第7話 強い思い
長めです
木々の葉の隙間から日光が差し込でいる。
土の上は緑一色で誰が見ても自然豊かだと判断する森。
鳥は木の枝の上でさえずり風は緑のにおいを運ぶ。
緑は人を落ちつかせ、時の刻みを遅くしているように感じさせてくれる。
そんな森の中でショウは木を背に座り込んでいる。
今朝一か月以上お世話になったこの世界の家ともいうべきゴブジイの住処を出てからすでに四時間近くたっている。
太陽はまだまだ輝いているが、少しずつ夕方に向かっていっている。
早くしないと目的の町に着く前に森の中で夜を迎えてしまう。
しかしショウは座ったまま動かない。
その理由は・・
「迷った――!!!」
単純に迷っているからだ。
ゴブジイの案内を断り、意気揚々と出発したものの見事に迷ってしまった。
ゴブジイの住処の周辺には何度も行ったことがあるし、ゴブジイに目印となるものや、森の抜け方を教わっていたのにこのざまだった。
森は人を迷わすというがまさにその通りとショウは痛感していた。
(どうするか・・・。今ならゴブジイの所に戻れるけどかっこつけた手前戻りにくい・・・。
でもこのまま進めば迷ってゴブジイの所にも帰れなくなりそうだし、そうなると森の中で一晩過ごすことになっちゃうしなー)
うまくいけば森を抜けて夜には町に着けるかもしれない。
ただそれはあまりにも危険が高い。町に着ける可能性は圧倒的に低いのにそのわずかな希望に身をゆだねるのは無謀だ。
「帰るかなー・・」
そして次の日にゴブジイに案内してもらおう。
ノコノコと帰ってくればゴブジイは笑うだろうが、追い返しはしないだろう。
そう決めたショウはゆっくりと立ち上がった。
「・・あとどのくらいだ?」
「もっと奥だ。目的の洞窟までまだまだかかるぞ」
「長ぇなー。こんなに奥地なら報酬の上乗せを要求すべきだったよなー」
ショウは固まった。
人などめったに訪れない森の奥に、三人の男が歩くのを目撃したからだ。
あれがゴブジイの話に度々出てきた冒険者というやつだろうか。
三人とも皮でできた鎧を身に着けており、腰にはちょうどショウが持っているのと同じような剣がぶら下げられている。
共通しているのはそれだけで、人によって剣と一緒に短剣が差し込んであったり、鎧の上にフードつきの服を着ている者もいる。
「あ、あの!」
「あ?」
ショウは思わず大声で話しかけた。
これは今日中に森を抜けるチャンスかもしれない、と相手の危険性などは一切考慮せずの行動だ。
そしてまた意識はしていなかったが、これが異世界で初めての人間との会話だ。
「俺ま、迷子なんです。森の抜け方を教えてくれませんか?」
「・・・・」
緊張で出だしで少し噛んでしまったが何とか聞くことができた。
質問をされた男たちはじーっとショウを見つめる。
ショウの持っているものを細かくチェックしているようだ。
そしてショウの質問からーショウの体感だがー長い間が開いた。
ショウははじめ森の抜け方を考えてくれていると思っていたが、やがて新たにこの間の理由を思いつく。
言葉が通じないのでは?
ゴブジイとは日本語で会話できたため、この世界でも日本語で会話出来ると思っていたショウに衝撃が走った。
全くその可能性を考えていなかったショウは愕然とした。
しかしショウのその不安は次の瞬間、男のうちの一人がショウの質問に答えたことで払拭された。
「あぁ、お前冒険者か。なんだ?依頼を達成したのに帰れないのか?」
「え!あ!そ、そうです。はい。新人なんで」
どうやらショウの腰にある剣を見てそう思ったようだ。
突然の返答に驚きながらもショウは男の勘違いに乗っかる形で返事をした。
異世界からきて気づいたら森の中で町になんて行ったことがないなんて言っても信じてくれないだろう。
「そうか。同じ冒険者の先輩として教えてやるよ、今回だけ特別だ」
「あ、ありがとうございます」
どうやら教えてくれるようだ。
ショウは安堵から笑顔でお礼を言った。
冒険者の先輩だという男(名前は名乗らなかった)はショウに森の抜け方を教える。
ショウはもう一度お礼を言って頭を下げると、教えられた道のとおりに歩き始めた。
そんなショウの後姿を見てあざ笑う三人の男の声には気づかずに・・・。
「いいのか?あんな嘘言って」
ショウがいなくなったのを見計らって、皮の鎧の上に黒フードつきの服を着た男は言った。
「いいんだよ。あいつの格好見たろ?仕立てのいい服を着やがって!あいつはどっかの貴族の三男に決まってる!」
貴族は基本的に働かず領土から得る税で生活しているが、父親亡き後、その領土を継げるのは長男だ。
次男は長男に何かがあった時用の予備であり、領土は継げないが、いくらかのお金を遺してもらえる。
では三男はというと長男の予備の予備であり、財産はほとんど遺してもらえない。
だが、貴族の子供として高い水準の教育は施されるので、そこから学んだ知識や能力を用いて何か職に就くのは珍しくはない。
冒険者もその職の例に漏れず、貴族の三男が成ることがある。むしろ多いと言ってもいいくらいだ。
あんな仕立てのいい服を着て冒険者をやるのはまさに貴族の三男に違いない。
そう考えてゾルという名の男はショウに嘘の道を教えた。
ゾルは貴族が嫌いだ。平民として、かつて税をたらふくとられた恨みがある。
自分から税を取ったのはあの青年じゃない。そんなことはわかっているが、貴族というだけでゾルは虫唾が走るのだ。
「俺も貴族きらーい。あいつら俺ら平民の事はどうでもいいって感じだし」
「む。俺も嫌いだが・・まぁいいか何でも」
「あんな坊ちゃんはどうでもいい!ちゃっちゃと行くぞ!もっと奥にいるんだろ?ゴブリン共は!」
「うむ。この先の洞窟を根城にしているようだ・・。」
「・・・なんだよ?」
いつも情報収集は黒フードをかぶった男、ボルボの仕事だ。
彼の仕事は正確だし、持ってきた情報が間違っていたことはないからゾルは信頼していた。
そんなボルボがなにか不安があるかのような素振りを見せるので思わず問いかけた。
「いや。確かな情報ではないんだが、その洞窟の近くで何度か年老いたゴブリンが確認されていてな。それが気がかりだったけだ」
「えー?それ大丈夫なのー?年取ったゴブリンって強いんでしょ?」
発言の内容とは裏腹に気楽そうに、腰に短剣をさしている男、パインは言った。
「関係ねぇよ!見つけたら殺せばいい。いくぞ!」
ゾルは何だそんな事かといわんばかりの態度で軽く二人の心配をあしらう。
そして確かな足取りで、森の奥、ゴブジイの住処の方向へと歩き出した。
「おっかしいーなー。戻ってきちまった」
太陽は沈み、夜の帳が下りている。
にぶく光る月光がわずかに森を照らしている。
冒険者に森の抜け道を教えてもらい、その通りに歩いてきたはずなのに、最初に迷って座り込んでいた木の所へ戻って来てしまった。
(俺って方向音痴だったのかー・・。)
18年目の真実に気づいてしまったショウは肩を落とす。
ゾルに騙されたという考えは全くなかった。
だが不幸中の幸いだろうか。ここからならゴブジイの住処に戻ることができる。
昼間より時間はかかるだろうが、ゴブジイの住処までの道ならわかる。多分・・。
「とりあえず行こう!今頃ゴブジイは独り寂しく飯を食ってるだろうしな!」
夜になってしまったのだ、迷う必要はない。
目的地をゴブジイの住処に定めたショウは覚えている家路をたどり始めた。
「ん?なんだ・・?」
緑のにおいに混じって別のにおいを感じ取った。
だがまったく嗅いだ覚えのない匂いではない。何度か嗅いだことのある腐ったような・・・
「血?」
そうゴブジイの狩りを手伝って、動物をさばくときに嗅いだ血のにおいと一緒だった。
ショウが歩くのをやめて、臭い元を探す前にそれは現れた。
子供のような体格に赤色の皮膚。ギラギラと輝く大きなつり目に、刺さりそうなほど尖った耳。
ショウの目の前に現れたのは間違いなく小鬼だった。
しかし普通のゴブリンではなかった。
その子供大の身体は傷だらけで、血がドバドバと流れている。
左肩を抑え、右足を引きずっていた。
血の臭い元であるそれはショウを視認するとゆっくりと絞り出すように言葉を発した。
「ニン・・ゲ、ンめ・・」
そういうとゴブリンは力なくその場に倒れた。
その言葉には恨みが詰まっているようだったが、そんなことは今のショウの頭で考える余裕はなかった。
『冒険者』、『依頼』、『血まみれのゴブリン』。
それらがパズルのピースのようにつながった。
「ゴブジイが危ない・・・!!」
そこからのショウは早かった。
脱兎のごとくゴブジイの住処への道を走り始めた。
心臓は大きく音を立て、口からは息が際限なく漏れる。
あの冒険者たちはゴブリンを退治しに来たのだ、ゴブジイからは手を出さない。でも冒険者たちは・・
「ゴブジイ・・!!!」
息が乱れることなんて気にせず、名前を呼ぶ。
この世界の親代わりであり、命の恩人の名を。
「はぁはぁはぁ・・ここだ!!」
全速力で駆けたおかげか、目的地を思ったより早くとらえることができた。
もう少しだ。ショウは走りながらゴブジイの姿を探す。
ぼろぼろの家と畑の間。三人の男に囲まれるゴブジイを発見した。
ショウの予想通り、三人の冒険者、ゾル、ボルボ、パインはゴブジイを殺す気だろう。
その手には月光を反射して光る、抜身の剣が握られている。
「ゴブジイーーー!!!!!」
「ショウか!!?」
ドスッ
あと残り数メートル。
あと少しで、森を抜け木の生えていないゴブジイの住処に到達するはずだったショウが見たのは、こっちを向いたゴブジイの顔と、その体に刺さる剣だった。
「ショ・・ウ・にげ」
「ゴブジイ!!」
最後の言葉を言い終わることなく倒れたゴブジイにショウは走って近づく。
その様子に驚いたゾルたちはすぐに落ち着き、笑いを浮かべた。
ゴブジイの胸の刺し傷からは血が大量に溢れ出している。
瞬間、ショウの脳裏にはさっき見た血を流して死んだゴブリンの姿がよぎった。
「くそっ!!血ぃとまれよ!!とまってくれぇ!!!」
ショウの目からは涙があふれ、その表情は絶望そのものだ。
ショウは必死に傷口を両手で押さえる。
しかし両手で圧迫しているというのに、血は止まる兆候すら見えない。
「止まれ!!止まれ!!!止まれ!!!」」
絶叫しながらなおも傷口を抑える。
ショウにはもう周りは見えていなかった。ただ血が止まってくれと願うばかりだ。
≪確認しました≫
何か聞こえた気がした。
しかしそんなことに思考をさく余裕のないショウはただひたすら血が止まるように努める。
「おーい無駄だぜ坊ちゃん。そいつは助からねぇよ」
「止まれ・・止まれ・・止まれ」
「聞こえねぇのかよー?そんなことしたってそいつは死ぬっつってんだよ!」
「止まれ・・止まれ・・止まれ」
「・・・聞いてんのかぁ!!!」
必死にゴブジイの血を止めようとしているショウを見て笑っていたゾルだが、無視されたことに腹が立ちショウの横っ腹を蹴り飛ばした。
ショウは弾かれたように、地面を転がりそのまま地面に突っ伏した。
(なんだ・・?蹴られたのか?)
突然の横からの衝撃を受け、ショウはやっと周りの状況把握を始める。
どうやら蹴ったのは、昼に道を教えてくれた冒険者だ。そしてゴブジイを殺した相手でもある。
瞬間、ショウの身体を怒りが駆け巡った。
(あいつが・・・!!!)
ゾルに怒りを向ける一方で、自分の意識のどこかが冷静に、「依頼をこなしただけだ」と告げている。
そんなのはわかっている。しかし許せない。
ショウの怒りは収まらず、むしろ増す一方だ。
体を起こそうとするが、うまく動けない。
どうやら、朝から森を歩きまわり、ここまで全力疾走し、さらにゾルに蹴られたことで疲労がピークに達し、体を満足に動かすことができないようだ。
溢れんばかりの怒りをぶつけるようにゾルを睨みながら立ち上がろうとするショウに対して、ゾルは言葉をつづけた。
「お前が何でこの老いぼれゴブリンを助けようとするか知らねぇが無駄だぜ!心臓を貫いてやったからな!」
「・・・・・」
「しかしこのゴブリンは傑作だったぜ!俺らを見て、闘おうとしなかったからな!!」
「・・・・・」
「俺らが剣を抜いても、こいつを囲んでも、こいつは『話し合おう』とかぬかしてたな!!ギャグかと思ったぜ」
「・・・・・」
「結果あっさり死にやがって!人間と小鬼がなにを話し合うってんだよ!!」
そういってゾルは動かないゴブジイの身体を軽く蹴った。
ブチッ
今まで黙っていたショウの何かが切れた。
「殺してやるっっ!!!」
ショウは何とか立ち上がり走ってゾルに立ち向かう。
頭の中ゾルへの殺意しかなかった。
対するゾルはにやっと笑うと剣を鞘に納め、ボクサーのように構えた。
「うあああああっっ!!」
「おせぇ!」
ショウの全力で放ったパンチを軽くよけると、左拳を軽く突出しショウの顔に叩き込む。
ショウは弾かれ、足でたたらを踏むと思わず座り込んでしまう。
そんなショウの顔面を追撃とばかりに押し出すようにゾルは蹴った。
ショウは蹴りの勢いを殺せず、地面に仰向けで倒れた。
ゾルの攻撃はそこで終わらず、ショウの腹を踏みつける。
ショウは「うっ」と漏らすと腹をかばうように丸くなった。
その丸くなった背中をゾルは何度も蹴る。そんなゾルの顔は醜悪の笑みを浮かべていた。
「おらおあらおら!!そんなもんか!!あぁ?殺すんじゃなかったのか!?」
ショウは体をぼろぼろにされ意識が遠のいていくのを感じていた。
薄れゆく意識の中で、ショウは自分の力の無さを嘆いていた。
もし自分にもっと力があれば、こいつらを殺せるほどの力があれば。
体の感覚は蹴られるごとに遠のいていく。
力が力が力が・・・
ゴブジイを殺した奴らに何もできないなんて・・・
(もっと俺に力があれば・・・!!!)
≪確認しました≫
≪【死】、【血】、【力】に関する強い思いの元、あなたをそれらが備わった存在へと変化させます≫
突如聞こえてきた謎の声。
そういえば前にも聞いた気がした。
ただ今はそんなことはどうでもよかった。
なにかするなら・・・
早くしてくれ。
瞬間、ショウの身体は火に焼かれたかのように熱くなった。
明日の投稿はお休みです。