外伝:風の吹く道 part1 1/4
約1ヶ月開いての投稿ですが、本編ではなく外伝です。
前後編に別れての物語でまたお待たせしてしまう可能性大で恐縮ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
「行くのか、ライゾール」
「ん?…あぁリスランか。ああ今丁度出るとこだ」
朝日が差し込むも、未だ薄暗い早朝の街エリート・レント。太陽がその熱で世界を暖めるには早いその時間に、エリート・レントの出入口にて、ライゾールは声をかけられる。
昨日買った馬に荷物を背負わせる中かけられたその声に振り替えれば、そこには見知った小さな体躯と目付き。最も最近の仕事を共にした傭兵のリスラン・ホームだった。
「早くないか?まだ…1ヶ月だぞ……」
「もう、1ヶ月だリスラン。いつまでもうじうじしてらんねぇよ」
1ヶ月。それは前回の仕事から今まで経った時間。創設して五年、苦楽を共にしてきた仲間を全て失ってから経った時間。ゴブリンにやられただろう仲間たちの顔は、今でも心に残っている。しかし、だからといっていつまでもいなくなってしまった仲間を思いだらだらと生きていい筈がない。そもそも彼らは傭兵。戦いに身を置き、命をかけていたのだ。こうなることはいつだって覚悟していたはずである。彼らの死を悼むのはいいが、死んだことを哀れむのは侮辱にあたる。
『仲間が死んだらわんわん泣いてもいい。酒飲んで忘れても、誰かとヤって気持ちを発散させてもいい。ただそれ以上はダメだ。守れなかったとかいう後悔は、死んだやつらには不要さ。私らは生きてんだ。私たちがあいつらを自分達の枷にしちゃいけない』
初めは仲間を失った悲しみから、なにをするやる気も失った。引退しようとさえ思った。しかし、そんなライゾールをある言葉が咎めた。『風来の剣』を立ち上げる前、彼が所属していた傭兵団『鋼の風』の団長が彼にいった言葉。初めて仲間を失った彼にとって、団長の言葉がどれほど胸を打ったことか。かつて自分を救ってくれたその言葉が、再び彼を救ったのだ。
「そうか……ところで、どこ行くんだ?」
ライゾールの返答に、わずかながら口角を上げ笑みを見せるリスラン。次の瞬間から、言葉にいつもの軽快さが宿る。
「そうだな、方角で言えば北だ」
「北?というと…ダンデンド王国にでも行くのか?」
「いや、まぁ寄るかも知れんが目的は違う。……団長に会いに行こうかと思ってな」
「団長……『鋼の風』のか?」
「ああ」
「どうしてまた?」
「いや…まぁなんていうか……自分探しの旅、みたいなもんだ」
後頭部をガシガシと掻きながら、若干の照れを見せるライゾール。そんな彼を見て初めはキョトンとしていたリスランだが、思わず笑みをこぼした。
「はっはっはっ!なにを言い出すかと思ったら『自分探し』か!はっはははいいんじゃねぇか?夢見る少年みたいでよ!」
「ちっ!笑われると思ったよくそっ!」
腹を抱えて笑うリスランを背に、荷物を持たせた馬に飛び乗る。赤く染まった自身の顔面を隠しつつ、そのまま出発しようと手綱で馬に歩くように指示をする。
「まて!まてライゾール!」
「何だよ」
笑いの余韻が残る高い声で止めるリスランの声に振り返れば、そこには自身に迫る謎の影。反射的に掴み、正体を見る―――短剣だった。
「持ってけよ…オイラからの餞別だ……自分探しの旅のくくっ」
「てめぇ……まあ餞別だっていうならありがたく頂くが、いいのか?安物じゃなさそうだか」
「構いやしない。いいから持ってけ」
シンプルなしかし、美しい意匠が施された赤い鞘の短剣を懐にしまい、礼を言うライゾール。リスランに別れの挨拶をし、いよいよ出発しようとしたところで、不意にある疑問が浮かんだ。
「そういえばリスラン。お前、なにかと俺を助けちゃくれるが、俺、なんかお前に貸しでも作ったか?」
「ん……いや、別にないさ、そんなもん。オイラはオイラのしたいことしてるだけさ」
「そうか……なら、いいか。じゃあ、次会ったときはエールでも奢ってやるよ!だからそれまで死ぬなよ」
「ああ、お前もな!」
二回目の別れを交わし、今度こそライゾールはエリート・レントを後にした。そんな彼の背中を見送りながら一人リスランは街の出入口に佇む。
『嬢ちゃん!名前は?』
『………リ、リスラン』
『そうかリスラン!怖かったろう、だがもう大丈夫だ!後は俺たち『鋼の風』に任せろ!』
「自分が助けた女の顔ぐらい覚えとけよな……」
発した言葉が彼に届くことはないだろう。しかしそれでも構わない。気温が低い早朝で、辺りには彼女一人。追い打つように寒風が通り過ぎる。戦うための短髪を風で揺らしながら、リスランはもう見えぬ彼の背中に視線を送り続けた。
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「いい風が吹いてるな……なぁ、おい」
ガッポガッポと進む馬上で、同意を求めるようにライゾールは馬の頬をたたく。「ええ、清々しいですね」なんて返答は当然なく、馬はただ煩わしいと首を振るだけだった。エリート・レントを後にしてはや三日、当初の目的通りライゾールと馬一頭は北上中である。
「返事なんかあるわけないよな、そりゃ。……さて、地図によるとこの辺りに村がある筈だが………」
つれない相棒を置いて、ライゾール片手で手綱を握りつつ地図を拡げる。地図と言っても曖昧で、しかも石の壁に囲まれている都市や首都に比べて、いいとこ木の柵程度の防御しか出来ていない村程度ならば知らぬ内に壊滅していてもおかしくない。あてにするというよりは頭に入れておく程度が正解なのだが、今のライゾールの心境としては村の存在を信じたかった。
なにせこの三日間野宿続きで、飯も用意してきた保存食のみである。当然暖かいスープや柔らかい肉が欲しくなるし、それに警戒の必要がある野宿では完全な休息はとれない。なにより、亡くなった仲間たちの故郷への見舞金、最低限旅に必要になるだろう物、そして馬一頭といった出費が、元々少なかった彼の貯金を圧迫している。要するに、金がないのだ。旅の途中で道具の補充や宿、食事等で出費がかさむことは火を見るより明らかであり、ライゾールとしては出来るだけ金を使いたくなく、そしていざというときの生命線となる保存食は取っておきたい。村に立ち寄ることが出来れば施しを貰えるかもしれない。そんなしたたかな思いがライゾールにはあった。
「魔獣でも狩れりゃあいいんだが……ん?」
ぼんやりと願いを口にするライゾール。違和感を感じたのはその直後だった。時刻は夕方。季節の変わり目なのか涼しい風が頬を撫でる。そしてその風から、確かにライゾールは感じ取った。風にのって自身の進行方向からやってきたもの。
「血の匂い……!走れ!」
傭兵にとっては嗅ぎなれたもの。地図が示す村の位置と、傭兵としてのライゾールの直感が合致した。手綱の指示を受け馬は走り出す。主人の意のままにその走りは全力のもの。今までとは段違いの早さで駆け抜ける。土を蹴り、風を切り、景色は流れ、やがて見えてきたのは小さな村。そして彼はその目で、見た。
「……ゴブリンッ!!」
馬上で揺れる視界で、なんの因果か、ライゾールは確かに視認する。手に粗末な武器を持ち、腰に布を巻く程度の服装。村人を襲うおぞましく醜悪な表情。小さな体躯、大きなつり目、尖った耳に赤い肌。見間違う訳がない。それは間違いなくあの小鬼、仲間の命を奪った憎き魔獣だった。
「オオオオオッッ!!」
殺す。そう思った瞬間、ライゾールはいつの間にか抜いていた片手短剣を握り、馬から飛び降りていた。
「ギャッ?」
「死ね」
勢いそのままに空中に飛び出したライゾール。繰り出した刺突はゴブリンの眉間を深くえぐり、二人は勢いを殺しきれず地面を大きく滑った。ゴブリンは叫び声を上げる暇もなく絶命。ピクリとも動かなくなったソレに冷たい視線を送り、ライゾールはフラりと立ち上がる。死体となったゴブリンから得物を抜き取り、辺りを見回す。
その瞬間、場は静かだった。突如馬に乗ってきた謎の男に、村人もゴブリンも困惑し動かなかったためだ。
しかしそんな静寂もすぐに破られた――――ライゾールの手によって。
片手短剣についたゴブリンの血を払うと同時、ライゾールは地を蹴り駆けた。目標は直線上にいたゴブリン。
「ガァア!!」
ライゾールの登場に困惑していたゴブリンであったが、さすがに敵意を向けられれば気づくもの。即座に武器を構えると、自身に向かってくる敵目掛けて武器を振るう。ライゾール目掛けて繰り出される斬撃。しかし、それはあまりに鈍い。ライゾールは難なくそれを避けると無言のうちにそのゴブリンの首を跳ねた。
「ヤレ!」
「ヤツヲ殺セ!」
「ギャアギャア!!」
湧き出る血、叫ぶゴブリン。周囲のゴブリンたちは一斉にライゾールへと向かっていく。右2、後ろ1、左3。遅れて前から2。目と耳で数を確認し、ライゾールは静かに迎撃態勢を整えた。
「グキャッ!」
右へ一歩踏み込み刺突。心臓を一刺しし、剣を抜き取ると同時に回転。方向を反転、そのまま前進する。
「ガアアッァ!」
叫び声を上げて棍棒を振りかぶる間抜けの腕を跳ねる。痛みに悶絶し倒れそうになるそいつを蹴り飛ばし、後続のやつにぶつけ、動きを止める。
「グゥゥアアッ!」
左方向から迫る錆びかけの短剣に合わせて、片手短剣を振るい、相手の物を弾く。衝撃によって腕が痺れ、無様にも隙を作ったそいつの首を跳ね、仲間の死体を踏み越えてやってきた二匹を視界に納める。
「ガァァァッ!」
「ウガガガッ!」
怒ってるのか。バカみたいに叫んでいるだけか。連携のとれていない素人の攻撃を避け、片方の胸を斬り、もう片方の目を刺し潰す。
「ギャアアッッ!!」
二匹の絶命を確かめるまでもなく、ドタドタと後方から迫るものに、視線を合わせ、隙だらけの胴体を蹴飛ばす。自分より圧倒的に長いその足は間合いを削り、走ってきた勢いがプラスされ、屑は倒れる。内臓に駆け巡る衝撃に堪える背中に、逆手に持った片手短剣を勢いよく突き刺し命を絶つ。
「ウゥ……グゥウゥ!!」
残る一匹。目の前に転がる仲間の死体に怯え、その臆病者は背中を見せて逃げ出した。ライゾールはあせることなく地面に転がる物を拾い上げ、そのままそいつ目掛けて投てきした。
風を切り、ソレは見事命中。謎の後方からの衝撃によって転んだ敗北者は、衝撃の正体を探ろうと思わずソレを――――白目を剥いた表情で固まった仲間の頭を手に取った。
「ギャッ………!ガアッアッ!!」
全身を駆け巡る恐怖。既に逝った仲間のその顔が、自身の未来の姿のようで、悪寒が走る。身体は硬直し口からは意味もなく空気が漏れる。数秒。しかしその数秒のうちに、死が彼の眼前にまで迫っていた。
「ガガッ……タッ……タスケ……」
身長は自分より遥か高く、その逞しい身体には同胞の血がベットリと。手に握る剣からはポタポタと敵の強さを表すように血が滴る。勝てない。勝てるわけがない。慈悲を乞おうと震える唇を動かしてみるが、すぐさま無駄だと悟る。敵の―――死の視線が「殺す」と口よりも雄弁に語っていた。そこに感情は見受けられない。自分の死はとうに決定しており覆ることがないのだと小さな脳で判断する。
瞬間、その小鬼の首は切り落とされた。
「……あー助けてやったからって訳じゃないんだが――――」
時間にしてわずか数分。あっという間の出来事に頭が追い付かず、呆然とする村人たち。そんな彼らに向き直り、ライゾールは静かな口調で―しかしやや照れ臭そうに―言葉を紡ぐ。
「―――俺と馬を今晩泊めていただけるとありがたい。……食事も頂けると非常に助かる」
今まさに殺し合いを終えた者とは思えないその言葉に、村人たちがさらに呆然とするのは、当然のことであった。




