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ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
幕間
83/110

外伝:風の吹く道 part1 3/4

申し訳ありません。次回、完結編ということで、今回が後編になります。

外伝なのに長引いてしまい申し訳ありませんが楽しんでいただけたら幸いです。


↓以下あらすじ。

仲間を失い、生きる目的を見失ったライゾールはかつて所属していた傭兵団の団長を尋ねるため大陸を北上する。

途中立ち寄った村にてゴブリン退治を依頼された彼は、ゴブリンの住処と思われる山中にてある少女にであう。山のなか一人でいる彼女を心配したライゾールは強引に彼女に親に会わせるように説得した。

「さ…下がれ!大人しくしろ…!!」


思わず出てしまった大声をすぼめながら、ライゾールは片手で山で会った少女マヤを抱き抱える。気分は高揚し、体のいたるところから脂汗がわき出る。枝払い用に抜いていた片手短剣(ショートソード)を突き出し、視線を一ミリもずらすことなく、ゆっくりと、冷静を装って、少しずつ後ずさりしていく。


「モガッ……!モカモガッ」


「静かにしてろ……!落ち着け、大丈夫だ」


声を出さぬよう口を押さえられているマヤがなにかを言おうとして、言葉にならない音を漏らす。そんな彼女に小声で注意するも、しかしライゾールは視線を外そうとはしなかった―――



―――その目の前に横たわる巨大な狼から。



獲物の取り分を相談したいという名目で、マヤの親に会うべく、彼女の案内に従っていたところ、遭遇してしまったその巨大な狼は、寝ているようだが、それでもその威風が欠けることはない。全長五メートルはあるだろうその体は白銀の毛に覆われ、組まれた前足は太く、長く、その先にある爪は、時おり覗く牙同様鋭利に尖っていることがわかる。瞳は閉じられていてもその大きさがうかがえ、尻尾は人一人を叩けるほど雄々しく、呼吸をする度に発生する鼻息は毎度毎度小さな風を起こしていた。常人なら恐怖のあまり叫んで逃げ出すその化け物を見て、冷静にその場からの脱出を図っているライゾールは、さすがは熟練の傭兵と言えた。


(なんなんだこいつは……!どうあがいても一人で勝てる類いの相手じゃない。国が軍を引っ張ってくるレベルだぞこれは)


心臓が鼓動を早めるのと呼応して、ライゾールの思考もその速度を増していく。とはいっても今彼に考えられることは慎重に後退することと、いざというときに少女の盾になることくらいであったが。


「……っぷぁ!ライゾール!」


「馬鹿やろう!お前―――――」


「ん……客か、マヤ?」


空気が凍りつく。全身から血の気が引く感覚を覚えながら、ライゾールはマヤだけでも逃がそうと目覚めてしまった大狼に斬りかかろうとして――――――


「――――はぁ?」


「ああ、そうだ」


――――遅れて頭に入ってきた言葉を理解して困惑した。


「ライゾールだ、ママ。ライゾール、ママだ」


「よく来た、ライゾール。……もし構わないなら剣を納めてくれるか?気持ちが落ち着かない」


一体何が起こっているのか。不運にも遭遇してしまった化け物級の魔獣を、少女マヤは自分の母だと言い、その化け物は―どうやってなのか―言葉を話し、武器を納めるように促してきた。


『私は狼の子だ。人間じゃない』


「まさか……本気でいってたのか?……自分が狼の子だと」


「…?嘘じゃないと言っただろう?」


ライゾールの言葉に、不思議そうな顔をして答えるマヤ。いつの間にか『ママ』の元まで行っており、彼女の首に抱きついていた。


「信じられないのも無理はないが……私は確かにこの子の母親だ」


「そ、そうなのか……俺を襲ったりしないのか?」


状況を把握しつつも、いまいち納得できないライゾール。ほんの数分でドッと疲れが増した彼の言葉に、狼は笑った。


「はっはっは!襲わないとも!マヤが連れてきた初めての人間だ!出来れば丁重にもてなしたいね」


「そ、そうか……。なにぶん、狼に良い思い出がないもんでな」


大きな口を開け、豪快に笑う狼。鋭利な牙が視界に入る度にドキリと心臓が跳ねるライゾールだが、彼女に合わせて疲れた笑みを見せた後、ようやく、片手短剣を鞘に納めた。






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「……神?」


「ああ、端的に言えば…だが」


どこか澄んだ瞳でライゾールを見つめながら、自称『神』は口を開けずに話す。当然、狼には人間のような声帯はないので話すことは出来ない。おそらく、なんらかのスキルか魔法によるものだと、ライゾールは納得している。しかし、その力によって発せられたその言葉を飲み込むのには少々の時間が必要だった。


「正確には違うぞ?我らにとって神とは唯一無二、創造神のみだが、人間は超常の力を持つものを神と崇めるだろう?それゆえにこのウィンゼも神と言えるということだ」


固まるライゾールを見かねてか、説明を加える大狼―――ウィンゼ。嘘か真か。ライゾールには彼女が嘘をついているようには思えなかった。


「あ、ああそうなのか。………まあ俺は神官でもないし、神話についても詳しくない。あんたを神ではないと断定は出来ないな」


「ふっふっふ。随分と冷静に思考するな。人間に会うのは何度目かだが、ここまで落ち着いている人間は初めてだ」


「驚くことがありすぎて、疲れちまっただけだ。…………じゃあ、マヤは神の子なのか?」


相談の末、ライゾールが追い立て、マヤが仕留めた魔獣の毛玉獣(ボラペロ)は、毛皮はライゾールが、肉はマヤがもらうということで落ち着いた。といっても、元々肉にしか興味がないマヤと毛皮は売れるというライゾールの意図が重なっただけなので、もめることもなく終わったが。


懸命に皮を剥ぐマヤをちらりと見て言ったライゾールの言葉に、ウィンゼはまばたきをして答える。


「……いいや、マヤは人間の子だよ。山に捨てられていたところは私が拾ったのさ。しかし育てたのは私だ、ゆえに私が彼女の母だ」


「……あんたが神ってことは?」


「もちろん知っているよ。ただ育て方のせいか、彼女は自身のことを『神の子』というよりは『狼の子』という認識の方が強いみたいだがね。話し方も私ににて人間の子供らしくないしね」


「なるほど………話し方はあんたの影響か」


山にすむ『狼の子だ』と自称する少女。その謎が解けて合点がいったライゾールはわずかに頷いた。そして目の前の大狼が神であるということも真実だろうと無意識で認める。口調、しぐさ、そのどちらにも獣でありながら獣臭さを感じさせない気品のようなものがある。もちろん、そもそも魔獣は話さないが、よしんば話したとしてもこのような雰囲気は醸し出せないだろう。風にたなびく白い毛並みは美しく、身体を半分起こして話す姿は凛としていて気高い。神と聞いて見てみればなるほど、これが神々しさというものなのかもしれない。信心深いものならばもしかしたら彼女に平服するかもしれない。そう、ライゾールに思わせる程であった。


その晩、ウィンゼの勧めでライゾールは食事をご馳走になり、多くの言葉を交わした。彼を警戒してかマヤはあまり話さなかったが、代わりにウィンゼはライゾールの話をよく聞き、その人を丸呑みできるだろう大きな口を度々開けて、豪快に、それでいて品よく笑った。


村に帰ると、あまりに遅いその帰りにライゾールの身を心配していた村長が彼を迎えた。ライゾールは今後このように、遅くなるかもしれない、と告げ、ついでにウィンゼの事について聞いてみた。


村長は少しの間考える素振りをみせ、「それはおそらく山の守り神のことでしょうな」と答えた。村長曰く、昔から山にいるとされる守り神で大きな獣の姿をしていて、悪しきものから皆を守ってくれているのだとか。ウィンゼ、という名前は知らないが、ライゾールの言った特徴からそうに違いない、と断定した。「なぜそんなことを?」と尋ねる村長をはぐらかし、ライゾールは床についた。ウィンゼ、そしてマヤに会ったことを彼は言わなかった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 村に滞在して二日目の朝、昨日と変わらずライゾールは山へと出かける。

装備は全く同じ二本の片手短剣に一本の赤鞘の短剣、高級革鎧をマントで覆ったものだ。しかし、今回は山の地図を手に持ってはいなかった。腰につけた皮袋にはしまってあるが、取り出す気はない。なぜなら地図よりも優秀な案内人がいるからである。


「待たせたか?」


「いや、私も今来たところだ」


 無愛想な声に無愛想な返事。昨日決めていた集合場所でライゾールとマヤは再会した。今日から二人でゴブリン狩りをするのだ。


「・・行くぞ」


「ああ」


 むすっとした顔で冷たく言い放つマヤ。そんな彼女を気にすることもなく、ライゾールは彼女の後を追う。

共同でのゴブリン狩り。発案者はライゾールでもマヤでもなく、守り神のウィンゼである。昨晩、同じテーブルを囲んだ際、ライゾールの話を聞いた彼女が彼に提案したのだった。ライゾールは「ガキを巻き込めるか」と断り、マヤも「人間と協力などしたくない。やるなら自分一人でやる」と反発した。


『マヤ、君は私の子だが姿形は人間だ。人間の戦い方を学ぶことは君の役に立つ。それにゴブリン退治はこの山の為でもあるんだ。どうかこの私のためにやってはくれないか?』


『ライゾール、マヤはあれで立派な戦士だ。役に立つ。足手まといにはならないさ。それに山をよく知っている。彼女と行動した方が君のためにもなるとは思うんだけどね』


 これが神の威光というものなのだろうか。両者ともあっさりと説得されてしまった。が、元々乗り気ではない上に、仲がいいどころか、お互いの事もよく知らない二人である。笑顔で楽しくと言うわけにはいかなかった。

それゆえの二人の態度である。必要最低限の会話だけで済まそうと言うところは互いに承知の上であった。


「しっ!・・動くな、人間」


「ライゾールだ・・どうした」


 突然身を屈め声を落とすマヤ。「人間」と呼ぶ彼女に若干の苛立ちを覚えるが、とりあえずいう通りにする。


牙虎コロミオスだ・・普通こんなところにいないのに・・」


 マヤの言葉を受けてライゾールも彼女と同じ場所に視線を送る。そこには人間大の大きさの虎がゆっくりと歩いていた。

ライゾールは見たことがなかったが、マヤが正しければ彼女の言うとおり牙虎コロミオスという名の魔獣だろう。特徴的なのは口から飛び出ている二本の大きな牙だ。それ以外は普通の虎と同じように見える。


「わかった・・迂回しよう、無駄な戦闘は避けたい」


「いや、牙虎コロミオスの牙がちょうど欲しかったんだ。普段はもっと奥まで行かないと見つけられないんだがついてるな」


「おいおい・・やる気か?目的はゴブリンだぞ?」


「いやなら逃げろ。私一人でもできる」


 強気な言葉を吐いてマヤは背中に担いだ弓を構えだす。そんな彼女を見て、思わずライゾールは頭を抱えた。

もし彼女が傭兵だったなら、これはあり得ない事態である。目的の為ならまだしも、それ以外の、しかも私欲のために体力と時間を消耗しようとしているのだ。プロ意識に欠ける行為に違いなかった。いや、当然彼女は傭兵でもないしそれどころか子供なのだが。


「馬鹿言うな・・はぁ・・俺が先行する。援護しろ」


「・・独りでできるけどな」


 まるで反抗期の娘でも持った気分になりそうになり―――それを振り払おうと―――ライゾールは牙虎コロミオス目がけて走り出した。

ウゥウと唸る牙虎コロミオスに臆することなく、既に抜いてあった片手短剣ショートソードで斬りかかる。虎と言えどさすがは猫というべきか、軽やかな足取りでソレを躱す。すかさず追い打ちを駆けようと、足を踏み出そうとして――――


「うおぉぉっ・・!どこ狙ってんだ!!」


―――――目の前をかすっていった弓矢を見て大声を上げた。


「うるさい!ちょこまかと動くな!」


「俺は前衛だぞ!動くに決まってるだろうが!!」


 言い合いを始めるライゾール目がけ、すかさず牙虎コロミオスがとびかかる。ライゾールはあわててそれを躱し、返す刀で胴体を斬りつけた。ジワリとにじみ出る血。傷は浅い。追撃を仕掛けようとするが、すぐに大勢を立て直した牙虎コロミオスが反撃とばかりにライゾールを引っ掻こうとする。


「おい!射線を潰すな!狙えない!」


「狙える位置に動け!基本だぞ!」


「あああもう!」


 苛立ちの声をあらわにして、マヤは弓を持ったまま走り出す。

叫びたいのはこっちだ、と心中で思いながら、あくまでライゾールは冷静に目前の敵へと集中する。

視線が交錯し、互いの出方をうかがうわずかな時間。動いたのは同時だった。


 飛び上がり、勢いよく襲い掛かる牙虎コロミオス。しかし所詮獣。その所作が隙だらけだということに気づかない。

その動きを見切っていたライゾールは身を屈め、相手の勢いを利用して腹を斬る。今度は深い。わずかに生暖かい血が彼の頬を濡らした。

ビュンッ。「討ち取った」とライゾールが思うと同時、彼の頬先わずか数センチを勢いよく何かが通り過ぎ、それは牙虎コロミオスの横腹に思い切り刺さった。・・・弓矢だった。


「・・・・・てぇめぇ」


「お前のいう通り、移動してやったぞ」


 怒気を露わに意図なく遅い喋りをするライゾール。そんな彼を気にする様子もなく、マヤは心なしか自慢げな表情を浮かべた。

嬉々として絶命した牙虎コロミオスの牙を剥ぎに来るマヤを見て、一瞬「子供のやったことだ」という声が彼の頭をよぎる。が、次の瞬間、彼女に向かって怒鳴ることを防ぐことは出来なかった。






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「おや?おかえり。ゴブリンは見つかったかね?」


「見つかるか!行く先々で魔獣狩りまくりやがって、捜索が全く進まねぇ」


「私一人ならもっと上手くやれた!オマエがいたせいだ!」


 半身を起こし声をかけるウィンゼ。それを皮切りにライゾールとマヤは口論を始める。二人の手には大量の魔獣の皮や牙、爪。それを見ただけで神はマヤが見つける魔獣一体一体全て狩ってしまったのだと推測した。


「ふっふっふ大漁じゃないかね。さすがはマヤだね」


「ママ!」


 ウィンゼの言葉に、口論を止めマヤは彼女に飛びつく。ライゾールといがみ合っていた時とは真反対の嬉しそうな表情を浮かべ、頬をウィンゼのモフモフの毛皮へとこする。


「・・ふん、ママ大好きのガキが。明日からは俺一人でやるぞ」


「おや?待ちたまえよライゾール。君、『捜索が全く進まない』と言っていたが1人よりは効率がよかっただろう?気づいているよね?マヤがいた方が自分のためになると」


「ぐっ・・」


 図星であった。マヤが出会う魔獣を一体も残すことなく狩ったせいで時間はかかったのは事実である。しかしながら、マヤが案内してくれたおかげで山の中の移動時間を大いに削れたこともまた事実であった。


「ママ・・」


「マヤ。そんな顔をしてはいけないよ。君は昨日自分でライゾールを手伝うことを決めた。一度した約束を破ることは子供のすることだ、君は違うよね?」


 ウィンゼの言葉に歯をかみしめマヤはうつむく。今回、彼女とライゾールは意見の違いで喧嘩ばかりであったが、「もう今回でおしまいにしたい」という考えに関しては同じであった。

そんな思いが大好きな母の言葉によって揺らぐ。それは母の言葉に正当性を感じていることの証明であった。


「・・・・・明日、また同じ時間に」


「・・・・ああ」


 苦しそうに絞り出したマヤの言葉に、短くライゾールは返事をした。

この時ほど二人の思いが重なった瞬間はないだろう。自身の感情と、ウィンゼの言葉、相棒の有用性。冷静に考えて出したその結論、そしてその言葉にはいくつもの複雑な感情が乗っていた。

子供と大人。しかし出す答えは同じ。神にとってその二つに大きな違いはないのかもしれない。


 それからというもの、ライゾールとマヤは毎朝同じ時間、同じ場所に集まってはいやいやゴブリンの捜索を続けた。

連携を知らず、言うことを聞かないマヤ。親になった事などなく、子供の扱いがわからないライゾール。マヤは魔獣を発見するたび、「あいつの皮は厚くて、なめせば防寒に役立つ」や、「あいつの肉は保存に向いている」などといって狩りまくり、時間と体力を消耗する。

ライゾールはマヤの山に関しての知識や、魔獣――ゴブリンを含む――に対しての索敵能力を認めているため、仕方なしに魔獣狩りを手伝っては、不意に眼前をかすめる弓矢に肝を冷やす。

毎日毎日、それの繰り返し。時々――できるだけ優しく――ゴブリンを追う事だけに集中してくれないかとマヤに頼んでみれば、「怖いのか?狼は逃げない」などと馬鹿にされ怒りのタネがまかれるだけ。問題の解決には至らず、毎度おなじみ魔獣狩りを続ける。

捜索から戻るたび大量の魔獣の素材を抱えてくる二人を見て、ウィンゼは毎度毎度高笑い。一度、彼女にマヤを説得するように頼んでみれば、「おや?子供一人御しきれないのかね?」と煽られる始末である。そんな生活が何日と続き、ライゾールが発見したのは新しい魔獣三種。それと自分が子供が苦手だという事実だけであった。

この山はさほど大きくないからすぐ終わる。そう思っていた頃も彼にはあったが、現実は非情であり、ゴブリン程の小さな魔獣を探すのには十分すぎるほど山は大きかった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「マヤ!いい加減にしろ!俺が引きつけてる時に移動して横ばいを狙えよ、そうすりゃ隙が出来て俺が仕留められるだろうが」


「分かってないのはライのほうだ。私が急所を射らなければあいつはひるまない。隙ができるどころかライが返り討ちに遭うだけだ」


「おかえり二人とも。今夜も大漁だな」

 

 ぎゃあぎゃあとわめきながら、いつも通り大量に魔獣の素材を持って帰ってくるマヤとライゾール。

その声の大きさはなかなかのもので、寝ていたウィンゼは自然と起き、二人を出迎える。

「ママ!」といつものようにウィンゼに抱きつくマヤをしり目に、慣れた動作で今回持ち帰ってきた素材たちをいつもの置き場所へとライゾールは運ぶ。


「ライ、今夜は泊まっていきなさい。村に帰るには遅いだろう」


「ああ、そうさせてもらう」


 そう言うなりライゾールは鎧を脱ぐと、火に薪をくべ、辺りに座る。

ぱちぱちはじける火の粉を視界に収めながら、次々に装備を外し、休める体勢を整えた。

ウィンゼの住処に留まるのは初めてではない。それどころか、結構な頻度でそうしていた。理由は当然マヤの魔獣の狩り癖である。悪癖が時間を削るのだ。

マヤは焚火にお手製の調理器具をセットし、狩ってきた魔獣の肉等を使って料理を始める。一度ライゾールが手伝おうとした時に、「ここは私のママの家だ。客は座ってろ」と言われ、それ以来ライゾールは料理に関しては何もしていない。


 グワンと風が起き土煙が舞う。ウィンゼがその巨体を動かしライゾールの近くに座ったのだ。

相変わらず大きな牙をのぞかせ、瞳はぎらついているが、ライゾールはいつの間にかそれに慣れてしまった。というよりむしろ、その威風堂々たるその姿に安心感すら覚えるようになっていた。これもまたウィンゼが神たる所以なのだろうか。

やがて、ウィンゼが口を開き会話が始まる。二、三適当な会話を終えると、マヤが食事の準備を完了し、二人と神は同じテーブルを囲む。ライゾールとマヤだけ見ればまるで親子の食卓だが、ウィンゼの存在がそれを許さない。狼と男と少女。奇妙な絵図ではあるが不思議と違和感は無かった。




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「ライ、狩りの調子はどうかね」


「ああ?さっきも言ったろ。大分進んだがまだ時間はかかる。当分はお宅の御嬢さんに付き合わなくちゃならねぇよ」


 深夜。賑やかだった森も静まり返り、音という音がなくなった世界で、狼と人間が口を開く。

ライゾールもウィンゼも横たわっており、マヤに至ってはとうに寝息をかいている。


「ふっふっふ。マヤに手を焼いているのかい?」


「ああ、焼かされっぱなしだな。もうちょっと厳しくしつけるべきじゃないか?」


「でも、かわいいだろう?」


「・・どうだか」


「マヤをもらう気はないかね?」


「・・・どういう意味だ?」


 あまりにわけのわからないウィンゼの言葉に、思わずライゾールは体を起こした。


「言葉通りの意味だよ。マヤをもらってはくれないか?娘として」


「・・ひどい冗談だ」


「冗談などではないさ。本気だよ」


 真意を量れずライゾールはウィンゼの瞳を覗く。その瞳は大きく澄んでいて、獣には無い知性の輝きが見て取れる。

獣の表情など狩人ではないライゾールには分からない。ましてや相手は神である。人智を超えた存在である。一般人の彼には神の意図など知る由もなかった。


「・・私はね大体今から人間の単位で言うところの三百年前に生まれたんだ。どう生まれたか、なぜ生まれたかなんてことは知らない。風の精霊が集まって生まれた私は・・それこそ風の吹くままに色々なところに行ったよ。険しい山々を越え、谷を越え、草原に吹く風の精たちとも会った。風を尊ぶ亜人たちに崇められたこともあったな」


「・・どうしてこの山に?」


「偶然さ。全くの。なんでか知らないが、この山の事が気に入ったんだよ私は。そこでここに住むことに決めた。山狼モンボの肉体を借りてね・・・少々大きくなってしまったが」


 はっはっはと優雅にウィンゼは笑う。あまりにも自然なその様子に、一瞬、ライゾールは彼女が狼だと言う事を忘れた。


「・・随分と長い間ここにいるよ。獣と同じように狩りをし肉を喰らい、時々魔物の相手もしたな。おかげで近隣の村人には『山の守り神』なんて言われたこともあったな」


「ああ、村長に聞いたよ」


「ふっふっふ、そうか。私はまだ守り神なのか。昔の事だから忘れられてしまったかと思ったよ・・意外と嬉しいものだなふふっ」


 優雅に、それでいて楽しそうにウィンゼは笑った。静かな山の中で、わずかに漏れるその笑い声は、どこか異国の楽器のようで、心地よくライゾールの耳に届く。


「でも・・きっとすぐに忘れ去られてしまうだろうな・・・ライゾール、私はもう長くはないんだ」


 ライゾールは何も言わなかった。心の中では妙に納得していた。

村長はウィンゼの特徴を聞いても、すぐには『山の守り神』の事だとは言わなかった。つまり、ウィンゼの存在は村長にとって馴染みなどなく、ウィンゼがここしばらくの間そういった活動をしていないということになる。

加えて、ウィンゼの日々の過ごし方にあった。彼女は狩りから戻るといつも半身を起こしてライゾールたちを出迎えるが、裏を返せばいつもそこで寝ているのだ。さすがに寝たきりではないようだが、住処を離れるほど元気ではないのかもしれないと薄々ライゾールは感じていた


「病気にかかっているわけではない。一応は神と呼ばれるほどの存在だからね、病魔など寄っては来ない。・・単純に肉体の寿命が尽きるのさ」


「・・・・新しい肉体を得ればいいんじゃないのか?」


「それは無理なんだライ。私のような存在を現世に顕現けんげんするには肉体が必要だ。しかしその肉体を維持するのには多大な力を要する。つまり、肉体の寿命とは私の力が尽きると言う事なんだよ」


 ウィンゼは先ほど三百年前に生まれ、色々な場所へと行ったと言っていた。そしてこの山が気に入ったとも。

つまり彼女はこの山で一生を終えるつもりで肉体を得て、力が続く限りここでの生活を続けていたという事だろう。


「後悔はないんだ。満足もしている。ただ、心残りがある。十数年前に拾ったこの娘のことがね・・心配なんだよ」


 ウィンゼは静かにその瞳を、自身の腹を枕にして眠るマヤへと向ける。

その澄んだ美しい瞳には、知性の輝きの他に、子を思う母の愛の色が映っている。


「誰が彼女を棄てたのかは知らない。私も最初は見捨てようとした・・・しかし、無垢な赤子の表情は私にそうすることを許してはくれなかった。狼として生活するうちに、現世の影響を思わず受けてしまっていたんだ。生に対する慈しみというやつがね。

 彼女と過ごす時間はあっという間だった。私を母と呼び、あらゆることの教えを乞うその様のなんと可愛い事か。日々成長する我が子のなんと誇らしい事か。私はマヤを愛しているんだ」


 口調は優しく、いつにも増して穏やかで。

大事そうにマヤの頭を尻尾で撫でるそのしぐさにライゾールは言葉を失った。


「彼女は十分に成長してくれた。私は満足している。ただ、マヤはまだ子供で山しか知らない。人の世というものを理解していない。私は知っているんだよ、ライ。人間は独りでは生きていけない。必ず限界が来る。しかしその時、私は彼女のそばにいることができない。だから、ライゾール・テラファイン、どうか―――――――」


 マヤに向けていた視線をライゾールに移す。

ウィンゼの大きな瞳に彼の姿が大きく映される。


「――――彼女の事を頼んだよ」


 大きな瞳に覗かれて、ライゾールの心臓がどきりと撥ねる。

しかし今回は彼女のその巨体に怯えたわけでも、その大きな牙や爪に恐怖したからではない。愛する我が子を託さんとする母の覚悟に気圧されたのだ。


「・・いや・・俺は・・・」


 慌て、言葉が出ないライゾールを見て、ウィンゼは満足げに笑うと、その大きな瞳を閉じすぐに眠ってしまった。

1人取り残されたライゾール。静かな山中でけたたましくなる自身の鼓動の音がやかましく、彼がまどろみの世界に行くのには、その後数十分の時間を要した。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「行くぞ」


「あ?狩らないのか?」


 朝、いつもの通りライゾールとマヤはゴブリン探しに出かける。

装備は変わらず、ライゾールは二本の片手短剣に赤鞘の短剣。身体には高級革鎧を身に着け、マントで覆っている。マヤにしても同じで、動きやすい魔獣の皮でできた服の上にこれまた魔獣の毛皮の防寒具。腰には魔獣の牙でできたナイフを佩き、背中に弓を背負っている。

普段と変わらないいつもの事のはずだが、今朝はいつもと様子が違っていた。マヤの悪癖がナゼが発動しないのである。目の前に立派な角を生やした槍鹿ホーンディアーがいるというのに、おかしな話であった。


「・・・あいつの素材は今いらない」


「・・・そうか」


 マヤらしくない言動に頭上に疑問符を浮かべながら、ライゾールは先行くマヤの後を追う。

地面に残った魔獣の足跡、木についた傷、自身の経験。あらゆる情報を統合して、ゴブリンのいそうな場所を絞り込んでいく。

毎日、同じことをしているマヤであったが、今回はいつになく真剣な様子である。相変わらずライゾールは疑問符を浮かべたままだ。

一体どんな心境の変化があったのだろうか。どことなく焦っているように見える彼女を見て思考を凝らすライゾールだったが答えは出ない。ボーッと考えているとマヤはズンズン先に進んで行ってしまうので、あわてて追いかける。


 軽快な動きで、草や川や木々をものともせずマヤは進む。

尋ねたことはないが見てくれから判断するに、おそらくマヤは十二、三の少女だろう。しかしその身のこなしは大人顔負けのモノだ。

狼に育てられた、というのも今ならライゾールは納得できた。ウィンゼが彼女を誇る理由も。おそらく自己流であろう弓の技も軽くあしらうことができない程優れている。


――――彼女の事を頼んだよ


 不意に思い出される昨晩のウィンゼの言葉、それと表情。マヤはその歳では考えられない程優秀だ。が、それゆえにウィンゼの言うとおり危うさもある。

ウィンゼの言うとおり、マヤが彼女亡きあと山で生活し続けるのは難しいだろう。孤独という病が彼女を蝕むのは明白である。かといってこのまま人の世に出ても明るい未来も同様に難しい。

あまりに彼女が優秀すぎるがゆえに、心なき人々に利用され使い潰されるかもしれない。人の道理を知らぬがゆえに、取り返しのつかない過ちを犯してしまうかもしれない。

だからこそ、ウィンゼはライゾールに彼女の事を頼んだ。自分亡き世でも平和にマヤが暮らせますようにと、その願いを彼に託したのだ。しかし、ライゾールの腹は決まってはいなかった。自分にその資格と覚悟があると確信が持てなかった。


(村に預けるのが一番いいのかもな・・)


 そこにはたくさんの人がいるだろう。きっとマヤを可愛がってくれる人もいるだろう。

友達もできることだろう。もしかしたら恋人もできるかもしれない。夫婦となり子をもうけ、普通の母になるかもしれない。

そんな可能性が村にはある。しかしライゾールが連れ出せばそんなことはまず起きないだろう。

仲間を失ったばかり、そしてそれゆえに目的を見失っているのが現状だ。仕事と言えばいつ死ぬかもしれぬ傭兵稼業。そんな男に一人の子供を育てるのは難しい。いや間違いである。

先行く少女の背中を見つめながら、ぼんやりとライゾールはそんなことを考えていた。

 

 いつの間にか時は進み、時刻は夕方へとなる。

驚くべきことに、朝から今までで、狩った魔獣はゼロである。いよいよおかしいと半ば本気でマヤを心配するライゾールだったが、マヤの発した言葉に、その思いは四散した。


「・・見つけたぞ」


「・・なに?」


 草むらに紛れ声を低く話す両者。その視線の先には念願の魔獣の姿がある。

赤肌の小さな体躯。装備はだらしなくまかれた腰布に荒い削りの棍棒。依頼された小鬼ゴブリンである。

洞窟を根城にしているのか、入り口付近には二十数匹のゴブリンたちがたむろしており、入口の両端には――見張りなのか――一際屈強そうなゴブリンが立っている。


「ようやくだな」


「よし、とっとと片づけよう」


 そう言って飛び出そうとするマヤを、間一髪で引っ張ることに成功する。

「何をする!」と小声で怒鳴る彼女に、真剣な面持ちでライゾールは口を開く。


「落ち着け、まだ早い。日がもうすぐ落ちるし今日は駄目だ。それに――――」


「それになんだ!」


「い、いや。とにかく今日は駄目だ。明日の朝奇襲を仕掛ける。いいな?あまりゴブリンをなめるなよ」


 いつになく真剣な様子が功を奏したのか、マヤは不満げではあるが一応了承した。もしかしたら狩ったことのない魔獣だからというのもあるのかもしれない。

ゆっくりとその場から離脱するマヤの後を追い、ライゾールも離脱する。幸いにも、二人は気づかれることもなく、無事マヤはウィンゼの待つ住処に、ライゾールは宿泊している村長宅へと帰還した。


「あの・・ライゾールさん、依頼の進展の方はどうですか?」


「ん?ああ・・今日、やつらの住処を見つけた。明日叩く」


 夜。村長宅のテーブルについて、おなじみの野菜スープを口に運ぶ。

ライゾールの返答に「おお」と歓喜の声を上げる村長を横目に、ライゾールは考え事をしていた。

それはマヤに言いかけてやめた言葉の続き。洞窟の入り口付近にたむろするゴブリンたちを見て感じた違和感。


(なぜあいつらは外にいたんだ?人よりは強いとはいえ、あいつらも寒さを感じるはず・・)


 防寒具を身に着けているならまだしも、ゴブリンが着けていたのは腰巻のみ。それだけで寒さをしのげているとは考えづらい。

考えられる可能性としては、洞窟に入りきらない程の数がいるということ。しかしその可能性は低いように思えた。理由は先のゴブリンの襲撃。当然村人など相手にならないので少数でも村を制圧することは可能ではあるが、ゴブリンたちの目的は穀物のはずである。それは村長が断言していた。

だとしたらあの程度の数だったというのはおかしい。村長は「今までにない大人数だった」と言っていたが、ライゾールからしてみればそれは間違いである。あの程度の数は一般的でむしろ少数にあたる。それゆえに謎である。単純に物を運ぶのなら大勢の方が効率がいいし、それがわからない程ゴブリンは馬鹿ではない。ではなぜ、夕刻という空気が冷え始める時間帯に、ゴブリンたちは洞窟前にいたのか。ゴブリンの生態などよく知らないライゾールにはそれ以上のことは分からない。


(なんにせよ・・やるしかないか・・!)


 ライゾールは勢いよくスープを飲み干すと、早々に床についた。

明日の朝早くにマヤと集合の約束をしている。傭兵は明日に備えて体を休めることを選んだ。









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