第71話 村戦争Ⅸ
大変長らくお待たせいたしました!
ヒリヒリと痛む頬を、ぬるい風が撫でる。
熱気を排出しようと息は絶え間なく漏れ、敵を斬った感触がありありと腕に残っていた。
刀を振るったその体勢を一ミリも動かさず、コーガはただ倒れゆくランの姿を見つめていた。
集中しているせいか、コーガの視界には目の前のランしか映っていなかった。聞こえる音さえ自身の荒い呼吸音だけである。
会心と言える一撃が入った。勝ったとほぼほぼ確信している、が、それでもコーガは警戒を緩めなかった。
斬られた衝撃のまま、背面から倒れていくその無防備で、まさに力尽きる瞬間だと言えるその様子を、一切の油断なく睨み続ける。
しかしそれは杞憂であった。過度の集中によって生み出された、走馬灯の如きスローな世界でコーガが見たのは、何の変哲もない、1人の戦士が斬られ、地面に倒れる様子だけだった。
「ッはぁ・・がふっ・・くっ・・」
「はぁはぁはぁはぁ・・」
倒れた衝撃によってランは咳と共に血をわずかに吐く。
それを見つめるコーガの口からは大量の息が漏れだしていた。
身体には細かな切り傷があり、足はもう立っていられないというほどに疲労を訴えている。
ギリギリの戦いであった。レイクビュ―に加わる時に戦ったリード・ホブソード。彼も紛れもない強者であったが、あの時は本気ではなかった。それを鑑みれば、間違いなく、コーガにとって『獅子の爪』のランは生涯最強の敵であった。
「・・はぁなんだよ・・ぐっ、俺の負けか・・つまらねぇなほんと」
「・・わいは貴様の事は全く好かんが、その強さにだけは敬意を払おう。そして、これにてわいの部下たちの弔いは完了した」
「いらねぇよゴブリンの敬意なんざ・・グフッ・・あーあ終わりか、俺の命も」
時折咳こみながら、ランは話し続ける。
それは独り言というべきぼやき。だらだらと話しながら自分のこれまでの人生を振り返っているようである。
その言葉には悲しみや怒りという感情は乗っておらず、すでに死を受け入れたもののように落ち着いているものであった。
「つまらねぇ・・人生だった・・」
父は冒険者、母は酒場のウエイトレス。
幼き日の思い出の中に、父の姿はほとんどなく、顔さえはっきりとは思い出せない。昼夜問わず依頼で出かけ、不定期に帰って来ては寝てばかり。そういう親父だった。
母は日中は家にいたが、寂しさを感じる夜には仕事でいなかった。時折泣いて「行かないで」と駄々をこねてみても、「我慢しなさい」と言って母は毎晩家を出て行った。
傭兵になったのは、父へのあてつけだった。冒険者と傭兵、その仕事内容は似通っていて、それゆえに両者はライバル関係であった。
護衛や長期雇用なら傭兵。採取や魔獣討伐なら冒険者。ランにとっては正直どうでもよかったが、父のようになるのが嫌、というより冒険者である父を否定したくて傭兵を選んだ。父が魔獣に殺され、母が病死した翌年に。
いつから物に執着しなくなったのかはわからない。同じ感情が継続しなくなったのも。でも、原因は知っていた。幼少期の過ごし方のせいであると。
なにせいくら願っても、言ってみても、父も母もそばにいてくれなかった。願いが叶わないと嘆くくらいなら、その気持ちを忘れてしまった方が早いと学んだに違いなかった。
その性格は傭兵になっても変わらなかった。そして五年が経ち、死を目前にした今、とうとう命さえ執着がなくなった。どうせ無くなるなら、怖がるだけ無駄だと。
(ガンドンさん・・あんたには感謝してるよ。おかげでこの五年は少しは楽しかったぜ)
剣も使えず、戦闘のノウハウすらない傭兵志願者を、何も言わず雇った男こそが『獅子の爪』団長のガンドンだった。
反対する周りなど無視して、彼はランに少しずつ仕事のやり方、剣の扱い方を教えていった。
無愛想で、褒めてくれたことなどなかったが、自分の為を思って何かを教えてくれるその様は幼少の頃憧れた理想の父の姿のようで、ランは彼にうまく形容できないくすぐったいような感情を抱いていた。
「ガンドンの役に立ちたい」。物に執着しない性格で、最後に命すら惜しくなくなったランの中に、最後に残ったのはその思いだけであった。
「言い残すことはそれで最後か?」
「さっさと殺れよ・・グフッ!・・お前毎回そんなこと聞いてんのか?」
「そんなことは・・ない」
命を刈る直前、遺言を聞く。
相手を戦士として認め、この戦いが戦士同士の高潔な闘いだと認める行為。コーガはそれを初めてやった。なぜなのかは彼自身わかっていなかった。
ただ、このまま黙って終わらせるのは何かが違う気がしたのだ。当然生かす気はないが、だからといって無慈悲に生を奪うのは、なにか収まりが悪い気がした。
(さようならだ、ガンドン団長。ゴブリンを殺すことはもうできないが・・最後の抵抗に自分の命は自分で終わらす・・!)
「フンっ・・ほんとに人間くせぇゴブリンだ・・なっ!」
言葉を紡ぐ途中、ランは素早く剣を握り、そのまま自分の胸へと突き立てた。
「何を!?」
「と・・どめっつうのは!・・ゴホッゴホッ!!こうさすんだよ・・!ばかが・・!!」
口角をわずかにあげて、ランはそのまま息絶えた。
勝ったのは間違いなくコーガ。だがこの結末を見て、胸張って勝ったと言えるだろうか?そんな疑問がコーガの頭を回る。
人間が一人死んだだけ。それ以上でも、それ以下でもない・・はずだ。だというのに、コーガはなにか釈然としなかった。例えるなら、試合に勝って、勝負に負けたかのようなそんな感覚。
「今のわいには・・まだわからん」
自分を下したリードなら、もしくはそんな彼を従えるショウならば、この気持ちの正体を教えてくれるだろうか。
ハイゴブリンではない彼等なら、自分よりも圧倒的に強い彼等なら、この程度の事などすぐに乗り越えられるのか。
そうに違いないと結論付けながら、心の隅でそうではないという気持ちがあった。答えは自分で見つけなければいけない、そんな気がしていた。
コーガは踵を返し、同時に思考を切り替える。私怨による戦いは終わったが、戦争はまだ続いている。
考えるのも刀を鞘にしまうのも、今はまだ早かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鉄の塊が風を斬る。
太く、厚く、鋭く、重い。扱うには岩のような腕と、大樹のような体幹が必要である。
その武器の名は両手大剣。両手剣よりもさらに重い、使い手を選ぶ大剣。
半円を描いて襲い掛かるガンドンのその剣を、ショウの目はしっかりと捉えていた。
「≪蝙蝠移動≫」
迫る刃を躱そうと、ショウの身体は影となり四散する。
両手大剣は実体のない蝙蝠を通過し、ショウはすぐさま人型へと姿を戻す。
「・・っおおぁあ!!」
「チィ」
ショウの口から戸惑いが、ガンドンの口からは舌打ちが出る。
ガチッと刃が交錯する。両手大剣を躱した直後に振るわれた片手短剣と、ショウが咄嗟に振るった片手剣のぶつかる音だった。
片手短剣を振るったのはもちろんガンドン。素早い動きで両手大剣から手を放し、背に負っていた武器で襲ったのだ。
内心冷や汗をかきながら、ショウは空中で体をひねる。
吸血鬼の身体能力を前面に生かしたその超人的な動きでタメを作り、ガンドンの顔目がけて回転蹴りを放つ。
素人のイメージに体は追随する。蹴りの放ち方など知らないショウだが、しかし吸血鬼の身体は彼のイメージを体現した。だが、現実はそう甘くない。
確かな威力が望めるその蹴りを前にして、ガンドンはあわてず体勢を整える。
蹴りが当たるまでのそのわずかな時間で、緩やかに、それでいて早くガンドンはなにかの武術の構えをとった。
その動きはあまりにも滑らかで、よどみがない。吸血鬼の視力はしっかりとそれを確認していたが、ショウがそれに反応することは叶わなかった。
ドンッ
ショウの腹に衝撃、ガンドンの握った拳にその感触が残った。
空中にいたせいで摩擦はなく、ショウはそのまま後方へと吹き飛ばされる。
「うおおおぉぉお・・・!!」
若干情けない声を出しながら、ショウはなんとか地面に着地する。ダメージはない。どうやら吸血鬼の身体にスキルもない武術は効果が薄いようだ。
そしてそこには、既に両手大剣を拾ったガンドンが迫っていた。
「フンッ!!」
「≪眷属召喚≫!」
再び迫る巨刃。狙われる主人を守ろうと、ショウの影から獣の影たちが這い出る。
まるで目隠しでもされたかのような。そう感じて然るべきほどの影がガンドンの視界を覆った。
それでも彼はあわてない。依然目標は変わりなく、途中まで振るっていたその両手大剣を迷わず振りぬいた。
バウッと吠える狼を、シャーっと舌を出す蛇を斬って、なおも止まらずガンドンの剣は進む。
影の獣を切り刻み、晴れた視界で見てみれば、刃が捕えたのは空気のみ。そう、ショウは消えていた。いや・・左側へと移動していた!
「シィッ!」
咄嗟にガンドンは懐に忍ばせていた短剣を振り下ろす。
ショウの刺突はギリギリ見えていた、が、場所までは分からなかった。ただ狙うなら心臓だと思っていた。そしてそれは当たっていた。
繰り出した剣が弾かれ、刺突の方向が地面へと変わる。攻撃は失敗した。仕掛けた代償によってできたその隙を狙われてしまう――――――もしショウの攻撃がこれで終わっていたのだとしたら。
「≪防護≫」
「くっ・・!」
ガンドンの身体が青く光り、ショウの放った素手による突きが弾かれる。
≪吸血鬼の爪≫は防御のスキルを突破するほどの威力がなかった。仏頂面のガンドンの口角がわずかに上がる。
二の手も防がれた。が、まだショウの攻撃は終わらない。
「≪吸収≫!!」
詠唱破棄した魔法が唱えられ、ショウの手から赤い光が発せられる。
ショウが吸血鬼になった初めの時からすでに習得していた破壊魔法である。
相手の生命力を吸収せんと、赤い光がガンドンを襲おうとして―――――突如消失した。
「なっ・・!」
驚くショウを素早く短剣が襲う。
肉を抉るように繰り出された横薙ぎを、ショウはあわてて躱す。
右、左と短剣を二連撃。それを後ろに引いて回避していく。
再び振るわれる短剣。そこにわずかな隙を見出したショウは、咄嗟にガンドンの手元目がけて蹴りを放つ。巨木のように動じなかったガンドンがよろけたように流れる。
―今だッ!千載一遇のチャンスを逃すなとショウの脳はほとんど反射的に追撃の剣を振るう。
が、次の瞬間、ショウの身体はくの字にもがけ吹き飛んだ!
「うぐぁ・・!!」
直撃。硬く重い何かに弾かれて、≪蝙蝠移動≫で衝撃を緩和する余裕もないままボールのようにショウは転がる。
その衝撃の正体は両手大剣。振るったのは当然ガンドンである。
ショウに蹴られた勢いを利用して、そのダメージを逃すと同時、回転して両手大剣を振るったのだった。
短剣を懐にしまい、背中の片手短剣を背負い直すと、ガンドンは両手で両手大剣を握り直す。彼に攻撃を当てたという喜びや達成感はなかった。あるのはただ、獲物を狙うハンターのような気持ち。依頼である敵を殺さんとする傭兵としての本分を全うしようとしているだけであった。
「気に入らんな・・」
斬られた横っ腹を押さえながら立つショウ。そんな彼を睨みつつ、ガンドンはつぶやく。
大剣を肩に担ぐ腕は太く、短い髪は風に吹かれてもわずかに乱れるだけ。顔に刻まれた皺は歴戦だと示し、固く結ばれた口が、彼の雰囲気を強者にするのに一役買っていた。
主要武器であろう両手大剣の扱いは流麗で、それに加えて片手短剣や短剣の扱いにも長けている。武術も会得していて、身にまとう防具はどうやら魔法を無効化する力があるようである。
そんな彼を、彼の技を身に受け、知っているショウが、「気に入らん」と言われて身構えたのも無理はないと言える。
「貴様の技はすべて小手先だ。次につながっておらず、その場しのぎでしがない。だからそれを制されれば隙を生むこととなる」
フンッという鼻息と共に、ガンドンはそう吐き捨てる。
「片手剣は多少使えるようだが・・その程度の腕のやつならばいくらでもいる。俺が仰ぎ見た先輩には遠く及ばない」
ガンドンの言葉は一言一句、ショウの耳に入っていた。理解もしていた。
その上で、ショウの心に自身を馬鹿にされたという怒りも、自信を砕かれたという悲しみも浮かんではこなかった。
それどころか、彼の心には同意の情があった。なぜなら、ガンドンの言葉が真実だったから。
ショウの今の持ち札は、吸血鬼の高い身体能力、スキル、そしてリードと訓練して得た剣技である。
しかし、ガンドンはそれらを悉くねじ伏せた。≪蝙蝠移動≫を利用した斬撃は止められ、≪眷属召喚≫の目隠しは通じず、≪吸血鬼の爪≫は弾かれ、しまいには≪吸収≫を無効化されてしまった。
完敗であった。それはもう気持ちのいいくらいに。すべての面において、ショウは実力でガンドンに敗北していた。
リードと闘った時も、甲冑熊と闘った時も、暴走ガードと闘った時も、ショウは実力は上だった。
それは魔人である吸血鬼の身体能力というアドバンテージでしかなかったが、逆を言えば、それだけで数々の強敵と渡り歩くことができた。
それが今、目の前の敵には通用しない。メッキがはがれた指輪のように、タネがばれた手品師のように。ショウは今、裸であった。
普通の相手ならばそれだけで十分だったはずなのに、目の前の歴戦の猛者相手では、ショウはただの戦いを知らない素人に成り下がる。
このままいけば負けることは誰の目に見ても明白だった。ガンドンに「容赦」の二文字はない。負ければ殺されるだろう。命乞いなど、例えしたところで一秒たりとも聞くはずもない。
だがそれでも―――――――
「あきらめられるわけがない」
「・・なに?」
ショウのつぶやきにピクリと眉を動かすガンドン。
「たとえ俺のスキルが効かなくたって、魔法が無効化されたって、俺はあきらめない。あきらめちゃいけない。俺はレイクビュ―の長だ、みんなの代表なんだ。今だってみんな俺のために・・俺の願いのために戦ってくれている・・・俺が敵が強いからって諦められるはずがない」
「ニンデ村を救いたい」。自分たちの安全や安心を度外視したこの願いに、長としての願いに、群れの皆は快く賛同した。
リードが、ガードが、リーシャが、インエが、コーガが、ガンが、ショウの願いのために力を、知恵を貸してくれている。
それはすべて彼が長だからだ。レイクビュ―という組織の代表だからだ。なのにどうして自分だけが諦めることが出来ようか。他人に望むだけ望んで自分だけ知らんぷり出来ようか。
敵が強いなら、乗り越えればいい。現時点で負けているなら、すぐに成長すればいい。
ショウに残された道はそれだけだし、ショウが選択する道も最初からソレ一本であった。
「・・盗賊が一端の口を」
「なんとでも・・俺はあんたを超える」
口に出すと同時、ショウは地を強く蹴った。
身体が前進し、両者の距離を詰める。二人の長は、今再び激突した。




