第77話 新しい日々
「―――以上が新人冒険者への説明となります。ご質問はございますか?」
「いえ」
人がまばらな建物内で、カウンターの向こう側で座る女。一般の町人の格好とは一風変わった清廉とした服を着ており、例えるならどこか王国の兵士のようなキリッとした規律正しい雰囲気を醸し出している。そんな彼女と相対する男の格好も一般的とは言えず、顔全体を覆うタイプのヘルムは騎士を思い起こさせるが、彼が体に身に付けている鎧は鉄製でありながらも全身を覆うものではなく、胴や肘など急所を守るタイプの鎧でありヘルムと合わずどこか不恰好である。その上、男は奇妙な紋様があしらってあるサーコートを羽織っており、いよいよどういった意図があっての装備なのか傍目ではわからなくなっていた。そんな男の隣には彼より少し背の低い人物が立っているが、フードを被っているため顔は見えず男か女かも不明だった。
「では、こちらが冒険者の認識札になります」
女の問いに短く男は返事をする。女はさして男の態度を気にとめることもなく、ささっと慣れた手つきでカウンターに何かを置いた。鉄製のソレは長方形の形をしており、枠内にはなにやら文字のようなものが刻印されている。女が言うとおりならばソレが冒険者の認識札ということだろう。
男は置かれた二つの認識札を受け取り、片方を隣にいる―フードを被っていて顔が見えない―人物に渡した。
「ショッ―――ツダくん。これ私のじゃないよ、反対」
「おっ……そうか。悪い、読み間違えた」
喋りだし、あわてて言い直したフードの人物は受け取ったばかりの認識札をツダと呼ばれた男に返還する。それに合わせて彼も自分の手に持っていた認識札を彼女へと渡す。
「ほら…これでリー、シャ。まだまだ勉強が必要だね」
「ああ、そうだな。最近そういえば忙しくてしばらくやってなかった」
認識札をツダに見せながら話すフードの人物―リーシャ―に、彼も同意する。ヘルムを被っており表情など見えない彼だったが、声は確かに肯定していた。
ツダは認識札を首からかけると、リーシャを促して歩を進める。自分の後をついて来る彼女を尻目に、視線は目の前にあるものへと移った。掲示板である。
木製のその大きな掲示板には、紙―おそらく羊皮紙―が大量に張り出されており、それぞれになにやら文字が書かれている。
「…人の護……銀級………時…まで……だめだ、全然読めないな」
「商人の護衛だって。報酬はけっこう高いけど……だめだね。銀級からだって依頼受けられるの」
「銀級から…か……遠いなー」
「最初はみんなそうだよ!頑張ろう!みんなのために」
冒険者組合。それは国を問わず世界各国の主な町に置かれている組合でありながら、どの国にも属していない非政府組織である。掲げる目的は未知の発見や秘境の探索であり、危険を孕むそれらの行為に臆せず立ち向かうもの達、即ち冒険者を斡旋する業務を行っている。しかしそれはあくまで設立当初のものであり、現代の冒険者の役割というのは魔獣退治から要人警護まで行う何でも屋というのが正しい。
「来るもの拒まず去るもの追わず」。冒険者は経歴、年齢等を度外視しており、望んで入会料さえ払えば誰でもなれるという特性ゆえに、優れた人材から農夫上がりの凡人まで幅広い人種が集まってしまう。当然ついこの間まで農夫だった者にいきなり豚食人や魔猿人といった凶悪な魔獣の相手をしろと言うのは無理な話だし、かといって歴戦の戦士に薬草を摘んできて欲しいと言うのもおかしな話である。つまるところ適材適所。国や商人や村人から受注した依頼を見定めて、それに見合った人材を派遣するのが冒険者組合の仕事であり、それらを円滑にするためのシステムが冒険者の階級制である。
鉄級、銅級、銀級、金級、水晶級そして金剛石級の六つに区分けされており、新人は漏れなく最下位の鉄級から始めることとなる。階級を上げる方法は単純にどれだけ成果を上げられるかということのみ。人格や素行に問題がなければ仕事をすればするほど階級が上がっていくシステムとなっている。当然、上にいくにつれて受けられる依頼の量は増え、同時に、その難易度と報酬も上がっていく。ちなみに、階級の名前の由来は鉱石としての価値順である。
「薬草の採取…キノコの採取…荷物運び……冒険者っていうより子供のお使いみたいだね。でもそれぐらいしか今の私たちの階級だと受けられないみたい」
「報酬は?」
「それもお使い程度」
「ふぅ……まあしょうがないか、最初は」
ヘルムの奥でため息をつくツダに、フードの影からリーシャが笑みをこぼす。二人の目的はなにより金なのだが、冒険者というのはそうそう甘いものでもないらしい。
「ま、とりあえず冒険者には成れたことだし、今日は適当に依頼受けて良しとするか」
「うん!そうだね。私は冒険者になれただけでもすごい嬉しいよ」
声音を弾ませて喜ぶリーシャに、ツダのヘルムがわずかに揺れる。そして二人は今日受ける依頼を決めようと掲示板に目を移して――――
「ちょっと!やめときなさいよ!」
「リビィの言うとおりだファング。新人の面倒なんか見る必要ないだろ」
「冷たいこというなよミズ。俺たちにも同じ頃があっただろ?ちょっと仕事の感じを見せるだけだよ。ローリも助けたいよな?」
「……ぅえぇ…はい」
――――小声の話し声と、自分達に近づいてくる気配に気がついた。
「あーこんにちは!新人さん。俺たち今から依頼で森に入るんだけど、よかったら一緒に来ないか?」
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「くそっ……」
呟きは森の喧騒の中に消える。
呟きの主――上小鬼のボルは一人森のなかを当てもなく歩いていた。手に握るのは木製の片手斧。普段自分が使っている得物の模造品である。
「くそぉ!」
ビュンッと片手斧が風を切る。一振りでは満足できず、ボルは続けて片手斧を振り続ける。
頭に残って離れないのは先程の試合の光景。自身の敗北の記憶である。油断や慢心はなかった。なにせ相手はバルである。生まれたときから同じ群れにおり、力量が拮抗していたことから何かにつけてライバル視してきた存在である。彼を舐めてかかるなどあろうはずがなかった。ゆえに悔しい。性格は正反対といえるが、ボルにとってバルとは自身の分身といえる存在であった。長という同じものを目指し、日々鍛錬を重ねてきたのだ。彼に負けたということはすなわち自分の努力が足りなかった、自分ではなく彼が長に近いと突き付けられた気分だった。
「グアアッッ!」
獣のように吠え、振るった片手斧が木を叩きつける。バサバサと飛び立つ鳥達の羽ばたき。鳥のいなくなった木の陰で息を乱しながらボルは歯を食いしばる。砕けそうなほど噛み締められた奥歯が軋み、腕には自然と力がこもる。
「…はぁ…はぁ……俺は…こんなものではないはずだ」
仰ぐように天を向く。
木の葉の間から差し込む陽光に身を晒している内に、自然と全身の力が緩み、呼吸が整っていくのをボルは感じていた。
「……戻るか。鍛錬をしなくては」
「グオオッッ!」
呼吸を取り戻したボルに耳慣れない咆哮が飛び込んでくる。それを聞いた瞬間、反射的に彼は近くの茂みへと身を潜ませ、細心の注意を払いながら音の発生源へと視線を動かす。
「なんだ……あれは?」
ボルの視界に映ったのは大きな猿とそれに対峙する獣であった。しかしそのどちらも彼は見たことがなかった。その猿は大きく、目算で大体人間と同じくらいである。似た魔獣で言うなら尻尾猿が妥当だが、その猿は尻尾猿よりも体格がよく筋肉もある。知能はあまり無さそうだがどうみても尻尾猿より格上だった。
そしてそれに対峙する獣数匹。それらは二足で立っている。人型の魔獣だった。人型の魔獣というのは少なくはない。ボルたちが住む場所の近くで言えば豚食人という魔獣がいるし、彼にとってもそう珍しいことではなかった。そんな中、彼が驚いたのはその魔獣が腰に植物で作った服のようなものを身につけ、手には何らかの道具を持っていることだった。つまり、獣が本来持ち得ない知恵がある可能性がある。自分達と同じ、亜人かもしれない。しかし彼らの見た目はどちらかというと魔獣よりだ。顔の作りや体毛の量が人間やオーク、ゴブリンのソレとは根本的に違う。ボルは頭を悩ませながら視線を送り続ける。
合計三人のその亜人擬きたちは、一人は片腕を押さえており、他二人は猿の魔獣と睨みあっている。歯を剥き出しにして唸るその姿はやはり魔獣なのか、とボルに思わせた。
「グオオオオアッッ!!」
一際大きい咆哮。猿の魔獣である。
睨み合う状況に飽きたのか、魔獣は亜人擬きたちに飛びかかった。
反射的に体が飛び出ようとするのを、ギリギリでボルは抑えた。彼の視界には魔獣の攻撃を四苦八苦しながら避ける亜人擬きが映る。彼らの戦いを見ながら、頭のなかでボルは次の自分がとるべき行動を考えていた。
見たところ、魔獣は強力だ。亜人擬きたちの実力は知らないが、万全の状態ならまだしも手負いがいる現状で彼らが勝利する確率は低いように思えた。では、自分が参戦すればどうだろうか?勝率は依然として低いだろう。自分一人に状況をひっくり返すほどの力はないとボルはすでに感じていた。魔獣も亜人擬きも自分の存在に気づいていない。今ならば逃げられる。それは生存戦略としてなんら間違っていない答えであった。しかし――――今のボルにとってその選択は恥の上塗りに外ならない。
(戦いもせず負けを認めるのか?日に二度も負けていいのか?)
チリチリと胸の奥底で燻っていた先の敗北の悔しさの炎が、再びボルの内で燃え始める。自然、奥歯を噛みしめ、片手斧を握りしめる。怒りが力となって全身に回るのを感じた。
「いいわけがないッ!」
叫び、今度こそ飛び出す。
突然の来訪者に驚く魔獣と亜人擬き。しかしボルの視界には彼らの反応など映らない。ボルはただ真っ直ぐに魔獣という目標めがけて両手で斧を振り下ろした。片手斧は直撃せず、魔獣の肩をかすった。苛立ちげに鼻息を吐く魔獣に続けざま片手斧を今度は横薙ぎに振るうが、魔獣の手によって防がれてしまう。
「ぐあっ…!」
掴まれた片手斧は猿の手によって投げ飛ばされる。ボルが本来使っている物であったなら猿は刃を警戒して掴もうとしなかっただろう。しかし木製の片手斧は簡単に持ち主の手を離れていった。あらぬ方向へと飛んでいく武器に自然と視線が向くボルだったが、猿が煩わしげに振るった腕を視認して後方へと跳んで回避する。
「何者だ貴様!」
「我々を助けに来たのか?」
「道具を持ってるのか?言葉は?喋れるか?」
「うるさいッ!お前らに構ってる暇などない!戦う気がないならどこかへ行けッ!」
猿と睨み合うボルに、亜人擬きから矢継ぎ早に質問が飛ぶ。茂みから飛び出す直前まで考えていた彼らの存在など、今となってはボルにはどうでもいいことであった。なにせ今自分は生死を、プライドをかけた闘いに身を投じているのだ。外野のことなど気に留めている余裕などない。うるさければうるさいだけ邪魔なだけである。
(斧は……)
ボルの恫喝にギャーギャーと騒いでいるような声を意識的に無視して、彼は飛んでいった武器を探す。たとえ木製でも、素手よりはましだ。
「ブルルッ!」
「ぬぅおおッ!」
鼻息荒く、猿がボル目掛けて突進する。
即座に片手斧の捜索を打ち切って、ボルはその突進を左方向へと避ける。追いかけるように猿は突進した体勢を翻して、ボルに向かって拳を繰り出す。立ち上る砂ぼこり、乱れ始める呼吸。種族進化によって上昇した身体能力と、その小さな体躯を生かして猿を翻弄するボルだったが、状況は進展しない。むしろ体力を消費している分だけ不利になっている。
「グヌゥアアッ!」
今まで左右に避けていた猿の殴打を、前進することで、回避する。無意識に出た叫びに呼応して、ボルの心臓がドクドクと跳ねる。彼と猿の距離は一気に縮まり、自身に飛び込んでくるボルに猿は威嚇の咆哮を上げた。
「《ゴブリンの一撃》!」
淡く赤い光を纏った拳が猿の顎に直撃する。
スキルによって強化されたボルのアッパーカットは猿の脳を揺らし、ボルは猿が怯んだのを認めた。しかし――――
「……ブルルッ!!」
「ぐおっ……!!」
ぐらりと体が揺れたのは一瞬。猿は瞳に力を取り戻すと、両手でボルの身体を掴んだ。腹に力を加えられ空気がボルの口から漏れる。抜け出そうともがく彼をさらなる力でねじ伏せて、猿は彼を正面の木目掛けて投擲した。
「………ぅうぉぉ」
身体を震わせて四つん這いでもがく。
木に激突した衝撃が背中に鈍痛を与え、視界がチカチカとして定まらない。痺れる手足に力が入らない。しかしそれでも、無理やり力を入れて、ボルはよろよろと立ち上がる。対峙するのは心なしか苛立っている様子の猿。ボルを警戒してかややゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてきている。
「ま……負けんぞ……俺は…」
「ブルルッ!」
震わせながら両手を上げると同時、猿はボルへと飛びかかる。そして――――
「《ゴブリンの一撃》」
――――一撃のもとに大地へとその身を沈めた。
「無事か?ボル」
「お……長…」
コロコロと転がる猿の頭。ソレと胴体を切り離した両手剣を背中に担ぎ、リードはボルに歩み寄る。
(あぁ…やはり俺はまだまだこの人には及ばない)
バルに敗北した怒りも闘いの緊張も忘れ、ボルは自分よりもよほど身長の高いリードを見上げる。なんと勇ましく、逞しいのだろうか。ハイゴブリンになったことで、近づいた気でいた。しかし長は、リード・ホブソードは遥か高みにいる。
「帰りが遅いから様子を見に来ただけだったんが……よくこんな魔獣相手に一人で生き残ったものだ。強くなったな」
「…あ、いえ、俺以外にも………」
ぼーっとした意識がリードの言葉によって引き戻される。ボルはキョロキョロと辺りを見回して亜人擬きたちを探すが、彼らの姿はどこにもなかった。
「……なんだ?」
「…いえ、なんでもありません。住みかに戻りましょう」
そう言って踵を返すボルに、同意の意を示してリードも続く。屈辱と怒りによって灯った炎はすでに鎮火し、武器を失った利き手は静かに拳をつくった。
ファング達の初登場回は第二章と第三章の幕間の「ある冒険者達の一日」です。よければ合わせてお読みください。




