外伝:風の吹く道 part1 2/4
申し訳ありません。前後編と言いましたが嘘でした。今回が中編になります。
後編をなるべく早く投稿できるよう尽力致しますのでどうか、お怒りを静めてお読みください。
「ゴブリン退治?」
「ええ、お願いできませんか?」
風が強く吹く夜。暖をとろうと皆家に入り就寝の準備を始めるこの時間に、男もまたその例外に漏れず家の中で座っていた。目の前には温かい野菜スープ。木の椀に盛られたソレに肉が見受けられないのが残念だが、しかし温かいと言うだけで男―――ライゾール・テラファインにとっては満足だった。そんな待望のスープを口に運ぶ手を止めて、微笑を浮かべる村長に、ライゾールは視線を送る。先の彼の発言の意図を探ろうと慎重になったためだ。
「今日襲撃してきた奴ら以外にもいるってことか?」
「いる……と思います。今日のような大勢での襲撃は初めてですが、度々穀物を盗まれましたし、近隣の村にも現れているようですから…」
フム、とライゾールは考える。村長の言葉は根拠が薄いが、しかし相手はゴブリンである。その繁殖力は人間を凌ぐほどだから確かに村を襲っていた数では少ないし、それに、何度も穀物を盗むのに成功している村があるなら、わざわざ他の村を襲う必要もないように思える。ゴブリンは馬鹿なので、一度成功したら他を探すような真似はしない筈なのだ。
瞬間、ライゾールの脳裏にはレイクビューのゴブリンたちが浮かぶ。やつらなら隊毎に村を担当させ、襲わせることもするだろう、と。
「……あ、あの」
「…あ?……あぁすまん。ゴブリン退治の話だったな」
どんな表情をしていたのだろうか。どう転んでも笑顔というわけではないだろう。村長の様子を窺う言葉に、ハッとして、ライゾールは木製のスプーンから手を離し、額にあてる。レイクビューのことを考えると思考が乱れる。確かに思い付いた通り、奴らならやりかねないが、だとしたらもっと計画的にやるだろう。それにもし今日倒したゴブリンたちがレイクビューの一員だった場合、装備はもっと良いものである筈だし、あんなに弱くはなかった筈だ。
(囚われるな……冷静になれ…俺)
落ち着かせようと、嫌な自分ごとスープを一口飲み込む。調味料などほとんど入っていない薄味の汁が喉を通り、体が少し暖まる。
「わかった、受けよう。ただし、報酬はキッチリいただく」
「ありがとうございます!これで安心て眠れます」
ライゾールの言葉に花開いたように明るい表情を見せる村長。そんな彼を見ながらライゾールは再び、スープを一口飲み込んだ。
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乱立する木々。充満する土の匂い。
木の葉に反射してキラキラと光る日光と、朝方特有の少し冷めた風を感じながら、男は山のなかを歩く。
傍目から見ても分かる高級革を使った上質な革鎧を身に付け、腰のベルトに二本の片手短剣、反対側に赤鞘の短剣を佩き、それらを防寒用のマントで覆う。整備されていない獣道を歩む度に汚れる靴には目もくれず、男は迷わないようにと度々手元の地図に視線を落とす。
「今いるのは……この辺か?その、筈だな。じゃあ、こっちか」
男――――ライゾール・テラファインは自然のなか一人呟くと、拡げていた地図をベルトに挟み込み進路を変える。今、ライゾールがいるのは昨日泊まった村の近くにある中規模程度の山である。目的は当然、村長からの依頼のゴブリン退治。昨晩、食卓にて交わされた契約であったが、交渉は若干もたついた。仲間の親や兄弟に仕送りし、懐が寒く、1銅貨でも多く欲しいライゾールに対し、なるべく安く仕事を依頼したい村長の思惑がぶつかったからである。ライゾールが提示した額に苦笑して首を横に振る村長。「これが精一杯」と頭を下げる彼に対して唸るライゾール。積み上げてきた傭兵としての交渉術を巧みにつかった舌戦はスープが冷めるまで続き、最終的に、依頼完了までの飯、寝床、馬の世話の面倒を村側が見るということで、ライゾールはようやく頷いた。定価より圧倒的に低い報償金での契約となったが、稼げるところで稼いでおこうという精神と、飯の心配をしなくていいという安堵が彼がこの仕事へのやる気を見出だせた要因であった。ちなみに、馬は村にて留守番中である。
そして今、彼は契約通りに仕事をこなしていた。件のゴブリンの発生予想地である山のなかを、村の狩人に描いてもらった大雑把な地図を頼りに歩いている。ゴブリンの住みかは完全に予想ではあるが、普段山に出入りしている狩人のお墨付きであれば可能性は高いだろうと考慮してのことだった。
「暗くなる前には帰らなくちゃいけねぇんだ……なんなら向こうから出てきてくれりゃあいいのにな」
夜になると自然はその表情をガラリと変える。慣れてない山に夜通しこもる危険性を熟知しているライゾールにとって動けるのは日中だけである。つまり、限られた時間でこの広い山を歩き回り目標を発見しなければいけないわけだ。それに村に長居はできるがしたくない彼としては、早いとこ依頼を完了し、旅の続きがしたかった。
ガサッ
「……ゴブリンか?」
相変わらず変わらぬ景色を地図を頼りに歩くライゾールの耳に木の葉が掠れる音が飛び込んでくる。即座に身を屈め、近くの草むらに飛び込むと、ライゾールは物音の発生源を睨む。現れたのはゴブリン――――ではなく、白色の尖った毛を蓄えた三匹のアライグマであった。
(毛玉獣……!見つかると厄介だな)
毛玉獣。山に生息する魔獣で、特徴はその白い毛と見た目からは想像できない狂暴性である。一本一本尖っているその毛だが、彼らが死ぬと途端に丸くなりさわり心地は滑らかに、またその美しい白色から、主に貴族が寝具や絨毯に欲しがるほどであった。売ると高値がつくその毛皮だが、市場にはそれほど出回ってはいない。理由は生息数が少ないからではなく、単純に狩るのが難しいからである。常に何匹かで行動しており、一度獲物を見つければどんな相手であれ果敢に挑んでいくその攻撃性から狩人、もしくはベテランの冒険者であれやられたというのは珍しい話ではない。
何人かでかかれば確実に仕留めることは出来るだろう。しかし、現在ライゾールは一人。負けるということはないだろうが、万が一ということもある。それになにより、彼の目標は小鬼であり毛玉獣ではない。ここで時間を無駄にするのは得策ではなかった。
(……気づくなよ……)
心中で祈りながらライゾールはゆっくりと足を動かす。視線は仲間内で集まりスンスンと匂いを嗅いでいるボラペロたちに固定しつつも、音をたてないように細心の注意を払う。
ポキッ
「しまっ……!!」
「ガアアアッゥ!!」
木の枝の折れる音。漏れでる悔恨の声。毛をより逆立てて発せられたボラペロの咆哮。三種の音が重なり、場には緊張が走る。しかし、迷いは一瞬。次の瞬間、ライゾールはボラペロ目掛けて飛び出していた。
「ガウッ!?」
突如鳴った音の正体を確かめようと様子を窺っていたボラペロ。眼前に現れたのは自分よりも遥かに大きい生き物で、彼は思わず驚愕の声を上げ―――そのままライゾールによって斬られた。
「まず一匹!」
ボラペロの怖いところはその俊敏な動きと、数の暴力である。つまり攻撃が当たりさえすれば殺せるのだ。そしてそれはライゾール程の腕前があればそう難しいことでもなかった。
身体を頭から勢いよく袈裟懸けに斬り、一匹仕留めたライゾールは、残る二匹を狙おうと、視線を目標へと移す。
「ガウッ!」
「ガラアッ!!」
仲間を殺された怒りゆえか、単なる狂暴性の高さからか、残る二匹は牙を剥き出しに吠えると、同時にライゾール目掛けて突進する。
「っと……!」
振るわれる爪をかわし、噛みつかれまいと足を動かす。隙を見て振るう片手短剣だが、ボラペロの俊敏な動きが命中を許さない。
「ちょこまかと……!!」
「ガラアッ!」
「ウガアッッ!」
左右同時にあるいはテンポをずらして。その巧みな連携に、通常なら拍手を送りたい程であったが、相手をしている身としては、苛立ちが募るだけであった。しかし――――
「《疾風刃》!」
風によって加速した刃が、ボラペロ一匹の瞳を抉る。「キャウ」と弱った声で鳴きバランスを崩したそのボラペロを見逃すほど、ライゾールはお人好しではない。
「シイッ……!」
短い息を吐いて、その尖った毛ごと身体を貫く。獣特有のか細い息を最後に、そのボラペロは絶命した。
「あと一匹………って待て!」
少し跳ねた血を拭いつつ、残る一匹を視界に納めるライゾール。しかしその一匹は彼を見るなり脱兎のごとく逃げ出した。慌ててライゾールもそれを追う。見逃すことは出来なかった、なぜなら一匹でも放っておくと、すぐに仲間を引き連れて戻ってくるからである。そういう習性も含めて毛玉獣という魔獣は恐ろしいのだ。
「ハアッ…ハアッ…くそっ!」
息を切らしボラペロを懸命に追うライゾールだが、いかんせん相手は獣。自然を駆けるためにあるその短い手足は、人間の鈍足など置き去りにしていく。木の枝をかき分け、走る。走る。走る。しかし距離は縮まるどころか放される一方だった。
「フンッ」
幻覚か気のせいか。しつこく追うライゾールの方を振り返り、ボラペロは笑った。彼をバカにしたように。いやきっと気のせいだろう。しかし自身を追ってくる者へと視線を向けるその行為が、ライゾールにさらに苛立ちを募らせ、ライゾールはそのボラペロへと苛立ちを乗せた視線を送る――――が、すぐにその視線は驚きの視線へと変わった。彼の視界に、ボラペロの頭上から降る謎の人影が映ったからである。
「ギェッ」
断末魔もなく、ボラペロは絶命した。ライゾールは足を止め、警戒の色を強める。一難去ってまた一難。現れた正体不明の相手を注視することに躊躇いはなかった。
「お前の獲物か?」
「は……?」
「っぷはぁ……これ、お前の獲物か?」
「こ、子供?」
低い身長。高い声。全身を毛皮で覆い、毛皮に埋もれた口を露にして話す眼前の相手は、間違いなく子供だ。手には不釣り合いななにかの魔獣の牙でこしらえたものだろうナイフと今しがた仕留めたボラペロの死体を握ってはいるが。
「お、ま、え、の、え、も、の、か?」
「あ?あ、ああ。そうだ」
山中で会う筈のないその存在に圧倒されていたライゾールだったが、再三のその子供の質問に、反射的に肯定の返事をする。
「でも、仕留めたのは私だ」
「ああ、それもそうだな………いや、それよりお前は誰だ?なぜこんな山奥にいる?親は?」
「私はマヤ。親ならいる。私はここに住んでるんだ」
ライゾールの返事を聞いて、狩ったボラペロを腰に固定するマヤ。子供らしからぬ落ち着いた口調で語られた内容に、ライゾールは眉間にシワを寄せた。
「住んでる?どういうことだ……?」
「住んでるということだ、人間」
「人間って…お前もそうだろう」
「いや、私は狼の子だ。人間じゃない」
「……何をいって……はぁ、遊びかなにかか?ふざけてないで真面目に答えろ。お前みたいな子供がこんなところいたら危ないだろ」
「ふざけてなんかない。私は本当のことを言ってる」
ライゾールの苛立ちを含んだ言葉に、変わらず落ち着いた口調で話すマヤ。暫し両者間に沈黙が訪れ、互いに視線を合わせる。
「はぁーわかった。じゃあお前の親に会わせてくれ。話がしたい」
「……なんでだ?何のために?」
「あー……獲物の話だ。仕留めたのはお前だが、追い立てたのは俺だ。何割かは俺のものになるべきだろ?」
「………………………わかった。ついてこい人間」
「………ライゾールだ。くそがき」
口を再び毛皮に潜らせると、マヤは背を向けて走り出す。慌ててそれを追うライゾール。奇妙な画が山奥に出来上がってしまった。
(どうしてこうなっちまったんだろうな………まあ仕方がないか)
子供を見捨てることはできない。たとえそれが時間の無駄だと思っていても。心中で密かに呟いたその愚痴は、誰の耳にも届くことなく消えていった。




