第70話 村戦争Ⅷ
「ウガアアアァァアアアァァアアアア!!!」
「ロッ・・ロージェス団長ォォォ!!」
獣の咆哮が鳴り響く。
天を見上げ叫ぶ緑の怪物。その眼前には今しがたその生を終えた、傭兵団『蟻土竜』の団長、ロージェスの姿があった。
誰かが叫んだ。彼の姿を見て。それを起点として他の者もそれを視界に収め、確認する。
いつだって自分たちを引っ張ってくれたあの背中は見えず、活を与える声をその口は発せず、父のような不器用な笑顔を見ることはもう叶わないだろうその顔。
あぁ我らが団長は死んだ。あの怪物にやられ息絶えたのだ。頭でそう理解していても、『蟻土竜』の団員たちは叫ばずにはいられなかった。
「ああああぁぁぁぁああああ!!団長ォォ!」
「ロージェスさん・・!!くそおおおおぉぉぉおぉ!!」
悲鳴にも似た、悲嘆の叫び。
彼らにとってそれはあまりにも大きな消失。失ってはいけない存在の消滅。
目に届く範囲で団長が死んだ、死なせてしまった後悔を、それを止めることのできなかった自身の未熟さを傭兵たちは泣くように叫んだ。
それはやがて憎しみへと変わる。なにせ目の前には、彼らが愛した団長の仇がいるのだから。
「オオォォォオォオ!!よくも・・!よくもッッ!!」
「どけぇゴブリン!!お前らの相手する暇はねぇ!!」
「団長の仇だ!!骨も残すな!!」
目の前の小鬼を蹴散らして、傭兵たちは突進する。
目標はもちろんロージェスの仇。戦鎚使いの怪物、ガードである。
向かってくるゴブリン、道を阻むゴブリンを突破して、ガードに襲い掛かるは三人の屈強な傭兵。ロージェスに似た前衛の重装備で、それを着ながらも軽快に走る様は日ごろの訓練、そして実力の高さがうかがえる。
「≪斬撃≫!!」
「≪兜割≫!」
「≪粉砕≫!」
各々の間合いに入った途端、傭兵たちはそれぞれスキルを発動する。
それは自分が最も得意とする技であり、かつて団長に褒められた自慢の一撃。
亡きロージェスの思いを乗せて、今できる最大の集中力で迷わず放った。
三方向からの一斉攻撃。
回避する間を与えない、反撃どころか防ぐ意思すらねじ伏せる、圧倒的敵意と迫力の攻撃。
彼らの表情にはその技に乗せる思いが溢れている。きっと彼らが生涯でもっとも殺したいと思ったのが目の前のガードである。
戦士として一流の才能を持つガードであってもこれは防ぐのは不可能だろう。それほどの三撃。
―――――しかしそれはあくまでガードが通常の状態ならばの話である。
「ウガアァァアアアアアァア!!」
一蹴。
今出せる実力をフルに出し切り、逃げる間すら与えない完璧なタイミングで放たれた、屈強な三人の戦士の技をガードは一瞬でねじ伏せた。
意味するところは圧倒的な力の差。戦士としての力量、種族としての力量、そして、スキルとしての力量である。
「ぐっ・・・この、か、怪物が・・!」
一瞬にして―おそらく戦鎚によって―弾き飛ばされた傭兵たち。
立ち上がることも叶わず、薄れゆく意識の中、出来ることと言えばその『怪物』を見上げることだけだった。
「ウウウガァァァアアアァアァアアア!!!」
地面が揺れる。
ドスンと重い衝撃音と共に辺りに土ぼこりが舞う。
ガードだ。怪物が戦鎚を地面に振り下ろしたのだ。
何もない空間に全力で武器を振り下ろすその様は、まるで知性無き獣のような暴れ方ではあるが、その暴走の結果に表れた地割れを起こす地面を見ると、そんな思いよりもその力の大きさにつばを飲み込むことしかできない。
「かい・・ぶつ、か・・」
土ぼこりが晴れ、ガードがその姿を再び現す。
しかしその様子は数秒前とは変わっていた。戦鎚を片手で握り地面に置き、空いた手は額を抑えている。
はぁはぁと呼吸を荒くして、遠目からではわからないが汗すらかいているようである。
目をぎらつかせ暴れまわる怪物のはずが、今の彼は他を圧倒する怪物どころかただ苦しそうに立つただのオークに見えた。
「怪物だろうと・・はぁ構わない・・僕は盾だ。誰だろうと、何人だろうと、僕は負けない。自分の才能にだって負けやしない!」
種族進化をし、オークからオーク・ガンドになった時、ガードの中に生まれたスキル。
それは過去散々自分を苦しめ、最近でもショウやリードに牙を剥けた優れた戦士の証明、『元祖の怒り』。
昔とは違いスキルとしていつでも発動できるようになったが、かといって制御できる確証はなかった。
しかし、ガードは抑えた、あのすさまじい力を。乗り越えた、自身の才能を。
「かかってこい!誰だろうとここは通さない!!ラ・ガード・オーテクが守り抜く!」
腹の傷は深く、『元祖の怒り』の反動か体力の消耗が激しい。
戦争の疲労もあるだろう。それは額ににじむ汗と、わずかに震えるその足が物語っている。
それでもガードは吠えた。自身の名を使って大きく吠えた。それは彼の意思が強固であるということを示している。
その場にいる傭兵たちは『元祖の怒り』の事など知らない。ゆえに、それが解かれたことも知りようがない。
しかし彼らの中で今、一つの同じ思いが浮かんでいた。目の前のガードを見て、その言葉を聞いて脳裏に浮かんだ思い。
『怪物』はまだ、死んでいない。
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「オオアッ!!」
「うらぁ!!」
乱れる戦場において、一際鋭い声が響く。
同時に発せられるその気合いの声は、手に持つ剣とはまた別の、見えない刃のようにすら思える。
剣と剣がぶつかるように、声の刃もまたぶつかっているのだ。
それは敵に呑まれないための声。それは自らを鼓舞するための声。闘いは、精神面でも行われていた。
横から、両手剣が薙ぎ払うように振るわれる。
ソレを読んでいたライゾールは素早く身を屈めた。
両手剣と地面のわずかな合間に体を潜らせ、斬撃を回避。剣を払ってできた隙を狙って刺突を繰り出す。
「ぐぬっっ・・!!」
わずかにくぐもった声を漏らして、両手剣の主、リードはその刺突を首を捻って回避する。
ライゾールの素早い動きに追いつかず、彼の片手短剣はリードの頬を浅く削った。
少しだけ血が流れる。が、痛みはない。そんなものを感じている暇はない。
「フンッッ!」
「ちぃ!」
両手で握っていた両手剣から片手を放し、裏拳をライゾール目がけて振るう。
追撃を狙っていたライゾールは舌打ちし、その場を離れる。両者の距離は再び開いた。
ライゾールを警戒しつつ、リードは空いている手で頬の血をぬぐう。
肌の色よりもなお濃い血の赤を眺めて、手を振ることで血を払った。出血量から見て傷は浅い。闘い続けるのに問題はなかった。
「…思い出したぞ、なぁお前以前俺と闘ったことないか?」
「なに?」
呼吸を整えつつ再び両手剣を構えたリード。
そんな彼に目の前のライゾールから質問が飛んだ。
「ガヴァの大森林でさ。お前群れの長だったろう、ゴブリンたちが皆お前の指示で逃げて行った」
「・・・!貴様、ドイドと一緒にいた・・あの時の・・!」
ライゾールの言葉に、過去の記憶が去来する。
それはまだショウと出会う前。人子鬼ではなく小鬼人だった頃。
いつもの通り、狩りから住処に帰って来てみれば、そこには太った男と、それを守るように囲む武器を構える男たち。そして血を流して倒れる同胞たちの姿があった。
「群れが襲われている」すぐさまそう確信したリードは、女子供を連れて逃げるようにボルに指示し、敵に斬りかかった。
『長!俺モ戦イマス!!』
『駄目だボル!お前は女と子供を守れ!』
『旦那、ゴブリンが逃げますが追いますか?』
『いや、それよりもあのデカいのを捕えろ!いい金になりそうだヒヒッ!・・頼むぞライゾール』
まだ小鬼人であったが、敵とは渡り合えた。
過去何度も人間に襲撃され、しかし返り討ちにしてきたように、今回も生き延びることができたはずだった。
しかしそれは叶わなかった。人間の内の一人に、リードは敗れたのだ。その男は短い刀身の剣を巧みに操り、自由自在に風を操っていた。
リードにとっての初めての敗北。両手剣を得た戦いでさえ敗れなかった彼を叩きのめした人間の男。それが――――――
「お前だったか・・・確か、ライゾールとか言ったか?」
「よく覚えてるなゴブリン。俺は・・・悪いな、お前の名前は覚えてない。そういうの苦手でな」
「フン・・俺はあの時名乗ってないのだから当たり前だ。そうか・・あの時の、あの男だったか」
思い出せば、なぜ忘れていたのかと思うほどの記憶。
剣筋で気づくべきであった。あの時と今、ライゾールの剣はほとんど変わっていない。彼はおそらくそれでリードだと気付いたというのに。
(焦っていたのかもな・・早くショウ様を助けに向かおうと。しかし、考えてみれば俺の役割はそうではない。ショウ様の道を作り、誰にも邪魔させないことだ)
嘲笑を浮かべるリード。
なにを焦ることがあったのか。主は強い。自分が助けに行く必要などないのだ。
目の前の敵を倒すこと。それこそが今の自分の役目。その相手がたまたま過去の強敵だったということだ。
それがなんだというのだろうか。むしろ幸運である。この戦いはレイクビュ―の為、主の為という以外に、自身の雪辱を払う戦いになったというわけなのだから。
「なんだ・・いや、それもそうか。ゴブリンに名前なんてきかねぇよ普通・・あんのか?名前」
「リード・ホブソードだ。俺は小鬼ではなく人子鬼だがな」
「ホブ・・ロン?聞いたことないな・・それはゴブリンとなにか違うのか?」
「大きく違う・・すぐに分かる・・いや、分からせてやるっ!」
言葉を発すると同時、リードは強く地を蹴った。
両者の距離は一気に縮まり、ライゾールの眼前には二本角の鬼が剣を振り下ろす画があった。
右方向へ素早く回転し回避。わずかに遅れて両手剣が地面に激突する。
「あぶねぇっっ・・うおっ!!」
屈んだ体勢から立ち上がろうとしたライゾール。
しかしそこには既に、リードは追撃の剣を放っていた。
咄嗟に自身の得物でそれを防ぐ。が、両手剣の重量はライゾールをそのまま吹き飛ばした。
風を切って流れていく自分の身体。しかしわざと転がることで勢いを緩和。最終的には勢いを利用して立ち上がることにライゾールは成功した。
「うおおあぁおお!!」
「オオッッ!!」
立ち上がったライゾールにリードの斬撃が迫る。
既にそれを読んでいたライゾールは、立ち上がりざま、即座に剣を振るう。
刃と刃がぶつかり、硬質な音が辺りに響く。一見互角のつばぜり合いだが、その実、ライゾールが不利であった。
彼の剣は下から押し上げる形になっている。普通に考えて上から加える力の方が強いし、ましてや相手は重量たっぷりの両手剣。片手短剣では分が悪いだろう。
しかしながら、不利を覆すのが知恵であり、強者を下すのが技である。
「くっ・・!」
押しつぶすように迫る両手剣。
その力を、ライゾールは剣を傾けることで下に流した。
まるで刀身に沿って流れる水のように、滑らかな動きで両手剣は目標を地面へとずらされる。
突如力を抜かれバランスが崩れるリード。しかし流石というべきか、彼の肉体は体勢をわずかに歪めるだけにとどめた。
それは普段の鍛錬の成果であり、人子鬼という身体能力の高い種族のおかげであった。リードはすぐさま体勢を立て直そうとするが・・・そのわずかな隙でライゾールにとっては十分であった。
「≪疾風刃≫!!」
ズバッ
風によって加速された刃が、リードの身体を抉る。
身体から出る血を若干浴びつつ、ライゾールは続けざまに今度はリードの足を斬った。
(浅い・・!!)
「ぐっ・・オオアッッ!」
わずかな手ごたえを感じるライゾールに、気づけばリードから拳が放たれていた。
一瞬反応が遅れ、そのパンチをライゾールは顔面に食らうが、せめてもの抵抗として首をひねって衝撃を減らす。
殴られた衝撃が残る頭を無理やり動かし視線を送れば、目にはリードの剣を振るう予備動作が映る。
わずかによろめいた体勢から、ライゾールは後方へと跳躍し、牽制の意を込めて突き出すように片手短剣を構える。
「はぁ・・はぁ・・」
「はぁーはぁー・・」
息を乱す二人。視線は交錯している。
その一瞬場を静寂が支配した。戦争の喧騒すらその場からは引きはがされ、両者の意識は目の前の敵にのみ向けられる。
間は空いているというのに相手の息遣いまで聞こえてくるような気さえする。それほどの緊張。それほどの集中力。
しかしその静寂も、長くは続かない。
「ちぃ!!」
「オオッ!!」
動いたのはリード。下段に両手剣を構えて突進する。
それに合わせるようにライゾールも飛び出す。彼の舌打ちはリードの咆哮によってかき消された。
「はっ!」
「むっ!」
リードの間合いに入った瞬間、ライゾールは急停止、上体をそらした。
タイミングをずらされ振り上げられた両手剣は空振り。リードから不満の声が漏れる。
斬撃を回避したライゾールからすぐさま片手短剣による刺突が繰り出される。わき腹を目標としたソレを、しかしリードは身体をひねって回避した。
「離れろ!」とばかりにリードから放たれた鋭い蹴りがライゾールの身体に命中する。
わずかにくぐもった声を漏らしライゾールは少しだけ後退する。ダメージは浅い。そう確認し安心した彼だったが、すぐに上方から迫る剣に意識を集中する。
キィィイイイン。甲高い金属音が響く。片手短剣と両手剣が衝突した。
(くそっ!重てぇんだよこの剣はよぉ!!)
下から支えるように踏ん張るライゾール。圧倒的に不利である。
が、それを覆す方法を既にライゾールは知っていたし、披露もしていた。
前回と同じように、ライゾールは剣を傾けることで下に流す。突然力を抜かれたリードはバランスを崩し隙を見せるはず―――だった!
「それは知っているッ!」
リードはそれを読んでいた。
同じ技はそう何度も成功するわけではない。使うたびに解析され対抗策を打ち出される。
相手が強者であるならなおさらだ。リードはそのライゾールの流し技を読んでおり、即座にそれに反応。肩をいれたタックルをかました。
「そう来ると思ってたぜ!ゴブリン!」
が、ライゾールはあわてない。
リード程の実力者ならば何かしら返してくると彼は踏んでいた。そう、彼はすでに対抗策への対抗を想定していたのだ。
ライゾールはリードのタックルを横へステップして回避。流れるように片手短剣で彼の胸を斬った。
「ぐぅ・・!」
「≪斬風刃≫!!」
緑の光を強く纏った剣がリードの腕を斬る。
それはライゾールのとっておきのスキル。刃が風を纏い、まるで鎌鼬の如き鋭さの斬撃を生み出すもの。
とはいえ他の技同様、使うときは多少の隙を作ってしまう。しかしながら、リードは反応できなかった。直前に斬られた胸が痛んだためだ。
「ぐおおおぉぁあぉあおあおああおあああああ!!!!」
悲鳴がリードの口から飛び出る。
耐える耐えないという選択肢などなく、想像を絶する腕の痛みに対し、リードはただ叫ぶしかなかった。
まるで腕を跳ねられたかのような痛み。まだ腕があるのが奇跡と思えるほどだった。きっと装備のおかげだろう。甲冑熊のサーコートが斬撃を吸収したのだ。
「終わりだよ、痛みでもう剣を握れないだろう・・・すまん、名前忘れた」
けがした腕を抑え、片膝をつくリード。
敵前で行う行為とは思えない程、無様で隙だらけであるが、そうせざる負えない程の痛みが彼を襲っているのだ。
そんな彼の真ん前に立ちライゾールは口を開く。その声音は落ち着いていてる。それもそうだろう一つの戦いが終わったのだ。次の戦いがあるとはいえ、安心があって然るべきだ。
敵を倒したとはいえここは戦地。常に気は張っておくべきではあるが、強敵を倒した後に一呼吸置くことを誰が咎められようか。
そう、さながら『洞窟の主』を倒した時のショウやリード、ガードのように。緊張と緩和は特に戦士につきものである。
しかし、ライゾールは知らない。ショウたちの気の緩みが何を起こしたのか。ガードになにが起こったのか。自分が今、あの時の彼らと同じ状況にいるということを。
「≪ゴブリンの一撃≫」
最初、ソレがなんなのかライゾールにはわからなかった。
なにかがすごい勢いで自分に迫っているということを遅れて理解した。
そしてそのわずかな間が、リードの必死の斬撃を受けることを許してしまった。
「う・・ぐっ・・・!」
両手剣がライゾールの胴体に命中する。
咄嗟に間に入れた片手短剣は両断され、強い衝撃を腹に浴びたライゾールからは苦痛の声が漏れた。
斬撃を吸収する高級革鎧。それをもってしても殺しきれない威力はメキメキと彼の生身にまで伝わっていく。
脚に力を込める余裕はなく、彼は、そのまま剣に押され吹き飛ばされた。
身体がまるでボールのように跳ね、地面に何度もバウンドする。
完全な無意識を突かれた。完璧な不意打ちだった。いや、不意打ちにしたのは自分だ。油断したせいでこのざまだ。
「くっ・・はぁはぁはぁ・・」
勢いを殺しきり、息を整えながらライゾールは立ち上がる。
手には刀身の折れた片手短剣。痛む腹を触ってみると、さらなる痛みが彼を襲った。ギリギリ骨は折れていないようだ。高級革鎧と剣のおかげで助かった。
「もう・・握れないだと・・?」
「・・なんて奴だ・・お前・・」
驚きの声がライゾールから洩れる。
彼の視界に映るのはふらふらと立つ二本角の鬼。
つけられた傷は深く、今も血が大量に流れている。それだけではない、胸も脚だって斬られている。
だがそれでもその鬼は立った。それどころか、動かせるはずのない腕で剣を振るった。
どれほどの思いが、決意が彼をそうさせるのだろうか。執念と言っていいほどの尋常じゃない熱意。どこからどう見ても満身創痍だというのに、そのフラフラの立ち姿からは謎の圧迫感がでていた。
「俺をなめるなよライゾール・・腕を斬られても痛みを無視して剣を振るおう、使えなくなったのなら足で戦おう、足もだめなら爪で、牙で・・!!」
「シイッ!!」
リードが言葉を紡ぐ中、鋭い息を吐いてライゾールは駆けた。
気のせいなのかなんなのか。目の前の鬼が一つ言葉を吐くたびに、その体が、謎の圧迫感が増して行っているような気がするのだ。
(惑わされるな俺!あいつは瀕死だ・・片を付ける!!)
「俺の名をもう一度教えてやるッッ!リード・ホブソード!!この名が示すのは我が誓い!命ある限り、俺は主の敵を屠る剣であり続けるッ!!」
叫びながらリードは剣を振るった。
腕がもう無理だと悲鳴を上げて、脳が限界だと痛覚を刺激する。
尋常じゃない痛みが腕から全身に回り、思わず口から苦痛の声がもれそうになる―――――が、それを噛み殺し、歯を食いしばって全てを無視する。
主であるショウのために、目の前の敵を屠る。今すべきことはそれだけだと無理やり体を従わせる。
予備の剣を抜いて走るライゾールにリードの剣が迫る。
風を切って放たれるその斬撃は鋭く、速い。けが人が放ったとは思えない程に見事な一撃。
ピリピリと頬を冷たい風が流れ、背筋が冷える。身体が攻撃を警戒するいつもの緊張だ。
ズキィとリードに斬られた腹が痛む。が、そんなものを感じる暇が無いほどの集中力をもって、ライゾールもまた両手剣に合わせるように片手短剣を振るった。
「オオォォアアッッ!!!」
「ラアァアァァァ!!」
咆哮が木霊する。剣がすれ違う。
一方は直撃せず、表皮を削り、もう一方は深く、相手の身体を斬った。
血が地面に飛び、刃が赤い血でぬれる。刃を血で染めたのは―――――ライゾールだった。
「グフッ・・」
咳と共に血を吐く。
斬られたのだと一瞬遅れて理解して、リードは腕の力が抜けていく事を感じた。
あぁ負けたのだ。俺はまた。同じ相手に二度負けた。あの頃から何も成長していないという事だろうか。
戦闘の最中だというのに、いやに冷静に、安らかにリードはそう思考した。もしかしたら、彼の中ではもう闘いは終わってしまったのかもしれない。
それを証拠に腕以外に足の力も抜けてきている。もう何秒と立っていられないだろう。いや、それどころか腕や脚も含めた全身の力が抜けてきている。
同時に寒気さえしてきた。そこまで来てリードは理解した。自分が死に向かっているということに。だがこれでよかったのかもしれない。
「大したもんだよ・・リード・ホブソード」
そう言って自分目がけてとどめの一撃を放つライゾールを視界に収めながら、リードはなおも今際の思考を続ける。
ほら見ろ、目の前の強敵も自分を認めてくれている。名前も憶えられて随分と進歩したじゃないか。俺はよくやった、そうだろう?
小鬼人として生まれ、群れを率い、仲間を守ることに尽力した。そしてショウと出会い、主と仰ぎ、人子鬼に進化した。
『この命続く限り主を支え、主に仇なすものを屠る剣となりましょう』。「ホブソード」の名を授かった時、立てた誓い。当然嘘はない。全身全霊で誓いを果たさんとした。
主の障害を取り除き、彼は今、自身が標的と定めた敵の親玉と一騎打ちをしている。道を作ったのは彼と、そして自分だ。十分仕事を果たしたと言えよう。
そう、まさに誓いのとおり。命続く限り主を支え、主に仇なすものを屠る剣に――――――――――
―――――――――本当にそうだろうか?
突如、疑問がリードを貫いた。ぼんやりとしていた思考に稲妻が走る。
本当に自分は全力を尽くしただろうか?このまま死んで、誓いを果たしたと言えるだろうか?
(そんなわけがないッッ・・!!!)
否。リードは否定する。
だって自分はまだ死んでいない。まだ生きている。まだ戦える。まだ、主の為の剣である!
「ウッ」
なんて馬鹿な事を考えていたのだろうか。
「オォ」
なぜ誓いを果たした気になっていたのだろうか。
「オォオオオォォ」
なぜ死ぬまで戦わず諦めようとしていたのだろうか。
「オォォオォオオアァアァッッ!」
まだ生きている。まだ戦える。まだ主の為の剣である。
力が入らないのなら無理やり入れろ。寒気がするのなら力づくで温めろ。
「オオォォォォアアォアオォオアァアアアッッ!!!」
燃やせ!心を肉体を!俺はまだやれる!まだ戦える!
力を振り絞れ!ひねり出せ!命を燃やして死に抗え!!
リード・ホブソードは、まだ死んじゃいない!剣はまだ、折れちゃいない!
それは魂の咆哮。一度手放された生命が再び全身を回る。
瞬間、リードの身体は急激に熱くなった。彼の思いに応えたように、肉体が、心が彼の炎のような意思によってよみがえった。
「なっ!」
ボオオウッッ
突如感じた熱に耐えきれず、ライゾールはその場から飛び跳ねた。
「・・なんだよ・・そりゃあ・・」
謎の熱を警戒し、後方へと下がったライゾール。
その彼の眼前には「炎を纏って」立つ長身の鬼の姿があった。
比喩でもなんでもなく、ただ事実そのまま。実際にリードは炎を纏っていた。身体からあふれ出ているのか、ゴゥゴゥと燃え盛るその赤い炎にライゾールは驚きを隠せないでいた。
「燃えている・・俺の心が・・肉体が・・」
この湧き上がる力をなんと形容すればいいのか。リードにはわからなかった。
だが、突如発現したこの力をどう使えばいいのか、なぜだが既に知っていた。
「炎よ・・」
一言、リードはつぶやいた。
炎は従う。リードの意思のままに、肉体を覆う炎が、まるで生き物のように彼の身体を這い、そして彼が握る両手剣へと収束していく。
やがて剣は炎を纏い、刀身が炎によって延長される。
「!!まずいっ・・!」
「≪ゴブリンの一撃≫」
ライゾールが危険を察知し回避しようと跳ぶと同時、赤く光る炎の刃が彼を襲った。
ボオウッッと音を立てて燃え盛る炎の剣はライゾールの胴体を焼き切っていく。
「・・・がはぁ」
ドサッ
空中で斬られたライゾールがそのまま地上に落下。そのまま彼は意識を失った。
身に着けていた鎧には焦げた跡がありありと残り、中のチェインシャツを貫いて、さらされた肌には火傷と切り傷が深く刻まれていた。
「はぁはぁはぁはっ―――」
ドサッ
リードもまたそれを見たのちに、倒れ込む。とうに限界であり、意識を手放すのを抵抗することは出来なかった。
身体に纏っていた炎は、彼が倒れると同時、役目を終えたように消え、まるで幻だったかのようにさえ思えた。
だが、リードとライゾールは知っている。リードの炎の意思による一撃を。
リードがその役目を果たし、主の敵を倒したことを。過去の雪辱を晴らしたことを。
リード対ライゾール。勝ったのは主を思う忠臣だった。




