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ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
第三章
73/110

第69話 村戦争Ⅶ


「ウウウゥゥグウアゥアウウウウ・・!!」


「ガン!頼む、急患だ!!」


 痛みで悶えるゴブリンを抱え、ニンデ村の代表、ノイドが村へと駆け込む。

この村戦争において、闘うのは何も傭兵とレイクビュ―だけではない。本来の標的であるニンデ村の住人もまた戦っていた。

さりとて、普段戦闘の訓練もせず、実戦の経験も少ない彼らを主戦力として数えるのは、いくら猫の手でも借りたい状態のショウたちであっても許容は出来なかった。

代わりに、ショウは村人たちに別の役目を与えた。負傷者の救護である。

敵であふれる戦場に赴き、刃を躱して仲間を救う。これもこれで命を危険にさらす仕事であるが、これならば戦えない者でも役に立てるのだ。

住人の大部分を正門に比べてまだ荒れないだろう裏門に配置し、特別に設置した抜け道を使って負傷者を運ぶ。村の男たちが、ノイドがやっているのはそういう仕事だった。


「どうした!?症状は?」


「血がとまらねぇ!肩から腹にかけてざっくり斬られちまってる!」


「あいわかった!おい!二番と三番を急いで持ってくるのじゃ!乾いた布も忘れるな!」


 ノイドの言葉を聞いて、すぐにガンは指示を飛ばす。

ソレを聞いて動くのは村の女性たちである。戦争前は鎧を作り、今は救護に奔走している。

傷を癒すのに使われるのは主に薬草。煎じたり、そのまま張ったり、水に溶かして飲ませたりと、ショウが亡きゴブジイから教わった方法と、長命のガンの知恵を合わせて用意した物。効能に分けて番号を振ってあり、即座に仕えるようにしてあった。


「ガ・・ガン爺さん・・お・・おれは・・ウウグゥゥ」


「喋るな!喋るでない!傷口が開く!・・くそっ!血が止まらん・・まだか!」


 地面に寝そべり、呻くように負傷したゴブリンは話す。

そばに駆け寄りガンは手持ちの薬草クリームを塗るが、一向に血は止まらない。


「な・・なぁ・・俺はグフッ・・俺は、役に・・た・・ったか?」


 声に力はなく、目からは色が抜けていく。

それでもそのゴブリンは何かを掴もうとゆっくりと手を伸ばした。


「大長と・・グフッ、グフッ・・皆の・・役に・・」


「ああ!役に立ったとも!わしも大長もお前さんに感謝しとる!お前は充分よくやった!!」


 伸ばされた手を掴みガンは叫ぶように話す。

血に濡れたその手を両手で力強く握り、まるで自身の生命を分け与えるかのように激しく言葉を紡ぐ。


「ああ・・よかっ・・た・・」


 言葉が届いたのだろうか、そのゴブリンはわずかに微笑み、その手からは完全に力が抜けた。


「・・・・・・」


「・・・ガン」


「お待たせしました!二番と三番です!!」


「もういらん!!・・いやすまん、それはここに置いといていい・・代わりにこいつを皆の所に運んでやってくれ」


 同胞の死。

そのせいで感情的になったことを反省しつつ、ガンは薬草を持ってきた村人に別の指示を飛ばした。

村人は、指示通りにその場に薬草を置くと、丁寧に戦士の亡骸を抱え、歩いて行った。向かう場所は言うならば死体置き場。弔う余裕のない現状ではそこにまとめて置いておくしかない。そう、死亡者は彼が初めてではない。戦争が始まって既に何人も死んでいる。


「・・ガン、あんた大丈夫か・・少し休んだら―――」


「心配は無用じゃノイド。戦士が命を賭して戦っておるのにどうしたら休んでいられよう。この老骨に鞭を打ってでも働くとも」


 何人も看取ってきたのだろう。ガンは明らかに疲れていた。

初めてレイクビュ―で話した時以来、度々酒を酌み交わす飲み仲間であるノイドにはそれがよく感じ取れた。普段の陽気な言動など消えてなくなったかのように、ガンは全く笑わない。


「じゃあ・・俺はまたいくよ・・無理するなよガン」


「ああ、お主もな。わしと同じくらいお前さんも年寄りじゃ」


 短い挨拶を交わして、ガンとノイドは再び各々の仕事場へと戻る。

悔しさで歯を食いしばるガンの顔は、後ろで歩くノイドの目には映らなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 戦鎚が風を切って迫る。

オークのガードによる圧倒的な筋力によって繰り出されるその一撃。誰もが逃げ出すその重撃を、しかしロージェスは手持ちの盾で迎え撃つ。


「≪盾殴打シールドストライク≫」


 青い光を纏った盾が、戦鎚とぶつかる。

ただ防ぐのではなく、戦鎚の動きに合わせて叩くようにぶつかった盾。スキルの加護によって筋力のハンディキャプをなくされ、ガードの戦鎚は弾かれた。


「≪走脚ダッシュ≫」


 続けざまに、ロージェスはスキルを発動。青みがかったその足で強く血を蹴った。


「フンッッ!!」


 着ている鎧の重さなど無いように、ロージェスは一瞬でガードとの距離を詰める。

そしてすぐさま右手に持つ手斧ハンドアックスをガード目がけて薙ぐ。


「≪オークフレッシュ≫!!」


「なに!?」


 手斧はガードの腹に直撃。しかしロージェスの手ごたえとは裏腹にガードの身体にはわずかな傷しかつけられていない。

それを見て驚くロージェス。そんな彼に上から戦鎚が振り下ろされ――――るがロージェスは盾でそれを防いだ。

響く金属音。同時にロージェスの腕には衝撃が走る。とはいえ耐えられない程ではなく、ロージェスは足を広げて踏ん張りその場に残った。


「くっ・・!」


「ぐうぅうう・・!」


 本来のガードの一撃ならば、ロージェスとて耐えられなかっただろう。

しかし両者の距離は近く、柄を短く持って振るわれた戦鎚では、その性能を活かした一撃は放てなかった。

とはいえそれでもガードの一撃は重い。それを証拠にロージェスは潰れないように踏ん張るのに今は精いっぱいである。

もう一撃加えればさすがに耐えられまい。そう結論付けたガードは再び戦鎚を振り上げ―――――


「≪旋回断せんかいだん≫!!!」


―――――それを狙っていたロージェスに隙を作ってしまった。

戦鎚を振り上げて、振り下ろす。そこに生まれるわずかな空白利用してロージェスは回った。

さながらコマのように。一回転だけであったが、その回転は速く、美しく、まさしく熟練の技。

一瞬の隙を作ってしまうこのスキルであるが、相手に隙があるならばないのと同じ。回転は遠心力を手斧に与え、ロージェスの確かな体幹に支えられてガード目がけて放たれた。


「ぐうああっっああぁぁ!!」


 まるで大木を切り落とす木こりのように。

手斧は深々とガードの腹を裂き、ガードはたまらず叫んだ。


「なっ!!」


 追撃しようと手斧を振りかぶるロージェス。

しかしそれをするよりも早く、彼には上から戦鎚が降って来ていた。

不意を突かれ思わずロージェスは後退する。数瞬後、戦鎚は標的のいない地面を叩いた。


「なんてやつだ・・普通斬られたら多少はひるむだろう・・」


 どれだけ優秀な戦士であれ、痛みは感じる。

人は痛みに慣れることはない。そういう風に体は出来ていない。しかし痛みを感じた後の動きはその人次第である。

戦士ならばその職業柄、痛みに耐えながらも斬ったり、回避したりできるだろう。痛みがつくる隙の大きさを知っているからだ。

が、そんな彼らであってもその隙を完全に消すことは出来ない。どんな者でも―その大小はあれど―隙はできるし、その隙を狙って追撃をするのだ。事実ロージェスは今までそうしてきた。

ところがどうだろうか。目の前の戦士は。痛みで叫ぶことはあれどその隙は小さく、追撃どころか逆に反撃を喰らうところであった。


「はぁ・・はぁ・・」


 わき腹にできた深い傷口を抑えながら、ガードは息を整える。

油断した、うかつだった、敵の強さを見誤った。後悔と自分への叱咤が頭のなかを回る。

オークの身体は頑強。オーク・ガンドに進化したガードの身体はそれよりもなお頑強である。

そんな彼の身体をここまで深く傷つけた一撃。ロージェスの攻撃力の高さがうかがえる。もし次喰らえば間違いなく死ぬ。


(まずいな・・このままじゃ・・)


 あふれ出る息を何とか整えながら、ガードは思考する。

反射的に繰り出した一撃を警戒してか、ロージェスは仕掛けてこない。が、それも時間の問題だろう。

想像以上に体力の消耗が激しい。たった一撃で―ロージェスと闘うまでの戦闘のせいでもあるだろうが―ここまで追い詰められるとは。完全に予想外であった。


(やるしか・・・ないか・・)


 拮抗していた力関係を覆したロージェスの『旋回断せんかいだん』のように、ガードにもまた切り札と呼ぶべきものがあった。

しかしそれはいわばもろ刃の剣。ロージェスのモノとは違い、完全にコントロールは出来る保証はなく、一歩間違えれば無意味に終わる可能性すらある。


(いや・・だめだ・・そんな危険は冒せない。今の僕じゃまだ・・!!)


『できる。防御の面で言えばお前がレイクビュ―一だぞガード。お前の中のトラウマはとっくに消えた、そうだろ?』


 弱気になるガード。

そんな彼にまるで天啓のようにショウの言葉が飛来した。

それは、戦争前にショウが言っていた言葉。「お前に任せる」とガードを頼る頭領の言葉。


(また僕は・・相変わらずだな・・でも、いい加減うじうじするのはやめよう!!)


 斬られた腹。漏れ出る息。

流れる血と共に徐々に四肢から力は抜けていき、しかしそれでも目の前の強敵を相手にしなくてはならない。

それがなんだというのだろうか。自分はラの一族が頭領、ラ・ゴールの息子にして、レイクビュ―唯一の鍛冶師。オーク・ガンドの魔名まな持ち、ラ・ガード・オーテクだ。何も恐れることはない。

深呼吸を一つ。ようやく息を整えると、ガードは決心した。


「ザラ!ダイ!」


「どうしたガード!」


「・・何か御用か」


 名前を呼んで、近くで戦っていた隊長格のハイゴブリン二人を呼び寄せる。

二人とも息は乱れ、身体には細かな傷跡がいくつもある。余裕な状況ではないだろう。しかしそれでも二人はガードの元へと馳せ参じた。それはガードがこの場の指揮官だから。そう大長に命令されているから。


「これから僕は、皆に指示が飛ばせなくなる。だから指揮は二人に任せる!・・あと、これより先、僕に絶対に近寄らないでくれ」


「お、おう!わかった!!」


「・・了解した」


 ガードの指示を受けて、ダイとザラは各々自分の隊に指示を飛ばす。

戦場は拡大。ゴブリンたちによって押し広げられ、ガードの要望通り彼の周りには傭兵もゴブリンもいなくなった。


「なんだ・・?ゴブリン共と一緒に戦うんじゃねぇのか?」


「それはできません・・彼らが危険すぎる」


「なるほど。部下を守ろうってわけか、ゴブリンたちにそんな意識があるってのは驚きだが・・まぁお前はゴブリンじゃないしな。

 でもそれは問題の先送りでしかねぇぞ?いくら今俺からゴブリンを遠ざけたって、終いには結局やられるんだからな」


「いいえ、違いますよロージェスさん。ゴブリンの皆を遠ざけたのはあなたから守るためじゃない」


「・・何を―――」


「僕から守るためです」


 ロージェスの言葉をさえぎって、ガードは話す。

その瞬間、ロージェスの背筋に悪寒が走った。何か、何かがやばい。危険だ。そう告げている気がする。


「それとロージェスさん、一つ謝らなくちゃいけないことがあります」


「なんだよ、そいつはぁ」


 額に冷や汗がにじむのを感じながら、しかしロージェスは拭おうとしない。拭う隙がない。

間違っている。目の前にいるのは死にかけの男のはずだ。それは人間でもなく、見るからに強靭そうな見た目ではあるが、それでも死にかけている。それは断言できる。

だというのに、そいつから叩きつけられるこの圧力は何だ?それに当てられてあふれ出る冷や汗は・・自分は何に怯えているんだ?

口では余裕を演出しつつも、その実ロージェスには余裕などなかった。なにか自分よりも大きなものに飲み込めれている感覚がずっと続いている。


「この勝負の顛末ですよ。貴方は誇りを気にしないとか言っていたけど僕は違う。戦士として僕は謝りたい。今から僕がすることは実力以上のいわば反則みたいなものだ。なにせこの勝負は―――――」


「ううおおぉおッッッ!!」


「――――一瞬で終わってしまう」


 ガードが言い終わるよりも先に、雄叫びを上げてロージェスはガードに斬りかかる。

膨れ上がるガードの圧力。それに飲み込まれるのを拒否するように叫び、走る。

距離が縮まり手斧が当たる距離となる。ロージェスは何の迷いもなく、何百何千と振るってきたとおりに自身の獲物を振るうが、しかしガードは何もしようとしない。

あぁなんだ。ハッタリだったのか。限界なのに大丈夫なように見せかけていたのだ。それを証拠にガードは攻撃に反応できていない。勝った!俺の勝ちだ!


 吸い込まれるように手斧はガードの身体へと向かっていく。

だというのにガードはソレを躱すどころか、戦鎚を構えようともしない。

このままいけば手斧は直撃し、ガードは負けるだろう。そんなことは素人でも分かるほどに明白だ。


 しかしそれでもガードは動かない。動けないんだとロージェスが判断するほどに、微動だにしなかった。

その代わりとでもいうように、ガードは口を動かした。手でもなく足でもなく、絶体絶命のこの瞬間、口を動かして、そして、つぶやいた。


「≪元祖の怒り≫」


 瞬間、ロージェスの視界が回転する。


「ぐふあぁあぁ!!な・・何がッッ・・!!」


 何が起こったのか、ロージェスには分からなかった。

それを把握するよりも先に、彼の目は、左方向から迫る謎の影を捕えていた。


「グウッッ!!」


 訳も分からず咄嗟にソレと自分の間に盾をはさむ。

次の瞬間、まるで馬車に引かれたような衝撃が左半身を駆け巡った。


「なんだこれぁああ!ガッハァ・・!!」


 衝撃の正体を知る前に、今度は逆方向に同じほどの衝撃が走る。

次は下、上、右、右、前。反応できない速度で身体を何かが襲っている。

骨は折れ、肉は抉れ、装備している鎧は傷つき、歪み、既に防具としての役割を果たせていなかった。


「はぁあ・・はぁああ・・はぁあ・・」


 呼吸すらまともにできず、ロージェスは思わず倒れ込む。

壊れた鎧はタダの重りとなり、全身がズキズキと痛んでいた。間違いなくあらゆる骨が折れている。肋骨は肺に突き刺さっているだろう。呼吸は苦しく、口からは息と共に血がもれる。

最後の抵抗とばかりに、鈍痛響く重い体を起こし、体勢を何とか仰向けにする。

そこまでやってようやく気付く。謎の攻撃が止んでいることに。霞む目を凝らしてみれば、そこには巨人が立っていた。

さらしている上半身全体には紋様が浮かんでいて、手に持つ戦鎚は血で汚れている。そこに立っているのは間違いなくガードであった。さっきまで瀕死だったあの、ガードだった。


「はっ・・大したもんだな・・お前」


 地面を背に、ロージェスは笑う。

その笑みは敗北を、自分の死を悟ったものだった。

もう、何もできることはない。自分は精いっぱいやった。その結果死ぬのだ。後悔はない。


「認めるよ・・お前こそが・・‘豪撃’だ・・な・・・」


「ウガアァアァアアアアアアァアアアアアアア!!!!」


 その言葉を最後に、ロージェスはその生を終えた。

‘豪撃’のロージェス、ニンデ村戦争にて死亡。死に際の彼の言葉をガードは聞いたのだろうか。

それは誰にもわからない。ただ、その時、その場所には、獣じみた勝利の雄叫びが響くだけであった。


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