないとな・・当たり前だけど」
そう言って遠くを見つめるファングの瞳に映るのは過去の記憶か。過ぎてなお離れようとしない、時の残滓が彼にまとわりつくその様子はどこか苦しそうで、ショウは彼が何かを悔いているように感じた。
「・・・・なるほど。だから自由な冒険者に」
「・・ああ。傭兵っていう手も考えたけどそれだと信用が得づらい。後ろ盾がないからな。冒険者には冒険者組合があるし、上の階級に成ればそれなりに自由を通せる。まあこれ全部ミズが言ってたことなんだけど」
「決めたのはお前だ。エリート・レントに移った時もな」
「ん?二人は元々ここで冒険者になったんじゃないのか?」
「いや、王都で兵士になって辞めて、そのまま王都で冒険者になった。でも王都は人口も多くてその分兵士の数も冒険者の数も多いんだ。依頼もろくなのが無いし、それすらも取り合いだったからな。新人だった俺たちにはやりにくい場所だったんだよ。だからここに移ってきた」
「魔獣と盗賊を狩りたくてここに移ってきたのよ。とんだ変態よ、この二人は」
小馬鹿にした様子で、今まで閉じていた口をリビィが開く。「間違いじゃないな」と笑うファングに釣られ、ヘルムの奥で思わずショウも口角を上げる。
「そんな変態とパーティー組んでるお前も変態ってことになるな、じゃあ」
「私は変態の男達を利用してるだけよ。一緒にしないで」
互いに嫌味な笑みを浮かべて、ミゼルとリビィは言葉を交わす。
どちらも冷静で、表情はあくまで笑顔。しかしどうにも穏やかじゃない雰囲気をショウは感じていた。
「あの二人っていっつもあんな感じなのか?」
「ああ。仲良いだろ?」
「「なかよく――――」」
「み、みなさん。ご飯ができましたよ」
ファングの言葉に、ミゼルとリビィが反応しようとした瞬間、ローリの声が場を切り裂いた。意図せず声が重なりそうになったミゼルとリビィは睨み合う。そんな彼らのことなど気にせず、ファングは自分の分のスープを取りに向かう。ショウは静かに、あれで本当に二人は仲良いのかなどと考えていた。
「美味しそうだねー!はい、これツダくんの分」
「お、やっとちゃんと名前言えたな。ありがと」
スープの入った二つの木の器の内一つをショウの隣に座りながら、リーシャは彼に渡す。
今までの失敗を思い出したのか、それとも成功の喜びからか、少し照れた声音で「どういたしまして」と彼女が言った時には、他の皆も各々自分の分のスープを手にしていた。
「んー!おいしい。さすが私とローリちゃんの合作!・・ていうかフード邪魔だな」
「あ、リーシャ―――」
「ん?」
「・・・エルフ」
「あ」
風を防ぐ壁がない屋外で、暖を取る方法は衣服と火のみ。
そんな状況で暖かくそれでいて美味なスープを口にすれば気が緩むのは人として当然だろう。あまりに自然にフードを脱いだリーシャの行動をショウは止めることは叶わず、ファングたち皆の瞳にはフードを脱いだリーシャの姿が映る。銀髪に褐色の肌、そして尖った長耳。エルフの特徴であるその耳の形は確かに彼女が人間ではないと証明していた。
「・・やっちゃった」
照れ笑いを浮かべるリーシャを見て、思わず下を向いて息を吐くショウ。
差別を警戒して被せていたフードが取れて、その姿を人間であるファングたちに見られてしまった以上言い訳はできない。正直、彼らがどういった反応を見せるのかショウには想像がつかなかった。
「へー初めて見たな」
「なるほど。だからフードを・・」
「ふぅん・・噂通り美形なのね」
「・・綺麗」
本当に想像がつかなかった。ファングたちは各々感想を述べると、手元のスープを口に運び出す。あまりに拍子抜けしたショウは危うくスープを落としかけた。リーシャに至ってはのんきに「綺麗って言われちゃった」と微笑んでいる。
「そ、それだけ?」
「ん?ああ、冒険者は誰でも成れるわけだしエルフがやってても問題ないだろ。それに・・・なんだっけローリ。女神様が・・どうちゃら・・こうちゃら」
「女神アターシャの名において、人間と亜人は等しく平等です。一方が他方を貶めたり蔑んだりするのは魂を汚す行為であると教えられています」
「・・・そういうことだ。俺は神官じゃないけどその女神様に賛成だな。ツダも同じ理由でヘルム被ってるなら外しても大丈夫だぞ」
「いや、俺は別の理由で・・・」
そうか、とそっけない返事をしてファングはスープを一口啜る。
彼に賛成なのか、それとも興味がないだけか、ミゼルとリビィに至っては無言でスープを楽しんでいる。そんな彼らを見て、一瞬、ヘルムを外してしまおうかと思ったショウであったが、寸前で思いとどまる。もし誰かに素顔を晒した状態でファングたちと一緒にいるところを見られてしまったら、ショウに恨みを抱くものが彼らを彼の仲間だと考えて危害を加えるかも知れない。そんな目に彼らを合わせたくなかった。
「あ、そういえば女神様の教えといえばさ、あともう一つなんだっけローリ?昔教えてくれたことがあったろ」
「あぁ・・魔獣と魔物の違いか。そういや昔聞いたな」
ファングの言葉にミゼルが追随する。話題はとっくにリーシャのことから女神の教えについてに切り替わっていた。ショウはあまりの展開に追いついていけてない頭を落ち着かせるため、ヘルムの下、自分の口に当たる部分を開けてスープを一口飲む。優しい甘みと温かみが体に染み、野草の清涼な香りが鼻腔を突き抜けた。スープのお陰でいくらか落ち着いた頭で、食べ物を口にできる設計をしてくれた鍛冶師のガードに心のなかで感謝した。
「え!聞きたいんですか!いいですよ・・んんっ」
予想外の要望に満面の笑みでローリが答える。
喉を鳴らして調子を整えるその様子は、彼女の見た目とあいまって、自分の知識を人に教えたがる子供のようであった。
「遥か遥か昔。まだ世界には天も、地も、生命もなくただただ闇だけが存在していた。そんな中、世界の意思によってある一つの――――――」
「ローリ。それ創世記の話じゃない。どれだけ長く話すつもり?」
「―――――そうして創造神の導きによって六人は邪竜を滅し英雄となりました。世界を救われたのです」
「いや、それもまだまだ・・まあいいわ」
「しかし死の間際、邪竜はその力を振り絞り世界に呪いをかけました。呪いによって様々な種族が共存していた世界に亀裂が入り、世界中に争いが広がったのです。偉大な魔導師は言いました『呪いを解くには協力が必要だ』と。しかし邪竜の呪いは強力で、人々は争いを求め、その争いはやがて言語の違う亜人とのものに発展していきました。人間は人間と、亜人は亜人と結託し、両者は何度も衝突し、やがて世界中を巻き込んだ大きな戦争を引き起こしました」
「人亜大戦だな」
得意げに放たれたファングの言葉に、ローリが静かに頷く。
昼の様子とは比べ物にならないほど落ち着いている様子のローリの語りに、ショウはスープを口に運ぶのも忘れ、聞き入る。まるでゴブジイの語りを聞いているようだ。
「多くの血が流れ、多くの生が世界から消えました。しかしそれでも戦いは終わらない。人間は亜人を、亜人は人間を憎み、かつて手を取り合い邪竜と邪竜が生み出した魔物に立ち向かっていたことは既にお互いの記憶には残っていませんでした。そんな彼らを女神アターシャは憐れみ、一筋の涙を流しました。涙は天を通って地上に落下し大地に溶け込み、土を伝い川を流れ世界に広がりました。するとどうでしょう。人間は亜人の言葉を、亜人は人間の言葉を理解できるようになったのです」
(えぇ・・突然だな・・まあ神話ってそういうものか)
理解できない超常現象を人は奇跡と呼び、奇跡を起こす存在を神と呼ぶ。
神話とはつまるところ奇跡の話だ。理解できなくて当然。脈絡がなくて当然。信じる人がいる限り、それは真実である。
「言語の壁は無くなり、戦いは段々と沈静化していきます。しかしこれまでの争いの記憶が双方が手を取り合うことを簡単には許してはくれませんでした。亜人は人間と話し合い、大陸を二分する山脈を堺に、亜人は北側、人間は南側で生き、お互いに干渉しないという契約を結びました。これが慈悲の女神アターシャの涙の話です」
ペコリと頭を下げるローリに主にファングから称賛の声と拍手が贈られる。
さすがは神官というだけあって神話を語る腕は相当のものであった。素直に感心したショウもファングたちに倣って拍手を贈る。
「それで、違いってなんなんだ?」
ミゼルの言葉にはっとするローリ。いや、彼女だけではない。その場のミゼルを除いた全員が皆一斉に「そういえば魔物と魔獣の違いの話だった」と心中で呟いた。
「あ、えっと・・魔物は邪竜から生まれたもので空気中の魔素を吸って生存しています。種類によって器の大きさが違うので魔素を吸収できる量も変わります。器が大きいほど凶悪です」
慌てた様子でローリは再び話し出す。神話ではないからか、先程までの落ち着きや熱はなく、昼までのローリといった様子だ。
「魔獣は・・ほとんど人と一緒です・・えっと、ご飯を食べて、寝て、番を作ったりします。でも私達と違うのは言葉をしゃべらないということです。女神アターシャは、知性あるもの全てに言葉を理解し話す能力を与えました。言語を話せないということは獣だということです」
「なるほど。ということは豚食人は人型だけど魔獣ってことか。あいつら『ぴぎいいい』しか言わないし」
「ということは、たとえ片言でも話せば亜人ってことか?」
「は、はいぃ。そうです」
ファングとショウ同時に質問されてコクコクと頷くローリ。彼女のうなずきを見てショウは静かにしかし激しく心中で感動していた。
(ゴブジイは正しかった!ゴブリンは間違いなく亜人だ!!)
亜人の定義をショウは今まで知らなかった。それでも小鬼を亜人だと信じるゴブジイの遺志を継ぎ、自身でもそう信じてきたのはショウ自身の経験とゴブジイから聞いた話しゆえだ。狩りがうまく行けば喜び、仲間のために怒り、仲間が死ねば悲しむ。そんな彼らを日常的に見ているショウからすればゴブリンが魔獣ではないということはわかりきっていたことであった。しかしそこに今、新たな、ゴブリンを亜人だと認める要素が加わった。これを聞いて喜ばずしていられるわけがない。
「・・でも差別は今も続いています。人間として残念ですが、力なき亜人は魔獣とみなされ、力ある亜人は疎まれています。当然すべての人間がそう、というわけじゃないですけど・・」
ローリの視線がリーシャへと向けられる。
優しい笑みを浮かべるリーシャに釣られ、ローリも思わず口角を上げた。そんな二人を視界に収めながら、ローリの言葉をショウは脳内で反すうする。ゴブリンを亜人と認めさせるという目標に少しだけ近づいた気がした。
「私たちは気にしないけど、街の中ではさっきみたいにフードかぶっといたほうがいいわね。辺境近くの街とは言え、人攫いがいるかもしれないし」
ローリの頭を撫でながらリビィはリーシャに言う。一見冷徹なトーンに聞こえるその言葉だったがそうではないと誰もが理解していた。それゆえにリーシャは黙って彼女の言葉に頷いた。
「よし。今夜はもう遅い。明日に備えて休もう。見張りは・・・」
「俺がやる。みんなは休んでくれ」
「わかった。二時間くらいしたら起こしてくれ。交代する」
睡眠は、吸血鬼のショウにとってそこまで必要じゃない。種族進化した今、ますますその必要性がなくなってきたショウにとって寝ずの番など容易いことであった。彼の提案に賛成すると皆それぞれ布の上に横になり睡眠を取り始める。
火の粉が弾ける音だけが聞こえる静かな森の夜の中、ショウはヘルムを被ったまま無言で物思いに耽っていた。




