第76話 戦争を終えて
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木々生い茂る森のなか、人工的に作られた広場にはたくさんの影あった。決して大きくはなくどちらかと言うと小さめで、周囲をぐるりと取り囲むその様子は、獲物を追い詰めた獣を連想させる。しかし、彼らは獣ではなく、それでいて人でもない。赤肌、小躯のゴブリンである。
「グオアッ!!」
ゴブリンが作った輪の中で、咆哮が上がる。
声の主の顔は険しく、緊張感のあるもの。続けざまに二度、三度咆哮を上げると同時、手にもつものを目の前の物に叩きつける。
「………くっ」
くぐもった声を上げたのは、咆哮の主と相対するもの。叩きつけられる衝撃は、ジンジンと腕から体へと駆け巡っていくようだが、それでもそんなことは尾首にも出さず、冷静に相手を見つめる。
「……はぁ…」
衝撃が和らぎ、呼吸が少し乱れる。その瞬間を待っていた彼は、今なお衝撃に備えんとしている盾を持つ手に力を込めると、手斧が再び迫るそのタイミングで思い切りそれを叩きつけた。
「…っお」
「……っ」
力の衝突により、互いに弾かれ体勢を崩す。しかしあるのは明確な差。予期していた者とそうでないものの差である。
「オオッ!」
「ちぃっ!!」
「そこまで!」
カンッと無機質な音が鳴ると同時、第三者の鋭い声が辺りに響く。二人は乱れた息を整えながら続く言葉を待った。
「勝者、バル!よって戦士隊一番隊隊長はバルとする!」
ワアッと円を描くゴブリンたちから歓声が上がり、賛辞の言葉が飛び交う。
皆の声を耳で拾いながら、バルは盾を持っていない方の手から片手短剣を放し、目の前の人物に手を差しのべた。
「…はぁ……いい闘いだった、ボル」
「………くそっ…」
差し出された手にボルは応えず、バルに背を向けて歩きだした。彼の表情に浮かぶのは怒り、悔しさ。それでもバルに文句を言わないのは、結果に不満はあっても文句はないからだろう。
「いい闘いだったぞ、ボル。どちらが勝ってもおかしくはなかった」
「しかし……勝たなければ……意味がないのです、長」
広場の中心を抜け出し、歩いてきたボルにリードは声をかける。そんな彼の言葉に短く、しかし感情の色濃い返事をすると、そのまま歩いて立ち去っていく。
「あれ?ボルのやつどこ行ったんだ?」
「森のなかに消えていきました。独りになりたいのでしょう…心配は無用かと」
「そうか…ならいいけどな」
後ろからやってきた主であるショウに、いつも通り恭しい態度で接するリード。彼の言葉に納得の色を見せたショウは視線を広場へと移す。
「よし、ではこの度めでたく隊長に就任したバルには、お祝いに欲しいものを一つ与えるぞ」
大長の言葉にワッと再び沸くレイクビュー。
「肉にしろ!」や「勉強免除券はどうだ?」など思い思いの助言―というより彼らの願望―が飛び交う中、じっと考えたバルは口を開く。
「では、盾を下さい。良い盾を」
「わかった!それなら簡単だ、なぁ?ガード?」
「そりゃあ作るの僕ですよね……はい!任せてください!とびきりいいの作りますよ」
小声でボソボソとなにか言った後、それをかき消すほどの大声で鍛治師のガードは了解する。それを聞いて再三沸くゴブリンたち。バシバシとバルの体を叩いて彼を賞賛する。その輪のなかには新参の隊長を迎える別の隊長たちの姿もあった。
ニンデ村戦争から1ヶ月。レイクビューは日常を取り戻し、ショウたちはそれを謳歌していた。とはいえ最初の一、二週間は当然今まで通りというわけにはいかず、怪我人たちは養生し、彼らが本来担うべき仕事は他の面々によってカバーされていた。即ち、食料調達、居住地開拓、ニンデ村の護衛である。本来ならばここに他いくつもの日々の仕事、例えばカーマード砦との取引などがあるのだが、事情を知っているオークたちはレイクビューを手伝うことはあれど叱責することはなく、むしろ、すぐにまた襲ってくるかもしれないと怯えるニンデ村の人々の護衛を買って出てくれるほどであった。
やがてさらに時か経ち、戦士達の傷が完治といかないまでも、動くのに問題はないところまでいくと、常駐してくれていたオークたちは去り、ようやくレイクビューは普段通りに回り始めた。
そこにきての今日のこのイベントである。やるべき仕事を終えたからこそ催されたこのイベントはまさしく、レイクビュー復活の象徴と言えた。しかして、題目は「ゴブリン戦士隊一番隊隊長決定戦」。内容は文字通り一番隊隊長の座をかけた決闘である。参加したのは二名。両者とも一番隊所属のバルとボルである。というより、厳密に言えば、参加権はこの二人にしかなかった。
隊長になるからには隊員を従わせなければならない。ゴブリンは当然誰にでも従うわけではなく、隊長は彼らにその力を証明しなければならなかった。それをできる候補は他の隊長を抜けばこの二人しか残らなかったというわけである。理由は至極単純。バル、ボルの両名がニンデ村戦争を経て小鬼から上小鬼へと進化したからである。赤い肌はすこし黒みがかり、身長が少し伸びる。外見上はその程度の変化であるが、その実、ゴブリンとの差は確実に開いている。それが種族進化である。ゆえに、ゴブリンをまとめられる可能性として、この二人以上に適役がいなかった。
ショウは当初他の隊員の希望によって、もしくは元一番隊隊長のリードに次の隊長を決めてもらおうと思っていたが、事態はそう簡単ではなかった。
長とソレ以外。単純な力関係で成り立っていたゴブリンの社会に、ショウはあらゆる変化をもたらした。長の上に大長という地位を設け支配を二段構えにし、数が増えたことによる混乱を避けるため、隊長制度を設け管理を容易にした。それにより、ゴブリンたちは隊長の指示に従い、自身の所属する隊毎に振り分けられた仕事に従事することでレイクビュー全体が円滑に回るようになった。つまり、組織が出来上がったと言える。が、人が増え、役職が増え、組織が出来る時には必ず、それにくっついて発生するものがある。
派閥である。
元々別々の群れの集合体であるレイクビューはショウが意思を示せばそれに従い一枚岩となるが、普段はそうでもない。レイクビューの母体となった旧リードの群れ、現、一番隊からすれば他の四隊は後からやってきたに過ぎず、レイクビューとは我々だという意志が一際強い。対して他の四隊はというと、それを否定するのは後輩がゆえに厳しく、ならばとレイクビューに貢献することで名実ともにレイクビューの一員になりたいという思いが強い。隊毎に競争し、どの隊が一番の成果を上げるかということに密かに燃えている。しかしそこで終わらないのが社会の仕組みというもの。ショウはその身で実感するまでついぞ知らなかった事であったが、隊のなかにも派閥は存在していた。
即ち、バル派。そしてボル派。
リードという、圧倒的なリーダーに従ってきた一番隊。そのリードに代わるリーダーを決めるとなったとき、一番隊は二つに割れた。「長のような気迫をもつボルが隊長に相応しい」という意見。「いやいや、長のように冷静なバルが隊長になるべきだ」という意見。双方ともに譲ることは出来ず、議論などまともに出来ないゴブリンたちは馬鹿の繰り返しのように自分達の意見をおし続けた。その見た目と相まって、子供の喧嘩のように見えるその闘いは、見かねたリードの一言によって一気に鎮火した。
『ならば闘って決めよう』
ゴブリンたちに異論はなかった。勝負は一度きり、武器は木製、判定はショウが行う。以上の条件のもと行われた決闘は、バルの勝利でその幕を下ろした。
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「そういえば頭領、頼まれてたもの出来てますよ」
「お?ほんとか?」
ショウの言葉にガードは頷くと、手に持っていた袋をまさぐる。間を開けることもなく取り出したものをショウに見せて、口を開いた。
「どっちにします?」
「…んーどっちがいいとおもう?リード」
「……右でしょうか」
ガードが袋から取り出したものは二つ。ショウから見て左に持つのは黒く塗られた仮面だった。といっても、顔全体を覆うような種類のものではなく、両目を覆う程度の大きさである。舞踏会で唯一見かける可能性があるだろうそれだが、装飾はなくただただ黒いその仮面は少々不気味な雰囲気を漂わせている。
却ってガードが右に持つものはいわゆる戦士が被るようなヘルムであった。頭だけを守るような種類のものではなく、頭から顔全体を覆うフルフェイス型のもので、被れば正体が誰なのかは決して分からないだろう。
「そうだよな」
リードの意見に同意しながら、ショウはガードが左手に持つそのヘルムを手に取る。見た目に反して軽いソレに少し感心しながら、試しに被ってみる。
「どうだ?」
「似合ってますよ」
「ええ、鎧があれば格好つくかと」
少し狭まった視界で、血を与えた臣下二人が頷くのを確認する。その様子に満足したショウはヘルムを外すとふぅと息をはいた。
「よし、じゃあこれにするか。ありがとなガード」
「いえ…これから行くんですか?」
「ああ、そうするよ。鎧あるか?」
「そう言うだろうと思って………」
口角を上げて得意気にガードは再び袋をまさぐる。取り出したのは鉄製の鎧と独特な紋様が目立つサーコートだった。
「さすがだなガード」
ニヤリと笑うショウに、ガードも微笑みで応える。ショウは彼から鎧とサーコートを受けとると、いそいそと着替え始めた。全身鎧ではないので、装備するのに手伝いは不要だ。不慣れな手つきながらも着実に鎧を身につけたショウは、その上にサーコートを羽織った。
「どうだ?冒険者みたいか?」
「…新人にしては装備がやや特殊に見えますが、大丈夫だと思います」
感想を求められたリードが顎に手を当てて、考える素振りを見せながら答えた。隣でガードも頷く。
「しかし…本当にお一人でよろしいんですか?今からでも俺が―――」
「大丈夫だって!しっかり稼いでくるから任せとけ。それに、リードやガードじゃ街に入れないだろ」
「そうですが……」
「みんなでなにやってるのー?」
声のする方向へ、三者とも一斉に顔を向ける。三人の視界には弓を持ちながらこちらに歩いてくる褐色肌のダークエルフ、リーシャの姿が映る。
「おおリーシャ。今から冒険者になりに行くんだ」
「え?街に行くの?いいなー私も行きたい!」
「リーシャ。ショウ様は遊びに行くわけじゃないんだぞ。レイクビューの為に金を稼ぎにいくんだ」
「そうですよ。それに僕たちじゃ街に入れ…な……」
言葉を詰まらせるガードに怪訝な顔を見せる三人。内二人はすぐにその意図を読み取り、真逆の反応を見せた。
「ショウ様!リーシャを連れていきましょう!リーシャなら街に入れるでしょう」
「そういうと思ったわ!確かにエルフなら入れるかもしれないけど……ダメだろ」
現在、人間と友好的な関係を築けている亜人はわずか二種類。エルフとドワーフのみである。理由としては、そのどちらもが人間に匹敵するほどの力がある為、戦うとなれば甚大な被害が予想されるということと、一応エルフ、ドワーフの両国と三大国の内の一つであるマッシャルディーナ王国との間で平和条約がはるか大昔に交わされたからである。とはいえ、悠久な時を生きるエルフやドワーフと違い、短い時を生きる人間たちには条約を交わしたという意識は既になく、大陸を二分するドールデン山脈の向こう側に住み、めったにこちら側にやってこない彼らと新たに関係を結ぶのは人間側にとって骨の折れることであった。また、大昔にあったとされる人間と亜人が戦ったといわれる伝説の戦いの遺恨が、人間の支配する土地にいる彼らへの差別を生むというのも理由の一つであった。実際に、そんな戦いがあったのか。真偽のほどは誰にも分からない。もしかしたら単に彼らの容姿や長命に嫉妬した人間たちのでっち上げかもしれない。しかし、確実に言えることは差別はあるということである。ましてや王都など国の中心地ならばまだしも、田舎の街である。王の威光弱まるその場所で、国の評価を落とすような行為をしたとしても咎めるものはごく少数である。
それがわかっているからこそ、ショウはリーシャをエリート・レントに連れていくことに難色を示した。聞いた話によれば捕まって奴隷にされてしまう事もあるらしい。そんな場所に彼女を連れていくのは危険が大きすぎる。
「差別なら大丈夫だよ!顔隠せばいける!」
「いや……でもなぁ…」
「お願い!邪魔なんてしないから!人間の街にいくの私の夢なの!」
「うーん……でも顔を隠すって言ってもどうやって………」
身をのりだし懇願するリーシャに思わずショウは後ずさる。彼女には普段、ゴブリンたちにガンと共に文字を教えてもらったり、弓の訓練をさせてもらっているし、何より先の戦いでは目覚ましい活躍をみせた。ショウとしてもなにかお礼をしてあげたい気持ちはあった。が、危険なことには変わりがない。そう考えて、理由をつけてなんとか却下しようと試みるが――――――
「それなら良いものがあるじゃないですが、頭領」
―――――――ガードの言葉がそれを許さなかった。




